第19話 真名vs乱道 死闘の始まり

「まさか……貴様のほうから捕まりに来るとはな…乱道」


真名はそう言って車から出る。それを、何やら楽しげに見つめながら乱道は答えた。


「いやいや…。そんなに気を張る必要はないぞ?

 貴様の心には私への怯えが見える…」


その言葉を無表情で受け止め真名は言う。


「ふん…馬鹿なことを言うな…。お前をボコボコに叩きのめすのを楽しみに…」


その真名の言葉を途中で遮って、


「ククク…、それが貴様を支える最後の砦か?」


そう乱道は言う。


「何?」


真名は思わず聞き返した。


「やはり貴様は…もともと戦いに向いた性格ではないらしいな蘆屋真名。

 その弱い心を、人一倍強い意志で支え、何とか立っているといったところか?」


乱道のその言葉を黙って聞く真名。


「クク…そんなに構えんでもいい。

 私にはお前の心の動きが手に取るようにわかってしまうのだ。

 そもそも、お前は他人を傷つけられるような性格ではない…、

 しかし、この世界で生き抜くために、その弱い心を封じているのだな?」


「知った風な口を…」


真名はとうとう目を怒らせて言う。

その視線を落ち着き払った表情で返す乱道。


「わかるのだよ…。

 私はそういう『目』を持っておる」


真名は黙ってこぶしを握る。

それを楽しげな表情で見つめる乱道。


「問答無用…か?」

 よかろう、ここで決着をつけようか?」


次の瞬間、両者の目は鋭く細くなった。



………………………………



「真名さん…」


その時、潤は車の中で心配げに真名を見つめていた。

潤は、当然のごとく自分も一緒に戦うと言った。しかし真名に止められた。


(まだ…乱道相手に戦える域になっていない…か。

 クソ…こんな時に見ているだけなんて…)


潤は悔しさから唇をかむ。


(でも、真名さんの戦いの足手まといなんかにはなりたくない…。

 僕はとりあえず、全く動かない獅道さんを守らないと…)


外では、真名と乱道が符術を撃ち合い始めていた。

乱道が信じられない数の符を周囲に展開、その嵐のような砲撃が真名に襲い掛かっていく。

真名はそれを陰陽五行の理や、金剛拳でいなし、撃ち落としつつ器用に符を展開し投射する。

両者の間に呪の爆発による衝撃波が巻き起こり、舗装道路をえぐり壊していく。


「カカカ!!」


乱道が笑いながら次々に符術を投射する。それをいなしながらお返しとばかりにそれに倍する符を展開する真名。

それは、両者にとっては牽制…小手調べでしかない。



「真名さん…きっと…」


潤はただ祈る。

…今はそれしかできない。



………………………………



「さて…そろそろ本気を出すか…」


不意に乱道がそうつぶやく。

それを聞いた真名は目を細めて警戒態勢に入った。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


<秘術・死怨霊呪しおんれいじゅ


呪が完成し、乱道の周囲に無数の怨嗟の声が響き始める。


(舌童が使った呪か!)


真名はチッと舌打ちしてこぶしを構える。

乱道の霊力は、周囲の怨嗟の声に反応するように爆発的に膨れ上がった。


「お前に死怨院呪殺道の呪がほとんど効かぬのは知っておる。

 さすがと言える強固な精神力だな。

 だがこの呪の前にはそれも意味はない、無論わかっているな?

 蘆屋真名」


そういうが早いか乱道が一気に加速して真名との間合いを詰める。

そのこぶしが一閃された。


「くう!!」


真名はとっさに天狗法を使ってそれを避ける。

しかしそのこぶしは、真名の腹の横をえぐって血しぶきを飛ばした。


「カカ!!

 それそれ!!!」


乱道は楽し気に拳をふるっていく。

そのたびに真名の身体から血しぶきが飛ぶ。


「くあ!!!」


真名は慌てて乱道と間合いを取るために後方へと飛んだ。

しかし、それは乱道に読まれていた。

一瞬で真名の背後に現れた乱道が拳を真名めがけて一閃する。


グチャ!


嫌な音が響いて真名の背に乱道の拳が埋没した。


「ガ…ハ…」


真名はしこたま口から血を吐き出す。

乱道はその光景を楽しげに見つめている。


「いやいや…この程度か? 蘆屋真名。

 わが十二月将をあれほどに翻弄したのはまぐれではないだろう?」


真名はそれには答えず、腹から突き出ている乱道の拳をその手で握った。


「むお?!」


突然のことに乱道は驚きの声をあげる。

構わず真名は乱道の拳を握ったまま呪を唱える。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」


次の瞬間、真名の全身が輝きはじめ、その光が乱道へと浸透していく。


「な?! 光明真言?! それにこの呪は!!!」


とうとう乱道は驚きの声をあげる。


「馬鹿な!! その呪は貴様の命を触媒にするもの?!

 そんなものを使用すれば貴様は!!!」


乱道の驚きの声に、真名はにやりと笑って答えた。


「ふ…こっちには切り札があるんでな…。

 その手札を切っただけのことだ」


乱道は顔をゆがめて言う。


「ち…そうか…八天秘法…。

 なるほど…貴様…自分の命…切り札をこの段階で切って、わが呪を…」


真名は口から血を吐きながら笑う。


「ああ…貴様の、死怨院呪殺道としての呪をそっくりそのまま封じる!!」


その真名の言葉を聞いた乱道は、何とか腕を真名の身体から抜こうとする。

しかし、それはかなわず、初めて悲鳴を上げた。


「ぐああああ!!!!!」


真名が発する光が乱道に浸透すると、次第に怨嗟の声は消えていった。


「これで貴様は、怨霊や怨念…恨みや憎しみを用いた呪を使えなくなった」


真名は血反吐を吐き、前のめりに倒れながらそう宣言する。

そしてそれは事実であった。


「く…、まさか、八天秘法の『死からの黄泉返り』を利用して、その命すら切り札に変えるとは…。

 さすがだ蘆屋真名…、ここまでやるか」


さすがに感心した乱道は笑みを消して真名をにらむ。


「ほめても何も出んぞ…」


その場に倒れつつ真名は笑う。


「これで、お前はただの呪術師になった…。

 死怨院の秘術がなければ、こちらにもやりようはある」


その言葉と共に、真名の肉体が霞のように消える。そして、


「さて…第二ラウンドと行こうか?」


乱道の背後に、再び無傷の真名が現れたのであった。

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