第79話

 翌日、雨の中玄関先に青い顔をした天使もといアンディウムが立っていた。


「どうしたのですか?」


「無理だ。絶対無理。あの聖女候補はない。」


 広報担当者に叩き込まれた丁寧な口調から、素が漏れでてしまっているようだ。


「あれは未知の生物だそうに違いない。君から私ではなく他の人物にしてもらう様に提案してくれないか?」


「私はただの冒険者に過ぎませんから、騎士団広報や師団長を動かせる権限なんてないですよ。」


「君だけが頼りなんだ。」


 空はアンディウムの心を映しているが如く、どしゃ降りの雨である。そのまま、天昇してしまいそうな程顔色が悪いアンディウムにシェリーは


「はぁ。中に入ってください。」


 と屋敷の中へ入るように促した。


 今日は屋敷の中にはカイルしかおらず、グレイ、スーウェン、オルクスは雨の日にしか採取できない薬草採取依頼を受けていたため、この場にはいない。


 昨日同様、応接室に通しお茶の用意をしていると、カイルが側までやってきて


「何をしに、また第2師団長が来たの?」


 と質問をしてきた。シェリーは首を傾げながら


「さぁ、聖女候補と言う名の未知の生物の対処に困っているらしいです。」


「教会が聖女として認定しようとしている人のこと?」


「詳しくは聞いていないのでわかりません。」


 お茶とお茶請けを用意して、応接室へ行く。ノックをし部屋に入ると、キノコでも生えそうなぐらいジメジメ感を醸し出したアンディウムがソファーに座っていた。


「どうぞ。」


 シェリーはお茶を出し、向かい側のソファーに座ると、カイルが横に座り腰を抱いてきた。二人の間は指一本も入らないぐらいぴったりだ。


「ご用件をどうぞ。」


 シェリーはアンディウムに話すように促す。


「昨日、あれからニールに文句を言いに行ったのですが忙しいと取り合ってもらえず。統括師団長に会いに行っても会えず、広報に行ってみましたら『教会に行って相談してみましょう』と広報のサリー女史と共に中央教会に行ったのです。」


 アンディウムは言葉を止め、ブルリと震えた。何かを思い出したようだ。


「司祭と聖女候補と我々の席が儲けられ、挨拶をする前に聖女候補が私に近寄って来て『ちょーイケメン。ランフォンスよりこっちの方が全然いいじゃん。』と言ったのです。

 ちょーいけめんの意味はわかりませんがランフォンスとは第二王子の名前が出てきたので、『第二王子とお会いしたことが?』と聞いて見れば会ったことはないと言うのです。

 言っている意味が殆ど分からなかったのですが『ショタウサギもいいしチャラ男もいい!でもツンデレも捨てがたい。わたしヒロインだし 、やっぱ逆ハー目指すかな』と喋ったのです。意味分からない。」


 そう言って頭を抱えだした。


「意味の分からない言葉を覚えているアンディウム師団長さんが奇妙に見えますが?」


「人の言葉を覚えるのは得意なんです。しかし、言葉が分かるのに意味が分からない言葉を話す聖女候補はないと思います。」


「そうですね。ランフォンス第二王子に会ったことはないのですが、見た目は良いですか?」


「今年13歳の可愛らしい御方だ。」


「絵姿は出回っていますか?」


「5年前の第三王子が生まれたときの家族写真を絵姿に描かれたものが出ていますが、成人するまで個人の絵姿は作られません。」


「最近の絵姿がないのに会ってもいない第二王子を知っているってのは問題ですよね。

 ショタウサギはファスシオン師団長見たいな人を指していると思います。チャラ男はモテている人物ですか、ツンデレは普段は素っ気ないのにふとした瞬間に心を許す感じですかね。

 そういう男性を周りに侍らせてたいと願望を持っる、私が世界の中心と勘違いした女性が聖女様ですか。良くない感じがしますね。」


「意味がわかるのか。だったら通訳に付いて来てくれ」


 アンディウムは立ち上がりテーブルを迂回し、シェリーの前で膝を付き、手を取って懇願する。


「指名依頼を出すから頼む。あの今まで遭遇したことのない未知の生物にどう対応したらいいのか分からないのだ。」


 シェリーの手を取っていたアンディウムの手をカイルが手刀で叩き落とし


「Bランクのシェリーは指名依頼を受けることはできませんよ。」


 カイルはシェリーの手をハンカチでぬぐい出した。


「お願いします。あの獲物を狙っているかのような目も気味が悪いし、異様に距離が近いのも気持ち悪いし、なで声で話す言葉は悪魔の言葉に聞こえるし、もう、無理なんです。」


 アンディウムはもう床に同化するぐらいうずくまってしまった。シェリーはため息を吐き。


「私が言い出した事なんで手助けはしてもいいかと思うのですが・・・」


 その言葉を聞いたアンディウムが顔を上げキラキラとした期待の目でシェリーを見る。


「わたしが一人お手伝いするなら上手く行くかもしれませんが。」


 言葉を切り隣のカイルを見上げる。一人で行かせてくれる可能性は殆どゼロだ。


「わたしが行くと言ったら付いて来る人たちがいます。」


「昨日の人達ですか?問題ないですよ。戦力の増強になってこちらとしては助かります。」


「そういうことではなく、言いましたよね聖女様の願望が男性を周りに侍らせてたいと思っていると、てきに昨日のわたしの状況なのですよ。面倒になることが目に見えてます。」


「多少の問題は構わない。あの理解不可能の言葉を通訳してくれれば、それでいい。」


 懇願する天使を端目にシェリーは天井を仰ぎ見るのであった。

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