第84話

 その、先にいたのは直径5メル程の黒いスライムだった。この黒いスライムの小さいものなら何回も見たことがあった。ラース公国の焦土化した平原にたくさんいたのだ。それが山脈を越えてこちら側の国まで来て、多種多様なイアール山脈の魔物を補食し巨大化したのだろう。そして、黒いスライムが移動したと思われる跡には、木々が黒く枯れ、地面も黒く変色していた、これが目撃者には毒に思えたのだろう。


「最悪。」


 思わず口から漏れてしまった。



 先ほどからシェリーは何もせずに傍観者をしている。流石に4人はあの白い謎の生命体に選ばれた事はある。オルクスが突っ込んで行き、グレイは陽動、スーウェンが後方から魔術で支援、カイルは直接攻撃と魔術攻撃の両方で全体をカバーしている。

 シェリーは思ったわたし要らなかったのでは?と。

 しかし、5メルのスライムが分裂してしまったので、攻撃が広範囲に渡ってしまっている。そのおかげで、この辺り一面は草木が無くなってしまった。攻撃力がある過ぎるもの問題のようだ。

 4半刻30分後には黒いスライムは完全にいなくなっていたが、バカ勇者のやらかした事がここまで来てしまっているなんて、ラースに抗議文でも送りつけておこうと決意するのであった。


 その後2刻間4時間かけて、この一帯を捜索し、10体の黒い巨大スライムを討伐した。多すぎではないだろうか。最後にシェリーは半径10キロメルkmの範囲の聖結界を施し、山脈の一角を浄化した。


 王都に帰って来たのは2日後の事だった。やはり、馬車に閉じ込めたアイラ嬢が問題を起こしていたのだ。絶対に開けない様にと言い聞かせて送り出したのに、駐屯地で今年配属された騎士養成学園の卒業生がやらかしたのだ。

 開けてはいけないと言われると開けたくなるのが心情かも知れないが上司の命令を聞けない幹部候補生など、問題だらけだ。そんなところにルークを行かせているのかと思ったら、シェリーの中でやることのひとつが決まってしまった瞬間だった。

 そして、当の問題児であるアイラ嬢は駐屯地のイケメンの男達に自分がどんなひどい扱いを受けたか切々と語るのだ。シェリーはその状態を目の当たりにし、さっさと王都へ帰ろうとしたら、広報紙を持ったアンディウムから無言の圧力を受けた。仕方がなくアイラ嬢を回収しようとすれば、アイラ嬢の言葉に正義感を燃やした駐屯地の連中が襲って来たのだ。

 第10師団の殆どが詰めている駐屯地での騒動だ。王都に幾人か残っているだろうが、1万規模の騒動だ。最初はアイラ嬢の言葉を信じた数人だった。それが、人を呼び続け、獣人の悪い癖で脳筋の奴等は関係が無いのに戦いを挑んでくるのだ。最初は一人一人を相手にしてたが、煩わしくなり多勢には多勢をぶつけよう。


「『亡者ドールの強襲レベル10』」


 スキル

  亡者ドールの強襲レベル10

 流石に骨だけではもの足りなくなったので、レベルをアップしてつくった。レベル10は様々な武器を携えた人族、獣人、魔物まで肉付けされ甲冑を纏い襲ってくる。しかし所詮、ドールのため経験値は入らない。

 これで世界を支配できちゃうね。


 辺りは一面の闇に支配され、地面から次々と武装した人族、獣人が這い出てきた。そして、そのあとには魔物まで続いて地面から這い出てくる。しかし、這い出てくるのを見たのは前方で戦っていた者のみで、後方にいる者たちは次々と押し寄せてくる。余りにも異様な状況に恐怖を感じ足踏みをする前方と前進してくる後方。一瞬攻撃が止んだ。そして、シェリーが号令をかける「『強襲』」その号令と共に向かってきていた第10師団の獣人達に襲いかかって行った。カイルとグレイ、スーウェンは一度このスキルを見たことがあったが、それは骸骨の姿であったため、地面から這い出してきても、アンデットかとしか思っていなかった。しかし、肉付けされた者たちが地面から這い出て来るさまは異様にしか映らない。そして、シェリーの異常さを聞いていただけで見たことがなかったオルクスは感動していた。今まで、多勢から攻撃を受けることは部下との訓練のみだったので、全然、手応えがなかったのだ。これなら、満足に体を動かせるかもしれない。オルクスはシェリーに近づき


「なぁ、あれの攻撃対象に俺を含めてくれないか?」


 と目を爛々と輝かせ、しっぽが横にゆるりゆるりと動いていた。


「は?」


 シェリーはゴミ虫を見るような目をオルクスに向ける。


「あれ、絶対面白いよな。あれ、いいよな。あんな状況になることなんて絶対にないよな。」


 子供がおもちゃを欲しがる感じに聞こえてしまう。

 シェリーはため息をつき、ある方向を指で指す。


「あのオーガがキング設定なので、あのオーガより向こう側に行けば攻撃対象です。キングであるオーガを討ち取れば終了です。」


「おもしれー。すっげー実践的じゃないか。」


「そのように創りましたから」


「へー。じゃ、参加してくる。」


 そう言って、オルクスは嬉々として走って行ったのだった。

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