第21話

 太陽が上っていき、夏の日差しが徐々に強くなってきたリビングでシェリーを横抱きにしながらカイルはたずねる。


「その御方は何をシェリーに言ってきたのかな?」


「内容的にはそろそろ聖女の仕事をして欲しいと言われました。勇者を訪ねること、マルス帝国に行くことを啓示されました。」


「マルス帝国?何かときな臭い国だよね。シェリーを行かせたくはないな。」


「聖女として行かなければならないので邪魔はしないでください。ついてこないでください。」


「えー。いくよ。絶対についていくよ。ニールにも指名依頼入れないように頼んでいるからね。」


「はー。ツガイなんて面倒くさい。」




 それから3日後、シェリーとカイルは冒険者ギルドに来て、特殊依頼のカウンターにいるニールを訪ねていた。


「なに?シーラン王国を離れるだ?ただでさえ人が足りなくて困っているのにか。」


 ニールが大量の書類に埋もれたカウンターから困惑を滲ませた声を放つ。


「取り敢えずルーちゃんが心配なのと家の状態確認のために1ヶ月後には戻る予定です。何か緊急的に呼び出しが必要ならルーちゃん経由でお願いします。」


「で、どこに行く予定だ。ついでに何件か依頼をこなしてもらうぞ。」


「うーん。」


 シェリーは斜め右上を見ながら、右手を何かを操作するように何もない空間で左右に動かす。


「ああ、ここから北のラース公国経由でマルス帝国に行きます。」


 ニールの眉間のシワがさらに深くなる。


「マルス帝国だ?あんなやばそうなとこわざわざ行くところじゃないだろ。それにラース公国は半分が焦土化している上に色々お家騒動でごたついていてクーデターが起きるかもって言われているじゃないか。」


「好きこのんでそんな物騒なところ行きませんよ。あれですよ。強制労働という名の啓示が示されたのですよ。」


「シェリーがそんなに信心深いとは知らなかったよ。」


「わたしが信仰するのはルーちゃん教です。」


「いや、そんな宗教ないからな。まあ、取り敢えず、この3件を頼む報告は辺境都市のギルドでいい。」


 3枚の依頼書を渡された。どれもここからラース公国へ行く街道沿いのものばかりだ。

 とある村の巨大蜘蛛の討伐。汚染された水源の泉の浄化。田舎の母親に手紙を届けて欲しい。

というものだった。


「ニールさん一件目はいいです。しかし、2件目は教会に頼む案件ですよね。そして、3件目ラース公国の境界にあるイアール山脈まあここまではいいですが『山脈の何処か』なんですかこれは、ないですね。遭難者探しですか?」


「それな、鷹鳥族の彼女は毎年住みかを変えるそうなんだよ。イアール山脈にはいるはずだと娘さんが言っている。まあ、娘さんも大変なのは理解してくれているから報酬は高めになっているぞ。」


「シェリー、俺とシェリーだったらすぐに終わる依頼だよ。」


 カイルは今まで二人のやり取りを黙って見ている間はズーとシェリーの手をニギニギしていた。


 遠くからその光景を見ていたミーニャが、カイルの変態さが早く治ることを祈っているのであった。

━カイルさんとシェリーちゃんが同じ依頼を受けるのは心配だにゃ。長い間一緒にいればあの変態行為も治まるのかにゃ。悪化しないように祈っとくにゃ。━



 シェリーとカイルはその3件の依頼を受けることにし、王都を出ることにした。

 最初の依頼は王都から100キロメルほどはなれた浅い森の中にある集落からだった。ここはスパイダーシルクの生産地で、森全体が蜘蛛の養殖場である。そこに大型の蜘蛛が紛れ込んだようで飼育数が激減し、シルクの出荷が儘ならなくなったそうだ。


「あなた方が今回の依頼を受けてくださったのですか。竜人族の方が来てくださるなんてとてもありがたいことですじゃ。」


 そう話すのは、ここの村長兼養殖場の管理人だ。


「早速ですが大蜘蛛の駆除をお願いしたいのですじゃ。今、シルクスパイダーを50匹程避難させたんじゃが、小さくても自然の森じゃから、すべては見つけられなかったんじゃ。まだ、残っているものもおるじゃろうし、森を壊さずに大蜘蛛だけを駆除して欲しいのじゃ。」


「わかりました。では早速中に入らせていただきます。」


 カイルがそう答えると森の中に入り、シェリーもそれに続く。


「カイルさんこの森程ほど広いので別々の行動しましょう。」


「ダメ。シェリーに何かあったら大変じゃないか。」


「大蜘蛛ぐらいでは何も起こりはしませんよ。」


「目を離した隙にシェリーがいなくなっちゃくかもしれないからだめ。」


「あ・・・。うん。」


 シェリーは目を反らしながら答える。一瞬だが、カイルから離れられるなら依頼を放置して、逃げ出そうかと考えてしまったからだ。しかし、依頼を受けたのならしっかり働くのがシェリーの信条なので直ぐに頭からは消えたのだが、自分の行動を見透かされているような気になってしまった。


 前方の木の上から木の葉が擦れる音が聞こえ、徐々にこちらに近づいているモノがいることがわかる。そして、木の葉の隙間から黒いモノが飛び出してきた。1メル程の多数の黒い大きな蜘蛛が8本の足を器用に動かし森の中を木の上を駆けるように現れた。

 カイルは背にあった剣をいつの間にか構え横に凪ぎ払うように切った。しかし、次々と上から前方から大蜘蛛が飛びかかってくる。


「『アイスショット』」


 シェリーが後方から氷の粒を大蜘蛛に当てていく。氷の粒という表現は不適切だろう。なぜなら一つの大きさがサッカーボール大なのだから、そんなものを当たられてしまったらさすがの大蜘蛛もたまったものではないはず。そして、あたれば当たった端から凍っていき地面についた頃には完全に氷り、割れていくのだ。

 本当にアイスショットという魔術かと怪しくなるほどだ。


 50匹程倒したぐらいで襲撃は終わりをつげた。辺り一面に一発で両断された死骸と、氷の破片が散らばっている。


「『浄化の炎』」


 死骸があるところに白い炎が燃え広がる。まわりの木々には燃え移っておらず、地面にはえている草も燃えている様子がない。まるで、死骸だけを白い炎が燃やしているかのようだ。


「もう、これ以上いないみたいだね。この森からは、大蜘蛛の気配はなくなったよ。」


 カイルがにこやかにシェリーに言った。


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