絶対にニヤけてはいけない 褒めシング決勝戦

ちびまるフォイ

激しい戦いの場所

「褒めシング、準決勝……ファイッ!!」


試合開始のゴングが鳴り響いた。

ガードもそっちのけで一気に間合いを詰める。


「お前! みんなから頼りにされてるぞ!!」


渾身の右褒めストレートが相手の左脳につきささる。

たまらず相手はたじろいで顔をニヤつかせた。


「くっ……まだまだ!」


負けじと相手も褒めようとするがそうはさせない。


「実はお前服のセンスいいよな!!!」


「はぁう!!!」


「話していると、お前頭いいなって思う!」


「ぐはあ!!」


「いつもいろんな視点を持っているから

 意見がほしいと思うよ」


「あぐあぁあ!!」


怒涛の褒めラッシュ。

致死量にも及ぶ褒め言葉に相手は幸福ダウン。


レフェリーがすかさずカウントを取る。


「1、2、とんで……10!!!

 決めたーー! 第一ラウンドで相手をKO!!」


俺はこぶしを高々と掲げた。


この大会で優勝するためにこれまで必死にキャバクラに言っては

キャストに相手を褒める方法を聞きまくったかいがある。


決勝戦で待ち受けるのは絶対王者だった。


「見てろよ。絶対に落としてやる!!」


高い場所から試合を見ていたチャンピオンに拳を向けた。


積極的に褒めちぎって相手を倒す褒めスタイルの俺と王者は対称的なスタイル。

相手の褒め言葉を受け続ける鉄壁スタイルを持つ。


さんざん褒めちぎって、こちらの褒め言葉ストックが尽きた頃

ぽろっと漏らした小さな褒め言葉で胸キュンされてしまう。

通称ツンデレスタイルとも呼ばれている。


この戦いは最強の矛と盾のぶつかり合いとなるのは必死だった。


「それでは! 褒めシング決勝戦! ファイッ!!」


ついに試合がはじまった。


相手が誰であろうとどんなスタイルであろうと。

俺は自分を変えない。一心不乱に褒めるだけだ。


「頭の回転……早いな!!」


まずは誰にでも当てはまりそうな褒めジャブで牽制。

たしかに刺さったはずなのにまったく手応えがない。


「常に落ち着いてて、かっこいい!!」


「自分を客観視できるタイプ!!」


「よっ! 大統領!!」


その後も自慢のラッシュを続けるがびくともしない。

だんだんこっちの褒めの精度が落ちてきた時、

第1ラウンド終了のゴングでリングサイドに戻らされた。


「はぁっ……はぁっ……ば、バカな……なぜ効かない……」


セコンドが水を持ってくる。


「おい、最後の褒めパンチはなんだ!? 飲み屋のオヤジか!」


「何を言っても響かないんだ。アイツどうなってるんだ」


「気にするな。それを知ったところでどうなる。

 お前のやり方がなにか変わったりするのか?」


「そうだな……そうだよな」

「よし、行って来い!!」


セコンドに背中を叩かれてリング中央へ戻る。

第2ラウンド開始。


「お前、字が丁寧だな!!」


たしかに褒めたはずなのに、電柱に話しかけるような手応え。


「常に向上心を忘れない感じがいいと思う!!」


「気配りができるよな!!」


「年収高いね!!!」


あらゆる褒め言葉を投げかけても効果は薄い。

それどころか褒め言葉は回数を重ねるほどにわざとらしさが高まってしまう。


「ば、バカな……! 年収を褒めても嬉しくない男がいるなんて……!!」


王者はここで一気に距離を詰めた。


「……お前、褒め言葉のレパートリー多くてすごいな」


「はげぶっ!!!」


ふいにボソリとつぶやかれた褒め言葉に俺の心は射抜かれた。

王者からの不意打ちのカウンターに鼻血を出しながら仰向けにぶっ倒れる。


「ダウン! 1、2、3、4、5……」


生まれたての子鹿のようにふらつきながらも、なんとか立ち上がる。

体は奮い立たせたものの、脳はさっきの褒め言葉が反響しつづけている。


今にも毛布を口に含んで悶絶しながら嬉しさに転げ回りたい気分。


「なんて褒め攻撃力だ……!」


「ファイッ!!」


勝負どころと見たのか王者はふたたび距離を詰めた。


「言っておくが、お前の褒め言葉は私に効かない」


「なに!? そういうことを伝えるなんて、余裕あってすごいな!!!」


「効かないと言っている」


俺の繰り出した褒めカウンターも効果はない。

その後も必死に褒めちぎってみるがまるで意味はなかった。


第二ラウンド終了のゴングが鳴る頃にはついに褒め言葉のストックが尽きた。


「なんで……効かないんだ……ち、ちくしょう……」


リングのポールにもたれかかって頭を休める。

セコンドが必死になにかアドバイスしているが耳に入らない。


あれだけ褒めても一向に手応えは得られないのに、

相手から受けた1回の褒め言葉がまだ嬉しい。


この褒めダメージを引きずったままではじき倒されてしまう。


「なにか……なにかないのか……!?」


褒めストックが尽きたので何かしら外見を褒めようと、

リング端で休んでいるチャンピオンを目で捉える。


「……あれは?」


今まで自分の渾身の褒め言葉を披露することばかりで

頭がいっぱいだったために気づくことが出来なかった。


王者は遠い目をして、自分じゃない誰かを見ている気がする。

その視線の先を追った。


「おい!? どこを見ている! 第三ラウンドがはじまるぞ!」


注意が散ったと勘違いしたセコンドが慌てる。

チャンピオンの視線の先を知った時すべてを理解した。


「そうか……! だから効かなかったんだ!!」



「ファイナルラウンド、ファイッ!!」


ついに最終ラウンドがはじまった。


積極的に褒めないスタイルのチャンピオンにとって

判定での勝敗決定は不利。


ここで勝負を決めようとしてくるはずだ。

予想通り、これまでの堅牢な防御スタイルが若干ゆるまる。


今がチャンスだ!


「やっとわかったよ。どうして褒め言葉が刺さらないのか」


「言ったはずだ。お前の言葉は私に響かないと」


「だろうな。だって、お前好きな人いるんだろ」



「なっ……!! べ、べべべべべべ、別にすきじゃねーーし!!!」


図星を突かれた男子小学生のような反応に、

この試合ではじめての手応えを感じた。


「いくら俺がほめても頭は彼女のことでいっぱい。

 興味のない人間から褒められても嬉しくないもんな」


「きっ、決めつけるんじゃねーーよ! 嫌いだし!!」


「前に聞いたけど、彼女、お前のこと気になってるって言ってたよ」


「まじかぁぁぁーーー!!!」


チャンピオンが嬉しさのあまり後ろにのけぞった。

リングのロープに押し返されて戻ってくる。


「彼女、お前のことカッコイイって」

「ぐはっ!」


「どうすれば友達になれるか悩んでた」

「げふっ!!」


「お前ともっと話したいって言ってたよ」


「ぐあああああああ!!!」


一番弱いところにこれでもかと褒め言葉をねじこんだ。

チャンピオンはたまらず倒れてしまう。


「ダウン! 1、2、3、4、とんで……10!!

 試合終了ーーー!!!」


その試合は、難攻不落のチャンピオンが赤面するという歴史的なものとなった。


「やった! やったーー!! ついに優勝したぞ!!」


褒めシング3階級制覇を成し遂げた。

自分を自分で褒めてあげたくなる。


「優勝おめでとうございます! 褒めシング優勝として、

 賞金と、金メダルと、優勝ベルトと、美女と、犬と、車と、

 大豪邸と、Yシャツと、私が贈られます!!!」


「ありがとうございます!!! 嬉しいです!

 本当にここまで頑張ってよかった!!」


必死に努力してきた日々が頭をかけめぐる。

すべての努力が今につながっている。

何度も諦めかけた自分を奮い立たせてよかった。


優勝後、控室に戻ると入り口は取材の人たちでごった返していた。


「チャンピオン、優勝おめでとうございます!」

「おめでとうございます! 3階級制覇ですね!」

「すばらしい試合でした!!」


「ありがとうございます、本当に嬉しいです!!」


「ところで、一部ではこんなに世界では貧困に苦しんでいるのに

 大量の賞金を手に入れるなんて自己中心的だという声もありますが?」


「えっ」


「一部では、たいして住みもしない大豪邸を手に入れることに

 批判の声があがっていますがなにかコメントは!?」


「ええっと……その……」


「美女をはべらし、そのうえカワイイ犬を手に入れるなんて

 特権階級を助長させると一部週刊誌で報道がされています!!」


「金メダルを作るくらいなら寄付したほうがいいのでは!?」


「優勝という肩書を得たうえ、さらにいい思いをするなんて!!」


「庶民の平均給与が0.1%下がっているのに不謹慎ではないんですか!?」


「批判の渦中にいることに自覚は!? なにかコメントしてくださいよ!!」


マイクを鼻先に突きつけられる。

自然と目尻から涙がこぼれた。



「もうずっとリングの中がいさせてくれーー!!!」

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