オウルの救済
ヘイ
第1話
彼は落ちこぼれだった。
彼自身の才能か、それとも環境に潰されたのか。
酷く鬱屈とした青春時代を過ごした彼は、生を無価値だと論じ、死は解放と最大の快楽であると宣った。
自殺志願者を唆し、生きる希望を奪い続け、日本有数の事件を引き起こし、多くの人間とともに死んだ。
彼は一部の者にはカリスマ的人気を誇り、ネット界隈では畏怖と敬愛を籠めてこう呼ばれた。
『梟』と。
「処刑魔法しか使えない君がなぜ、冒険者を志願したのかね?」
王都の中心に位置する一大ギルド。
そこの一部屋で椅子に座る男と、彼は対面していた。
「答える必要はありますか?」
頬骨の張った顔と、筋骨隆々とした上背のある体。短く整った黒髪の男。彼はこのギルドの長で有り、トップランクの実力を持つ冒険者でもある。
見定めるかのようにその燻んだ茶色い眦は少しばかり小柄な彼を見つめる。
その瞳には白髪に青い目の中性的な少年が写った。
「ふむ。ただ、処刑魔法しか使えぬ身では、誰にも求められないであろうが、精々尽くすことだ」
冒険者は自らの命をかける顧みずの職業。尤も、冒険者が手に入れられる収入はギルドの依頼料などが差し引かれ、手元に残るのは元々の七割。
志願するものなど殆ど存在しない。ましてや、魔法使い職では殊更に。
ギルド長が部屋を出ていくことを勧めると、彼は直ぐにその部屋を後にして、一階に続く階段をゆっくりと降りていく。
受付と酒場の混ざった不思議な空間に出ればアルコールの匂いが漂う。
嫌らしい笑みを浮かべた男は揶揄うように大声で叫ぶ。顔はほんのりと上気し酒に酔っているということは明らかだった。
「落ちこぼれのカシウスよぉ。職にもつけなかったから冒険者になったのか?」
ギルドの円形テーブルに酒の入った小さな樽を置きながら、その男は下品に笑った。
「……私は求めているんだ」
酒浸りの男に目を向けることもなく、優しい声で彼は告げる。
地獄で黒く輝く絶望の星。
彼はそれだ。
「救済は解放にこそある。私はそう信じているんだ」
そう言って彼は小太り気味の男にゆっくりと近づいていく。
その声には愛だけが存在する。冷徹も、冷血も、冷淡も存在しない。
慈愛のギロチンを彼は自由落下させる。
「救いに身を任せて」
先ほどまでの赤みのかかった頬が一瞬にして元の色に戻り、それを通り越して青く白く変わっていく。
それは言葉の魔力に掛かったのか。
「……受け入れるんだ」
異常とも言える光景が広がる。
静かに瞳を閉じてカシウスが囁けば、その男は生気を失ったように、鞘から剣を抜き自らの腹に突き立て、そして貫いた。
鮮血が迸り、真っ赤な雨が降り頻る。
「おめでとう。君は救われた」
彼はカシウス・オウル。
死を象徴する禍の鳥。処刑魔法の使い手にして、異常の転生者である。
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