flos
黒胡椒
プロローグ
『花の巫女を認証しました。アーカイブ照合…コード:D.odoraと一致。システム、起動します』
目の前の械はそう言うと、低い唸り声のような音を上げ始めた。おそらく、これで起動は成功だ。
あとはこれで手順通りに進めば、世界の修復は開始される。Dr.クレフの報告書の内容が真実なら、この械を起動すれば全てが終わり、新たに無から全てが始まるだろう。
「…ようやく、ここまで来れたんだよね」
感慨深く呟く。が、それに答える者はいない。
何せこの場所は選ばれしたった1人しか入れないのだから。追手が来ない分安心だが、まだお別れを言ってない親友達の顔を思い出すと、胸が苦しくなる。
地下深くのはずなのにどこからか優しい陽光が照らす小さな丘は、見渡す限りのマリーゴールドが綺麗に咲き並んでおり、その中央で円柱状の械に触れる私を、歓迎するような微笑みを浮かべている。
「これが…私たちの物語の結末なのかしら…望まなかった争いの結果なのかしら……」
目の前で淡々と自らの仕事をこなす械を見つめながら、大人達が散々言っていた言葉を思い出す。
機械仕掛けの神。大昔に実在した誰かが、いつまでも人類を存続させ続けようと残した遺産だ。そんなものに頼ってまで人類史を繰り返したいなど、私には理解できない。
しかし、哀れな事に先人たちは何度もこれを使ってきたらしい。今まで何人の巫女が、この場所に立ってきたのだろうか。何を想って、この壊れかけた筐体にコンテニューのコインを入れてきたのだろうか。
『システム起動完了。シナリオ"逆罰"の発動を確認。データベースへのアクセスに失敗。内蔵リスト照合完了。インシデント:lostの発生を回避するため、プロトコル"琥珀"を設定します。全プロセス終了。以降の操作は花の巫女に委ねられます』
そう言うと、械は半透明の黒い石板に新しい画面を映し出した。異国の文字で書かれているらしい文章はおそらく何かの項目を表示しているのだろうが、不思議とその意味は理解できた。
とはいえ、よくできた仕組みだ。私が手を加える項目はほとんどなく、あっという間にすべての設定は組み終わった。
最後に式句を唱えれば、私の役目は終わりだ。
…思えばここまでいろんなことがあった。しかし、それらはこの結末を描くためだったのだろう。今までの努力と犠牲の結果がこれなら、悪くないだろう。
お礼を言わなければならない人がたくさんいる。もしまた会えたら、言いそびれた言葉を言えるだろうか。
また彼らに会いたい。でも、こんなことを思ったらあの子に怒られてしまう。
前だけを向いて歩く、私はそう約束した。だからここまで来れた。とてもシンプルだ。
あの子の願いのために、私の願いのために、私は、今ここにいる。
理由なんて、それだけで十分なのだ。
「…ロサ、ありがとう」
今は亡き最愛の人を想う。最後に彼女へ向ける言葉が、感謝の言葉で良かったと思う。
最後は人間らしく、笑って終わろう。ロサとの約束だ。
少しだけ微笑み、息を吸う。
そして、私は新たな世界への言葉を唱えた。
「未来へ、花々の祝福があらんことを。」
次の瞬間、世界は花々に包まれた。
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