11章 アイラという少女の処遇
第111話
「あ゛?この忙しい時に王都を離れるだ?」
シェリーは冒険者ギルドの特殊依頼の受付に来ていた。目の前にいるニールの眉間のシワが一段と深くなっている。
「1ヶ月程離れます。」
「はぁ。東西南北のどこの方面に行くのだ。」
ニールは大量の紙の束を出しながら聞いてきた。どうやら行き先方向の依頼を押し付けるつもりのようだ。
「モルテ国に行きます。」
「あー。それは生きて帰ってくるよな。」
「失礼ですね。贈り物を届けに行くだけです。」
「カイルも行くつもりか?」
ニールはシェリーの横にいるカイルに問う。今ここにいるのはカイルだけである。他の三人は昨日の朝からダンジョン攻略に出かけたまま、まだ戻ってきていない。
「シェリーが行くからね。」
「はぁ。4日は王都にいるんだよな。取り敢えずこの5件を頼む。西方面の依頼は後日渡すから、その5件を4日以内に終わらせてくれればいい。」
一体どれだけの依頼を押し付ける気なのだろうか。シェリーは渡された5件の依頼を確認し、眉を顰める。その中の1件がシェリーへの指名依頼だったのだ。
「ニールさん。指名依頼は受けませんよ。」
シェリーはBランクなので指名依頼を受けられない。以前、ニールが言っていたがシェリーの実力はSランクなのだが、昇格にシェリーが首を縦に振らないのだ。シェリー自身ランクアップを了承しないのは、もちろん溺愛するルークと過ごすのに長期間の依頼を受けないためでもあるが、指名依頼という煩わしいことを避けるためでもあった。
「依頼主が誰か知ってもか。」
「受けません。」
シェリーは即答である。シェリーへの指名依頼の依頼主の欄にあるサインはイーリスクロム国王陛下のサインである。シェリーは誰が依頼主でもその対応に変わりはない。
「やっぱり、無理だってよ。」
ニールはシェリーとカイルの後ろ側に向かって声を掛けた。振り向くとそこには、緑髪金目ほっそりとした長身の男が見たことがない軍服を着て立っていた。
「それは、困りますね。」
男はシェリーとカイルに近付いて来て
「昨日、ご自宅を訪ねたのですが、誰も出られなかったので、依頼という形をとっていますが、実質、国王陛下の勅命です。」
昨日、この男はシェリーを訪ねて来たらしいが、オルクスとグレイとスーウェンはダンジョン攻略に出ており、オリバーは昼夜逆転の生活を送っているため昼間は寝ている。シェリーは・・・佐々木が不貞寝してしまった横でカイルも惰眠を貪っていたので、誰も出てこなかったのだろう。
「誰がどう言おうが受けません。それにこの人物の名前はあの変態ですよね。治さない方が子供たちの心の平穏のためにいいと思いますが?」
今回、イーリスクロム陛下が依頼を出してきた内容は、元第5師団長の怪我の治療だ。おそらく、アンディウム師団長の治療を目の当たりにして、今回の事を思い立ったのだろう。
「その件に関しては、一族の者が迷惑を掛けてしまい、申し訳なかった。しかし、魔物の活動が活発になってきているこの時期に、何があっても対応できる様にしておきたい。そのためには、討伐戦を戦い抜いた第6師団長と副師団長は元の業務に戻したいのです。」
目の前の男は第5師団長と同じ蛇人らしい。
「そんなことは、わたしには関係ありません。それに一人、力が有り余った人がいるではないですか。トーセイにいる先日、山を一つ消し飛ばしたと噂の元統括副師団長が。」
「あ、いや、それは、色々想定外に大き過ぎる・・・。」
男は言葉を濁しながら答えるが、被害の範囲が想定外に大き過ぎると言っているのだ。それに、第5師団の事故の責任を取って軍を去っていった人物を今更呼び戻すわけにもいかない。
「今回の依頼を受けてくれると言うなら、できるだけ希望を叶えよう。」
シェリーは目の前の男が未だに名乗っていないことに不快感を覚える。情報があまりにもなさすぎる。この男は見覚えもないし、この軍服も見たことがないことから、かなり国の中枢にいる人物だと思われる。
希望を叶えてくれるというのであれば、叶えてもらおうとシェリーが口を開く。
「希望を叶えてくれるというのであれば・・・。」
シェリーとカイルはイーリスクロムの依頼を持って来た男と一緒に第一層の中のとある屋敷にきていた。そこの庭先では下半身不随と言われたヒューレクレト・スラーヴァルが上半身裸で腕立て伏せをしていた。ヒューレクレトはこちらに気がついたようで
「レイモンド。何か用か。」
と長身の男に向かって声を掛けた。シェリーは目の前の男をレイモンド・スラーヴァルと意識して視てみる。当たりだ。どうやら、近衛騎士隊長らしい。
近衛騎士隊長が国王陛下の命を聞いて動くのは当たり前だが、わざわざ第5師団長の怪我の治療の為に近衛騎士隊長を動かすのだろうか。
「ああ、いい加減に治療を受けてもらおうと思ってな。」
「断る!あの外見が若いだけの年増のエルフの治療を受けるぐらいなら、今のままでいい。治療をしてくれるのは可愛い子を希望する。」
最低だ。何年経とうが変態の頭の中身は変わっていなかった。シェリーはヒューレクレトに近付いて行き
「誰だお前。」
ヒューレクレトの問いには答えず、スキル『聖人の正拳』を発動させ、未だに腕立て伏せをしているヒューレクレトの脇腹に思いっきり蹴りを入れながら『聖女の慈愛』も掛けておく。ヒューレクレトは地面から浮き上がり何も無い庭を突っ切り、屋敷の外壁に直撃して止まった。
「何をするのですか!」
レイモンドが怒りを顕にしてシェリーに詰め寄るが、二人の間にカイルが立ちはだかる。
「脊椎の損傷は治療しておきました。あと、変態が頭を打った衝撃で治らないかと試してみたのですが、どうですかね。」
とシェリーは言ったものの、変態共に囲まれ身体強化では敵わなかったことに対して、『聖人の正拳』で仕返しをしただけであった。
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