第341話

 光が収まり目が慣れると、その場所はラース公国のヴァンジェオ城の中にある転移の間だった。


「お帰りなさいませ。ミゲルロディア大公閣下」


「「「お帰りなさいませ」」」


 セルヴァンと数人の者たちがこうべを下げ出迎えていた。一体いつからここに待機していたのだろう。


「ああ」


 ミゲルロディアはただそう答えただけで、出迎えた者たちを見ていた。


「兄上、本当に戻って来られたのですか?」


 頭を下げて出迎えた者たちの先頭に立っていたオーウィルディアは驚いたような表情をミゲルロディアに見せていた。普通なら不敬と言われる態度だが、人ではなくなったミゲルロディアがラース公国に戻ってきたのだ。それは、大公の座に戻るという意思表示なのだ。

 魔人が大公の座に就くと。


「ウィル。苦労しているようだな。すまなかった」


「いいえ、自分は何もできておりません」


 !!!あの!あの、オーウィルディアが普通に話している!おねぇ言葉がデフォルトのはずだ。しかし、流石に長兄であり、大公の前では普通に話さなければならないのだろう。


 ミゲルロディアがオーウィルディアに何かを話しかけようとしたところで、転移の間の外の廊下を勢いよく駆けていくる音で、部屋の中にいた者たちが、何事かと出入り口の扉に視線を向ける。

 普通ならこの城の中でこの様に足音をさせ走る者は存在しない。しかし、今は普段居ない者たちがいるのだ。セルヴァンを始めとする使用人たちが段々と青い顔になってくる。あの者たちなら大公閣下に平気で無礼を振る舞うだろうと。


「オーちゃん!ウチの娘たちに何をしたんや!」


 ノックもなく、扉を勢いよく開け放って入ってい来たのは、この世界でその色を持つ存在は人外しかいない黒髪に黒目を纏った勇者ナオフミだった。

 そんな、ナオフミにシェリーは鞄から取り出した刀の折れた刃先を投げつける。いわゆる、使い物にならなくなったゴミを投げつけたのだ。


「なんや!」


 ナオフミは素手でその壊れた刃先を叩き落とし、シェリーに視線を向け、目を見開く。


「佐々木さんもいたんか?しかし、刃物を人に向けたらあかんで」


 ナオフミは正論を言ってシェリーを注意するが、シェリーもナオフミの態度を正論を用いて返す。


「コジマさん。大公閣下がおられるところで、勢いよく部屋に入ってくれば殺されても文句は言えませんよね」


 ナオフミに侵入者として処分されてもおかしくはないと、シェリーは答えた。その言葉にナオフミは首を傾げる。


「大公さん?オーちゃんの兄ちゃんやろ?亡くなりはったってオーちゃんがゆうてたちゃうんか?」


 どうやら、オーウィルディアはナオフミにミゲルロディアは亡くなったと説明をしたようだ。普通ならそれでよかった。しかし、普通ではありえない事が起きてしまったので、そこに齟齬が生じてしまった。


「コジマさん、取り敢えず出ていってもらえません?その関西弁にイライラが募ってきます」


「それ、絶対に私怨が入っているやろ!その前にウチの娘たちや!何があってあないな事になってるんや!」


 大公の前であろうと、自分の娘の事を最優先にしようとするナオフミ。親としては正しい行動だ。しかし、一国の国主の前にしてする行動ではない。いや、できやしないのだ。

 それが、一国の国主だろうが関係なく行動できるのは、勇者という者だからだろう。


「教育の一環です」


「佐々木さん。教育ゆうても、あないに泣くことしたらあかんのわからんか?それに目の色や。ビアンカと同じ綺麗な桜の色しとったのが、なんで俺の色に変わってしもてるんや?」


「ちっ!」


 シェリーはイライラが募って舌打ちをする。一番会いたくなかったナオフミにラースに戻ってきた早々に会ってしまっただけでなく、過去のササキとして色々言い負かされてきた関西弁に苛ついていた。


「ふむ。やはり、あれ等では認められなかったか」


 ミゲルロディアはナオフミが言った言葉で何が起こったか理解できたらしい。


「あんた誰や?気色悪い目しとるな」


 魔人を見たことのないナオフミは、恐れも知らずミゲルロディアを目の前にして言葉にした。流石にこれ以上は口が過ぎると、オーウィルディアとシェリーが慌ててナオフミの前に立つ。


「ナオフミ。別の部屋でお話しましょ!」


「コジマさん。もう何も喋らずに出ていってください」


 オーウィルディアはその巨体でナオフミの視界からミゲルロディアを隠し、シェリーはナオフミに黒い刀を抜いて突きつけている。


「なんや、二人共。佐々木さん、刃物は人に向けたらあかんで、父ちゃんはそないな子に育てた····うぉ!」


 ナオフミが言った言葉にシェリーが無言で刀を斬りつける。いや、斬りつけ続けている。


「いやいや。ちょっとまってぇーな。冗談や。冗談」


 そう言いながら、ナオフミは笑顔でシェリーの刀を避けている。それが、一層シェリーの癪に障った。


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