第280話

 赤い炎の結界は依然ゆらゆらと揺らめいている。その奥では二人の剣士が剣を打ち合っているが、その足場にあった舞台は見る影も無く黒い残骸化としていた。

 その破壊した原因となる稲妻と青い炎が地を走り、宙を駆ける。


 観客は時間が止まったかのように言葉を発せず、見入っていた。ただ、シェリーはつまらなそうに結界越しにオルクスとリオンの遊びを見ていた。そう、じゃれ合い。


「私一人で西に行ってきて良いですか?というか時間の無駄なので行きます」


 シェリーから見れば子供の遊びの様な試合。ただのパフォーマンスと言えば聞こえはいいが、今ここですべき事かと問われれば否と言うだろう。


「オルクスとリオンがここまでの力を制御出来てる事を見て上げてもいいと思うよ」


 カイルからそのような事を言われたがシェリーにとってはどうでもいいことなので


「アルテリカの火の耐久性を見るには価値があるとは思いますが、そんな検証はいつでもできる事ですし、二人が力を振るいたいなら実戦でして欲しいですね」


 と目の前で行われている事は無駄だと切り捨てる。


「うーん。多分二人はシェリーに褒めて貰いたいんだと思うよ」


 シェリーの側にいて、役立たずとまでは言わないが、足手まといだという現実を突きつけられていたのだ。

 そして、シェリーが二人の努力を褒めるかと言えば、認めることはしても褒めはしないだろう。現にシェリーはバカらしいと言わんばかりの目をしていた。


「そもそも、二人の剣と刀が悲鳴上げているではないですか。あと、数手で壊れますよ。馬鹿じゃないですか?」


「あ、うーん。これは······(後で落ち込むなぁ)」


 カイルがポソリと言葉を漏らした瞬間、二人の剣と刀が砕けた。粉々に砕けた。

 それを見たシェリーは立ち上がり、砕けた己の得物を唖然と見ている二人に冷たい視線を向けながら言う。


「私一人で行きますから、付いてこないでください」


 しかし、空が割れんばかりの歓声にシェリーの声はかき消されてしまった。

 シェリーはため息を吐きながら、出口に向かって歩き出す。だが、スーウェンの結界の外は熱狂した人々が邪魔で前に進めなさそうだ。


「ちっ。邪魔」


「シェリー。ちょっと待って!スーウェン、あの二人を回収して来てくれ」


 シェリーは魔眼の力をほんの少し解放する。


「『道を開けろ』」


 シェリーの魔眼により強制的に通路まで溢れていた人は出口となるところまで、道を開けることになった。

 その空間をシェリーは進み始め、その後ろにカイルとグレイが続く。


「なぁ。シェリーが西に行くって言っていたのはなんだ?何も聞いていないけど?」


 シェリーの後ろでグレイがカイルに話し掛けていた。確かに西のダンジョンの情報をもらったのはフィーディス商会のキョウからだった。それに昨日直接ユールクスから行くように言われたのだ。キョウからは『西に行け』としか言われていないのでどういう意図があるのかわからなかったのだろう。ユールクスからその事を聞いたのはカイルだけだった。それはグレイにとって寝耳に水だ。


「ここから西にあるエルトという港街にあるダンジョンに行くように言われたんだ」


「ダンジョン!誰に!ダンジョン潜った後にダンジョン?」


 グレイがそんな事を初めて聞いたと言わんばかりにカイルに詰め寄った。


「なんでだ?ダンジョンに行く必要があるのか?」


「シェリーの聖女としての役目のためかな?ここのダンジョンマスターに行くように言われてね。早めに行った方が良いようにも言われて、シェリーがこの後行くことを決めたんだけど、このままだと、オルクスとリオンは置いて行かれそうだよね」


 人波を魔眼の力によってモーゼの海割りの如く作られた空間をサクサクと歩くシェリーの後ろ姿を見ながらカイルは言う。

 二人は試合という名の手合わせで己の得物を失ってしまった。そうなると、これから行こうとしているダンジョンには行くことはできない。それはシェリーも馬鹿にもするだろう。力を使うなら実践にしろと。そもそも、普通の剣に魔力を纏わすなんて壊せと言わんばかりの行動だ。


 今後の予定を何も言わなかったシェリーもシェリーだが、シェリー的には一人で行くつもりであったので、この後にダンジョンに潜るとは言うつもりもなかった。それに誰が付いて来ようが邪魔さえしなければ構わなかった。

 ただ、何処に行くのかと問われれば答えるぐらいのことはしただろう。


 会場の外に出たシェリーはそのまま首都ミレーテから出て、港街エルトに行こうと思案していると、両手が塞がれてしまった。顔を上げると、どうやら、カイルとグレイに手を握られてしまったようだ。


「両手を塞がれると困るのですが」


 シェリーが不機嫌に訴えると、グレイが握っている左手に圧力が増し、カイルが握っている右手は何故か恋人つなぎにされてしまった。


「西のダンジョンにシェリーだけ転移で行かれると困るからね」


 カイルはニコニコと言う。その言葉にシェリーはため息を吐きながら返す。


「エルトの転移指定は登録していませんので、行くなら騎獣で移動します」


 登録していないところは自力で行かなければならない。転移というものが便利と言われつつも初めてのところや、もう来ないだろうと認識した場所には転移することはできない。微妙に使い勝手の悪いものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る