第15話 東京暴動 ~血の五月~

西暦2022年5月13日 金曜日 13:30

東京都港区。その一角。


「う…うう…」


その男は苦しそうに顔を歪めて、街の中をよろよろと歩いている。

顔は明らかに青白く、誰が見ても何か起こっていると分かるはずだが…。


「…」


また一人、その男の傍を女が通り過ぎる。

その女は、苦しむ男を一瞥しただけで、黙って去っていく。また一人また一人…。

そんなことがどれだけ繰り返されたろうか?

何十? 何百?

苦しむ男を見て見ぬ振りする人々…。


「うあ…く…」


不意に男がその場にうずくまる。

苦し気に呻いて、せっかく食べた昼飯を嘔吐する。

さすがに、異常を察した一人の心の優しい女性が男の下へと歩いてくる。


「どうしました?」


「う…うう」


男はそれには答えない。ただ苦しみ呻いている。

女性は異常を察してカバンからスマートフォンを取り出す。

その瞬間…


ザク!


「え?」


その声は、二人の近くを通った他の女性の言葉であった。

その女性は、顔に飛んだ何かを拭う。それは…


血…


「きゃああああああああ!!!!!!!!!!!」


街中に悲鳴がとどろく。

男の苦しむ姿を見ていられなかった優しい女性は…。


「ひいいいい!!!!!」


首なしの死体となっていた。


「うわああ!!!!!」


街は阿鼻叫喚の坩堝と化す。

その悲鳴渦巻く渦中に、巨大な咆哮がとどろいた。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


それは、さっきまで苦しんでいた男…だったモノ。

毛むくじゃらで牙と爪の生えた、映画からそのまま出てきたかのような『半獣人』の姿。


「ああああ!!!!!」


その姿を見て逃げ惑う人々。

その腕には、生首が握られている。


「ガアアアア!!!!!!!」


半獣人は咆哮をあげながら逃げ惑う人々に襲い掛かる。

そこにはもはや、いつもの日常は存在しない。

非情な非現実に塗りつぶされていく…。


死者28人、負傷者62人


それが、後に長く語られる凄惨な事件…『血の五月』の初めての犠牲者だったのである。



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西暦2022年5月15日 日曜日 20:30

東京都渋谷区


一組のカップルが街を歩きながら話している。


「獣化症?」


「そうよ! 何? ニュース見てないの?」


「…何だよそのバカバカしい病気は」


「冗談じゃないんだって!!! すでに東京都だけで21人発症して…。

そのとばっちりで100人以上の人が死んでるのよ?!」


「なんだよ…とばっちりって?」


「…獣化症を発症した人は、化け物みたいになって周りの人間を無差別に襲うのよ!!」


「…それって。マジ話?」


「だからマジだって!!!」


「ははははは!!!!! それやいいや!! 漫画の読み過ぎだな!!!!」


男はそう言って笑う。女は膨れてそっぽを向く。

…と、その時


「きゃあああ!!!!!!!!」


どこからか悲鳴が上がる。そして、何かが激しく壊される粉砕音。


「なんだ?」


男がそう言って悲鳴のあった方を見ると。


「え? まじ?」


そこに巨大な半獣人がいた。


…こうして、女の話を信じなかった男は、次の犠牲者に数えられることとなった。



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西暦2022年5月16日 月曜日 10:00


日本政府は東京都をはじめとして、複数県にまたがって起きている奇病『獣化症』を正式に新伝染病として公表、即座に緊急事態宣言を発令した。

これは、この奇病による二次的な犠牲者があまりに多かったからである。

これを受けて、諸外国が日本からの渡航禁止を次々に発表し、日本の経済界は今までにない大混乱に陥ることになる。

その時の内閣総理大臣は野党の猛批判を受けるも続投、内閣支持率は崖を転がり落ちるかのように下降していった。


そして5月18日 水曜日 13:20


渦中の東京都において集団ヒステリー的な集団リンチ事件が巻き起こる。

それは、たった一言、ある男が…


「俺、獣化症かもしれない」


…と冗談を言ったことがきっかけであった。

その男は獣化症でもなく、何の病気も患っていなかったが、近くにあった樹木に吊るされて死亡していたという。



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西暦2022年5月19日 木曜日 11:30


暗い闇の底。一人の男を中心に十二人の影が集っている。


「どうやら計画は順調なようだな?」


中心の一人、死怨院乱道が笑いながら言う。


「おう! 警察の方にゃ、ひっきりなしに電話かかってきてるぜ!!

そのほとんどが、ただの勘違いで他人を疑う…。

糞下らねえ通報ばっかりだ!」


そう言って笑うのは徴明である。それを聞いて功曹がつまらなそうに口を開く。


「愚かなことだ…。よく調べもせず奇病を疑い。そして、私刑にして殺したという事件が多く集まってきている」


それを聞いて勝先はおどけて言う。


「うわ~ほんと人間ってバカばっかだな!

マスコミ使って恐怖を煽りまくった俺が言う言葉じゃないが!!」


それに対して従魁が。


「こっちも煽りまくったけどね!

おかげでネットは獣化症関連の不確かな糞情報に埋め尽くされているわ。

これは、もっと吊るされるわねw」


死怨院乱道は満足そうに頷く。

その乱道に一礼して天罡が言う。


「日本人たちに不満が溜まって爆発しつつあります。

従魁が集ったデモにたくさんの人が集まり…。

大暴動に発展する可能性がかなり高くなってきている。

おかけで自衛隊にも治安出動がかかるかもしれないという話が広まりつつある

…そして」


「ふむ?」


乱道が疑問符を飛ばす。それに答える天罡。


「日本政府自衛隊幹部界隈では、この獣化症の原因が異能側…。

要するに妖怪や呪術師によるテロではないかという話が出てきています。

…当然ですよね? 獣化症はあまりに特異な病気だ…」


「ククク…そう、それでいい。

妖怪や呪術師の世界を知らぬ一般人は気づかないが…、政府関連は当然気づく…。

そして、集団ヒステリーは政府にも伝播するだろう…」


…と、不意に傳送が話に割り込んでくる。


「乱道様…貴方の考えた通りのことも起こりつつありますよ?」


「なに?」


「…そう。

人間社会で密かに生活している妖怪達。

その一部が、暴徒に獣化症だと言われてリンチ…殺害されたそうです」


「そうか…。

妖怪は信じずとも、奇病なら信じる…。

一般人にとっては、妖怪など獣化症患者にしか見えぬということだ」


傳送の話に乱道は満面の笑みを浮かべる。


「では、最後の仕上げが必要だな? 河魁…大吉…」


「「は!」」


両者が恭しく首を垂れる。


「大暴動の引き金を引け…」


「俺様はゲリラライブで!!!」


「わたくしは大交霊会で…」


「「…今世紀最大の喜劇と争いを東京にもたらしましょう!!!」」


河魁と大吉の言葉が綺麗に重なる。

乱道は手を広げて宣言する。


「さあ!!!

日本という国の終わりの始まりを…始めようではないか!!!」


その言葉に十二の影は等しく頭をたれたのである。



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西暦2022年5月19日 木曜日 22:10

東京都八王子市某所


八王子市の西に広がる森林地帯。そこに『赤き血の秩序団』の下部組織『秩序士団』の最重要拠点が存在していた。


「うわあ!!」


また一人、拠点の警備が倒される。現在、拠点はある組織の襲撃を受けていた。その名を『播磨法師陰陽師衆蘆屋一族』…。

世界魔法結社アカデミーからの極秘依頼を受けた蘆屋一族は、その実働部隊を日本各地に派遣し拠点制圧を行っていた。今回はその最後の締めとなる、最重要拠点…『秩序士団』の極秘研究施設の制圧が行われたのである。

当然、この作戦には日本政府…警察や検察なども絡んでいる本格的なものであった。


「…く。我々は抵抗しない。それなりの待遇を要求する」


そう言って手を上げるのは、戦闘能力を持たない研究者たち。蘆屋一族の戦闘員は彼らに手錠をかけて制圧していく。

その指揮官である蘆屋真名が、研究者の一人に話しかける。


「…それで。今日本に広がっている伝染病『獣化症』を研究開発していたのは、この研究施設で間違いないのだな?」


その言葉に、研究者たちのリーダーは苦虫を噛み潰したような表情になって。


「ああ…その通りだ。この施設で研究されていた『魔化ウイルス』による症状で間違いない。でも…」


「でも? なんだ?」


「我々は、それを研究施設外に広めた覚えはない!!!

不用意に広めればどうなるか、現状を見れば理解できるだろう?!!!」


「ふむ…」


真名は顎に手を当てて考え込む。


(どういうことだ? ここの研究者はこぞって、獣化症ウイルスを広めた覚えはないという…。それに…)


真名は研究者たちの方に向き直って言う。


「お前たちのリーダーである死怨院乱道が、今どこにいるかわかる者はいるか?」


その答えは他の者と全く同じ。否定を表す、首を横に振る仕草であった。


(『秩序士団』施設…。どこを探しても死怨院乱道の姿が見えない。これはまさか…)


…と、不意に真名のスマートフォンの着信を示すバイブが起動する。真名は電話に出てみた。


「…真名さんですか?」


それは以前世話になった検察官・礼二からの電話であった。


「どうしました礼二さん?」


「…はい。つい先ほど、…党の党員で政治家の本郷和寿氏が逮捕されました。

罪状は…」


その後の言葉を聞いて真名は驚愕する。


「日本政府の管轄下にある研究施設で研究されていた実験ウイルスを使って日本にテロを実行した疑いです」


「な?!!!!」


「本郷和寿氏はそのことを認めており。今日本政府は大混乱に落ちいつつあります」


それは、その通りだろう。本郷和寿氏は政権与党の人間…そして、それが広めたとされるウイルスの出所が…。


「日本政府の研究施設だと?! そんな話になったら、日本中の一般市民の猛批判を政府が受けるだけじゃなく、世界からも猛批判を受けることになって…、下手をすれば…」


「ええ…。国連が動くかもしれませんね」


「クソ!!! これはただ事ではない。前代未聞の事態に発展するぞ!! まさかこれがすべて死怨院乱道による策略か?!!!」


「…おそらく『赤き血の秩序団』と『秩序士団』は…」


「うまく利用されたのか?!!」


そして、それは間違いないだろう。死怨院乱道は、彼らを手足として利用して、黒幕として尻尾きりを行ったのだ。


「それともう一つ…」


「今度は何ですか?」


「東京都で、明日ゲリラ的なデモが起こるかもしれないという噂が広まっています」


「え?」


「デモというのは本来政府に届け出るモノですが…」


「…それだけ一般市民の鬱憤が溜まっているということか」


「政府はその噂を警戒し、東京都各地の警察に警戒を呼び掛けています。

下手をすると…初めて自衛隊が治安出動する事態になるかもしれないと…」


「…」


その礼二の言葉に真名は黙り込む。今日本は恐ろしい事態に巻き込まれつつある、それを裏で操っているのは…。


(死怨院乱道!!! 貴様…本気で日本を潰すつもりか?!)


真名は心の中で叫んだ。


「…しかし、だとすると、明日のゲリラデモこそが我々が事態を収束する切っ掛けにもなりえるな」


その真名の言葉に礼二は、


「それはどういうことです?」


と疑問符を飛ばした。


「奴らは…死怨院乱道は、絶対明日のデモを何かに利用するハズだ。

背後には必ず、奴とその式神たちがいるはず。

ならば…」


「行方の分からない乱道とその式神を確保するチャンスだと?」


「その通りだ」


「フフフ…さすがですね真名さん。

わかりました、政府にそのことを伝えて警戒を強化しましょう」


「お願いします」


「無論…」


「我々も明日のデモを警戒するために東京に留まります」


こうして、真名たちは翌日のゲリラデモで死怨院乱道たちを確保するべく東京に留まることとなった。

しかし、真名は気づいていなかった、それもまた死怨院乱道の計画通りの動きであるということに。



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道摩府の蘆屋一族本部。


「わかりました真名さん。準備が出来次第すぐにそちらに向かいます」


真名からの電話を受けて、矢凪潤はそう返した。


「おそらく…明日の昼過ぎくらいにはそちらに着くかと」


「わかった…。少々嫌な予感がするんでな。

増援頼んだぞ?」


「ええ了解です」


そう言ってから潤は電話を切る。

師匠である真名の『嫌な予感』は高確率で的中する。急いで準備しなければならないだろう。


(しかし…)


潤はここ数日の事態を思い出す。

日本はおそらく奈落への道を確実に進みつつある。その背景にいるのは死怨院乱道。


(おそらく、明日もただでは済まない…)


ならば…と、潤はスマートフォンを手にして、ある番号にかけた。


(念には念を入れて…)


その行いがのちの運命を左右することになる。



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西暦2022年5月20日 金曜日 9:30

東京都文京区


一台の大型トレーラーが街中を駆け抜けていく。


「さあ…俺様のライブを始めようぜ…」


そのトレーラーのコンテナの中で、河魁が周囲にいるバンドメンバーに声をかける。そのメンバーたちは一様に生気のない曇った目をしている。


もう5分もたたずに目標の場所につくだろう。そして、そこが…。


戦場になる…


そして、同時期。台東区

某公園敷地内


「さて…みなさん。大交霊会を始めましょうか?」


その公園内に白装束の不気味な集団が集まりつつあった。その数は百を超え千人にも到達しつつある。

その人々の目は一様にぎらぎらと輝き、不気味な色を放っている。


そして…千代田区永田町国会議事堂前。


「…」


一様に怒気をはらんだ目の人々が集まりつつある。

その異様な事態に警察が出動。集会の解散を呼び掛けているが…。


「これは…まずいな」


街の片隅に隠れるように立っている真名が呟く。

人々は警察の呼び掛けを無視してどんどん集まってくる。


(もしかしたら…昼前には暴動になるかもしれん)


そうなる前に、扇動する死怨院乱道たちを確保する必要がある。

道摩府からの増援は間に合わない…。


…と、その時、集団の中ほどに、他とは違う目をした人物がいるのに真名は気付いた。

それは、ゴスロリファッションに身を包んだ、他とは明らかに違う雰囲気の女。

その悪戯っぽい瞳が真名の目線と交錯する。


「?!!!」


その女…従魁は真名を見下すかのような目で笑った。そしてそのまま、集団から出て離れていく。


「…」


真名は黙ってその女を追った。


(そうよ…蘆屋真名…追ってきなさい。私が…)


従魁は嘲笑いながら街を優雅なステップで歩く。


(私があなたと遊んであげる…)


東京の…その月最も長い一日が始まろうとしている。



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「フフフ…」


従魁はただ一人、華麗なステップを踏みながら街の中を踊る。

そのまま、ビルとビルの谷間へと入っていく。


「…」


真名は黙ってその後を足早についていく。

当然、真名は彼女に誘い込まれていることに気づいてはいた。しかし、せっかくの死怨院乱道につながるかもしれない人物を、このまま逃がすわけにはいかなかった。

そしてビルの谷間の路地裏、そこで女が待っていた。


「ごきげんよう蘆屋真名…」


一人佇む従魁が、スカートをつまんで挨拶をする。それは、まるで絵画から抜け出てきたかのような西洋の姫君の挨拶である。


「わたくしの名は従魁ですわ。

死怨院乱道様の十二月将が一人…。今後ともよろしくお願いしますね?」


その礼儀正しい挨拶に対し、真名は辛辣な言葉を投げる。


「貴様とよろしく願うことはない…。この場で貴様は終わりだ」


その言葉を聞いた従魁はあからさまな泣きまねをして…、


「うう…。そんな酷い…。

わたくし悪いことなど何もしていませんのに…」


そう言って流れていない涙をぬぐう。


「…貴様。どこかで見たことがあるな?」


不意に真名がそう質問する。それに対して従魁は、


「あら? わたくし結構有名になったと思っていたのですが…。知らないおバカさんもいらっしゃるのね?」


「…」


真名は黙って従魁を睨む。

従魁は手の平で口を隠して上品に嘲笑う。


「フフフ…。わたくしはネットで動画配信をしておりますの。結構信者も多いのですよ?」


「ネット…そうか。貴様が今回のゲリラデモを呼びかけたんだな?」


「その通りですわ…。日本の方々の鬱憤を晴らす機会を与えなければ、爆発してしまいますから」


そういう従魁に、真名は食って掛かる。


「貴様らはその爆発こそ狙っているんだろうが!!」


「ホホホ…そうですね。ホント人間ってバカばかりですね?」


「貴様…」


真名は従魁を睨んで体術の構えをとる。それを見て従魁は大げさにおどけて見せる。


「ああ!!! 怖いわ!!!!

…田舎の山猿娘は短気でいけませんわね?!」


「言いたいことがそれだけなら…。

こっちから行くぞ!!」


真名は拳を握ると、一気に従魁に向かって加速し駆ける。

拳が一閃される。


「フフ…」


従魁は美しいステップでそれを避けると、再びその両手でスカートをつまんだ。

そのまま、一気にたくし上げて、その下着とガーターベルトを露出させる従魁。


「む?!」


いきなりの行為に驚く真名。でも警戒を解くことはない。


「さあ…いきますわよ?!」


次の瞬間、そのスカートの内側から無数の針が飛翔した。


「ち!!!」


ズドドドドドドン!!!


真名はその針の群れを何とか避ける。

無数の針は、そのまま地面へと突き刺さった。


「さあ…まだ終わりではなくってよ?!」


従魁はその下着を露出させた格好で華麗に舞い踊る。真名に向かって無数の針が襲い掛かる。

真名はそれを何とか避けていく。地面が、壁が、無数の針で覆われていく。


(これはらちがあかん!!)


真名は懐からマッチを一本取り出し火をつける。そのままそれを空に投擲、剣印を結ぶ。


<火剋金>


その地に法則が顕現する。


マッチの火は、巨大な炎の尾となって真名を包む。そのままの状態で真名は従魁に向かって一気に駆けた。


「はあああああ!!!!!!」


真名は拳を握って従魁を打撃しようとする。しかし、


「ほほほ!!!!! 甘いですわ!!!!!」


その真名に向かって無数の針が飛んだ。


ザクザクザク!!!!


「がは?!!!!!!」


無数の針は炎の尾を突き破って真名に到達する。

金行の針は、本当なら火行である『炎の尾』を突き破れないはずだが。


相侮そうぶだと?!)


…その通り、その針に宿る金気があまりに強く、並の火行では剋せないのである。


真名はたまらずその場に転がった。


「くう…」


その光景を見て従魁は嘲笑う。


「ほほほ!!!! 神霊であるわたくしの『無明針むみょうばり』をまさか、そんな小さな炎で消せると思ってらしたの?

まさしく猿知恵ですわねおバカさん!!!」


真名は全身を覆う痛みに苦しみながらなんとか立ち上がる。


(まさか…呪文もなしに対神クラスの攻撃を連打できるのか…こいつ)


その事実に内心驚愕を隠せない真名。

その顔を見て従魁はさらに笑う。


「驚いた?! 驚きましたわよね?

…でも本当に驚くのはもっと後にした方がよくってよ?!」

 

従魁は笑顔で真名に向かって片目を瞑って見せる。

そして、一礼してその場でくるくると舞い始める。


「?!」


不意に真名はその場に固定され動けなくなった。


「これは!!!! まさか?!!!」


真名は周囲を見回す。空に無数の光が走っているのが見えた。


「貴方…糸を使った術が得意ですわよね?」


そう言って従魁は真名を見下ろすような目で見る。


「く!!! 糸か?!」


その通り、周囲に飛んで突き刺さった針の尻から糸が伸び、真名を雁字搦めにしていたのである。


「その糸は神明斬糸しんめいざんし…。普通の術程度では切れませんわよ?!」


「く…」


真名は唇をかんで従魁を睨む。従魁の言う通り、この糸には強烈な神気が宿っており、少なくとも物理的力技では切ることが出来ない、と感じられた。


「ほほほ…あっさり捕まって。今どのような気分ですか? 蘆屋真名?」


「…」


真名は黙って従魁を睨む。


「その目なかなかいいですわね? でももうサヨナラいたしましょうか?」


不意に従魁が無数に張り巡らされた糸に触れる。そして…。


「死になさい…蘆屋真名」


そのまま、指ではじいたのである。


ピン…


静かな音が糸に響き震わせる。次の瞬間、


ザクザクザクザク…


真名の全身に絡みついた糸が、強烈な力で食い込み体を切り裂く。

真名は次の瞬間にはバラバラになって絶命した。


「フフフ…これで余計な邪魔者の一人は始末できましたわね…」


従魁がそう言って身を翻したとき。そこにソレはいた。


「!?」


薄く睨んだ真名と目があう従魁。


「な?!」


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ…」


路地裏に火天の呪が響く。いつの間にか従魁の背に張られていた符がまばゆく輝く。


蘆屋流対神符術あしやりゅうたいしんふじゅつ不動炎獄陣ふどうえんごくじん


「がああ!!!!!」


符から放出される無数の炎の帯が縛呪となって従魁の身に絡みつく。


「くはあ…これは」


「フン…お前たち人造神霊と戦う予定だったからな。特別製の符を準備していたのだ」


それは、蘆屋一族の秘伝中の秘伝である、金行の神格を縛り上げる封呪符。


「さて…貴様の主の居場所。吐いてもらおうか!」


「く…」


従魁は悔しげに唇をかむ。


「まさか…ここであなたを殺せればと思っていたのですが…。これは無理なようですわね」


「なに?」


「フフフ…わかっておりますわ…。これは乱道様の計画通りの展開。

仕方がありませんわね…」


…と次の瞬間、従魁の全身が炎に包まれる。


「む?! これは!!!」


「はははは!!!!!! あなた、わたくしに誘い込まれたことは理解しているのでしょう?!

ならば、早く国会の前にも戻った方がよくってよ?!」


「な?! まさか!!」


真名は周囲を見回す。そして意識を集中すると霊視して見た。

真名の周囲、路地裏一帯に妙な気の流れが存在している。


「これは!!! 結界?!」


「そう!! そう!!! 太一が張った結界です!!

此処一帯の時間の流れが遅くなるように…とね?」


「まさかそれでは! まずい…」


その事実に慌てる真名。結界の外ではかなりの時間が過ぎているはずだからである。


「もう始まってますわ!!!! ざまあみなさい!!!!」


そう笑い声を発しながら従魁は灰に変わる。自ら燃え尽きることによって封呪から脱出したのだ。

その姿を見送ることなく真名は路地裏から駆けだす。一気に街へと戻って、国会議事堂を目指そうとする。しかし、


「?!」


路地裏から出たとたん喧騒が真名の耳に襲い掛かる。

そこは…まさに戦場だった。


西暦2022年5月20日 金曜日 11:00

国会議事堂前に1000人を超えるデモ隊が集結。そこに文京区、台東区の集団が加わり大暴動に発展した。

周囲の建物はことごとく破壊の波にさらされ、警察単独では対応できなくなり、自衛隊すら治安出動するに至る。

その狂気の波は見る間に東京全体に広がっていった。まるで何者かに操られるかの如く…。


東京都の首都機能が失われつつあった。



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その時、蘆屋真名は街を国会議事堂へと駆けながら、スマートフォンを操作していた。


(どういうことだ?! 国会前に待機させていた仲間たちと連絡がつかない!!

こんな事態にならないよう警戒させていたはずなのに!!)


真名は走りながら周囲を見る。今、街の至る所では市民が暴れまわって、商店を襲って略奪を行っている。

その目は一様に狂気にかられた色をたたえている。


「きゃああ!!!!!」


また街のどこからか悲鳴があがる。真名は苦々しい思いでそれを無視する。

今すぐにでもその悲鳴の場所に駆けつけて助けたい…それが真名の本心だ。しかし、そんな場当たり的なことをしていたら、最悪の状況に間に合わなくなる。

今すぐにでも、この大暴動を引き起こしている根を絶たなければならないのだ。

それは当然…。


(死怨院乱道…、十二月将…)


おそらくそれらは、混乱の中枢である国会議事堂前にいるのは明白であった。


(国会議事堂前に待機させていた仲間と連絡がつかないということは…)


真名は最悪の事態を覚悟する。それは、すでに仲間が全滅しているということであり…。

場合によっては…。


(そうならないといいが…)


その最悪の想像を真名は振り払って駆ける。

国会が目前に見えてきた。


「?!!!!!」


不意に真名の意識が飛びかける。

慌てて真名は懐から呪物を取り出した。


<蘆屋流八天法・重活心じゅうかっしん


その呪はすぐに効果を表し真名の意識を現実へと押し戻す。


「これは…広範囲精神操作?!」


真名の耳に、騒がしいギターの音が響く。

その音には強烈な、精神汚染の呪が込められている。


「あれか!!!」


真名は国会へと駆けながら、ギターをかき鳴らす人物を目でとらえた。


「ぎゃははははははは!!!!!!

踊れよ!!!!!! 破滅のダンスを!!!!!!」


その男は、大暴動の混乱の中央にあって、それらを扇動するように叫んでいる。

そして…、


「フフフ…まだまだ…これからです。さあ、悪しき者達に神の裁きを…」


その近くにもう一人、明らかに他とは違う狂気のない目をした、笑顔をたたえた男が人々を扇動していた。


「あれか!!!!」


即座に真名はその正体を見破る。あの二人こそ今回の騒動の中心。


「十二月将!!!!」


そう真名は叫んだ。



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…時は少しさかのぼり。


西暦2022年5月20日 金曜日 10:30

国会議事堂前。


とうとう国会前で市民と政府の治安維持部隊との衝突が起こった。

市民はある者は投石し、ある者は火炎瓶を投げ、ある者は手にした棒で治安維持部隊を攻撃する。

治安維持部隊はそれを制圧すべく攻撃を開始、国会議事堂前は阿鼻叫喚の地獄と化していった。

…無論このまま進めば、市民はすぐに鎮圧されるだろう。誰もがそう思っていた、その時…


「ぎゃははははははは!!!!!!

狂気のビートを喰らいな!!!!!!!」


暴徒の中央にいた男・河魁がギターをかき鳴らす。

一瞬で、市民だけでなく、治安維持部隊のメンバーも、その瞳に狂気が宿る。


「さあ!!! 神の命に従いなさい!!!」


さらに、もう一人の男・大吉がそう叫ぶ。

国会前の暴徒や治安維持部隊だけでなく、周囲でなりいきをうかがっていたものにまで狂気が移る。


「「さあ喜劇の幕を開けよう!!!」」


二人は声をそろえて叫ぶ。この二人によって更なる地獄の釜の蓋は開かれた。

そして、狂気にとらわれたのは、一般人だけではなかった。

暴動を何とか収めようと、治安維持部隊と行動を共にしていた蘆屋一族の陰陽法師たちも、その精神汚染を受けてしまったのだ。

あまりに強力な精神汚染…。それから逃れるすべを彼らは持たなかった。


治安維持部隊の後方。自衛隊幹部として参加していた天罡が、その深紅の目を輝かせる。


「この世に争いを…。憎悪を撒き散らせ…」


その神気が周囲を…永田町全体を…千代田区を…東京都を覆い尽くしていく。

それは、呪術師の精神を汚染するほどの力は持っていなかったが、人々の心に憎悪の火をともした。

そうすることで起こった小さな争いが、周りを巻き込み大きく拡大し、東京都全体を大混乱へと導いた。

混乱の中心である永田町は、その政治機能のほとんどを失い、東京都は首都としての機能を放棄しつつあった。


その光景を遠くビルの屋上から見つめる目があった。


「東京…日本…。おじいちゃんや姉さんを殺した国…。このまま滅びてシマエ…」


それはティナ・ダウディングであった。

その目はもはや何も映しておらず。ただ日本人が傷つけあう姿を見て、薄く笑うだけであった。


「…どうだ? これで満足かティナ…」


その隣に死怨院乱道が立つ。


「まだヨ…。日本が滅びるマデ…。満足はしナイ」


「そうか…。フフフ…今のお前はとても美しいいぞ…。

人間はそうでなければいけない」


乱道は国会議事堂を目に納めて言う。


「もうそろそろ、蘆屋の小娘が戻るな…」


「それは…大丈夫ナノ?」


「フフフ…無論大丈夫だとも。

あの神藤業平を倒した小娘…。奴は、十二月将でなければ倒せまい…。

だがそうすれば、我らは奴にこちらの手の内を晒す結果になる。

…要は、我らがあやつの相手をしなければよいのだ」


「あの小娘を…十二月将を使わずに倒スト?」


「その通り…。あの小娘には…。

いや、この国を守護する者達には共通の弱点がある…」


「弱点?」


死怨院乱道は不気味に薄く笑う。


「蘆屋の小娘は、此処で確実に死ぬ…」


乱道において、それはすでに確定した未来であった。



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…再び時間は戻る。


西暦2022年5月20日 金曜日 11:10

国会議事堂前。


真名は暴徒たちの中心にいる河魁と大吉に狙いを定めた。


(おそらくあの二人が、この暴動の中心…)


あと一人天罡がいるのだが、その時の真名は気づいてはいなかった。


(このまま一気に駆けて、奴らを空中から打撃する!!!)


真名は拳を握って大暴動の中心部へと駆けていく。

そして、人々の波へと突撃、突入する瞬間近くの樹木を蹴って空へと飛翔する。


「すまん!」


そう叫びながら真名は暴徒たちを足場に空を駆けていく。

一気に河魁の下へと迫った。


「ふ!!!」


気合一閃、拳の流星が河魁へと飛ぶ。その時、


ズドン!


「?!!!」


いきなり真名は明後日の方向からの襲撃を受けていた。

そのまま足を踏み外して、暴徒たちの波へと墜落する真名。


「な?!」


堕ちる瞬間、その目が襲撃者を捕らえていた。それは、蘆屋一族の仲間たちの一人。


(まさか!! みんな精神操作にかかって?!)


そのまさかであった。

地面に墜落して倒れる真名を、嘲笑が襲う。


「ひゃはははははは!!!!!

良いザマだな蘆屋の小娘!!!!

来るのはわかってたぜ!!!!」


ギターをかき鳴らし嘲笑するのは河魁である。


「さあ!!! 歓迎のセレモニーを始めようじゃないか!!!!!」


その言葉に呼応して周囲の人々が動き始める。

暴徒たちは、倒れる真名にのしかかり、手足を羽交い絞めにする。


「く!!!!」


真名は天狗法を起動して。手足に纏う人々から逃れようとする。

しかし…


「?!!」


手足が動かない。人々の力が増幅されている。


(蘆屋の仲間が?!)


その通り。操られた蘆屋一族の仲間たちが、術で人々の力を強化したのだ。


あまりの事態に肩にいた静葉が叫ぶ。


【ひめさま!! 百鬼丸たちを!!!】


そこ言葉を聞いて真名は、一瞬鬼神召喚を行おうとして…

止めた。


【ひめさま?!】


「今、百鬼丸たちを呼んでも、あやつられた人々を殺す結果になるだけだ。

それは…ダメだ…」


真名は苦し気にそう呟く。


「この状況では百鬼丸とて手加減はできない…ならば確実に死者が出る…」


【でも…ひめさま…】


真名を押さえる人々が多くなり、力もその分増えてくる。

その強烈な力を受けて、真名は窒息しそうになる。


「く…う…」


【ひめさま!!】


静葉は悲鳴を上げる。なんとか周りの者を真名から遠ざけようと妖縛糸を放つ。

しかし、呪術で強化された人々には効かない。


「すまん…静葉…。

私は…」


真名はどうしても、あやつられた人々を殺す決断が出来なかった。

その優しさは…甘さは真名にとって命取りとなった。


「ぎゃははは!!!!!!

良いザマだな小娘!!!!!

後は俺様直々に切り裂いて殺してやるぜ!!!!!」


その河魁の掌が真名へと向けられる。

その瞬間、地面が大きく盛り上がり巨大なあぎとと化す。


「死ね…蘆屋真名…」


蘆屋真名はすでに、秘術・霊相転臨を使ってしまっている。

それは、この一撃で確実に死ぬことを意味していた。


岩のアギトが、真名とその手足を押さえる人々をまとめて咥える。

…そしてそれは一気に閉じられた。


(潤…)


真名がその時最後に思い浮かべたのは、潤の笑顔であった。



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西暦2022年5月20日 金曜日 11:10

東京都中心部、とあるビルの屋上。


「終わったな…」


死怨院乱道はそう呟いて目を瞑る。

その目にははるか遠く国会前の暴徒の中心で、閉じられていくあぎとが見えている。


「これで一人デスね?」


「ああ…我が復活を邪魔し腐った愚か者が一人消えた」


「フフフ…まだそのコト根に持っているのネ?」


「当然だ…。まあアレのおかげで、今の十二月将があるともいえるが…。

そう言えば、ティナよ…」


「なんデスか?」


「なぜそこまでして日本を…日本人を恨む?

一度聞いてみたいと思っていた」


「それは…」


ティナは思い出す。


日本に留学してそして行方不明になった年の離れた姉…。

死体で発見され…そして逮捕された日本人の変質者…。

…そして、


「なんで?! なんで無罪なの?!!」


幼いティナは、母親にそう叫ぶ。

姉を殺した変質者は無罪になった。


「…私も信じられないわ…なぜこんなことに」


母親はそう言って涙を流す。それを見て父は…。


「犯人が精神病だと認定されてしまったんだ…。

責任能力がないだと!!!!! 馬鹿な!!!!」


一人壁を殴って叫ぶ。


…それから、ティナの家族は崖を転がるように不幸に見舞われていく。

母親は姉のことを苦に自殺した。

父は酒に逃げて、飲み過ぎ…飲酒運転で事故を起こして死んだ。

そして幼いティナは独りぼっちになった。


…そんなティナが日本を恨むことは当然だった。

そうしなければ、ティナは両親の後を追っていたかもしれない。

日本への恨みこそが…、憎悪こそが彼女を生かす原動力であった。


他のアメリカ人たちは言う。


…日本人にもいい人はいるよ?


そんな言葉が、ティナにとってなんの慰めになる?

憎悪こそが生きる意味…。復讐こそが最後の望みなのだから。


「日本なんて…日本人なんてすべて滅べばイイ…そうすればワタシは…」


その言葉を静かに聞く死怨院乱道。彼は心の中でほくそ笑んだ。


(愚かな小娘だ…。日本が滅べば…。

自分の心が楽になると勘違いしている…。

そうなれば、ただ生きる目標が失われるだけなのにな…。

…日本が滅びれば…。復讐を遂げれば…新たな道を選べる?

フフフフ…馬鹿そのものだな。そこまで憎悪で歪んでしまった心がそう簡単に変わるものか…。

復讐の先にあるのは…無限に続く闇だけなのだよ)


死怨院乱道は遥か古代より、今なお続く人間の頃の闇を垣間見て満足する。

それこそが生前の彼の研究対象だったからである。

死怨院呪殺道は憎悪を研究しその力を利用する。


憎悪とは何か?


その疑問こそが死怨院呪殺道を生み出したのだ。


(もうそろそろかな?)


乱道はそう考えながらティナを見る。

ティナの憎悪を見るのは楽しかったが、それもここまでだろう。

もはや彼女の心に残るのは、憎悪よりも…。


(日本への復讐による、自身の心の救済…)


そうなってしまったらもう研究対象外だ。

乱道は急激にティナへの興味を失っていた。


「さて…」


乱道は再び、国会議事堂へと目を向ける。もう蘆屋真名は咢(あぎと)に食われてバラバラになっているはずだ。


…と、乱道の顔色がさっと変わった。それを見てティナが何かを察する。


「え? ナニ?」


ティナは乱道のように国会前に目を向ける。そこで大暴動が起こっている…。


…ハズだった。


「な?!!!!!」


その視線の先には暴徒は一人もいなかった。

なぜなら…、


一人残らず倒れて気絶していたからである。



-----------------------------



「少し起動に手間取ってしまいましたわ…」


東京都の外、千葉県の一角で土御門咲夜は額の汗をぬぐっていた。

その近くには、自衛隊の車両に偽装した、超広域術具が設置され起動している。

その巨大な術具は、東京都を囲むように、周辺の県のあと四か所に、五芒星を描くように設置されている。

その効果は、精神汚染された人々を昏倒させて無力化する事。


「…ここまで大規模な術具を使ってしまったら。土御門本家から何か言われるかもしれませんわね。

なにせ勝手に使っているのですから」


その通りであった。

土御門家は、今回の大暴動に関連して、事前に日本政府から手助けを要請されてはいた。

しかし、それはデモを利用して何かを仕掛けてくる呪術犯罪者への警戒であって、一般市民への対応は政府の仕事とされていた。

当然、このような機械を使う要請はなく、使うつもりもなかったのだが…。


「真名の嫌な予感は本当によく当たりますわね」


咲夜は、潤からの電話で真名の言葉を聞いていた。

もしゲリラデモで乱道たちが何かを起こすとしたら、間違いなく精神操作で人々を扇動するだろう。

そう予想したからこそ、咲夜はこのような大規模術具を準備して待機していたのである。

そして、それは真名の命を寸でのところで救う結果になった。


「さて、反撃と行きましょうか真名」


そう言って咲夜は不敵に笑った。



-----------------------------



国会議事堂前。


「なんだよ?! どういうことだ?!」


突然の事態に河魁は混乱の渦中にあった。

その近くにいる大吉も黙って周囲を見回している。


そこには、もはや喧騒も何もなかった。ただ、精神汚染を受けていない十二月将…河魁と大吉と天罡だけが立っているだけだった。

それ以外はすべてその場に倒れて気絶していた。

…いや、もう一人立っている者がいる。


「?!」


不意に河魁は背後に気配を感じて飛びのいた。そこに真名がいた。


「貴様!!!」


見ると、岩のあぎとは破壊され崩れ去っていた。


「どうやら、形勢逆転のようだな?」


そう言って真名は笑う。


「馬鹿な!!!! なんで?!」


「私にもわからん…が、あるいは…」


真名は、潤と…そして咲夜の顔を思い出す。


「フ…まだ私は死ぬには早いとさ…」


そう言って拳を握る。


「く…大吉…天罡…」


河魁が唯一残った仲間を呼ぶ。真名を囲むように三人は集った。


「顔が引きつっているな? いい顔だ…。

その顔…」


真名は凶悪な顔で三人を見回す。


「拳でボコボコにしてやる…」


そうして、この日最後の戦いが幕を開けた。



-----------------------------



「…どうやらしてやられたな」


乱道はつまらなそうにつぶやく。


「馬鹿ナ…なんで?」


驚愕の表情でつぶやくティナ。


「まあ…こんなものか。運がなかったな」


「く…そんな…あと少しで」


「首都を陥落させ…。それをきっかけに外国を呼び込んで…。

上手くすれば、日本の政治機能を崩壊に導けるかもと思ったが。

まあここまでだな…」


「…」


ティナは血が流れるほどに唇をかむ。


「フフフ…ティナよそう言う顔をするな。

まだ作戦は考えてあるのだ」


「デモ…」


「クク…気にするな。

いつか私がお前の望みをかなえよう」


「いつかジャ!!!!」


ティナが怒りの表情で乱道に食って掛かる。


「だから貴様はここまでだ」


「え?」


ザク…


ティナのその腹にナイフが突き刺さる。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」


ティナの耳に乱道の呪文が滲み込んでいく。


「らん…ど…う…?」


「このままでは貴様の憎しみの力は枯れ果てる。その前に我が力になれ?」


そう優しげな眼でティナを見つめる乱道。


「ねえ…さん…」


ティナが最後に思い出したのは、大好きだった姉さんの顔であった。



-----------------------------



「糞が!!」


河魁はそう叫んで一気に駆ける。その姿が見る間に二本の角を持った犬の半獣人へと変わっていく。


「がああ!!!!!!」


その手の鉤爪を振るって真名に襲い掛かる河魁。しかし、


「遅いな!!!!」


真名はその一撃を軽く避けてカウンターで拳を一閃する。


<金剛拳>


ズドン!


拳が見事に河魁の横っ面に炸裂する。


「げは!!!!」


血反吐を吐いて吹っ飛ぶ河魁。


「オノレ!!!!」


大吉が懐から符を十数枚取り出し投擲する。


「急々如律令!」


岩礫流裂陣がんれきりゅうれつじん


符は空中で無数の岩の雪崩となって、真名とその周囲で気絶している人々を襲う。


「…はは!!! これなら、避けられないでしょう?

避ければ一般人がたくさん死にますよ!!!」


そう言って嘲笑う大吉。

大吉はなんといっても神霊である。その霊力はすさまじく、その大符術も並みの五行術では、相侮そうぶされて防ぎきれないだろう。


「フン、中々考えたな…」


真名は無表情で懐から小さな金属片を取り指す。

それを指ではじいて岩礫流に向かって飛ばす。


「オンアロリキャソワカ…」


「うん? その呪は…聖観音だと?!」


「…その大慈悲をもって衆生を救いたまえ…」


蘆屋流五行術改あしやりゅうごぎょうじゅつかい金陣庇護法きんじんひごほう


その瞬間、小さな金属片が無数の金属の盾となって、真名の周囲に展開する。

岩礫流はそれにぶつかると、霊力の流れに返還され真名の下へと収束していく。


<土生金>


かくしてその場に法則が顕現する。


「な?!!!!!

土気を金気に変換する五行術を、聖観音の神罰守護法と組み合わせて使ったのか?!」


「その通り…。神霊だからとて、あまり人間を侮るもんじゃない…。

我ら陰陽法師…呪術師は、遥か古代より悪しき神霊の類と相対する術を鍛えてきた、神殺しでもあるのだ…」


真名の掌に凄まじいまでの金気が収束している。


「…では。返すぞ?

オンシュチリキャラロハウンケンソワカ…」


その瞬間、金気の輝きに火がともるその炎は次第に巨大化し、金気に更なる変化をもたらす。


蘆屋流五行術改あしやりゅうごぎょうじゅつかい金槍滅神撃きんそうめつしんげき


真名の手の中に金色の槍が生まれる。

大吉によって生み出された巨大な土気は、真名によって金気へと変換され、さらに巨大な破壊の呪法へと昇華したのだ。


「馬鹿な!!!! 対神五行術?!!」


「フフ…あまり私を侮ると…。一瞬で消滅するぞ?」


次の瞬間、真名の対神呪法が炸裂した。


「!!!!!!」


金色の槍から光帯が放たれ大吉を襲う。その攻撃で大吉は声も出せずに消滅した。

その光景を、河魁と天罡は驚愕の表情で見る。


「なんだよこいつ…。ここまでやるのかよ?」


河魁の顔には恐怖が張り付いている。


(冗談じゃない!!! 神霊と言っても、俺様も大吉も戦闘は得意じゃないんだ!!!

対神呪法を扱える呪術師なんぞとまともにやり合えるかよ!!!!)


とうとう河魁は踵を返してその場から逃走する。


「河魁!!! 貴様!!!」


天罡が慌てて叫ぶ。それに河魁は答えずそのまま霞のように消えた。


「く!!! 馬鹿が、敵前逃亡なぞ!!!!」


河魁のその情けない姿に天罡は怒りの表情を見せる。しかし、


「いや? あの男は正しいとも。貴様らでは私を倒せん」


「く…」


天罡な苦々しい思いで真名を睨み付ける。

…と、不意に真名が顔色を変える。


「ほう…」


「?」


天罡はその真名の反応に疑問符を飛ばす。すると…


「私が殴った頭はまだ痛むか?」


突然、そう天罡に言ったのである。


「?!」


「おまえ…」


真名はにやりと笑って言葉を続ける。


「魔龍アールゾヴァリダだな?」


「な?!」


真名のその言葉に驚愕する天罡。


「なぜ?」


「私の霊視は貴様の霊体をも見通す。貴様の魂はついこの前、目前で見たばかりだからな」


「…」


天罡はついに黙り込んでしまう。侮ってはいけない者を侮っていたことに天罡は唇をかむ。


「…まさか、此処までやるのか…。その弱弱しい霊力で」


「まあな…。それだけの修業をしてきたからな」


「ち…よかろう。ここは下がらせてもらうぞ」


「逃がすと思うか?」


「フン…嘘をつくなよ?

貴様とて式神を適当な封印で封じたところで、術者本人を何とかしなければどうにもならないのは知っていよう?

だから、あのバカ…河魁もあえて逃がした…、違うか?」


真名は笑ってからため息を付く。


「そうだな…。死怨院乱道…、それを仕留めない限り、お前たちを完全に倒すことは不可能だ」


「蘆屋真名…いや『蘆屋の夜叉姫』…貴様の名前覚えておくぞ?」


「ああ…すぐに貴様の主ともどもぶっ飛ばしてやる」


「フン…」


天罡は踵を返してその場を去る。そして、しばらく歩いた後霞のように消えた。


「…」


真名はそれを黙って見おくる。こうして、その日最後の戦いは幕を閉じた。



-----------------------------



西暦2022年5月20日 金曜日 22:00


結局、その日の大暴動は集団ヒステリーによる一時的なものとみなされた。

本郷和寿の『日本政府施設で獣化症ウイルスが作られた』発言は、マスコミのフェイクニュースということが判明し事態は急速に収まっていった。

デモを行った者達も、なぜ自分たちが暴動を引き起こすまでになったか理解出来る者はいなかった。

そして…

このしばらくのちに『獣化症』特効薬が開発され、今回の件は完全に収まることになる。



-----------------------------



暗い闇の底、死怨院乱道が一人佇んでいる。そこに一人の影が近づいてくる。


「うむ? 天罡…戻ったか」


「は…乱道様…申し訳ありません」


「どうした? 戻ってそうそう」


「いえ今回の失敗…私にも責任が…」


「はははは!!!

気にする必要はない。これも天命というものよ…」


乱道は豪快に笑う。失敗を気にしている様子は欠片もない。


「…あの人間どもが思いのほか出来るということが分かっただけでも、今回の作戦は価値があった…」


「は…はあ」


「それにあの小娘…蘆屋真名とか言ったか?

中々の使い手だが…甘さが見えた。それが奴を仕留めるための急所になろう」


そう言って乱道はにやりと笑う。

乱道は天罡に近づいてその肩に手を置く。


「今回はよくやった、ゆっくり休むと…」


…と、不意に乱道が顔色を変える。


「…」


そのまま黙り込んで、手のひらを見る乱道。


「フフフ…はははははははははは!!!!!!!!」


しばらく黙っていた乱道は、いきなり大きな声で笑い始める。


「はははははは!!!!!!!

そうか!!!!! そう言うことか!!!!!!」


「?」


天罡はその乱道の豹変に困惑を隠せなかった。


「天罡よ!!!!! 本当に貴様はしてやられたな!!!!!」


「え?」


乱道のその言葉に、天罡は疑問符を飛ばす。


「見てみろ」


そう言って乱道が掌を見せる…そこには。


「!!!!! 五芒星?!」


乱道の掌に五芒星がくっきり浮かんでいた。


「あの小娘めが!! 貴様自身にすら分からぬように、貴様に呪いをかけておったのだ!!!

私が貴様に触れたら発動するようにとな?!」


「な!!!!!」


その驚愕の事実に呆然とする天罡。蘆屋真名と接触した覚えはなかったはずだが?


「…小娘はそこまでの使い手ということだ!! これは傑作だな!!!!」


乱道はそう言って笑う。


「ら…乱道さま…」


天罡はもはや冷汗をかいて狼狽えている。まさか自分が、呪いを持ち帰ってしまうなど…。


「気にするな天罡…」


不意に笑いをやめて乱道が言う。そして…、


ザク!


乱道はすぐさま呪われた手首を切り落とした。


「こうすればいいだけだ。後は厳重に封印呪をかければ、情報系の呪術にもかからぬだろう。

人造の肉体を与えてくれたティナには感謝せねばな?」


「乱道様…」


天罡はその光景を見て、その場に膝をついて頭をたれる。


「天罡よ…あの小娘の名は何だったか?」


「蘆屋…蘆屋真名です」


「そうか…。ククク…これは楽しみが増えたな」


そう言って乱道は不気味に笑う。こうして蘆屋真名の名は、死怨院乱道の心に強く刻み付けられることとなった。

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