しあわせボクサーパンツ

かたかや

しあわせボクサーパンツ

「いいから降りてきなさい! 彼も被害届は出さないと言っている!」


「すーっ! 関係っはーっ! ないのよっ!」


 ボクサーパンツを吸いながら、長身の女性は叫んだ。

 7階建てのビルの屋上から叫んで地上にまで届く声だった。


「すみれさん!!」


 拡声器をかまえて童顔の若い男が叫ぶ。


「ぼかぁ大丈夫です! 確かにパンツが減っているのは困っていましたが……あなたがぼくのパンツをとっているのを見たとき、勃起しました!!!」


「うああああああああああああああああああ!! もういやああああああああああ!! すーっ! はーっ!」


 すみれは涙をパンツで拭きながら、パンツを吸う。

 野次馬がワッと一瞬湧いた。


「苦学生なのは知ってたのよ! でもあなたが優しいから! ついつい隣の部屋のベランダに手を伸ばしてしまったの! それが悪いことだって知ってるわ! 知ってるのよ! 罵ってよ!!」


「すみれさんの痴女!!」


「んああああああああああああああああああっ!」


 すーっ! はーっ!


「佐藤君! 駄目だよ刺激するようなことを言っては!!」


 飛び降りを阻止したい刑事が佐藤君をいさめる。


「変態! 下着泥! ドM!!」


 佐藤君は暴言を止めない!


「聞こえますかS豚さん!? ぼくはあなたを愛しています! 上京して一人で寂しかった時、深夜に帰ってきては水曜どうでしょうを見ながらガハハハッと笑うあなたの声に何度も救われました!! 作りすぎた肉じゃがもとってもおいしかったです! 薄着から見える胸元にも何度もクソお世話になりました!! 黙って降りてきてくださいこのメスブタァッ!!」


 刑事の涙が止まらない。


「でも、私、こんなに大きな声で性癖を公開され、野次馬に犯罪を知られては、どうやってこの東京で暮らしていけばいいのかわからないわ!!」


「楽しんでください!!」


 すみれが目を見開く。


「その状況を楽しむんです!! すみれさんには才能が有ります!!」


「いらない! こんな才能いらない! 佐藤君に迷惑をかけるだけじゃない!!」


「大丈夫です! すべて受け入れます! 金髪にします! 日焼けをしてピアスもします! パチンコで五万円すって金の無心も浮気もします! だから僕と付き合ってください!!」


 佐藤が人生で初めての告白をした。

 すみれも人生で初めて男に告白された。


「ずるい、ずるいよ……」


 すみれの視界が涙でにじむ。

 屋上のへりにへたり込む。

 ボクサーパンツが宙を舞った。

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しあわせボクサーパンツ かたかや @katakaya

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