第300話

「光の女神様からあの様なお言葉が·····」


 そう言って銀髪の女性が両手で顔を覆っている。崇めている女神からは聞きたく無かった言葉だったのだろう。

 女神ルーチェがこの国に与えていた慈悲はとても大きなものだ。炎王と女神ルーチェがいるからこそ、この国が現在の姿で成り立っていると言っていい。


 だが、神というものはそういうものだ。気に入っているから祝福を与える。崇めてくれるなら、力を与えてやろう。そんなモノだ。


 きっと炎王を始め、この国の人々は女神ルーチェは願えば慈悲を掛けてもらえると思っていたのだろう。何も見返りもなく、穏やかな微笑みを浮かべながら、願いを叶えてもらえると。


 そんな事はない。女神ルーチェは神言を与えることはあるかもしれないが、この国の誰も加護を与えてはおらず、この千年の間で誰も愛し子としていない。そう、誰もだ。


 銀髪の女性の後ろの魔導生物が心配そうに額を寄せているが、そのすぐ横に畳が勢いよく飛んできて、ふすまに刺さり、黒い魔導生物がイライラとした感じで、尻尾を畳に叩き続けている。


 今度はシェリーの目の前にはふすまが飛んでくるが、体をよじって避ける。


「この建物壊れないかな?」


 隣ではカイルが半分になった畳を手にしている。飛んできたものを受け止めてコレをどうすればいいのかと眺めている。


「放置していいのでは?炎王も本気ではないようですし」


 嘆いている銀髪の女性とシェリーの間で、リオンと炎王が暴れているのだ。整えられた畳の間が、今は畳が剥がされ、ふすまが外され、床の板が破壊されていた。

 拳に青い炎を振りかざしているリオンと笑って相手をしている炎王が原因なのだが、炎王は本気を出さず、遊んでいるようだ。だから、誰も止めには入らない。たとえ、破壊行動が酷くなっても。


「シェリーは聞くことはあれだけで良かったのか?」


 リオンと炎王の手合わせで降ってくる破片を払いながらグレイが聞いてきた。シェリーが聞いていたのはマルス帝国のことのみだったのだ。後は、悪口を本人の前で言っていたぐらいだ。


「ええ、帝国の願いを叶えないとの言葉を聞けただけで十分です。それに·····」


 シェリーは離れたところで魔導生物に守られている銀髪の女性を見る。


「これ以上崇拝する神の本当の姿を見せつけるのは忍びないですから」


 遠い目をしてシェリーは答える。


「神って色々いるものだな。炎国の女神は慈悲深いって有名なのに、まさかあんな感じだったなんてな」


 オルクスがそう言いながらシェリーが避けた、ふすまを手にして、騒いでいる二人に向かって投げつける。しかし、リオンの青い炎に燃やされてしまった。


「しかし、光の女神が姿を顕わすだけで、凄まじい力が渦いていましたね。御主人様は意地悪と言っていましたけど、他の方々は気を使っていただいていたのですね」


 スーウェンは破壊されたクズが当たらないように後ろの三人の巫女の女性に結界を張っていた。三人の巫女の女性達は寄り添って震えている。


「地上に影響を及ぼさないようには普通はしてくださっています。まぁ、どんなに気を使っても甚大な被害を及ぼす物体はいますが」


 シェリーは聞きたい答えがもらえたことで、満足し立ち上がり、この場を去ろうとする。目の前で繰り広げているお遊びを放置して。


 あと5日で、アフィーリアに呪いと言うべき加護を使いこなせてもらわなければならない。この5日でバブルスライムから粘液状の何かまでに改善することができた。怪しい発泡は無くなったのだ。

 しかし、美味しくなるようにと祈るとバブルスライム化するのは変わりはなかったので、なるべく無心で作るようにと指導している。


 シェリーが大量に作ったシチューを小さな鍋に移し、アフィーリアが混ぜるだけという作業をさせて、オーラの指針の力を使いトロトロに煮込んだシチューにする練習をさせているのだった。

 そのシチューをヘドロ一歩手前までにはできたのだが、食べられるモノではなかった。


 シェリーがため息を吐き、散らばった破片を避けながら部屋を出て行こうとすると、後ろから声を掛けられ引き止められてしまった。


「あっ!シェリー様お待ち下さいませ」


 シェリーが振り返ると、銀髪の女性が顔を上げ、シェリーを見ていた。その女性は立ち上がり、シェリーがいる方に来ようとするが、その間の畳は最早存在せず、床板は破壊され、その下の土間が見えるほど穴が開いていた。

 その穴を見て戸惑っている女性を見て、手を止めた炎王とリアンがやりすぎてしまったと顔に出している。


 女性が困っていることを感じたのか、後ろにいた黒い魔導生物がおもむろに立ち上がり、女性の首元を咥えシェリーの元に穴を飛び越えてやってきた。


「きゃ!」


 と言いながら、女性はまだ畳が存在している床に降ろされた。


「何か?」


 畳の上にペチャリと座り込んだ銀髪の女性を見下ろしながら、シェリーは何の用かと尋ねる。


「あ、あの····あの」


 シェリーと畳の床を交互に見ながら女性は言葉にすることを戸惑っているようだ。


「言いたいことがあるならさっさと言ってくれせんか?」


 時間を無駄にすることが嫌いなシェリーがイラッとしながら、女性に向けて催促する。


「はい!あの!聖水とはどのように作るのでしょうか?教えていただけないでしょうか?」


 この国で光の巫女と崇められている者がシェリーに聖水の作り方を聞いたのだ。この国の巫女は聖水と同等の物は作れないのだろうか。

 聖水の作り方。陽子のダンジョンで炎王に渡した聖水の作り方について聞いているのだろう。


 聖水をどうやって作るのか。シェリーからすれば息をするように簡単に作れてしまうものだ。だが、シェリーは目の前の巫女長と呼ばれている女性を視る。


「葉月さん」


「はい!」


 シェリーに呼ばれて何故か頬を染めて、返事をしてる。先程もシェリーが名前を呼んだときもおかしな反応をされた。その態度にシェリーは眉をひそめながら答える。


「聖魔術が使えない貴女では作れません。光の魔術しか使えない貴女では」


「そうですか」


 銀髪の巫女長は言葉では残念そうにしているが、その態度は残念そうではない。正座をして両手を合わせて、キラキラした目をシェリーに向けている。


「最後にもう一度····」


 頬を染めてハヅキはシェリーに願う。


「名前を呼んでくださいませんか?」


 ······これは、いったい何?


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