第279話

 一番下まで降りたスーウェンは身の丈ほどの杖を取り出し、赤く揺らめいている結界に向ける。杖が光り出したかと思うと、人一人分の穴が結界に開けられた。

 歓喜に沸き立つ人々は気が付かない。しかし、オルクスとその対戦相手だった人物は気が付き穴が開けられた結界の方に視線を向けた。


 その穴を潜りリオンが地面降り立ったところで、会場が静まり返る。どうみても出場者ではない異質な黒を纏った鬼族の乱入だった。人々の目が驚きと好奇心または不快感を顕にし、炎国の乱入者に向けられていた。


 スーウェンは何事も無かったかのように、カイルの隣に腰を下ろす。その姿にシェリーは視線を向け、苛立ちを抑えながら言う。


「あんなに簡単に穴が開くものだったなんて知らなかったのですが?」


 アルテリカの火は有名なものだった。どんな攻撃も通さないと。それ故に高額で取り引きされる物でもあった。

 物語でも重要都市を守るために用いられたと記される物でもあった。

 だから、スーウェンがあの様に杖を一振りするだけで穴が開けられるものだったなんて、噂は所詮噂だったのかと落胆の色を隠せない。


「あれですか。先程も言ったとおりエルフ族は長年研究していましたからね。人族がアレを解除するのは難しいと思いますよ。でも、オリバーさんなら可能かもしれませね」


 ということはレベル200超えの者なら破壊可能だということなのかもしれない。


「そうですか。なら、使えそうですか」


 そう言って、シェリーは穴が閉じた赤く揺らめく結界を目に映す。その奥には剣を構えたオルクスと刀を構えたリオンがいた。狐獣人の男性は舞台を降り結界を背にして立っていた。結界を通れないので、それは仕方がないのかもしれない。


 オルクスが雷光を帯び始める。それが開始の合図と言わんばかりにリオンがオルクスに向かって刀を振り下ろすが、オルクスがそれを紙一重で避け、雷光を纏ったままリオンに剣を突きつける。


「オルクスはあの力を自分の物にできたみたいだね」


 以前、力に振り回されていたオルクスと手合わせをしていたカイルが言う。あの時とは違い魔力の不安定さはなく、使いこなせているようだ。


「オルクスは元々素質があったのか飲み込みが早かったですね」


 オルクスに魔術を教えたスーウェンが感心したように言った。

 それはそうだろう。猛将プラエフェクト将軍の質の持ち主だ。の将軍は魔剣の扱いに長けた人物だった。魔力の扱いがうまくないと、そうはいかない。



 突然オルクスがリオンから距離を取った。

 どうしたのかと思えば、リオンの刀が青く光っていた。

 いや、よく見れば青い炎を纏っていた。


 シェリーは思わず、隣にいるスーウェンに向かって声を放つ。


「スーウェンさん!あの狐獣人の男性を結界の中に引き込んでください!早く!」


 その言葉にスーウェンは頷き、狐獣人の男性がいる方に向かって行った。


「ああ、リオンはシェリーのアレを見ていたからか。スーウェンに魔力の扱い方を教えてもらっていると思ったら、ここまで出来るようになっていたなんて、すごいね」


 カイルはリオンの姿を見て称賛している。魔力の扱いができなかったリオンがいつの間にか己が生死の境に陥れた技を使えるようになっていたとは。

 そんなリオンの姿を悔しそうな顔をしてグレイは見ている。


 青い炎。龍人アマツの技である『龍の咆哮』で使われている高魔力の塊を刀に纏わしたのだ。

 龍人の強固な肉体の代わりに刀で代用したのだ。鬼族の強靭な力とドワーフが作った刀で天津の龍の咆哮を再現したのだろう。


 しかし、あの高魔力でリオンの刀が保つのだろうか。シェリーの魔刀はシェリーの力を考慮してブラックドラゴンの素材で作ってもらった一品物だ。


 リオンがオルクスに向かって青い炎を纏った刀を振り下ろす。それに対してオルクスも稲妻を纏った剣で受け止める。

 その瞬間、爆発的に互いの力が発せられ稲妻と青い炎が結界内を満たした。


 赤い炎の結界が一瞬不自然に揺らいだが、そのまま赤い炎は揺らめいている。


「リオンも魔力の扱いについて聞いてきましたが、術式については聞いてこないと思えばこういうことですか」


 結界から出られなかった狐獣人の男性を連れ出すことができたスーウェンが戻ってきた。ここ最近、スーウェンとリオンが何かと話し込んでいる姿を見かけていたが、魔力の扱い方について教えてもらっていたようだ。多分、効率よく高魔力を圧縮する方法を聞いていたのだろう。


 エルフ族は術式を組むことにより魔術や魔導術を発動することに慣れていたため、リオンは魔力の圧縮と言う概念をスーウェンに説明することから始めたのだろう。

 魔力の扱いが素人のリオンがシェリーの一回見せた技をスーウェンに理解させて教えてもらうというのは中々大変だったのではないのだろうか。


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