第17話 最強を目指す者
それは、無手での殺人法を追求した、古今無双の対人戦闘術である。
しかし、それも今は昔、平和な時代にあって、その技を継承する意味も失い、場末の空手道場として扱われる始末であった。
そんな時代に一人の天才が生まれた。
その名を『
時の至天練心流拳撃術の師範である、
しかし、彼はこの時代にはそぐわないほど凶暴な人物であった。
気に入らない者は拳てぶちのめし、暴力ですべてを解決するそんな人物であった。
そのため、ある日を境に、師・竜樹は彼に技を教えることをためらうようになり…
そして、ある日…、ある暴走族グループを壊滅させた暴力事件をきっかけに弟子・慶四郎を破門することになる。
その日を境に、慶四郎は師の前から姿を消す。師に向かって吐いた呪詛ともいえる言葉を残して。
「…いつか必ずお前を殺してやるぜ…」
そして、その日からちょうど十年後の今日、慶四郎は同情のある街へと帰還したのであった。
左門竜樹は苦々しい思いでその男を迎えた。
「貴様…。まさかこの街に帰っていたのか」
その言葉に慶四郎はへらへら笑いながら答える。
「ああそうだ…。師匠…育ててくれた恩を返しに来てやったぜ」
その言葉に左門は喜ぶこともなく、ただ吐き捨てる。
「何が恩を返すだ…。お礼参りの間違いであろう?」
その師の言葉に笑みを深くして慶四郎は言う。
「かかか!!! まあその通りだ師匠!! あんたをぶちのめして…そして、あんたの隠し持っている極意書を手に入れるために帰ってきたのさ!」
「極意書だと?!」
慶四郎の言葉に師・左門は驚きを隠せなかった。
「極意書などというものはない! 出て失せるがいい!!」
そう怒鳴って道場を追い出そうとする左門。しかし、
「嘘を言っても無駄だ…。俺はこの十年、技を磨くとともに、至天練心流拳撃術の裏の歴史を探ってきた。
そして、知ったのだ。その本家である左門家に極意書が継承されている事実を…」
慶四郎はそう言って師・左門の手を振り払った。
「く…」
左門は唇をかむ。これはもはや誤魔化すことは出来ぬと悟った。
「だったら…どうだと言うのか…。貴様などにそれを渡すと思うか?」
その師の言葉に慶四郎はさらに笑みを強くして言った。
「師よ…まさか今でも俺があんたより弱いと思っているのか?
そうなら面白い笑い話だ…」
「なんだと?!」
「別に隠し場所は答えなくてもいいさ! 貴様をボコボコにして聞き出すだけだ!!」
その慶四郎の言葉に、左門は拳を握って答える。
「ほう? どうやら調子に乗っているようだな? ならばその鼻をへし折ってやろう!!」
「かかかか!!!! 面白い!!! あんたの時代は今日このときに終わるのだ!!!」
かくして両者は拳を交える。そして、決着は一瞬の後に決まってしまうのだった。
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西暦2022年6月
福岡県某所
その日、真名は一人呪物の回収作業に携わっていた。
目的の呪物を手にしてしまった一般人を探し出し、回収するのが今回の任務であるが、福島の地理に詳しくない真名は珍しくも道に迷い。
福島市の街中をあてどなくさまよっていたのである。
「むう…この道は…確か昔一度来たことがあるな?」
そう呟きながら道を歩く真名。その先には懇意にしている『一般人』の空手道場があるはずであった。
「…そう。ここだ…」
真名はしばらく歩いたのち、目的の道場にたどり着く。
その看板には『左門流空手道場』と書かれていた。
真名はほっとした表情で、その扉を叩こうとする、しかし、
ドン!!!
不意に道場内から大きな音が聞こえてきた。
「修練の最中かな?」
そんな事を思いつつ、戸を叩く真名。しかし、返事はなかった。
(修練中なら音が聞こえていないかもしれんな? でもこのまま待つというのも…)
真名はしばらく考えたのちに、扉に手をかけて道場内に入っていった。
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左門竜樹と津野田慶四郎の戦いは一瞬で決着がついた。
左門の拳の連撃をすべて綺麗にさばき切った慶四郎がカウンターで拳を放ち、それが左門に命中、思い切り吹き飛ばされてしまったのである。
「く…」
左門は打撃を受けた腹を押さえながら呻く。それを上からの目線で見降ろしながら嘲笑う慶四郎。
「師よ…本当に弱くなりましたな? いや、俺が強くなりすぎたのか?! かかかか!!!!」
左門はその言葉に答えられなかった。慶四郎の技の冴えがあまりに見事だったからである。
「どうですか師よ? 俺に極意書を渡す決心はつきましたか?」
「く…貴様は…それほどの才能と技を持ちながら…、なぜ貴様はそうなのだ…」
「なぜ? 何が不満なのだ師よ?」
左門は悲し気な目で慶四郎を見る。
「現実世界では、もはや暴力で物事を解決する時代は終わったのだ。お前は生まれる時代を間違えてしまった…」
その言葉に慶四郎は笑みを消して答える。
「そうだな…。そうかもしれん。
だが暴力は俺の全てだ…、俺は力ですべてをつかんで見せる。
そのためには極意書の絶技が必要なのだ」
「!!!」
その言葉を驚愕の表情で聞く左門。慶四郎は続ける。
「極意書には、人知を超えた技『絶技』が記されているのでしょう?
それを手にすれば、無手で銃すらも制圧できるという…」
「貴様…なぜそれを…」
「絶技の一つ…龍気展身それを俺は習得している」
「な?!!!」
それは極意書に記されていた『絶技』の一つ。
「俺は、破門されてから日本中を旅した。そして、至天練心流拳撃術とゆかりのある空手道場を探しその技を奪った。
その奪った技の中の一つが、ある道場に口伝で伝わっていた『
それを手にしたことによって、俺は至天練心流拳撃術の真実を知った。
無手を追求することによって超人にまで至った、地上最強の格闘技だということを…」
その言葉を聞いて左門は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「愚かな…」
その左門のつぶやきに慶四郎は聞き返す。
「何が愚かだ?」
「お前は…知らないのだ…。
自分が井の中の蛙であるということを…」
「フン…だからこそ至るのだ…。
極意書の絶技を得て、最強の存在へと…」
その言葉に左門はため息をつく。
「お前は…」
…と、そう言いかけた時、道場の扉が突然開かれた。そして、一人の少女が入ってくる。
「?」
頭に疑問符の浮かんでいるその少女は、中学生ぐらいに見えるだろうか。
線の異様に細い少女であった。
「ごめんください? 左門さん?」
「あ…」
左門は少女を見て、一言だけ言葉を発した。
少女はその言葉で左門を認識、笑顔を向けて話す。
「左門さん。お久しぶりです。
少々道に迷ってしまって、道を聞きたいのですが?
お取込みの最中ですか?」
「あ…ああ。すまない、気づかなかった蘆屋真名さん?」
そう言って、頭を下げる左門。
…そう、その少女は真名であった。
真名は、左門の前にいる、別の男慶四郎をちらりと見てから言う。
「申し訳ない。取り込み中なら外で待っている」
そう言ってそそくさとその場を去ろうとする真名。
しかし、
「まて…」
その真名を慶四郎が止めた。
「はい?」
そう真名が答えた次の瞬間、
「?!」
慶四郎の拳が真名に向かって一閃される。
その光景に驚く左門。
「…」
しかし、慶四郎の拳は真名には届かなかった。
何事が起ったのか、自分の拳を見て考える慶四郎。
(なんだ? 俺の拳が…勝手にこの娘を避けた?)
そのいきなりの行動に少し驚いていた真名は、
「どうやら、本当にお取込み中だったようで…。
邪魔して申し訳ない…」
そう言って、そそくさとその場を去っていった。
「…」
それを黙って見おくる慶四郎だったが。
不意に左門に声をかける。
「あの娘はあんたの知り合いか?」
その言葉に左門は、
「やめておけ…。彼女にはかかわるな」
それだけを答えた。
その師の答えに、慶四郎は大きく笑って言った。
「おもしろい…」
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真名は一人道場の外で反省していた。
(むう…いきなり殴られるとは…。
かなり大事な時に邪魔をしてしまったらしい…)
そうして一人佇んでいると、
「おい…」
…と声をかけてくる者がいた。
それは当然慶四郎だった。
「お前…さっき何をした…」
「え?」
その慶四郎の言葉を聞いて、真名はまずいことになったと思った。
真名は常に身を守るための術式を展開している。
その一つが、自身への攻撃をそらす回避呪である。
普通の一般人の場合、この呪の作用で攻撃が外れても、特に何かを気付くことはない。
しかし、ある程度の武術・戦闘術を習得した者は別である。
命中したはずが命中していない、異様な状態に気付いてしまうのだ。
真名は、少し困った顔で答える。
「別に何もしてませんよ?」
「嘘をつくな」
真名の答えに、慶四郎がきっぱり言う。
「お前…ただ者じゃないだろう?」
「…」
その慶四郎から発せられる殺気を感じ取って真名は黙り込む。
「お前をこのまま返すわけにはいかん」
そう言って慶四郎は凶悪な笑みを浮かべた。
…そして、
びゅん!!
一呼吸を置く暇もなく、慶四郎の拳が飛んだ。
「…」
真名はただ立ったまま動かない。
「…」
慶四郎は再び拳を見る。
攻撃が当たらない。
(これは…)
それは天才的な格闘センスからくる直感だった。
(攻撃する瞬間の意識をそらされているのか…。
自ら攻撃を外すように…)
再び慶四郎は拳を握る。そして、
びゅん!!!
再び拳が飛んだ。
真名は今度こそ身をそらして拳を避けた。
「…今のは当たったな」
慶四郎はにやりと笑う。真名は少し冷汗をかいていた。
(どういう原理かは知らんが、攻撃する瞬間意識をそらされるなら…、
無心で打撃を出せばいい…)
慶四郎は直感で呪術への攻略法をつかんでいた。それは、まさしく天才の所業…。
「ほう…」
真名は薄く笑って慶四郎を見る。初めて目前の男に興味を持った。
慶四郎はその笑いを受け止めて、さらに笑みを強くする。
「行くぞ!!」
そう叫んで真名に向かって駆けた。
慶四郎と真名の激しい攻防が始まった。
「!!」
それを驚きの表情で見守る者がいた左門竜樹である。
(慶四郎…あそこまでの強さを得ていたか…)
そう心の中でつぶやきながら、慶四郎の姿を眺める。
そのとうの慶四郎は、真名と拳を打ち合いながら、真名に対して違和感を感じ始めていた。
(なんだこいつの動き…。これは…)
慶四郎は天才である。
師匠の動きに対しても、その筋肉の変動や、体の力の流れを読んで、先の先を読んでカウンターを出すことが出来る技術を持つ。
しかし、それがこの目の前の小娘には効かない。まったく先が読めないのである。
(なんだ? まるで宙を舞う木の葉を打っているような…)
それはそのはずである。
真名はほぼ筋肉を使って体を動かしてはいない。呪術による身体制御…姿勢制御…筋肉操作によって、脳から直接、神経をほとんど介さず体を動かしているのである。
分かりやすく言うと、呪術による自身の肉体を人形とした、『操り
だから、普通の格闘技のセオリーで真名の動きを読むことは不可能であった。
(ち…こうなったら)
慶四郎は超高速で連撃を繰り出す。それは本来なら相手が避けられないほどの飽和攻撃であった。
しかし…
「フン…」
真名は空を飛翔した。苦も無く慶四郎の頭上を舞って後方に着地する真名。
「ち…こいつ…なんて身軽な…」
その動きにさすがの慶四郎も驚愕した。
「もうやめた方がいい…」
真名はそう言って手のひらを向ける。
「なんだと? それはどいう意味だ?」
「お前が何を思って私を攻撃してくるのはわからんが…。
それは無駄なことだ…」
「かかか!!! なるほど、俺では貴様には勝てぬと言いたいのか!!!」
その真名の言葉に、慶四郎の顔が凶悪に歪む。
「その思い上がり!!! この技で思い知らせてやる!!!!」
次の瞬間、慶四郎の筋肉が異様に盛り上がった。それを見て左門竜樹が叫ぶ。
「それは!!! 龍気展身!!!!」
「そうだ!!!! 我が絶技を喰らうがいい!!!!」
慶四郎はそう叫んで一気に加速する。真名の目前から慶四郎がかき消えた。
「!?」
絶技・龍気展身は自身の気を練り上げて、自身の肉体と反応速度を十数倍にまで引き上げる技である。
超高速の光弾と化した慶四郎は、真名の懐に飛び込んで連撃を繰り出す。
ズドドドドドドド!!!!
1秒間に百発近い連続打撃が真名を襲い、その身を宙に浮かばせる。
「かかかか!!!!! そうだ!!!! 俺こそ最強!!!!!
どこにも敵などいない!!!!!!」
慶四郎は笑いながら、真名をボコボコに殴り続ける。
「これで終わりだ!!!!!」
その言葉とともに、腰に両拳を当てて力をためた慶四郎は、それを一気に真名に向かって解き放つ。
「至天練心流拳撃術…至天覇王掌!!!!!」
ズドン!!!!
凄まじい気を込めた両こぶしが真名の腹に突き刺さる。そのまま方向へと吹っ飛ぶ真名。
「かかかかか!!!!! 俺の勝ちだ!!!!!
どうだ!! 見たか師よ!!!!」
そう言って勝ち誇り左門の方を見る慶四郎。
「どうだ? これを見ても…」
そう慶四郎が言ったその時…
<金剛拳>
ズドン!
凄まじい衝撃が慶四郎を襲った。
「ぐ…かは…げえ…」
頭がくらくらして強烈な吐き気が襲ってくる。こんなことは初めての経験だった。
「少しは気が晴れたか?」
そう呟く声が、慶四郎の背後から聞こえてくる。そこに真名はいた。
「馬鹿な…。俺の絶技が…。拳が効いていない?」
その慶四郎の言葉に真名はため息を付いて言う。
「まあ…お前の絶技とやらは、なかなかのものだったよ…。
我らの扱う天狗法と遜色もほとんどなかった…。
でもそれだけだ…」
「それだけ?」
真名は言葉を続ける。
「至天練心流拳撃術の絶技と呼ばれるものは、あくまで我々の技を見よう見まねで…一般人の知識で再現したものに過ぎない。
だから本業の我々の呪法には遠く及ばないんだ…」
「なん…だと…」
「でも…別に気にすることはない。
要は、学者の領域である学問で戦いを挑んだ格闘家が学者に負けた…ただそういった意味でしかない。
君は格闘家としては天才だから…その世界で生きていくといい」
「く…」
慶四郎は唇をかむ。結局は『お前とは次元が違うのだ』と言われたに等しいからだ。
「小娘馬鹿にするな!!! 俺は!!!! 貴様を!!!!」
「落ち着け…」
いつの間にか真名の手に一枚の符が握られている。
「急々如律令…」
そう真名が呟くと同時に、慶四郎の意識は暗い闇に落ちたのである。
「…」
その光景を悲しげな眼で見る左門。
真名はその左門に向き直って頭を下げる。
「何やら…とんでもない騒動を起こしてしまったようで…」
その真名の言葉に左門は笑って返す。
「いえ…貴方が来てくださって助かりました。
これでこの子も…」
左門の慶四郎を見る目はとても優しいものであった。
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「…」
慶四郎は道場の布団の上で目を覚ました。
「起きたか慶四郎」
「…俺は」
慶四郎はそう呟いた後、起き上がる。
「…あの小娘は」
「真名さんならもう旅立ったよ。数時間前のことだから追うのは無駄だぞ」
「…俺は」
慶四郎は呆然と天を眺める。
そして
「あいつは何者なんだ…」
その言葉だけを絞り出す。
「私も詳しくは知らん。ただ、我々の常識を超えた世界の住人であることは確かだ」
「クソ…」
慶四郎は床に拳を打ち付ける。
「クソ…、手も足も出ねえ…。こんなことってあるかよ?
俺の今までの鍛錬は何だったんだ…」
その慶四郎の言葉に左門が答える。
「無意味だと思うか?
お前は十分強いだろうに…」
「だが負けた…」
「それは、彼女の生きる世界と、我々の生きる世界が違った。
ただそれだけだよ…」
慶四郎は左門を見る。
「いいか? 世界はあまりに広い。
その一部を極めただけで最強になったなど…思い上がりだ。
お前はまだ井の中の蛙に過ぎないんだよ。
たとえ秘伝書を手に入れても…絶技を極めても…それは変わらん」
「く…」
慶四郎はやっと理解する。
自分という存在が、ただ自分の世界で閉じこもって、その世界だけで最強を名乗ろうとしていた愚か者だということを。
「クソ…俺は…」
慶四郎は立ちあがって前を向く。
「行くのか?」
「俺は強くなる…」
「後を追っても無駄だぞ?」
「そうだとしても…俺は…」
慶四郎の目はただ一点を見つめている。
「ならば行くがよい我が弟子よ…。
井から飛び出た蛙となって広い世界をまわるがいい…」
そう言って左門は慶四郎に笑いかける。
その言葉を背に慶四郎は再び歩みだしたのであった。
それから後、津野田慶四郎は様々な世界を回り、様々な戦いを経て、世界最強の格闘家と呼ばれるまでに成長する。
しかし、彼自身は自分を『最強ではない』として、死ぬまで鍛錬を欠かすことはなかったという。
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