第306話

「それでベンさん。貰っていっていい鎧はどこですか?」


 シェリーは自分のツガイたちのことよりも持って帰る鎧のほうが最優先事項のようにベンに問いかける。


「ああ、宝物庫にあるから、そこまでついてきてくれるのなら、渡せる。俺は絶対に運ばないからな!触りたくないからな!」


 ベンは鎧を運び出すことへの拒否反応を示した。余程、嫌なのだろう。そんなベンに対してシェリーはいつもどおりに答える。


「ええ、それで構いませんよ。処分場に案内してください」


「いや、宝物庫な」


「世には出せない物を詰め込んだゴミ倉庫に案内してください」


「言い方!はぁ、こっちだ」


 そう言って、ベンが案内をしようと踵を返すとカイルが待ったをかける。


「シェリーちょっと待って、リオンとオルクスが一緒じゃないから駄目だ」


 そう言ってシェリーが勝手に動くことを止める。それに対しシェリーは面倒くさいとばかりにため息を吐いた。


「はぁ。祝福が邪魔」


 一々そんな事で行動制限を受けることがうっとうしいと、悪意ではなく好意ぐらいどうでもいいのでは、と言うシェリーが心の声が聞こえて来そうなほど、低い声で呟く。


「ベンさん。持って来るのを呪具師のエレウスさんに頼めません?」


 ベンが駄目なら他の人に頼めばいい。シェリーの言葉にベンは空を仰ぎ見る。呪具師に持ってこさせればいいというシェリーの言葉に対して、迷っているのだろう。

 確かに呪具師ならベンが嫌がっているものを運べるだろうが、呪具師に雑用と言うべき運び屋を頼めるかといえば、下っ端であるベンが言えることではないのだろう。


「対価として『焔の闇』を出しましょう」


「ホムラノヤミ?」


 シェリーは運ぶ対価を提示するが、ベンにとっては聞き慣れないものだったらしい。


「エレウスさんにそう言ってもらえますか?多分喜んでいただけると思いますよ」


「何かは知らないが、そう言ってみる」


 ベンはそのまま建物の奥に消えていった。その背中をシェリーは見送り広場の方に視線を向ける。


「シェリー、よくそんな物を持ち歩いているね」


 カイルから言葉を投げかけられた。そんな物。カイルはシェリーが対価として提示をしたものが、どういうものか知っているのだろう。


「依頼を受けた物の余りです」


 どうやら、シェリーは以前冒険者ギルドでそれを採取し、依頼分以外は懐、もとい亜空間収納に入れていたのだ。


「ホムラノヤミってなんだ?」


 グレイが不思議そうに聞いてきた。一般的には聞くことのない名前なのでそれは仕方がない


「イアール山脈にある泉の水のことです」


「水?」


「綺麗な泉なのですが、その水を汲み上げると燃えてしまうのですよ。そして、水が燃えた跡は焼き付いたように黒くなるので、焔の闇と言われているのですが、魔道具の術式を焼き付ける時に使うと良いそうです」


 魔道具関係で依頼を受けたということは恐らくユーフィアから依頼を受けたのだろう。


「効果が倍増すると聞きましたので、それを呪具師のエレウスさんにお裾分けをしたことがありました」


 そして、ユーフィアからの依頼時に多めに採取をして呪具師に作って欲しい物の要望を言った時にシェリーは押し付けるように渡したのだろう。


「時々、依頼に上がってくるけど、あまり受けたくない依頼だよね」


 カイルからそんな言葉が出てきた。Sランクであり、竜人でもあるカイルが受けたくないとは


「受けたくないとはどういうことですか?」


 スーウェンも気になったのだろう。カイルが受けたくない依頼があるとは思いもよらなかったはずだ。


「あれさ。専用の容器に入れないと駄目なんだけど、それ以外の物が触れると燃えるんだよね。土も草も人も」


「「人も!」」


 グレイとスーウェンの声が揃った。


「そう、水に触れて燃えてしまって慌てて水を探すと目の前に綺麗な水があるから、思わず飛び込んでしまうっていう話を耳にするときっとその泉自体が魔の物なんだろうね。よくわからないモノだから余計に気味が悪い」


 よくわからないモノだから嫌だ。それは誰しも持つ人の心理だ。

 そんな話をしていると建物の方から何かを引きずる音が聞こえてきた。それも鎖が放つジャラジャラという音も混じっている。


 建物の出入り口から、一人の鬼族の男性が出てきた。鬼族の人々は大体動きやすいように、脛までの長さの着物で、腕の部分も肩までの長さまでしかないのだが、その人物はくるぶしまでの丈の着物で着物の上から羽織を羽織っている様相だった。


「おい。持ってきたぞ。焔の闇はくれるんだよ····な?」


 呪具師の鬼族の男は、大きな四角の箱を鎖で繋いで引きずりなから、こちらに来たが、シェリーが来ていると聞いていたのにシェリーが見当たらないので首を傾げ、立ち止まってしまった。


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