第70話

 俺は見馴れた絨毯の上には寝転がっていた。


「クッソ。あー。イラつく。」


 俺を縛り付けているものはそのままの為、床に転がっているしかない。


「なんですか、いきなり転移してきて、床でのたうち回るのはやめてください。埃が立ちます。」


 机の上から見下げる様に顔を出したのはギラン共和国のフェクトス総統閣下だ。


「だいたい番を迎えに行ってくると言って一人で戻ってきたのですか。」


「うるせー。」


 そうだあのとき俺は番を見つけたのだ。



 マルス帝国の国境の視察に出向いた俺はこの後の辺境伯爵との会食をどう抜け出そうか考えていた。思っていたより視察が長引き会食に遅れる事態になってしまったので、もういいのではないかと思い始めた頃、マルス帝国の国境がある東門の方から、なんとも表現し難い存在がやって来るのを感じた。俺の番だ。考えるよりも体が動いていた。

 後ろから「団長」とネールの声が聞こえるがそんなもの知らん。


 大通りに出た瞬間、黒髪の女がいるのが見えた。周りに俺以外の男がいるのが許せねぇ。

 ぶっ殺すと思ったら、気がついたら伯爵の屋敷の前に到着していた。ネールのヤツが俺を無理やり連れて来たに違いない。まあ、この街に来たばかりなら朝まではいるだろう。そう思ったことがダメだった。


 翌朝には番の存在が全くもってわからなくなっていた。会食中は番の存在を感じていたから、この街に宿を取ったのだと思っていたのに何も感じない。

 街中を探したのにわからない。


 3日後、首都ミレーテに戻って来てしまった。黒髪の女を探しに行こうとしていたら、ネールのヤツに邪魔をされるし、ムシャクシャして部下どもを訓練していたら有力情報が手に入った。俺の番はラースの目を持っているらしい。

 早速、フェクトス総統閣下の所へ向かった。


「なんですか?もう一度おしゃってください。」


「だから、俺の番がラースの目を持っているらしいから、魔導師を貸せって言ってんだ。」


「何寝ぼけた事を言っているのですか。ラース大公の子供にはラースの目を持つものはいませんよ。一人公女がいましたが、結婚されていますよ。」


「取り合えず休暇と魔導師を寄越せ。」


「はぁ。2週間以内には戻って来て下さいよ。」


 何とか、休暇と魔導師をもぎ取り公都グリードに来てみれば、大公閣下ではなく弟のオーウィルディア殿が俺の前にやって来た。確か冒険者としてあちこち行っていたと思ったのだが里帰りだろうか。


「黒髪でラースの目を持ってる女ねぇ。それ、シェリーちゃんじゃない?もう、シーラン王国に帰ったわよ。」


「シェリーと言うのか。俺の番はシーランのどこにいるんだ。」


「あなたも番ねぇ。大変ね。これ住所よ。あまりガッツキ過ぎるとシェリーちゃん逃げちゃうから気を付けてね。」


 オーウィルディア殿に住所が書かれた紙をいただいたその足でシーラン王国に向かう。番が目の前にいるのに逃げるってなんだ。そんな事はありえないだろ。


 一番手っ取り早くグリードから南下し、山脈を越え、少し手間取ってしまったが、山脈を越えれば後はそのままメイルーンまで走ればいい。

 メイルーンにたどり着き、紙に書かれた住所まで来た。俺が迎えに来たのだから、番は直ぐに気がついて出てくるだろう。そう思い扉を叩く。しかし、一向に誰も出てこない留守なのか。


「どちら様でしょうか。」


 やっと誰かが来た。


「俺の番を出せ。」


 早く扉を開けろ。


「オレのツガイと言う人物はおりません。お帰りください。」


 ドンと扉を叩き。絶対いるはずだ。


「黒髪の女がいるはずだ!出せ。」


「それはカラス鳥人ですか?黒犬獣人ですか?蝙蝠コウモリ人ですか?残念ながら特種な黒を持つ獣人の方はいらっしゃいません。」


 そうじゃない。


「違う!人族だ。いい加減に早く出せ。」


「それは本当に人族ですか?黒を持つ人族がいると言うのですか。」


 確かに人族に黒を纏う者はいない。いるとすれば、魔人か勇者か。


「・・・・。」


「本当に黒を持つ人族の女性だと確認したのですか?」


「いや。」


「では、お帰りください。このように突然扉を壊す勢いで来られましても対応に苦慮しますので、その女性を確認の上、その女性を訪ねに行って下さい。」


「ああ。」


 屋敷の門を出たところで立ち止まる。オーウィルディア殿がシェリーという女がいるって言ってたじゃないか。すぐさま戻り、怒りに任せ扉を蹴り飛ばした。

 入り口にいるヤツの中には黒髪の女はいない。どこだ。どこにいる。


 屋敷中を探していたら、縄が絡まり金髪の男が俺を引きずって歩く。俺はまだ番を見つけていない。

俺は床に転がされ、金髪の男に二つの選択肢を与えられた、ギラン共和国に帰るか、このまま死ぬか。


 魔導師は嫌いだ力任せでどうこうなる相手じゃないからだ。結局、俺はギラン共和国に帰ることを選択した。そして、総統閣下の執務室に無様に床に転がっているのだ。


 しかし、番の存在は全くと言っていいほど感じなかった。いなかったのか。いや多分、金髪の男にしがみついて泣いていたのが番ではないのだろうか。 


 黒髪ではなく金髪、そして聖女、5人の番。

 オーウィルディア殿に言われた言葉が甦る『あなたも番ねぇ。大変ね。これ住所よ。あまりガッツキ過ぎるとシェリーちゃん逃げちゃうから気を付けてね。』

 はぁ。参った。あの三人も番なのだろう。


「フェクトス総統、俺、傭兵辞めるわ。」

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