第186話
「そうですが、なにか?彼女と私の利害関係は一致しています。」
そう、陽子はダンジョンポイントが定期的に入ってくるメリットがあり、シェリーは自分がそばにいなくても屋敷に居る限りルークを守ってもらえた。シェリーが聖女としての仕事をしている限り、どうしても一定期間ルークの側にいられない時間ができてしまう。それは、年月が経つほどに屋敷を空ける時間が増えていったのだ。オリバーが屋敷にはいるのだが昼夜逆転して生活している彼は当てにはできない。そんなとき、陽子の守りがあると言うだけでシェリーは安心して仕事ができたのだ。
「ふふふ、佐々木さんのところの陽子さんね。一度遠くから見たことがあったけど、彼女を見ていると胸がいっぱいになってしまったのよ。懐かしい感じがしてしまったの。」
アマツは遠くを見ながら、悲しいような苦しいような表情をする。きっと彼女は陽子を見ながら他の誰かを思い重ねたのだろう。だから、シェリーは尋ねる。
「会いたいですか?」
「いいのよ。所詮私は死人だから。」
所詮死人。その言葉にシェリーの中にある佐々木の心が慟哭を上げる。ダメだと思い直ぐに蓋をし、落ち着くように息を吐き出す。
「シェリー。お茶を飲む?」
シェリーの心情の変化を感じ取ったのかカイルがシェリーにお茶を差し出してきた。
アマツとユールクスが楽しげに話をしているなか、オルクスがこちらに向かって来た。どうやら用事というのが終わったらしい。その後ろからは死んだ目をしているリルラファールが付いてきていた。何があったかは触れないでおこう。
そして、間を置かずにグレイとスーウェンが戻ってきた。アマツに何か言いかけたノインも付いて来るかと思われたが、支店を任されている者としては早々に店を空けることができないのだろう。
「では、行きましょうか。」
そう言ってシェリーはカイルの膝の上から降りて、冒険者ギルドまで戻ろうすれば、引き止められてしまった。
「待て!いや。少しだけ時間をください。」
そう言ったのは死んだ目をしていたリルラファールだった。
「あ、あの。アマツ様。」
「なにかな?」
「俺、強くなりたいのです。英雄ソルラファール様のように、どうしたらなれますか?」
「え?ソルのように?・・・。」
強くなるにはどうしたらいいかと尋ねられたアマツは固まってしまった。そして、腕を組んで考え始める。
「うーん。いっぱいあっちこっち行って鍛えたから?あの時は戦う必要があったからねぇ。ユールクスから聞く限り今は昔程の驚異は無いみたいだし、強くなる必要があるのかな?」
強くなる必要があるのかと問われれば、どうだろう。
「・・・強くなりたいのです。」
同じ言葉をリルラファールは繰り返す。
「そっかー。強くある必要はないんだね。でもね。強さって心から来ると私は思うんだよね。いくら、力が強くても心が弱ければ先に心が壊れてしまうでしょ?心が強ければ、力が弱くてもどうすれば大切なものを守れるか考えて努力するでしょ?君は大切なものはあるのかな?」
「あります。」
「なら大丈夫。その大切なものを守れるように努力すればいいのよ。」
その言葉を聞いたリルラファールは満足した顔で『ありがとうございます。』と言ってアマツに頭を下げて走って建物の中に戻って行った。
その後ろ姿を見ながらアマツはポツリと『大切な人達を守ることしか私にはできなかったけどね。』と呟いた。彼女の死の原因を知っているシェリーには掛ける言葉が見つからなかった。
アマツの姿は目立ってしまうので、外套にフードをかぶってもらい、冒険者ギルドまで歩いて行った。
その間アマツは、はしゃぎながら、あのお店は何?とかあの服可愛い!凄く人がいっぱいだね。とか言っていた。その言動はまさに田舎から出てきた者の言葉だったので、周りの人の目はとても温かかった。
冒険者ギルドに着いたのだが、何か様子がおかしい。ギルドの中がお祭りのように騒ぎになっている。シェリーは斜め上に目線を向け目を見開き、そしてアマツにふり向いて言う。
「少し、ぶん殴ってきますので、ここで待っていてくれませんか?」
「え?さっきギルドまでって言っていたから、ここでもういいわ。佐々木さんの大分負担になっているでしょ?」
アマツはもう十分堪能したから、ここまででいいと言う。アマツを召喚し続けているシェリーのMPは時間に応じて減っていっているのだ。しかし、シェリーは
「ユールクスさんがダンジョンを見てほしいって言っていましたよね。そこまではいてください。」
そう言ってシェリーは騒がしい人混みの中に消えて行った。
シェリーは人混みの中をすり抜けて騒ぎの中心にやってきた。今日の朝に出ていった転移の間の扉の前だった。そこには見知った顔がある。シェリーは拳を握り気配を消して、勢いよく相手の顔面に向かって拳を殴り付けた。しかし、シェリーの拳は相手の手で阻まれてしまった。
「ちっ。何をしてくれるのですか?炎王。」
「はぁ。なんで佐々木さんがギランにいるんだ?タイミングが悪すぎる。」
そう、転移の間から出てきて騒ぎになっている人物は先日会ったばかりの炎王だった。
「シェリーさん。直ぐに用意するので帰る時に一緒に連れ帰ってくださいませと言いましたよね。」
「ギランでシェリーに会えるなんてやっぱり運命だよな。」
そして、炎王は鬼族のオリビアとリオンを連れて来ていたのだ。
「ちっ!ギルドマスター!」
シェリーはこの騒ぎを知りながら全然姿を現さないギルドマスターを呼びつける。
「なんだ?ラースの。」
二階の吹き抜けから白豹獣人の男性が顔をだす。
「二階に上がっても良いですよね。良いですよね!」
高位ランク者しか上がれない二階に行く許可をもらおうとしているが、嫌と言わせないように二度同じ言葉を口にする。
「お、おう。」
許可が出たようなので、シェリーは群がる群衆に向かった言葉を放つ。
「道を開けなさい。」
しかし、この国の冒険者たちとって憧れといっていい炎王に拳を振るったシェリーの心象は良くない。そんなシェリーの言葉を聞く者は誰もいない。
「はぁ。『道を開けろ。』」
シェリーはほんの少し魔眼を使い命令をする。ラースの魅了眼だ。そのシェリーの魔眼の効力により誰も動こうとしなかった群衆が一斉に壁の端に寄った。入り口から転移の間までの道ができたのだ。
「やっぱラースのは怖ぇーなぁ。」
ギルドマスターがポツリとつぶやき。
「はぁ。ここで佐々木さんに会ってしまうなんて計画が狂ってしまった。」
ため息を付きながら炎王は二階に上がって行き。
「シェリー。一緒に行こうか。」
とリオンが手を伸ばすもその手が弾かれ、シェリーはカイルに引き寄せられた。しかし、シェリーは入り口で立ち止まってしまっているアマツのところに行き
「天津さん。行きましょう。」
「待って佐々木さん。私・・・。」
「私が側にいますから。」
そう言ってシェリーは天津の手を引き二階に上がっていく。その後ろからはカイルとリオンが睨み合いながら付いてきていた。
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