第184話

「英雄、英雄って言っていましたけど、本当の英雄の力も見たことも無いくせに、その子孫ってだけで威張らないでもらえます?そんな弱っちい子犬様に英雄の力見せてあげますよ。オルクスさん。邪魔なんで、子犬様の面倒見てもらえません?」


 そう言ってシェリーはアマツに向き合う。向き合ったアマツはリルラファールの事が気になるらしく目線がオルクスに引きずられている彼を追っている。


「ねぇ。あの子ソルの子孫なの?」


「そうですよ。」


「やっぱり!出会った頃のソルにそっくり!可愛かったのよ。」


『可愛い?』『団長が?』

 とそんな声が聞こえてくる。可愛いと表現されたリルラファールは地面に項垂れているようだ。可愛いは青年に言っていい言葉ではないだろう。


「じゃ、いくわよ。『龍化!』」


 アマツの龍化の言葉と同時に彼女の顔には青白い鱗が浮き出てきた。いや、見えている首も手の甲も全てが鱗に覆われた。そして、アマツは拳を構える。武器は何も持っていない。いや必要がないのだ。鱗に覆われた皮膚はそれ自体が強固で武器と言っていいのだ。

 アマツに合わせシェリーも拳を構える。シェリーの体術は彼女から習ったといってもいい。剣術は聖剣ロビンから体術は英雄の水龍アマツから戦いの中で学んでいったのだ。


 シェリーはアマツに向かって拳を振るう。アマツも同じ用にシェリーに向かって拳を振るう。二人の拳がぶつかり、その衝撃は空気すら振動させ、衝撃が訓練場一帯に走った。それが合図とでもいうかのように、二人は一旦距離を取り、間合いを取る。


 次はアマツが地面を蹴った瞬間消えた。そして、シェリーは少し体を傾ける。その横に一迅の風が吹き抜け、足元に砂埃が舞い上がり、シェリーはその砂埃をめがけて足を振り下ろす。砂埃からアマツが空に向かって飛び出してきた。


 アマツは消えたわけではなく、目に見えない速さでシェリーに攻撃をしていたのだ。


 そして、シェリーもその場から消えた。空に目をやれば飛び出してきたアマツの姿も見られない。ただ、砂埃と空気の振動が伝わってくることで、目には見えない速さなのだということだけが分かるぐらいだ。


 ただ、カイルとオルクスの目はせわしなく訓練場を行き来しているところを見ると彼らには見えているようだ。


 そして、大きく砂埃が立ち、お互いがお互いの顔面の前で拳を止めている姿で止まっていた。


「佐々木さん。また強くなった?腕一本持っていかれるかと思ったよ。」


 アマツは拳を下ろし、反対側の腕をさすりながら、シェリーにそのようなことを言う。


「まぁ。色々ありまして」


 そう言いながらシェリーも拳を下ろす。色々というのは謎の生命体のちょっかいによって分裂させていた人格を強制的に戻されたことにより、聖女としての力と破壊者としての力を制御して使えるようになったことだ。

 しかし、龍人の鱗を傷つけるシェリーの拳は恐ろしいものだ。


 シェリーはリルラファールを見ると呆然と前を見ており、その横に立っているオルクスは目を輝かせており、『やっぱ、すげーなぁ』と言っている。

 そんな訓練場に駆け込んできた者がいるグレイとスーウェンだ。それともう一人いるようだ。


「だから、ダメな理由を言えと言っているだろ。」


「ああ゛?ダメなものはダメだ。」


 グレイともう一人の人物が言い合っているようだ。


「ねぇ、ねぇ、佐々木さん。もしかしてあの子」


 アマツはグレイと言い合っている人物をさして


「ジェームズの子孫?」


「ジェームズさんって言う方は知りませんが、フィーディス商会の人です。」


「ああ、やっぱり!」


 アマツが指した人物は白い短髪から白い三角の耳が出ており目つきの悪い金色の目をグレイに向けながら、話している白い猫獣人の男性だ。


「あ!シェリー。聞いてくれ!俺たちに店の物は売らないって、この猫が言うんだ!」


「猫じゃねぇ!フィーディスだ!」


 そう言いながら白い猫獣人の男性はシェリーを見て、その隣にいるアマツを見て固まってしまった。


「グレイさん。他の店でも多分同じですから、さっさとダンジョンに行きましょう。」


「いや、流石に10日もダンジョンに潜るのに色々足りない。なんで、売ってくれないんだ?この猫は全然教えてくれないし。」


 シェリーはアマツを連れてグレイとスーウェンに近づいて行く。スーウェンを連れて行けばこうなることを途中で思いだしたが、やはり、物を売ってくれなかったようだ。


「スーウェンさんにエルフの王族の血が入っているからです。ギランとシャーレンの確執です。」


「え?それだけ?」


「それだけです。食料は現地到達すればいいです。」


「ダンジョンで現地調達できるのか?」


「運がよければ。」


「・・・・。」


 運を頼りにダンジョンに潜るほど危険なものはない。

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