10章 ササキとシェリー

第101話

 シェリーは仕事の合間によく行っていた、喫茶店で珈琲を飲んでいる。ここのマスターが淹れてくれる珈琲の香りが好きでよく通っていた店だ。

 スーツ姿のシェリー・・・いや、佐々木という女性の目の前には、白い人物が同じように珈琲を嗜んでいる。


「何か用ですか?」


「そうだね。エルフたちが焦って面白かったよ。」


 シェリーには関係がないことだ。


「それに君の番たちも面白かったね。本当に敵わないとわかっていながら、もがく姿は滑稽だね。」


 何が敵わないのか佐々木にはさっぱりわからない。


「そうそう、炎国に行く前にモルテ国に行くといいよ。例の彼女を手土産にしてさ。」


「それは私が行かなければならない事ですか?」


「モルテ王を視てみるといいよ。」


「それで?」


「これからの事を考えるとモルテ王は抑えておくべきじゃないかな?」


 佐々木は考える。確かにモルテ王もモルテ国の住人も敵となれば厄介な存在だ。しかし、番を贈ったからと言って味方になるような人物ではない。会って視てみれば何かがわかるというのだろうか。


「少し尋ねたいのですが?」


「いいよ。何かな?」


「私にツガイを宛行うために誘導しましたか?」


「しちゃった。」


 テヘペロっという感じで言われても可愛くない。


「どう見てもスーウェンさんの行動おかしかったですよね。彼が借金奴隷になる必要はなかったのでは?」


「そうだね。彼らが奴隷として欲しかったのは族長のほうだったのを少し弄ったかな。」


「今回の炎国の件はどうですか?マルス帝国がわざわざ海を渡った炎国に標的を定めるのはおかしな事だと思います。」


「それはどうかな?彼らの意図が何処に向いているのかな?」


 炎国にあってマルス帝国に無いもの。それはたくさん存在するだろう。しかし、マルス帝国が欲しがる価値のあるようなものなど・・・


「光の巫女。」


「今じゃ、この大陸では忘れ去られた術を使えるのは君と炎国の光の巫女ぐらいじゃないかな?」


 私と光の巫女だけが使える術なんてあるのだろうか。


「そういうことだから炎国の件は手を出していないよ。」


 炎国からの使者に言う用件が増えてしまった。


「そうそう。今日は僕のお願い事を聞いてもらったからね。お礼に望みを叶えてあげるよ。」


 佐々木は身構えてしまう。この謎の生命体が望みを叶えてくれるというのは、どんな罰ゲームなんだ。


「そんなに身構えなくていいよ。」


「では、ツガ「番を無しにっていうのはダメ。」チッ。」


 佐々木は窓の外を見て、目を閉じ、ため息を吐く。


「では、珈琲をもう一杯いただけますか?」


「そんなことでいいの?マスター珈琲2つ追加で」


「ええ。ここは私にとって夢でも現実なんでしょ。」


「あれ?わかっちゃった?」


 先程からおかしいとは思っていたのだ。窓の外に流れている電光掲示板は佐々木の記憶にない事ばかり流れている。交差点の角の工事中であった建物が出来ており、それも記憶にない姿となっていた。そして、窓の外を歩く人々・・・。


 佐々木の目の前に追加の珈琲が出される。


「お久しぶりですね。最近来てくれなのでどうしたのかと思っていましたよ。」


 マスターが佐々木に話しかけてきた。新人の頃からカウンター席に座ったときによく話相手をしてくれた白髪混じりの60歳ぐらいのおじさんだ。最後に見たときからあまり変わっていない様に見える。


「ええ。少し体調を崩しましてね。」


「そうですか。ゆっくりして行ってくださいね。」


 目の前に置かれた珈琲の中に波紋が広がる。ポタポタと止めどなく波紋が作り出されていく。


「あんまり泣いちゃうと塩っぱくなるよ。」


「酷いですね。私はこの世界に未練があると知っていながら連れて来たのですか。」


「ここの珈琲おいしいよね。」


 目の前の白い存在は答えてくれず、ただ珈琲を褒め飲んでいる。ここに、この世界に来れてしまうと分かってしまえば私は・・・違う。ああ、目の前の存在が憎らしい。


「以前、君達が話をしていたよね。僕ならこちら側に来れるのではないかと、希望通り連れて来てあげたよ。」


 それはカイルが言っていたことだ。シェリーはそのことに対して何も言ってはいない。私が望んでいると?確かに望んではいる。しかし、こういう形ではない。時が進んだ世界に死んだ人間が存在してどうする。この姿で家族に会えると思っているのか。

 所詮、謎の生命体だ。虫けらの様な存在である佐々木の望みなど、わかることではない。

 佐々木は珈琲を飲み干す。


「ごちそうさまでした。私は戻ります。」


「そう?じゃ、またね。」


 景色がぼやけていき真っ白な世界となって、佐々木の意識は途絶えた。

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