第13話 土御門秘宝奪還作戦

福井県某所、土御門本庁。

土御門永昌による騒動から半日ほどが経った一室。


「安倍晴明の遺骨って…。そんなものが残っていたんですね…。平安時代は土葬が中心だとどこかで聞いた記憶が…」


矢凪潤はそう真名に疑問を投げかける。


「ああ、確かにそうだが。一部、貴族は火葬をしていたという話もあるのだ」


「そうなんですか…。でも、そんなものを何に使うつもりなんでしょうか?」


「ふむ…」


真名は腕を組んで考え込む。

遺骨…。それも安倍晴明の遺骨なら、呪物として相当価値も効果も高いものになるだろう。はっきり言えば、どんな高度な呪の触媒としても最適ということで、乱月が何をもってそれを手に入れようとしたのか特定するのはかなり難しかった。


「まあ、そこら辺のことは父上と永昌様の話が終わってからだな」


そう、今、蘆屋道禅による土御門永昌に対する尋問が別室で行われていたのである。



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「本当に申し訳ない…」


医療用ベッドに寝た土御門永昌はそう言って唇をかんだ。


「永昌…。いまさら済んだことを謝ってもどうしようもないだろう? これからのことをかんがえにゃあ」


「…ええそうですね。いくら謝ったところで、我が家の秘宝は帰ってきませんから」


道禅はそれを聞いて、心底困った風に腕を組んでため息をついた。


「安倍晴明の遺骨…か。呪物としては最高級…。

 普通に売るのはおろか、どんな呪の触媒としても最適と言える…

 まあ、奴らのことだから、ろくなことには使わんだろうが」


道禅は永昌を見つめると言った。


「なあ、本当に奴らがやろうとしていることに心当たりはないのか?」


「…乱月に操られている間は、彼らの行動に疑問を持ったことはありませんでしたから」


「…そうか」


永昌はしばらく考えた後、ふと思い出したようにつぶやいた。


「…でも、もしかしたら…」


「? なんだ? どんな小さなことでもいいぞ?」


「私が操られていた当時の、乱月の協力者に神藤業平がいましたが…」


「神藤業平…。あの男か…」


道禅はかつての戦いを思い出す。奴とは結局決着をつけることが出来なかった。


「…その神藤と乱月の会話で『復活』がどうのという言葉を聞きました」


「『復活』…」


道禅はその言葉に無性にいやな予感を感じた。


「彼らが遺骨でしようとしていることは…、まさかとは思うのですが…」


その後の、永昌の言葉を聞いた道禅は、今すぐにでも行動を起こさなければならんと確信した。


「ありがとう永昌…。あとは俺たちに任せろ」


「道禅…」


「なんだ気持ち悪い。いつも通り化け物でいいぞ」


「いや、今回ばかりは礼を言わなければならん。私の所為で土御門がおかしくなるのを防いでくれたのだから」


永昌は神妙な顔で続ける。


「私は…妹が…咲菜が死んで。おかしくなってしまった。その復讐ばかり考えて、乱月に付け入るスキを与えてしまったのだ」


「永昌…」


「何と未熟な…。私としたことが、こともあろうに敵の乱月に操られるとは…」


「なあ、永昌」


道禅は目をつぶって永昌に話しかける。


「本当は俺もあんたと一緒さ…」


「…」


「俺も咲菜が死んだときは…。おかしくなってた」


「道禅…」


「復讐も考えたさ…。でも」


道禅はかつてを思い出しながら続ける。


「真名がいたからな…。真名が俺以上におかしくなりかけてた。俺は真名を…守らなければならなかった」


「そうか…守りたいものがあったからこそお前は…」


「そうかもしれん…。ただ、俺が薄情なだけかもしれんが」


「そんなことはないさ…。私はお前の、咲菜の葬儀の時のことを今でもはっきり覚えている」


「…でも、もしかしたら。一歩間違えていたら、俺が乱月に操られて、お前がそれを止める側だったかもしれん。

 だからさ…気にするなとは言えん…。ただ、前を向いてこれからのことを考えろ、なあ兄貴…」


その言葉を聞いて永昌はふと笑って言った。


「そうだな…化け物」



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土御門本庁、中庭。


道禅は中庭に集まった多くの術者たちを見回しながら言った。


「これより、土御門の秘宝の奪還作戦を行う」


その言葉に真名が疑問を投げかける。


「今からですか? まだ怪我人も回復していない現状ですぐに奪還作戦というのは」


「今すぐでないとダメな理由がある…」


「それはいったい」


「…それは、奴らの目的が、相当危険なものであるからだ」


「奴らの目的が何かわかったのですか父上?」


「まだ予想の段階ではあるが…。その予想が当たってしまった場合の被害は相当なものになってしまう」


「だから今すぐ動くと?」


「そうだ」


真名はしばらく考えた後、道禅に言った。


「その想像できる最悪の予想というのは何ですか?」


「それは…」


道禅は少し逡巡した後答えた。


「彼らの目的はおそらく…」


その後の道禅の言葉を聞いたとき、そこにいる皆は、これから起ころうとしていることがどれほど重大なことなのか理解した。


「彼らの目的はおそらく…

 安倍晴明の復活…、もしくはそれに類することだ」


道禅の言葉に絶句する真名に代わって潤が口を開く。


「しかし、その…。安倍晴明を復活させてどうするんですか? 晴明様なら彼らの味方にはならないんじゃ」


「彼らがただ普通に復活させると思うか?」


「それは、まさか…」


「間違いなく、自分たちの操り人形としてだろう…。そして、そうなった場合考えうる最悪の状況がある」


「それはいったい」


ふと、それまで言葉を失っていた真名が口を開く。


「十二天将…」


「…え?」


「おそらく呪術の世界で最強の十二の式神が敵に回る可能性があると…」


「まさか…」


道禅は深く頷いた。


「…おそらく、我々に残された時間は多くない。今から敵の居場所を特定、すぐに土御門、蘆屋共同の、秘宝奪還作戦を実行に移す」


そこにいる皆は切迫した状況を理解して息をのんだ。その中には、咲夜の姿もあった。


「これは…とんでもないことになりましたわね…。ならば…」


開発中のアレを実戦に出すことになるかもしれないと考えていた。



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某所、地下施設の奥。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


神藤業平は、安倍晴明の遺骨を前に呪を唱えていた。


(おそらく、奴らは我らの目的を予測してすぐにでもここを特定するだろう…

 それまでに儀式を終わらせておかねばならん…)


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


(さあ蘇るがいい…安倍晴明…)


いや…


『  おん いん らん どう ! ! 』



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大阪府高月市。

大阪市と京都市とのちょうど中間に位置し、二大都市のベッドタウンとして発展しているこの町の奥にある山中。

そこに今、蘆屋一族の呪術師と、土御門家の呪術師の双方が集結しつつあった。


「よし…。ある程度は揃ったようだな…」


そう道禅が口を開く。


「時間が惜しい。完全に集まるのを待つことはできない。これからすぐにでも、敵の施設を襲撃、土御門の秘宝を奪還する」


そう言う道禅に、真名が質問する。


「そんなに急がなくてはならないのですか? もう少し作戦を練った方が…」


「奪われた秘宝が、安倍晴明の遺骨でなくて、目的がその復活でないならそうしただろうが。違う以上、もはや時間がないと言ってもいいだろう」


真名はそれほど事態が切迫しているのかと息をのんだ。

道禅は、山中にある一点を指さす。それは、もう使われていない、何かの施設であったのだろう、コンクリート製の廃墟だった。


「あの建物の地下に、大きな施設があることが確認された。おそらく、そこに奴がいる」


「神藤…業平…」


潤はそう言ってつばを飲み込んだ。

『神藤業平』それはかつても道禅と戦ったことのある呪術師で、魔法犯罪者組織『赤き血潮の輪の結社レッドリング』のリーダーである。

その実力は道禅と互角ともいわれている。果たしてどのような術を扱うのか…。


「間違いなく、こちらの襲撃は察知されている…。それなりの抵抗も予想される。十分警戒して突入してもらいたい」


道禅はそう言うと、廃墟の方に向き直った。


「行くぞみんな!!」


「おう!!!!」


山中に多くの人の声が響いた。



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…その、地下施設の奥。

そこに、4人の男女が集まっていた。その中の唯一の女、『天童明てんどうあきら』が口を開く。


「例の者たちがここに来たようですわね…」


「ああ、そうだ…。もうそろそろ突入してくるころだ」


そう言って、もう一人の外国人の男、『フリーデル=ビアホフ』は煙草を燻らせた。


「ならば…あいつも…。蘆屋真名も来ているのでしょうね」


そう言って、天童明は爪を噛んだ。


「おいおい…。恨みを力に変える死怨院呪殺道のもんが、恨みにとらわれてどうすんだよw」


そう言って、その中でも最も若い男『大井直治おおいなおはる』がへらへら笑った。


「うるさいわね、直治余計なお世話よ!」


「おお怖い怖いw」


直治は、それでもへらへら笑っている。


「それより…。なぜ貴様がここにいる…直治」


それまで、無言で通していた打刀を腰に下げた着物の男『鹿嶋一刀かしまいっとう』が声を出す。


「なぜって…師匠が大変な時に、俺がいなきゃ始まらないでしょ?」


「ふう…。お前がいても…足手まといになるだけだろうに…」


そう言って煙草の男、フリーデルが笑う。


「はん! 馬鹿にするなよ? 俺はこれでも組織でもトップクラスの腕を持ってるって、皆に言われてるんだ…。蘆屋の夜叉姫程度、俺が倒してやるぜ!」


その言葉に、明が反応する。


「直治!! 調子に乗るのはおよし!! あの、蘆屋真名はわたくしの獲物ですわ!!!」


その大声に、直治はびくりとして、首をすくめる。


「おうおう、分かったよ明のねーちゃん。夜叉姫はあんたに譲るって…」


そう言って、本気かどうかわからない風にへらへら笑った。


「…みな、いいか? 今回は業平が呪を完成させるまで、敵を防がなくてはならないんだ。まじめにやってくれよ?」


そう言ってフリーデルは腰の拳銃に手を添えた。


「オーケイ大丈夫だって! 完成まであと少し…。それまでも時間ぐらい余裕で稼いでやるさ」


そう言って直治は笑った。

フリーデルは帽子を目深にかぶって、一刀の方を見る。


「問題ない…」


一刀はそれだけ言うと、すぐに闇の奥に消えた。


(まあ、やるしかないよな…。業平…)


フリーデルは、煙草をその場に捨てて足で踏み消すと、一刀と同じように闇に消えた。


「蘆屋真名…。貴方は必ずわたくしが…」


そう言って、今度は明が闇の奥へと消えていく。そして、


「こりゃ…楽しくなってきたぜ! なあ師匠!!」


最後に残ったのは直治一人だった。その向いている方向からは、直治の師匠の呪文が響いてきている。

これから、彼ら四人の防衛戦が始まるのである。



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「ち…厄介な…」


地下通路を走り抜けながら、道禅はそう毒づいた。

道禅たち、蘆屋・土御門連合軍が突入してから20分が経とうとしていた。廃墟の地下への扉は、そのまま異界に繋がり、そこで迷路のように入り組んだ地下通路につながっていた。それだけではない、いたるところに呪術による罠や、幻術による迷い道などがあり、さらに動く死体である『尸鬼』が無数に徘徊していたのである。

道禅たちは、通路を早く突破するために、複数に部隊を分けることを余儀なくされた。その上にこの罠や敵のラッシュである。地下通路の探索は、遅々として進まなかった。


「部隊から先行しすぎてるか?」


道禅はそう呟いて、自分の背後を見た。

道禅たち実力のあるものは、それ以外の者達がついてくるのを待たずに先行していた。それは、やはり、少しでも早く『安倍晴明の遺骨』を取り戻すためであったが。

それには多少の不安もあるのだった。


「業平の部下がどれだけいるか…」


業平直属の部下なら、それなりの実力者に違いない。仲間がいた方がやりやすいかもしれない。でも…。

道禅は他の通路に走っていった、真名たちのことを思い出していた。

彼女らは、それぞれ、真名、咲夜、潤と美奈津、というふうに分かれて、別の通路を行っていた。それなりに実力を持つものだ、自分のように部隊から先行して走っているに違いない。ならば…。


「頼むぞ真名…みんな」


今は、彼らを信じるしか他はないと道禅は思いなおした。



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「それは、幻術ですよ」


「うえ? そうなのか?」


潤はそう言って美奈津を止めた。美奈津の目の前には、幻術で隠された、奈落の底への落とし穴がある。

潤は自身の霊視覚をフルに稼働させて先行していた。美奈津はそれについてくる形だ。


「マジかよ…。でも潤…よくこんなの身破れるな…」


「まあ…僕の目は、特別らしいからね…」


「そうなんか…」


美奈津は心底感心した様子で腕を組んだ。


「さあ行こう」


潤がそう促すと、美奈津もそれに従った。しばらく走ると、数体の尸鬼がふらふらと現れる。


「こいつは任せろ!!」


美奈津は嬉々として、こぶしを握って尸鬼へと突撃していく。しかし、


「あ! 美奈津待って!!」


「へ?」


カチ…


美奈津は何かを踏んづけてしまった。それは、スイッチだった。


ズズズズ!!!!! ドカン!!!!


凄まじい音がして、天井が落ちてくる。美奈津はそれを避けるために、とっさに奥へと走った。

動きの鈍い尸鬼は天井に押しつぶされる形になる。


「くう…やべえ、やべえ」


落ちてきた天井は巨大な岩の壁となって通路を塞いでしまった。二人はそれによって分断される形になる。


「オンアロマヤテングスマンキソワカ」


蘆屋流天狗法あしやりゅうてんぐほう


潤は拳に力を籠めると、それを壁にたたきつける。壁が砕けてクレーターのようになる。


(これは…砕くまでに時間がかかるな…)


そんな時間はとってる余裕がないかもしれない。


「どうすれば…」


潤が考え込むと、壁の向こうの美奈津が声をかけてくる。


「おい! 潤は一旦下がって、他の道を進んできてくれ。こっちに通じてるかもしれないし」


「で、でも…」


「あたしは一人でも大丈夫さ。いざとなりゃ…」


そうなのだ。美奈津にはこの壁を超える方法が一つあるのだ。ならば…


「美奈津…。一人じゃ危険だからやっぱり、こっちに戻ってきてくれ…」


「そうはいかねえだろ…。この奥に例の秘宝があるかもしれない。あたしはこのまま先行する」


「しかし…」


それでもじれる潤に、美奈津は笑いながら言った。


「大丈夫だって…あたしだって成長してるんだ。あたしのこと信じてくれ」


「…わかった」


潤はやっと決意した。


「それでも、もし危険なら…」


「わかってる…。アレを使うさ」


そう行って美奈津は、通路の奥に走っていった。

潤はその気配を察すると、通路をまた来た方へと引き返していこうとした。その時、


「…あの娘は行ったか…」


「?!」


突然潤は背後に気配を感じた。それは、


「『赤き血潮の輪の結社レッドリング』が一人『鹿嶋一刀かしまいっとう』…。覚える必要はないぞ…。お前はすぐに死ぬ…」


腰に打刀を帯びた着物を着た男が立っていたのである。



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(とは言ったものの…)


一人通路を走る美奈津は、不安をぬぐいきれなかった。幻術や罠を見抜いてきた潤がいなくなったのだから当然ではあるのだが。


「まあ、なんとかなるさ。あたしだって師匠の弟子なんだから…」


…と、不意に強烈な殺気を感じた美奈津は、その場を飛びのいた。


「…ち。蘆屋真名ではないのですわね」


「その声は…」


美奈津が声の主を見つけるために周りを見回すと。


「フン…。こちらですわよ未熟者」


「く!!」


不意に背後に気配を感じて、美奈津は飛びのいた。


「わたくしの初めの獲物が、こんな未熟者とは…。詰まりませんわね」


そう言って立っていたのは『天童明てんどうあきら』だった。


「け…。てめえ。さっきから未熟者、未熟者って言ってくれるじゃねえか!」


「ええ、言いましたが何か? わたくしの本当の獲物は蘆屋真名一人ですわ」


「はん…。師匠が手を下すまでもねえよ。あんたはここであたしがぶっ飛ばす」


明は美奈津のその言葉に、眼を細くした。


「ほう…あなた。蘆屋真名の弟子なのですか…。ならば、楽しみ方もありますわね」


そう言って懐から符を数枚取り出す。


「あなたをズタボロにして、蘆屋真名の前に置いて差し上げますわ!!!!」


かくして美奈津と明の戦いは始まった。



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…そのころ、当の真名は。


「あれ~~~? まさかこっちにあんたが来るとはねえ…」


「…」


真名は、『大井直治おおいなおはる』と対峙していた。


「明のねーちゃんには悪いけど…。こうなった以上、俺があんたをヤルしかないよね?」


「ふう…。お前にできるならな…」


そう言って、つまらない表情で真名は直治を見つめた。


「はは!! 俺を侮ると痛い目を見るぜ! 神藤業平が一番弟子、大井直治いくぜ!!」


そう言って、手にした針と糸を構えた。



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「おいおい…。あんたがこっちに来るかよ…」


「それはこっちのセリフですわ」


土御門咲夜は『フリーデル=ビアホフ』と対峙していた。


「フリーデル=ビアホフ…。ドイツ出身の西洋魔術師。『席番剥奪者ロストナンバーズ』が一人。今は神藤業平の右腕でしたっけ?」


「フン…。俺を知ってるやつには会いたくなかったんだが…」


「それは、おあいにく様。とりあえず、わたくしに捕まりなさい。世界魔法結社アカデミーに送って差し上げます」


咲夜はそう言って印を結ぶ。何もない空間から小銃が現れる。


「おいおい…。それがあんたの獲物か…。こっちより新式じゃねえか」


そう言ってフリーデルは、リボルバーの拳銃を取り出す。


「ちょっと…。手加減はできないかね?」


そう言っておどけるフリーデルに、咲夜はにやりと笑う。


「うるせえよ! とっとと、ぶっとびな!!」


地下通路の闇に銃声が響いた。



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「フ!」


次の瞬間、鹿嶋一刀の打刀が閃いた。


「く!!!」


潤は、それを寸でのところで回避する。それを見て一刀は、


「ほほう。なかなかいい反応速度だ…」


そう言ってにやりと笑った。

潤はその一太刀で理解していた。この相手がただ者ではないことに。その太刀筋はあまりに鋭すぎた。


【主! こやつただ者ではありません】


しろうがそう言って、一刀に向かって威嚇する。


【三人で連携して戦わないと!】


かりんがそう叫ぶ。

そうだ…。こいつ相手に、一人で戦うなんて言っていられない。それだけの威圧感を、潤は一刀から感じ取っていた。


「く…。二人とも油断するな」


「フフ…そうだ。鬼神とともに向かってくるがいい。そうしなければ、拙者に一瞬で切り伏せられることになるぞ」


一刀はその手を、腰の鞘に納めた打刀に触れさせる。次の瞬間、


ズバ!!!


一刀の刃が、まばゆくきらめいた。潤は『金剛杖』を構えて迎え撃つ。

その時、潤は嫌な予感を感じた。

潤はとっさに、金剛杖で刃を受けるのではなく、その太刀筋を打ちそらして回避した。


「ほう…」


そらされた一刀の刃は、地面のコンクリートを豆腐のように切り裂いた。


「それでいい…。もし、拙者の一太刀をその杖で受けていたら。その杖は真っ二つに切れていたぞ」


「く…。やっぱり…」


それは本来あり得ないことであった。潤が手にした金剛杖は、師匠である真名が呪を込めて造った特別製のモノだ。ダイヤモンドの硬さでいかなるものも防げるはずであった。

しかし、それをこの男は…。


「フフフ…」


一刀は楽しそうに笑う。その打刀にはいつの間にか、雷が宿っていた。


「秘剣・剛破…。拙者の太刀筋は、いかなるものも切り伏せる」


どうやら、この男の刃は、まともな方法では防ぐことが出来ないらしい。潤は冷や汗をかいた。


「さて、そっちから来ないのか? ならば、また拙者から行くぞ?」


そう言って一刀は、腰の打刀に手を添える。このままでは防戦一方だ。


(く!! 火炎輪だ!)


潤は、まずかりんに心の中で命令した。


【わかったよお兄ちゃん】


その瞬間、かりんの手から炎の渦が現れて、一刀に向かって飛んだ。


「フ!!」


ザク!!!


一刀の刃が再び閃く。火炎輪はその一太刀でかき消されてしまう。しかし、


「この!!!」


潤はその隙に、別の方向から金剛杖を振りぬいた。


ドカン!!!


一刀は、いつの間にかその場からかき消えていた。振りぬいた金剛杖が、コンクリートの床を穿つ。


「ソレ!!」


いつの間にか、潤の背後にいた一刀がその刃を三度閃かせる。このままでは…。


【そうはさせん!!!】


しろうが潤と刃の間に割って入る。呪が響いた。


「バンウンタラクキリクアク」


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう五芒護壁ごぼうしょうへき


それは、確実に敵の攻撃を防ぐ絶対障壁。しかし、


<秘剣・斬魔>


ズバ!!!


その瞬間、五芒障壁は砕け散って消えた。


【な!!】


斬!!


「しろう!!」


一刀の一太刀がしろうの頭を縦に真っ二つにする。


【がああ!!!】


しろうはたまらず、その場からかき消えた。


「フフ…。しょせん使鬼…。この程度では死ぬまい?」


その通りだ、鬼神には基本的に物理攻撃は効かない。一時的に消えるが、呼べばすぐに戻ってくる。


「く…」


それでも、潤は顔を青ざめさせて、一刀を睨んだ。


「ならば…。使鬼を断つ秘剣もお見せしよう」


そう言った、一刀は再び腰の打刀に手を添えた。


「かりん!!!」


とっさに、潤はそう叫んでいた。


【!!!】


ズバ!!!


<秘剣・落葉>


その一太刀が、かりんの腕を断ち切る。空中に腕が飛んで消えた。


【お兄ちゃん…】


その言葉を残して、かりん自身もかき消えてしまう。


「フフ…今のは、10分の間、使鬼を封じる秘剣・落葉。これで、お前の手札は一つ消えた…」


あまりのことに潤は何も言えなかった。この目の前にいる剣士は…。


(まさかこいつは…)


その心を見透かすように、一刀は答える。


「拙者は、対呪術師・魔法使い戦闘を専門とする魔剣士…。『対魔剣士ウィッチスレイヤー』だ…」


対魔剣士ウィッチスレイヤー

それは、対魔法使い戦闘の専門家。かの世界魔法結社アカデミー一の剣士『ソウェイル』もその一人である。

ある意味から彼らは、魔法使いたちの天敵である。


「では…今度は拙者から」


その言葉とともに、一刀がその場からかき消える。


【危ない!! 主!!!】


復活したしろうが、潤と刃の間に割って入る。


<秘剣・斬魔><秘剣・落葉>


ズバ!!!!


【が!!!!】


今度は、しろうがその頭を絶たれて消滅する。


「く…!!」


これで、潤は二人の使鬼を二人とも失ったことになる。


「さあ…。どうする? 少年…」


一刀はそう言って、腰の打刀に手を添える。潤にとって最悪の状況であった。


(こいつは…。強い…。あまりに格が違いすぎる)


潤はそう考えながら金剛杖を構える。目の前の男には、一人では太刀打ちできないことは明白であった。あと10分、二体の鬼神が復活するまで、なんとか持たせなければならない。


「フフ…」


一刀は心底楽しそうに、刀を構える。打ち合いが始まった。


ガキンガキンガキン!!!


潤はなんとか、一刀の太刀筋を捌いていく。


ガキンガキンガキンガキン!!!!


一瞬でも気を抜けば、金剛杖は真っ二つにされて、自分自身も切り倒されるだろう。


ガキンガキンガキンガキン!!!!


それは、永遠とも呼べるほど、苦しくつらい時間であった。


ガキンガキンガキンガキン!!!!


それでも、なんとか持ちこたえたのは…。


「…少年。貴様の力はその程度か?」


…そう、一刀が手加減をしているからであった。


「く…。なぜ…」


一思いに自分をやらないのかと、疑問を投げかけた。


「…戦いは、すぐに終わるとつまらんだろう?」


それは、まさしく戦闘狂バトルジャンキー

その攻撃に、潤はなんとか10分持ちこたえた。


【お兄ちゃん!!】【主!!】


早速、二人の鬼神が復活する。


「ハアハア…。二人とも…」


潤は息も絶え絶えでそれだけを答えた。


「フフフ…使鬼が戻ってきたようだな」


そう言って一刀は笑う。それを、青ざめた表情で見ながら、潤は二人の鬼神に念を飛ばした。


(いいかい二人とも、もうなりふり構っていられない。僕たち三人で奴に連携してラッシュをかけるよ…)


その念を感じ取った二人の鬼神は、潤にうなずいてそれぞれ二方向に飛び去った。


「ふむ?」


それを見た一刀は、警戒するように打刀に手を添える。

潤は印を結んで呪を唱えた。


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう疾風迅雷しっぷうじんらい


その瞬間、潤としろうとかりんに風天の力が宿る。


(いくよ二人とも!!)


そう潤が念を飛ばした瞬間、三人は一気に動いた。


「く!?」


ガキンガキンガキンガキンガキン!!!!


潤は金剛杖と符術を、しろうは牙と風術を、かりんは火炎輪と拳を、それぞれ連携して間断なく一刀に叩き込んだ。それは、精神を共有している使鬼とその使役者だからこそできる、絶妙な連携攻撃であった。さらに、その身にかけた風天の呪が、三人の連携を加速させる。


ガキンガキンガキンガキンガキン!!!!


「く…」


その猛ラッシュの前に、一刀がじりじりと歩を後退り始めた。


ガキンガキンガキンガキンガキン!!!!


「いけええ!!!!!」


潤はそう叫んで、猛スパートをかける。一刀の体から無数の血しぶきが飛んだ。


「くく…はははははははははははは!!!!!!!!」


不意に一刀が笑い始める。


「そうだ!! 戦いとはこうでなければ面白くない!!!」


次の瞬間、一刀は三人の猛攻にかまわず、自身の刃を地面に付き立てた。


「?!」


ズドン!!!!!


それは突然の出来事であった。地面が大きく揺れたのである。潤達三人はたまらずその場でよろけてしまう。それが、大きな隙になった。


<秘剣・落葉>×2


ザクザク!!


一刀の秘剣がしろうとかりんを襲う、再び二体の鬼神はその姿を消滅させた。


「ふはははははは…。どうした少年…。また振出しに戻ったぞ?」


それはまさに悪夢だった。目の前の対魔剣士の実力は底が知れなかった。


「く…」


潤は唇をかんで、金剛杖を構える。それを見て一刀はにやりと笑う。


「フフ…。もうそろそろ遊びは終わりにするか?」


一刀は打刀に手を添えると一気に加速した。その刃か閃く。


「!!!!!」


ザク!!!!!!


次の瞬間、空中に手首が飛んだ。


一刀の…。


「なに?!!!」


一刀は、信じられないものを見たように、亡くなった右手を見た。もちろん、打刀も右手とともに失われている。


【主…。なんとかうまくいきましたね】


そう言って、潤に話しかけたのは。消えたはずのしろうだった。


「なに? 秘剣・落葉に切られた使鬼は、10分は戻ってこれぬはず…」


その疑問に、一刀はすぐに答えを思いついた。


「なるほど…そうか…。貴様のその犬の使鬼…。もともと一体の霊体で構成された鬼神ではないのか…。

 一匹、二匹…五匹…。五匹の犬の霊の集合体、それが貴様の使鬼…。

 それで、拙者に切られる瞬間、自分から自分を分離して、斬撃を避けたのか」


…そう、その通りである。実は鬼神しろうは、しろうの魂だけで構成された鬼神ではなかった。その前に亡くなった、四匹の兄弟の魂もその一部であったのだ。


【我が兄弟、主殿から受けた恩を忘れてはおらぬ。ゆえに、此処に集って主を守るのだ】


そのしろうの言葉に一刀は、


「その忠義、尊敬に値するぞ…」


そう言って笑った。


「…だが…ここまでかな」


…そう、一刀は言葉をつづけた。


「なに?」


潤はその言葉に疑問を投げかける。一刀はそれに答えて言う。


「…どうせ貴様は、間に合わぬ。我が使命は達した」


「!!!」


どうやら、儀式を止められるリミットを過ぎてしまったらしい。一刀は初めからそうするつもりだったのか…。


「く…」


目の前の一刀は初めから、本気ではなかった。自分たちは足止めされていたのだ。

不意に一刀の姿がかき消える。次に現れた時には、その左手に切れ飛んだ右手と打刀を持っていた。


「少年よ…。

 貴様はまだまだ強くなる…

 次に戦うときは、拙者の本気を…」


一刀はそう言うと、ガキンと歯を鳴らす。次の瞬間、


シュ~…。


何やら、煙のようなものが通路じゅうに充満した。


「な…これは…」


それは、即効性の毒霧だった。潤はそれを一瞬吸い込んでしまう。


「げほげほ…」


【主!!!】


しろうはそう言うが早いか、自身の周りの空気を動かして竜巻を起こす。毒霧は一気に吹き飛んでいった。


「げほげほ…助かったよ。しろう」


潤はそう言ってしろうの頭を撫でる。

案の定、もうその場に一刀はおらず。その場に静寂が訪れた。


「それにしても…」


結局、潤は一刀に遊ばれていたのか…。潤たちは、暗い気分でその場にへたり込んだ。



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「さあ尸鬼ども、蘇りなさい…」


天童明がそう言うと、地面からボコリボコリと無数の動く死体が現れ始める。


「…てめえ。てめえがそいつらを操ってたのかよ」


美奈津は憎々し気に明を睨み付ける。明は言う。


「フフ…。これでもわたくしは、死怨院呪殺道の呪殺道士ですからね」


「なに?」


美奈津は驚いて聞き返した。


「まさか、お前の師匠は…」


「フン。死怨院乱月様ですわ」


「…そっちかよ」


その美奈津の言葉に、明はおかしなものを見るような目で聞き返す。


「どっちのことだと思っていましたの?」


「いや…何でもねえよ!」


そう言うが早いか、美奈津は拳を握って尸鬼達に向かって駆けた。


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん


ズドン!


尸鬼の一体が綺麗に吹き飛ぶ。


「まだまだ行くぜ!!!」


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん


ズドン! ズドン!


さらに二体の尸鬼が吹き飛ぶ。


「おいおい! こりゃあくびがでるぜ! なあ! こんな動く死体だけであたしを倒せると思ってんのか?!」


そう言って美奈津が明を挑発する。明はチッと舌打ちすると。


「別にこれだけで勝とうなんて思っておりませんわ!」


そう言って明は懐から、符を数枚取り出す。


「急々如律令!」


符術ふじゅつ飛殺針ひさつしん


その瞬間、呪符が無数の針に変化して飛翔した。


「ち!!」


美奈津は、尸鬼の攻撃をかいくぐりながら、無数の針を避ける。しかし、


「くか!!!」


針の何本かは避けきれずにその身に受けてしまう。


「動きが止まりましたわ! 今です!!」


その明の言葉に反応して尸鬼が動く。動きを止めた美奈津にわらわらと縋り付いてくる。


「く! 放せ! クセエんだよてめえら!!」


「フフ…そのまま止めておきなさい」


明はそう言って笑うと、もう数枚呪符を取り出してくる。


「急々如律令!」


符術ふじゅつ飛殺針ひさつしん


投げた呪符が無数の針になって美奈津に襲い掛かる。これは避けきれなかった。


(だったら!!!!)


美奈津は拳を握ると、精神を集中した。


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん連打れんだ


ズドドドドドドドド!!!!


美奈津の周囲に2対現れた霊気の腕が超高速で空を切る。

 

「なに?!」


次の瞬間、無数の針も尸鬼も空中に吹き飛んでいた。


「はあ!!!」


美奈津の動きはそれだけで終わらなかった。さらに美奈津は明に向かって駆ける。


「ぶっとべこの野郎!!!!」


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん


ズドン!


その拳は正確に明を打ち据えた。しかし、


「く…なんとか間に合いましたわ」


「なに?」


美奈津の拳は、明の前に突如現れた、逆五芒星の障壁によって防がれていた。


「逆五芒障壁か!」


「フフ…その通りですわ」


そう言って明は笑う。美奈津は一旦間合いを取ることにして後方に飛翔した。


(ち…。やっぱ、金剛拳だけじゃ呪術師相手は難しいか…)


美奈津は呪術がそれほど得意ではなかった。金剛拳を基盤とした体術はなかなかに才能を持っていたが。それだけでは、手数が、攻撃の種類が少なすぎた。

相手はあの死怨院呪殺道だ、他にも呪を沢山持ってるに違いない。


「フフフ…あなた本当に未熟者ですわね。さっきから殴ることしかしてこない。それでも蘆屋真名の弟子ですの?」


「ち…」


美奈津は言われて当然のこととはいえ、唇をかんだ。明はさらに続ける。


「ああ…詰まらない。本当に未熟者…。こんな未熟者の相手はさっさと切り上げて、真名を殺しに行かないと…」


「てめえ…。そんなに師匠が憎いのか?」


「ええそうですわ。あの女は…こともあろうに、わたくしの愛する乱月様を殺したのですから」


それを聞いて美奈津はバカにするように笑った。


「愛する乱月様だって? あんなクズ野郎を愛する、物好き女がこんなとこにいたかよ」


「なんですって?」


美奈津のその物言いに、明は額に青筋を立てた。


「ああ、クズ野郎、クズ野郎。乱月みたいな人を踏みにじることでしか力を出せない弱虫のクズが、愛される資格なんてあるかよ。笑わせるな」


明はその美奈津の言葉に目を怒らせた。


「それは…乱月様のみならず死怨院呪殺道をもバカにしていますわね…。貴方、死にますわよ…」


「言ったがどうした? どうやって殺してくれるんだ? 実のところ、お前からはそれほど脅威を感じねえんだよな」


「く…。どうやら本当に死にたいらしいですわね」


そう言うと明は印を結ぶ。美奈津は次の攻撃に備えて身構えた。


「…ふ。身構えても無駄ですわ。貴方のような、未熟者のバカには、ふさわしい死をプレゼントして差し上げます」


「へん! 言ってろ」


美奈津は不敵に笑って言い返した。だが…


「ほんとうにバカですわね…」


それは、今までの攻撃とは全く違う術であった。


「オンマユラキランデイソワカ」


明は短く真言を唱える。それは、孔雀明王の真言であった。

その瞬間、美奈津の意識が真っ白になる。


「心の毒に溺れ死になさい、未熟者…」


それは、かつて真名が受けたことのある幻術…。



-----------------------------



「…あれ?」


不意に美奈津は思った。自分は今まで何をしていたのか。…其処は森の一角であった。


『どうした? 何をきょろきょろしている?』


不意に何者かに話しかけられる。美奈津はそちらの方に振り向いた。


「!!!!!」


そこに、あの男がいた。


「お前は…。我乱…」


『そう…俺だ…。どうしたんだ呆けて。俺を殺しに来たんじゃないのか?』


「そうだ私は!!!!」


美奈津は拳を握って、意識を集中した。


「がらああああああんんん!!!!!!!!」


そして、一気に我乱に向かって加速した。


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん


ズドン!


その拳を我乱にたたきつけた。しかし、


『どうした? それでは、俺には効かないよ? 美奈津…』


我乱はそのままそこに立っていた。不気味ににやりと笑う。


「がらあああああんんん!!!!!!!」


美奈津はそう叫んで拳を加速させる。しかし、


『フフフ…効かない効かない。美奈津…お前の憎しみはその程度なのか?』


「ちくしょう…。ちくしょうなんで…」


美奈津は悔しくて唇をかむ。でも、いくら拳をふるっても我乱は倒れない。


『…ははは。まだまだだな美奈津。そんな恨みでは私を殺すことはできまい。もっと恨め、もっと憎め…」


「くそお!!!」


美奈津はそう叫んで拳を握った。



-----------------------------



「フン…。本当に未熟者ですわね」


明はそう言って、術中にはまっている美奈津を見つめた。


「まあ、帆のまま放置してもいいのでしょうけど…」


明は懐から一振りの剣を取り出す。


「このバカは、わたくしの乱月様をバカにした…。ならば、行くところは地獄と決まっていますわ」


明はそう言って笑うと、剣を振り上げて…。



-----------------------------



「畜生なんで…。何で効かない…」


『それはお前の恨みが少ないからだろ? もっと恨めよ…』


我乱はそう言って笑う。美奈津はその言葉に、


「あたしは今まであんたを殺すことだけを考えて生きてきた。それで少ないってんならどうすればいいんだ!」


そうだ、自分はあの日から、故郷が滅びたその日から、我乱を殺すことだけを考えてきた。のちに師事した師匠達は言っていた。『恨みは何も解決しない』『死んだ者はそれを望んでいない』。そんな綺麗ごとばかりで、誰も自分の心の闇を払ってはくれなかった。そうだ…。


ソウダ…。


あの日までは…。


そのとき不意に、美奈津は何かを思い出しかけた。


(なんだ?)


それは、忘れてはいけない大切なこと。


(私は何かを忘れている?)


大切な新しい…。


「…じゅ…。潤…、師匠…」


仲間…。


「!!!!!!!」


その瞬間、美奈津は心がさっと晴れるのを感じた。


「な!!! あたしは!!!!!」


そうだ、美奈津は今、死怨院呪殺道の呪殺道士の女と戦っていたはずだ。そして、


「我乱はもうとっくの昔に…」


そう、我乱は師匠である蘆屋真名に敗れて、処刑されたのだ。


「…く、これは」


その時やっと、美奈津は理解した。これは、あの女の術なのだと。


「く…幻術かよ…。ふざけやがって…」


『フフフ…。だったらどうした?』


心は晴れた、しかし我乱は消えることはない。


「く…。これは、あたしの心の中に、今も残ってる憎しみかよ…。まだこれほど、あたしを捕らえるか」


『そうだ…お前の憎しみは消えない。永遠に、死ぬまでお前は捕らえられ続ける』


「く…まいったねほんと。まだあたしは、憎しみを振り切ることが出来ないのか」


美奈津は自嘲気味に笑った。


『永遠に…そうだ、俺と永遠にここに閉じ込められるがいい。なあ美奈津…』


そう言って我乱は手を差し伸べる。しかし、


「…悪いがそうはいかねえよ」


『?』


「あたしだってわかったことがあるんだ…」


そう言って美奈津は拳に力を込めた。


「一度結んだ絆はそうそう切れないってな? なあ蔵木よ…」


次の瞬間、美奈津の目が輝いた。


『何?!』


「なあ、潤。お前の目は特別製だって言ってたよな?」


それは、潤だけが持っているはずの、扱えるはずの『使鬼の目』。


『バカな、それは!!!』


「フン…。あたしと潤はちょっと特別な絆で結ばれてるのさ」


それは、鬼神契約。使鬼はその使役者の能力・スキルを扱うことが出来るのである。


「さよならだぜ我乱…。願わくはもう会いたくないが…」


その瞬間、美奈津の意識が反転した。



-----------------------------



明が振り上げた剣は、正確に美奈津の心臓を抉るはずだった。しかし、


「な…なぜ…」


「フン…。あぶねえあぶねえ…」


美奈津がいきなり覚醒して、その腕をつかんで剣を止めたのである。


「は…。まさかあんな術を持っていたとはな。危なかったぜ」


「く…。心の毒を振り払っただと?」


「まあ、ちょっと反則気味の技でだがな…」


「く…」


明は少し青ざめて美奈津を見た。その反応を見て美奈津は。


「どうした女…。なぜそんなに…」


「女ではありませんわ。わたくしには天童明という名が…」


その言葉を聞いた瞬間、美奈津はあることに気づいた。


「ははん…そう言うことかよ」


「なんですの?」


「さっきからあたしに未熟者、未熟者って言ってたのは。そう言うことか…」


「だから何ですの?!」


明は目を怒らせて叫んだ。


「知ってるぜ…。死怨院呪殺道の呪殺道士は…。

 師匠に能力を認められると、死怨院の姓と、『乱』のついた名を与えられる…」


「!!」


明はさらに青くなった。


「死怨院の名を名乗っていないお前は、まだ師匠に認められていない呪術師見習い。要するに、あたしと同じ未熟者ってことさ」


「く!!!」


明はついに涙目になった。


「なるほど…だったら話は早い…」


「なんですの?」


美奈津は不敵に笑って言う。


「どうせ…お前の扱える呪はこれで打ち止めなんだろう?」


「!!!」


その通り…。そう明の顔が物語っていた。


「だったら。あたしの方が上だぜ。あたしには、自分の技だけじゃなく、潤の呪もあるからな…」


美奈津は拳を握ると、精神を集中する。


「いくぜ! 未熟者!!!」


美奈津は明に向かって駆けた。


霊装怪腕金剛拳れいそうかいわんこんごうけん連打れんだ


ズドドドドドドドド!!!!


美奈津の周囲に2対現れた霊気の腕が超高速で空を切る。


「きゃああああ!!!!」


明はそれを防御し切れずに吹き飛ばされてしまう。


「フン…。あたしに勝ちだな」


美奈津はそう言って不敵に笑った。

明は…。


「こんな…こんなことって…。乱月様…」


「残念だが…。そんな腕じゃあ師匠には勝てないぜ」


美奈津は明にきっぱりと言い切る。


「く…。乱月様の敵を討てないなんて…」


そう言って明が後退ったとき。


カチリ


「?」


バタン!!


いきなり、明の足元の床がなくなった。


「って…きやああああああああああああああ!!!!!!!!」


明はそのまま奈落の底に落ちて行ってしまう。


「おい!!!」


美奈津はすぐに穴のそばに駆けた。


「おい!!! 大丈夫かよ?!!!! …って、底が見えねえ。どれだけ深いんだ、この落とし穴」


美奈津はしばらく落とし穴の底を眺めていたが…。


「まあ、あたしが心配しても仕方ないか。もし、生きてるならまた戦う機会もあるさ」


そう言って笑った。


「…そうだ、こうしちゃいられないんだった」


そう、結構明相手に手間取ってしまった。もしかしたら、もう儀式を止めるリミットを過ぎてしまったかもしれない。

美奈津は地下通路の闇の向こうを睨み付けると、すぐに駆けだした。


かくして、未熟者同士の戦いは幕を下したのである。



-----------------------------



金剛拳こんごうけん


ズドン!


「ぶべら!!!」


大井直治おおいなおはるはそう言って吹き飛んだ。


「…」


真名は一瞬、不思議なものを見るような目で自分の拳を見た後、手を上げて地下通路の奥に向かって走り出した。


「それじゃ!!」


「マテやコラ!!!!!!!」


直治は鼻血を垂らした顔で立ち上がる。


「ククク…。てめえ、やるじゃねえか。この俺様の防御をかいくぐって攻撃を当てるなんてな…」


「…いや、今ストレートに入ったろ。いつ私が防御をかいくぐった」


「クク…燃えてきたぜ! この俺様を久しぶりに熱くする敵に会えるとはな!!」


「お前…私の話を聞いてないな!」


直治は真名の突っ込みをまったく気にした様子もなく、懐から数枚の符を取り出した。


「さあ! 次はこっちから行くぜ!!!」


直治はすぐさま符を投擲する。


「急々如律令!」


符術ふじゅつ龍炎撫りゅうえんぶ


符は空中で、炎の帯に変化すると、真名に迫った。


「フン…」


真名は慌てず、腰から「蘆屋のおいしい水」とラベルされたペットボトルをとると、キャップをとって水を空中に撒いた。


【水克火】


地下通路に『法則』が顕現する。

炎の帯は蒸気となってかき消える。


「なに?!」


直治は驚いて目を見張る。


「てめえ! この俺様の龍炎撫をかき消しやがったのか!! どうやって?!」


「…ああ。陰陽五行の法則でな。…ていうかそのくらいお前も知ってるだろう?」


「…え? あ、ああ知ってるに決まってるじゃねえか!!!」


「…」


真名は一息ため息をつく。そして、


「…悪いが。今急いでいるのだ。お前と遊んでいる暇はない。じゃあな」


そう言って、直治を無視して通路の奥へと走り出した。


「な?! てめえどこ行くつもりだ!!! まだ戦いは始まったばかりだぞ!!」


その言葉に一瞬真名は脚を止める。しかし、


「子供と遊んでる暇はない…。すまんな」


そう言って、手を上げてそのまま奥へと走り去ろうとする。…とその時、


「誰が子供だ!!!! 俺様をなめるんじゃねえ!!!!」


直治はその言葉を聞いて激高した。懐から数枚の符を取り出す。


「急々如律令!」


符術ふじゅつ龍炎撫りゅうえんぶ


直治が符を投擲すると、符は炎の帯となって飛翔する。しかし、


「フン…」


今度は真名はペットボトルの水を使わなかった。その場でステップを踏んでかわしたのである。


「チ…」


直治は舌打ちする。それを見て真名は、


「悪いな、水も無限にあるわけじゃないんでな…」


そう言って笑った。


「…てめえ」


直治は押し殺した声で真名に言う。


「なんだ?」


直治の龍炎撫は、地面に落ちて消えずに燃えている。


「俺を本気にさせたな?」


「?」


次の瞬間、


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ」


<真言術・火天龍炎陣>


ズドン!!!!!!!!!!


凄まじい衝撃とともに、真名の周りを炎が包み込んだ。


「む!!!!」


いきなりのことに、さすがの真名も素早く反応できなかった。一瞬で炎の渦にのまれてしまう。


「ははははははははは!!!!!!! どうだ!!! 俺様の龍炎撫を触媒にした、超火炎の渦の味は!!!!!」


直治は炎の渦の中心で焼けてるであろう真名に向かって叫ぶ。


「はははは!!!! 俺様は神藤業平の一番弟子、大井直治だ!!!! バカにしたらどうなるか思い知ったか?!!!!」


その時、


「そうだな…。バカにしたつもりはなかったが、悪かった…」


そう炎の渦の中から聞こえてきたのである。


「!!!! まさか?!!!」


直治がそう叫んだ瞬間。


金剛拳連打こんごうけんれんだ


ズドドドドドドン!!!


凄まじい衝撃が地面に走った。そして、


「な?! 俺の龍炎陣が…」


一瞬で炎の渦はかき消えてしまったのである。


「な? どうやって?」


その直治の疑問に答えたのは、炎の渦があった場所の中心に立っている真名である。


「いや、単純に金剛拳でたたき消しただけだ」


「な…」


「まあ、なかなか熱かったぞ、今のは…。もう少し油断していたら、焼け死んでいただろう」


「く…」


「さて、私はもう、お前のことをバカにしたりはしない。こっちも本気で相手をしよう」


そう言って真名は拳を直治に向けた。直治は、


「クク…。ははは、いいぜ! やってやっらああ!!!!!!!」


そう言って真名に向かって駆けた。


金剛拳連打こんごうけんれんだ


ズドドドドドドン!!!


「ぶべらあああああああ!!!!!!!!」


直治は思いっきり吹き飛んだ。


「ふう…。私はお前の命をとるつもりはない。このまま先に進ませてもらうぞ?」


真名はそう言って、地面に突っ伏して動かない直治を見た。


「…」


直治はピクリとも動かない。


「…気絶したかな?」


…と、少し心配になって直治のところに歩いていこうとした…


…その瞬間!


「!!!!!!!!」


真名立っている足元が音もなく爆発し、そこから炎を纏った巨大な蛇が現れたのである。


「これは?!!!」


炎の蛇は無音で地面を吹き飛ばし、真名に巻き付いていく。


「ククク…」


不意に床に突っ伏していた直治が笑いだす。


「なんとかうまくいったぜ、畜生」


「貴様…」


「へへん…本気で相手をするとか言いながら。しっかり油断してくれてありがとうよ」


そう言って直治は立ち上がる。


「く…。この蛇は」


「こいつは俺の使鬼の『火蛇かだ』だぜ、初めから地面に潜ませておいたんだ」


「そう言うことか…」


「今、地面の爆発する音が聞こえなかったろ? それも俺の術『音波制御』ね。初めからこの結末に収束するために、仕掛けておいたのさ。今まで馬鹿を演じていたのも、あんたを油断させるためね…」


「は、初めからこうするために…か。なかなかやるじゃないか」


「御褒めにあずかりどうも…。悪いが、俺は結構残酷なんでね、あんたにはここで死んでもらうぜ?」


直治は邪悪な笑みを浮かべる。真名は最悪の状況に陥っていた。…ように見えた。


「フフ…」


「ん? 何がおかしい?」


「本当は…気づいていたよ」


「なに?」


「地面をよく見てみろ」


「?!」


火蛇に巻かれた真名の足元、そこに一匹の蜘蛛が這っていた。


「な!!」


「やれ静葉!!」


【りょうかいひめさま…。ノウマクサマンダバザラダンカン…】


ふいに空中に蜘蛛糸が無数に現れる。

そして、次第に糸同士が絡まりあい、無数の縄に姿を変えた。


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう妖縛糸不動羂索ようばくしふどうけんじゃく


【が!!!】


火蛇が悲鳴を上げた。静葉の呪で身動きが取れなくなったのである。


ギリギリ…


静葉はそのまま、妖縛糸を引っ張って真名に巻きついている火蛇を引きはがす。

すぐに真名は動けるようになった。


「なあ直治とやら。私は本気で相手をすると言ったろう?」


「く…」


直治は唇をかむ。どうやらこの目の前の女には、すべてを見透かされていたようだ。


「なあ直治…。それだけの才能を持ちながら、なぜ悪事に手を染める?」


「なに?」


「もうこんなことはやめろ。何なら我々蘆屋一族でお前を引き取ってもいいぞ?」


「バカな!」


直治は驚きの表情を真名に向ける。直治にとってはあり得ない選択だった。


「俺は神藤業平の一番弟子、これまでも、これからも、だ!」


カチ


不意に、直治の足元から音がした。


バタン!


…と、突然直治の足元の床がなくなったのである。


「な?」


「…でも、ありがとよ。姉さん。俺を評価してくれたのは、あんたで二人目だぜ」


そう言って、直治は闇の底へと落ちていく。


「まさか自分で罠を発動させたのか!」


「今度会ったときは…もっと強くなって、てめえをぶっ倒してやるからな!!!!」


そういう声が落とし穴の闇の底から聞こえた。


「…」


【ひめさま?】


「どうやら逃げられてしまったようだな」


そう言って真名は、火蛇の方を見る。その姿は次第に薄れて消えていった。直治が鬼神召喚を解除したのだ。


「ふん…まあ。次会ったときは、容赦なくたたきのめしてやるかな」


真名はそう言って「フ…」と笑った。



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ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!!


咲夜が手にする小銃の銃口が火を噴き、弾丸を連続で吐き出す。それらは狙いたがわずフリーデルに向かって飛んでいく。しかし、


「よっと!」


フリーデルは帽子に左手で触れながら、横に走ってそれらを避けていく。


「ち…」


咲夜は舌打ちすると、さらに小銃の引き金を引く。


ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!!


しかし、それらの弾丸はフリーデルに命中することなく、地面を穿つだけっである。


「この野郎。ちょこまかと逃げやがって!」


ダダダン!! ダダダン!! カチカチ…


咲夜の小銃は、一定数弾丸を吐き出すと、そのまま玉切れになってしまう。


(く…。再装填…)


そう言って、小銃のマガジンを外そうとしたその時、


「隙あり!」


ダン!!


「!!」


フリーデルのリボルバー銃が火を噴き、弾丸が飛んでくる。咲夜は寸でのところでそれを飛んで回避した。しかし、


ダン!!


さらに一発の弾丸が咲夜に襲い来る。飛んで体勢を崩していた咲夜には、それを避けることはできなかった。


「く!!!」


弾丸は狙いたがわず、咲夜の胴に命中した。その反動で咲夜は後方に吹き飛ぶ。


「ふう…。銃に差があっても何とかなるもんだね?」


そう言って、フリーデルは煙草を吹かす。そのまま咲夜の方に歩いていくようなことはせず。銃を咲夜に向けて警戒した様子で言った。


「おい…。口の悪いお嬢さん、それで終わりなわけじゃないだろ?」


「…ち、気づいてたか。警戒を解いて近づいてくるかもと期待してたが…」


そう言って立ち上がってきた咲夜の手には、再装填された小銃と、もう一丁小銃があった。


「おいおい。今度はアサルトライフル二丁かよ。リボルバー一丁の俺相手にやりすぎじゃない?」


「お前相手じゃこれじゃ、まだまだ足りない方だろうがよ。『席番剥奪者ロストナンバーズ』でもトップクラスのガンマン。フリーデル=ビアホフ」


そう言って咲夜は、銃を持つ手の甲で、口から流れてる血のすじをぬぐう。


(奴のリボルバーは六発装填。のこりあと四発で再装填しなければならなくなる。そこまで追い込めば、こちらのペースに持っていける)


そう考えながら、咲夜は小銃の引き金を引く。


ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!!


まず、咲夜の右手の小銃が火を噴いた。フリーデルはそれを横にかけながら避けていく。


(ち…。何で当たらねえ? ここまで撃ってるのに)


ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!!


今度は、咲夜の左手の小銃が火を噴く。フリーデルはそれも軽くかわしていく。


(こいつまさか…)


咲夜は精神を集中して、フリーデルを『霊視』た。すると、


「てめえ。そう言うことか。『ぼやけブラー』の魔法か…」


ぼやけブラー』英語:blur

もっとも基本的な防御魔法の一つ。

一種の幻術であり、その場にしっかり見えるが、しかし本当は其処にはいないという状況を創り上げる魔法。実際にぼやけて見えるわけではない。

この魔法の最大の利点は、その使用コストの軽さである。簡単に発動できるうえに、打ち消されても再起動が簡単なのである。


(だが『ぼやけ』の魔法なら攻略は簡単だ。要するに、弾丸の飽和攻撃をすればいい。今までの直線的なものではなく、面で制圧するんだ)


咲夜はそう考えると、素早く小銃のモードを切り替えた。


「喰らいな!!! モードフルバースト!」


ズドン!!!


凄まじい閃光とともに、巨大なエネルギーが銃口から放たれる。それは、狙いたがわずフリーデルの元へと飛翔する。


「ちい!!! これは避けきれねえか!!!」


フリーデルはそう叫ぶと、リボルバーの銃口を、巨大なエネルギーの中心に向けた。


「hagallken wirdwirdwird…」


破壊フェアニヒトゥング


ズドドドン!!


フリーデルのリボルバー銃から一気に三発の弾丸が吐き出される。それは、一瞬の輝きとともに光線となって、咲夜のエネルギー弾の中心を穿つ。そして、


「!!!」


ドカン!!!!!


咲夜のエネルギー弾は、フリーデルの目の前で爆発・消滅した。


「ふう…あぶねえあぶねえ」


そう言って、フリーデルは煙草をその場に捨てて、足で火を消す。咲夜は、


「ち…。破壊されたか。だが、どうするよフリーデル?」


そう言ってにやりと笑う。


「…」


フリーデルは黙って次の煙草に火をつける。


「さっきの術は、お前の銃の弾丸三発が必要なんだろう? しかし、もうお前の銃には、1発しか弾がない。次の俺の攻撃は防げないぜ」


「そうだな…」


そう言って、フリーデルはおどけたように手をひらひらさせる。


「今…再装填していい?」


そう言ってフリーデルは笑うが。


「させると思うか?」


そう言って咲夜は睨み付ける。それを見て、フリーデルはため息をついた。


「ふう…そうか。じゃあどうするかな?」


…と、その時。


バサバサバサ…


通路の奥から何かが飛んでくるのが見えた。それはコウモリの翼を持った黒猫だった。


【おいフリーデル。なに遊んでんだ!】


「お…お前か。なんだ?」


【なんだじゃねえよ!! ちょっと耳かせ】


「?」


コウモリ猫はフリーデルの肩に止まると何やら耳打ちした。するとフリーデルはさっきとは打って変わってまじめな表情になる。


「そうか…」


【どうする?】


コウモリ猫がそう言うと、フリーデルは咲夜の方に振り向いた。


「悪いが、遊んでる時間が無くなった。次で終わりにさせてもらうぜ」


咲夜は驚いた表情でそれを見る。


「まさか…。この状況で…」


「痛いんで、これはちょっとやりたくなかったんだが…」


そう言うと、フリーデルは銃を左手に持ち替えて、右手で懐からナイフを取り出す。そして、


「な?!」


自分の左腕をナイフで切り付けたのである。ぼたぼたと大量の血があふれ出てくる。


「さて、いくぜ?」


そう言ってフリーデルは銃を咲夜に向けて引き金を引いた。


ダン!


最後の1発が咲夜に向かって飛翔する。咲夜はそれを難なく避けた。もうフリーデルの銃には弾丸がない…はずであった。


「eohur…」


血液制御ブルートコントロール


…次の瞬間、地面に落ちようとしていた大量の血液が宙に浮かんで、赤い帯となってフリーデルの銃の弾倉に吸い込まれていく。


「まさか!!!」


…そう、そのまさかであった。フリーデルは血液を操作して、血液そのものを弾丸としたのである。


ダダダダダダン!!


フリーデルのリボルバーが一気に6発火を噴く。それは、すさまじい早打ち。


咲夜は横に飛んで避けようとした。しかし、


「はじけろ!!!」


フリーデルがそう叫ぶと、深紅の弾丸は咲夜のそばで爆発し、赤い粒子を周囲に振りまいた。その、赤い粒子は一つ一つが咲夜の体を穿つ威力を持っていた。


「あああ!!!!!!!」


咲夜は弾丸6発分の赤い粒子をその身に受けて、空中で踊り狂った。そのまま、地面に突っ伏して動かなくなる。


「さて…」


フリーデルは再び血を装填すると、咲夜のもとに歩いていった。そして、その頭に銃口を突きつける。


「生きてるかい? お嬢さん?」


「…ち、やっぱ、呪具職人アイテムクリエイターは前に出て戦うもんじゃんねな…」


「はは…そうだな。でも、お嬢さんちょっと手加減してたろ? 本当はこんなもんじゃないはずだ」


「手加減したつもりはないが。…ちょっと、持ち込みアイテムの容量の問題でな…」


「…ふうん? まあいいや」


そう言って、フリーデルは銃を腰に納めた。


「何のつもりだ? 俺を殺さないのか?」


「土御門咲夜。土御門最高位の呪具職人アイテムクリエイターであり。世界魔法結社アカデミー有数の呪具職人アイテムクリエイターでもあるあんたを殺すのは、あまりに惜しいんでな。まあ、生き恥を晒してくれや…」


「…ち、後で後悔するかもしれんぞ?」


「まあ、そん時はそん時だな…」


そう言って、フリーデルは煙草を燻らせた。


「さて…」


フリーデルは地下通路の奥の闇を眺める。その奥に、自分の主である、神藤業平がいるはずであった。


「急いで帰らにゃならんな…」


フリーデルはそう言うが早いか、咲夜を後に残して、通路の奥の闇に向かって走り去ったのであった。



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地下施設最奥、儀式の間。

そこにいち早く駆け付けたのは、やはり蘆屋道禅であった。


「!!!!」


その巨大なホールの中央、見知った顔の男が、護摩壇の前で呪文を唱えていた。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


それはまさしく神藤業平。『赤き血潮の輪の結社レッドリング』のリーダーである男である。


「神藤業平!!!」


道禅はそう叫んで一歩前に出る。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


神藤業平は、こちらの声が全く聞こえてない風で呪文を唱え続けている。


「神藤業平! 土御門の秘宝、返してもらいに来たぞ!!」


道禅がそう叫んでも、業平は全く反応しない。


(聞こえていないのか、聞こえていて無視してるのか、そんなことはどうでもいい! 早く『安倍晴明の遺骨』を取り戻さないと!!)


道禅はそう考えてもう一歩足を進めた。しかし、


「…」


道禅はそこで歩みを止めてしまった。なぜなら、


(…呪術のセオリーとして。こういう状況の場合、術儀式を行っている術者は、外敵から身を護る何かしらを周囲に配置しているはずだ。神藤業平の場合ならおそらく…)


道禅は精神を集中して周囲を『霊視』る。


「やはりな…」


道禅はひとり呟く。そして、懐から符を一枚取り出すと。業平に向けて投擲した。


「急々如律令」


符は一瞬で炎のつぶてに変化して、業平に向かって飛翔した。しかし、


ドン!!


どこからか、水の塊が飛んできて空中で炎のつぶてを撃ち落としたのである。


「…『光鏡水虎こうきょうすいこ』か」


そう道禅は一人呟く。…とその時、


【…どうやら、気づかれたようじゃな。もう隠れている意味はないじゃろう?】


どこからか声がする。


「『賢翁火亀けんおうかき』か…。出てこい、貴様ら…」


【フフフ…。言われんでも出てくるわい。道禅…】


…と、道禅の周囲五か所に光が灯って、それが形をとり始める。


まず現れたのは、炎の帯を纏った巨大な亀。


【フフフ…久しいの道禅よ】


次に現れたのは、大量の水でできた巨大な虎。


【グルルル…】


次に現れたのは、体中に樹木の張った緑の巨鳥。


【ピロロロロロ…】


次に現れたのは、一見ロボットにも見える、白銀の槍を持った金属の人型。


【ドウゼン、マッサツ…】


最後に現れたのは、全身岩でできた巨大な龍。


【フン…。やっぱ隠れてるのは性に合わねえぜ】


道禅は、五体の巨大な化け物に周囲を取り囲まれていたのである。


「やはり…出たか、『神藤五将しんどうごしょう』。神藤業平の五体の式神」


神藤五将しんどうごしょう

神藤業平が使役する五体の式神。五行になぞらえ、それぞれ木火土金水の属性を有する。それぞれ強大な力を持ち業平を守護する。


賢翁火亀けんおうかき

炎の帯を纏った巨大な亀。全身から炎を噴き上げて、周囲を焼き尽くすことが出来る。

動きは鈍いが高い知能を持ち、神藤業平が扱える呪術のうち、水行系を除くあらゆる呪術を扱うことが出来る。


光鏡水虎こうきょうすいこ

水でできた巨大な虎。あらゆる物理攻撃を透過するほか、水流、冷気などで攻撃が可能。

さらに、他者の傷を癒す能力、水鏡を扉として長距離移動する能力、光を操る能力などを持つ。


乱天木凰らんてんもくおう

体中に樹木の張った緑の巨鳥。風や雷、樹木による攻撃などが出来る。

さらに、災害を引き寄せる能力、言葉に力を与える『言霊』の異能も扱うことが出来る。

さらに、自身の樹木の種を移植した者の能力をコピーする能力を持つ。


輝槍金人きそうごんじん

一見ロボットにも見える、白銀の槍を持った金属の人型。槍での攻撃のほか、金属の針を打ち出して攻撃することも出来る。

槍で傷つけた者の五感を鈍らせる、あるいはその者に周囲の人間に対する悪意を植え付ける能力を持つ。


皇帝土龍こうていどりゅう

全身岩でできた巨大な龍。岩を飛ばして攻撃したり、地震を起こしたりできる。

さらに、彼だけには特別に『儚い皇帝』の術が与えられている。

『儚い皇帝』とは、必要なコストを支払うことによって、この世のあらゆる能力、思いつくあらゆる能力を獲得できる術である。

しかし、この術で獲得した能力は一度使用すると消えてしまい、二度と同じ能力を作り出すことが出来なくなる。


「まあ、業平が儀式の真っ最中なんだ。お前らが業平を守護してるのは当然か…」


【その通りじゃ。道禅よ、ここから先、簡単に進めると思うなよ?】


そう言って、巨大な亀が道禅を見下ろしてくる。道禅は一息ため息をついた。


(さて…、使鬼の使えない俺が、こいつら相手にどこまでやれるか)


道禅はそう考えながら指で印を結んだ。


【ドウゼン、マッサツ!!】


まず動いたのは、輝槍金人であった。その身体の数か所にある穴から無数の針が打ち出される。

道禅は慌てず。懐から呪物の石を取り出し、それを投げるそして。


【火克金】


石がはじけて炎に変わる。法則が成立した。

無数の針は、炎に溶かされて消えてしまう。


【ドウゼン、マッサツ!!】


輝槍金人は今度は槍を構えて一気に道禅に詰め寄る。銀槍が閃く。


ガキン!!


道禅はそれを手にしていた『金剛杖』で受け止める。そして、


「急々如律令!」


いつの間にか左手に持っていた符に起動呪をかける。炎が閃いた。


【グガ!!】


右手から閃いた炎が、輝槍金人にまとわりついてその身を焼く。

…とその時。


【グルルルル…】


光鏡水虎がその身の一部を飛ばして輝槍金人にかける。炎はすぐに消えた。


【輝槍金人よ、一体だけで向かうでない。それでは奴に呪を返されるだけじゃ】


賢翁火亀がそう言って、輝槍金人をたしなめる。輝槍金人は素直に従い、道禅と間合いを取る。


「こっちとしては、一体ずつ相手にする方が楽なんだがな…。まあ、させてくれんか…」


【当然じゃ、道禅よ。わしらだけで、お前を相手にするんじゃ。全力でいかせてもらうぞ】


賢翁火亀が、心の中で他の四体に命令する。まず動いたのはやはり輝槍金人。

その身体の数か所にある穴から無数の針が打ち出される。


「それは効かないと…」


道禅がそこまで言ったとき。


【金気をもって水気を育む!!】


賢翁火亀がそう言うが早いか、光鏡水虎がその全身から水を迸らせて、それを無数の針に当てる。

水流は見る見るうちに、巨大な水の龍に変化して道禅を襲った。


水龍瀑布すいりゅうばくふ


「ちい!!」


それは、並の水気ではなかった。今道禅が持っている呪物では剋すことが出来ないほどのモノであった。

当然、それは避けるほかない。


【次じゃ!】


賢翁火亀は、水龍を避けようとする道禅を眺めながら次の命令を下す。次に動いたのは…


【ピロロロロロ…】


乱天木凰がその身から雷を迸らせる。


【水気をもって木気を育む!!】


乱天木凰の雷が水龍に命中し大放電を起こす。


「くお!! ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


道禅はそれを避けきることが出来ず、思いっきり吹き飛ばされてしまう。


【今じゃ!!】


賢翁火亀のその言葉とともに、輝槍金人が一気に駆ける。そして、


ザク!!!


「くう!!!」


道禅の脇腹にその銀槍を突き立てたのである。その瞬間、輝槍金人の呪いが発現する。


「く…」


何とか立っていた道禅であったが、その五感はズタズタにされていた。


「ち…輝槍金人の『五感封じ』か…」


その姿を見て賢翁火亀が笑う。


【これで貴様の五感は破壊した。あとはゆっくり料理させてもらうぞ】


道禅は神藤五将の力の前に追い込まれ始めていた。



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「おい…。賢翁火亀」


【なんじゃ道禅?】


「一つ聞いていいか?」


【ほほう? 冥土の土産というやつか?】


賢翁火亀はそう言ってにやりと笑う。道禅は構わず続ける。


「お前の主は、いったいどういうつもりで、安倍晴明の復活なんてことを考えたんだ?」


【ふむ…。それを我らに聞いてどうする? 我らは、主の命にただ付き従うのみじゃ】


「…。ち…。そうだな。お前らに聞いた俺がバカだったか」


そう言って道禅は頭をかく。しかし、


【まあいい。まさしく冥土の土産に答えてやろう】


「なに?」


【初めに安倍晴明の復活を言い出したのは、我らの主・神藤業平さまではない】


「まさか…」


【そう、そのまさか。死怨院乱月じゃよ】


「それじゃあ…」


【我が主は、その乱月との盟約を律儀に守っておるだけじゃよ】


「…なぜ乱月は、安倍晴明の復活なんて…」


道禅は考え込む。それに対して賢翁火亀は、


【乱月の考えなどわしらは知らぬ、ただ単純に安倍晴明を復活させるわけではないことは言えるがな】


「だろうな…。お前らの目的は、十二天将を手に入れることだろうからな」


道禅はそう言ってカマをかけてみた。しかし、賢翁火亀は、


【フフフ…。どうじゃろうの?】


そう言って笑うだけだった。


【さて、道禅。お喋りはこのくらいでいいかの? とりあえずあの世に行ってもらおうか?】


「そうだな。お前らにそれができるならな」


道禅は視界がぼやける目でにやりと笑う。


【強がりを言いおって。五感を削がれておるくせに】


そう言って賢翁火亀が笑った次の瞬間、輝槍金人が動いた。


【ドウゼン! マッサツ!!】


輝槍金人は槍を構えて一気に駆ける。


【光鏡水虎よ冷気を輝槍金人の槍に!】


【ガルルル!!!】


賢翁火亀がそう命じると光鏡水虎が口を開いて冷気を吐き出した。輝槍金人の槍に冷気が灯る。


【…さらに乱天木凰よ風をその上に重ねるのじゃ!】


【ピロロロロロ…】


乱天木凰が羽ばたいて風を送る。輝槍金人の槍は、見る間にすさまじい木気に包まれる。


「また合体術かよ!!」


【ふはは!!! 使鬼がいない貴様では防げまい!!!】


「…てめえ」


…と、その時、道禅の言葉に強い力がこもる。


「この俺をなめてるだろう…」


【!!!】


次の瞬間、すさまじい妖気が部屋全体に広がった。


【道禅貴様!!!】


賢翁火亀はそう言って道禅を見る。そのすさまじい妖気は道禅が放ったものであった。その時道禅の瞳は黄金色に輝いていた。


蘆屋流八天秘法奥義あしやりゅうはちてんひほうおうぎ天羅荒神てんらこうじん


「がああああああああ!!!!!!!」


鋭い牙の生えた道禅が、部屋中に響く声で吠える。そして、


ガキン!!!


道禅はその右手の指から刀ほどの鋭い金属の爪を伸ばして、輝槍金人の槍を切り飛ばしたのである。


【ガ!!!!!!】


道禅はさらに、その左手に巨大な炎を纏わせる。そして、


ズドン!!!!


思いっきり輝槍金人の横っ腹を殴り飛ばしたのである。輝槍金人の腹はあっさり砕けて、輝槍金人自身もそのまま消滅していく。


【く!!! その術は!!!!】


「たとえ、この場に使鬼がいなくても。俺たちはいつも共にある…。そう言うことだ」


【蘆屋八天の力を呼んだか!! これでは五感封じも無意味じゃ!!!!】


道禅は間髪入れず、乱天木凰へとその爪を向ける。


【くそ!!! そうはさせん!!!!】


賢翁火亀はそのに纏う炎の帯を乱天木凰へと放つ。乱天木凰はその炎の帯に自身の風を送る。


【火克金】


炎が風にあおられて巨大化、壁となって道禅の爪から乱天木凰を守る。しかし、


「水克火だ…」


いつの間にか道禅はその左手に、強大な水流を纏わせていた。そして、


ズドン!!!


炎の壁を思い切り殴りとばす。あっさりと炎の壁は消滅する。


「ぶっ飛べよ!!!!」


そのまま右手のこぶしを握って乱天木凰を殴り飛ばした。


【ピギャ!!!】


乱天木凰は悲鳴を上げて、後方に吹き飛んで消滅する。その先にいるのは…。


「神藤!!! 覚悟!!!!!」


【いかん!!!!!!】


意識を集中して呪を唱えている神藤業平は、道禅が迫ってきてもその場から動かない。このままでは、


【呪が中断される?!!!】


残り三体の神藤五将は、一時的に自身を消滅させて、神藤業平のそばに瞬間移動する。それは、使鬼の基本能力の一つ。


【何としても奴を止めるのじゃ!!!】


賢翁火亀がそう叫ぶ間にも、道禅は神藤たちのもとに迫っていた。


「どけや!!!!!」


道禅の拳がうなる。


ズドン!!!!


道禅の拳を受けて、賢翁火亀の強固な甲羅にひびが入る。


【があ!!!!!!】


道禅は痛みで動けない賢翁火亀の横をあっさりとすり抜けて、さらに神藤に迫る。


【…ちい。こうなったら『儚い皇帝』で…】


皇帝土龍がそう言って、神藤と道禅の間に割って入る。しかし、


「遅い!!!!」


もう、その場に道禅はいなかった。一瞬にして道禅は消えてしまったのである。


【な? どこに!!!】


そう言って皇帝土龍が神藤の方を振り返ると。


【!!!!!!】


道禅は、呪を唱える神藤の真後ろに立っていた。


【神藤様!!!!】


皇帝土龍が焦った声で神藤に叫ぶ。そして、


「これで終わりだ…」


道禅は拳を握り。神藤を思いっきり殴り飛ばしてしまった。


ズドン!!!!


「…」


【…】


一瞬時間が止まったかのような静寂が起こる。


「?」


しかし、


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


神藤の呪は止まらなかった。


「何? こりゃどういう…」


道禅がそう言って自分の拳を見つめていると。


「…ぐ。な、なんとか間に合ったようだな」


そう言う声が部屋の入口の方から聞こえてきた。


「?! 貴様は!」


そこにいたのはフリーデル=ビアホフであった。なぜか青い顔をして脇腹を押さえている。


「やれ、五将ども!!!」


フリーデルがそう叫ぶと。三体の使鬼と、いつの間にか復活していた輝槍金人と乱天木凰の二体が道禅に殺到した。


「うお!!!!」


道禅は輝槍金人にその腕をつかまれて、フリーデルの方に投げ飛ばされてしまう。


「く…」


道禅はなんとか足から着地して、フリーデルの方を振り向く。


「お前が…、何かやったのか」


それに、フリーデルは答えない。フリーデルは血液を弾丸にして銃に装填する。


「あんたに答える舌はないよ道禅」


「ち…」


道禅は舌打ちした。どうやらフリーデルを倒さない限り、神藤の呪を止めることはできないらしい。


「喰らいな!!」


フリーデルはそう言って、銃の引き金を引く。


ダン!!! ダン!!!


血液の弾丸は空中で、散弾のように分裂すると。何百という小さな弾丸と化して道禅に迫る。


「バンウンタラクキリクアク」


蘆屋流護身法あしやりゅうごしんほう五芒星結界ごぼうせいけっかい


それらの弾丸を道禅は、五芒星の障壁で防ぐ。しかし、


「hagallken wirdwirdwird…」


破壊フェアニヒトゥング


ズドドドン!!


フリーデルのリボルバー銃から一気に三発の弾丸が吐き出される。それは、一瞬の輝きとともに光線となって、五芒星の中心を穿った。


バキ!!!!


五芒星の障壁は何か壊れるような音とともに砕けた。


ダン!!!!


間髪入れず、フリーデルは最後の弾丸を早撃ちする。それは、もう一度防御結界を張りなおす時間を与えない速度であった。


「く!!!」


道禅はそれを何とか避ける。しかし、


「はじけろ!!!」


フリーデルがそう叫ぶと、深紅の弾丸は道禅のそばで爆発し、赤い粒子を周囲に振りまいた。赤い粒子が道禅の身を穿つ。


「ぐあああ!!!!」


赤い粒子を全身に受けた道禅は吹き飛ばされて、その場に突っ伏す。その間にフリーデルは血液で弾丸を生成、リボルバー銃に再装填する。


「どうせ。その程度じゃやられてないんだろ道禅よ」


…その通りであった。道禅はなんとか立ち上がるとフリーデルに話しかける。


「さすが…。神藤の右腕、フリーデル=ビアホフだな…。厄介だぜ…」


フリーデルはそれに答えて言う。


「…実のところ、こっちは結構ギリギリなんだがな。正直、あんたとはやり合いたくなかったよ道禅のダンナ」


そうやって話しているところに。神藤五将たちも集まってくる。


【道禅…】


「ち…。今度はフリーデルプラス神藤五将かよ…。急いでるってのに…」


道禅はそう言って頭をかいた。そのとき、


「もう、そいつらの相手をする必要はないぞ…」


どこからか、そんな声が響いた。


「?!」


道禅が振り向くとそこには、神藤業平が立ってこちを向いていた。


「ま、まさか!!!!」


「ククク…。はるばるご苦労だったな、蘆屋道禅。でももう遅い…」


そう言って、神藤はにやりと笑った。その傍にはまばゆい輝きがあった。


「貴様!!! その光は!!!!」


道禅が叫ぶ。それに対して神藤は、


「…そうだ、安倍晴明…。いや、

  おん いん らん どう の 復 活 だ !!!!!!!!」


「な!!!! 死怨院乱道だと?!!!!」


次の瞬間、神藤の傍らの光がその光度を増して部屋中を真っ白に変えてしまう。そして、


【…ご苦労だったな。神藤業平とやら…】


そんな声が、光の中心から聞こえてきた。


「この声はまさか…」


道禅はそう言って、なんとか光の中心を見ようとする。其処に人影があった。


【…やっとだ。やっと復活したぞ、蘆屋のくそども…】


人影に亀裂のような目と口が生まれる。


【…さあ、贖罪の時間だ、土御門のくずども…】


そこにいたのは、一人の若い男。


【…ククク、

 新たな『あらそい』を始めようではないか、人間かすども…】


稀代の陰陽師・安倍晴明の皮をかぶった、最凶の邪悪であった。

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