第一章 蘆屋の呪術師
第1話 道摩府
僕が森部町を旅立った翌日の朝、僕は姫路市の姫路駅に立っていた。
岐阜駅からJRで名古屋に向かい、そこから新幹線で姫路駅に向かったのである。
駅のホームからエスカレーターに乗った僕たちは、そのまま駅の地下街へと向かう。
「潤君。別に急ぐ旅でもない。
ここで朝食にしよう」
「はい」
真名さんはそう言って、駅地下街にあるファーストフード店へと入っていく。
「こんなもので悪いな潤君。
少々資金が心持なくてな…」
「いえ…いいですよ」
そこで、僕はハンバーガーセット、真名さんはフライドポテトⅬを2つだけ頼む。
「真名さん? それだけでいいんですか?
ハンバーガーとかいろいろありますよ?」
「うむ、すまないが。私は肉がダメなのだ」
「そうなんですか?」
僕は少しだけ驚いた。肉がダメな人がいるというのはたまに聞くが、まさか真名さんがそうだったとは。
「お肉食べられないんですね?」
「ああ、…といっても、好き嫌いというわけじゃないぞ。
いわゆる『禁』というやつだ…」
真名さんが肉を食べないのは、宗教的な理由なのだろうか?
僕はそれ以上、そのことを追求するのはやめた。
「それで、これからどこに行くんですか?」
僕はジュースを飲みながらそういった。
真名さんはポテトを数本一度にかじりながら言った。
「我々は、これから『
「さよ?」
「ああ、今は
その佐用町の駅に迎えの車が来る手はずになっているのだ」
「なるほど…」
そうしていろいろ雑談をしながら朝食を済ませた僕たちは。
姫新線の切符を買って在来線のホームへと向かう。すぐに佐用行きの電車が入ってきた。
それから佐用町の佐用駅までは1時間の旅だった。
その旅の間に真名さんに教わったことだが。
今僕が向かっている佐用町は、出雲街道と因幡街道が交差し、千種川水系の
その約8割が山林であり、晩秋から冬にかけての早朝、「佐用の朝霧」と呼ばれる霧が立ち込めることでも有名らしい。
ゾクリ…
「?!」
僕が、駅のホームに立ったとき、駅の外に妙な気配を感じた。
「潤君? もしかして何か感じたか?」
「え? ええ…」
「じゃあ、もう迎えが来ているようだな」
「え?」
どうやら、今ゾクリときた感覚は、僕を迎えに来た者の気配のようだ。
「安心しろ潤君。別に君を取って食うようなモノじゃない」
「は…はい」
僕は少し不安になりながら駅の外に出る。
その駅前駐車場にその男はいた。
年のころは30前半、黒いスーツに黒いネクタイ、全身黒ずくめでさらにサングラスまでかけている。
シルバーのクラウンの隣に佇むその男は、真名さんと僕を見つけると恭しく頭を下げた。
「お待ちしておりました姫様」
「うむ、ご苦労だな
「それではどうぞ御乗りください。すぐに出発いたします」
僕は真名さんの肩をたたく。
「ん? どうした?」
「あ…あの。この人」
「ああ、もしかして『
そう、僕は、男から発する奇妙な雰囲気につい”
その男の正体は、額に三本の角を持った『
「獅道は蘆屋一族の仲間の妖魔族だ。別に危害は加えんさ…」
「そ、そうですか」
僕は無理やり納得して、獅道さんに導かれるまま車に乗り込んだ。
「では出発いたします」
獅道さんはそう言うと車を発車させた。
車は町を抜け山の方に入っていく。
そうして10分ほどが経ったろうか、突然獅道さんが口を開いた。
「もうすぐで、かの決戦地になります」
「決戦地?」
僕は獅道さんに聞き返した。
「はい、かつて京から佐用へ流された蘆屋道満様は、この地で安倍晴明と最終決戦を行ったとされております」
「へえ…」
「今もその跡は道満塚・晴明塚として残っております」
ふと会話に真名さんが入ってきた。
「そして、此処に我ら蘆屋一族の本部、『
真名さんはニヤリと笑う。
「道摩府?」
「ああ、それは直接見た方がいいだろう」
そういって真名さんは会話を中断した。
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車は一車線の山道に入っていった。そして1分ほど行くと…
「トンネル?」
それは、車が一台通れるかという小さなトンネルだった。その奥は真っ暗で何も見えない。
「ここが道摩府への入り口だ」
そう真名さんは言った。
車はその小さなトンネルをゆっくりと進んでいく。
ふいに僕の首筋にゾクリとする何かが来た。
「!?」
いつの間にか、真っ暗だったはずのトンネルの奥が明るく輝いていた。それはトンネルの出口だった。
「!」
トンネルを抜けるとそこは広大な森だった。道は森の奥にまっすぐ続いている。
そしてはるか前方に、真横に伸びる白い帯のようなものが見える。
「なんだアレ?」
「あれは、道摩府の『
その高さは約40m。道摩府の街を囲んで守っております」
「40m?!!」
「そしてその奥にあるのが道摩府、蘆屋の隠れ里にございます。
この鎮守の森を含めて総面積約800平方km、総人口は約250万人、その9割が私と同じ妖魔族かその血に連なるものでございます」
「800平方km?!!
ちょっと待って!!!」
僕がそう叫ぶと、真名さんが振り向いた。
「どうした? 潤君」
「いえ…たしかここって佐用の山奥ですよね?
800平方kmって何ですか?」
「ああ、そのことか。
君はさっき何かを感じなかったかね?」
「え?」
確かに、さっきトンネルを進んでいるときゾクリと来たが。まさか…
「そう、それが外界と道摩府を隔てる境界線だ。
今いるのは、普通の世界から少しズレた異界、いわゆる妖魔界と呼ばれる世界なのだよ」
僕は開いた口が塞がらなかった。
なんと僕は、異世界に来てしまっていたのだ。
「ふふ…それでは改めて…」
「え?」
「道摩府、蘆屋一族本部へようこそ。潤君」
そういって真名は微笑んだ。
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僕たちを乗せた車は森を抜ける一本道を進んでいく。
すると、はるか前方にあった白い帯が巨大な壁となって迫ってきた。
「……」
こんな巨大な壁は見たことがなかった。
その壁には至るところに窓があり、そこから人がこちらを覗いてるのが見える。
もしかしたら、その人に見えるモノも人ならざるものなのかもしれない。
「あれに見えるは、防街壁の『
前方に巨大な門が見えてきた。その門は高さが20m近くもあった。
僕は、その近くにとんでもないものを見た。
「な?!」
それは全長3mもある巨大な鬼だった。その手にはこれまた巨大な槍を持っている。
そんな鬼が、門の両側に1体ずついたのである。
「あれに見えるは、朱雀門の番兵、
鬼を見て驚いている僕を見て、獅道さんが説明を入れてくれた。
僕は驚きすぎて言葉が出なかった。
そのまま車はゆっくりと門を抜けていく。そして、蘆屋の隠れ里へと入っていった。
そこは、僕が門に入る前に想像したものと違っていた。
(普通の街?)
そう、門の向こうにあったのは、見慣れた人間の街だった。
至るところにビルが立ち並び、道路は舗装され信号機があり、なんとコンビニらしき店舗も見えた。
そこに行きかう人々は、明らかに人間ではない雰囲気を出していたが…。
車はそんな街の真ん中をまっすぐ北に抜けていく。
そうして、しばらく行くと、この近代的な街にはふさわしくなさそうな和風の壁が見えてきた。
「あれに見えるは、蘆屋一族宗家の屋敷、『
「!!!」
それは、あまりに巨大だった。
東京ドームが何個入るのだろうと考えさせるほどであった。
車はその屋敷の門の前に止まる。
「お疲れさまでした。姫様、矢凪様」
「ありがとう獅道」
そういうと真名さんは車のドアを開けて外に出る。僕もそれに続いた。
「おや? 姫様、お帰りですか?」
屋敷の門の前に鬼が立っていた。
「ああ、
「やあ、そちらの子は例の?」
「そうだ、矢凪潤という」
「そうっすか、ふーん」
三国と呼ばれた鬼は、僕をまじまじと見てくる。冷や汗が出た。
「こら、潤君を怖がらせるなよ。妖魔族を見るのは初めてなんだ」
「え? そうなんすか? そりゃすんません」
「…で? 父上は?」
「ああ、道禅様なら、ただいま『
「なに?」
それを聞いて、真名さんが大きく驚いた。
「もしかして、八天様方がいらっしゃるのか?」
「へい、全員いらっしゃいますよ?」
「…そうか」
「いや、もうそろそろ終わるんじゃないっすかね? ほら…」
そう鬼が言ったとき、僕はそれまでに感じたことがないほどの大きな妖気を感じた。
「おや? これはこれは真名様ではございませんか?」
何者かが門の向こうから話しかけてくる。それは、人ならざる姿をしていた。
体は人間、頭部は龍。いたるところに『悪』と描かれた着物を身に着けた妖魔だった。
真名さんはその姿を見ると、すぐに膝を折って答えた。
「これは、悪左衛門様お久しぶりです」
「いやいや、そんなかしこまらなくてもいいですよ。真名様」
「いえ、そういうわけには…」
「私がいいと言ってるんです。そうしなさい?」
「は、はい…」
それは僕が初めて見る、真名さんの狼狽えた姿だった。
「あ…あの…えと…」
僕は何もできずただ突っ立っていた。
そんな、僕に目の前の龍頭の妖魔が話しかけてくる。
「いい目をしていますね。君
なるほど、君が『使鬼の目』の異能者ですか」
「え? は、はい!」
「私は『
とりあえず、『
よろしくお願いしますね」
「あしやいちぞくはちだいてん?」
「はい。蘆屋一族八大天は、別名『
代々、蘆屋一族宗家当主の顧問を務めておるのです」
「魔王…?」
「魔王というのは、妖魔族を従える妖魔の王のことです。
私は龍族の頭も務めさせてもらっております」
「は…はあ」
よくRPGなどで出てくる『魔王』。それが今僕の目の前にいる…。
その事実に頭がくらくらした。
「あんれ? マナちゃんじゃん?」
いきなりそんな軽い声が僕のすぐ後ろから聞こえてきた。
その男はいつの間にか、僕の真後ろに立っていた。
「いやあ。マナちゃん。今日もかわいいね。
おじさんドキドキしちゃうよ」
それは、サル顔で背中に『笑』の文字の入ったジャンパーを着た大男だった。
「お久しぶりです。
「やだなあ。僕と君の間柄でそんなかたっ苦しい言い方は無しだよ」
「そういうわけにはいきません」
笑絃と呼ばれた大男は、真名さんに近づくとその肩を抱きにいった。
…だが、それは成功しなかった。
「こらサル! 姫様に無礼であろう!!!」
いきなり大男の背後に刀を腰に差した女性(?)が立っていた。
その顔は犬を模した仮面で隠されている。
「うげ!
「なにが『うげ』だ。このサル!」
瞬那と呼ばれた女性は、腰の刀に手をかけながら言った。
「おい! 瞬那、こんなとこで刀抜くな!! 馬鹿かてめえ」
「誰がバカだこのサル」
僕はこの事態についていけなかった。そんな僕に、悪左衛門さんがそっと耳打ちする。
「あちらのサルが。『
あちらの女性が『
「は…はあ」
…と、さらに門の向こうから三人の影が現れる。
「門の前で騒ぐなサル。うるさいぞ」
「まあ、またあの二人がケンカしてるの?
痴話喧嘩でしょ。ほっときましょ」
「……」
一人目の男性は、笑絃様よりもさらに大きな大男で、額に四本の角が生えている鬼だった。
二人目の女性は、蜘蛛の模様の入ったきれいな着物を着た普通の女性。
三人目の無言の男性は、鎧兜を身に着け、深紅の目をした人だった。
すぐに悪左衛門さんが説明してくれる。
「あちらの男性は『
あちらの女性は『
あちらの武者は『
「説明どうもありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
これで六人の魔王が自分の目の前に現れたことになる。
「…あの八天様方、わたくし父上に報告があるので、これで失礼してよろしいでしょうか?」
ふと真名さんがそういった。
「いえ、いきなり呼び止めてすみませんでしたね真名様。
道禅様なら奥の八天の間にいるはずですよ」
「ありがとうございます。悪左衛門様」
そういうと真名さんは僕の手をつかんで、逃げるように門をくぐった。
真名さんの手はうっすらと汗をかいているようだった。
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「おかえりなさいませ姫様」
広い庭をいくつも抜けて、ひときわ大きい建物の一つに入ったとき、給仕服を着た鬼娘にそうあいさつされた。
もう僕は鬼ぐらいでは驚きも出来なかった。
「ただいま
「八天の間で御頭様がお待ちですよ」
「そうか…」
「さあ、お客様、お荷物はこちらです」
そういうと、八重と呼ばれた鬼娘は、僕のバックパックを持って行ってしまう。
「あ…」
「大丈夫だ…」
真名さんはそれだけ言うと、屋敷の奥に歩いていく。僕は急いでそれを追った。
それから、複雑で大きな屋敷内を2分ほど歩いていたろうか、『八天の間』と名札がかけられた部屋の前についた。
部屋は襖で仕切られており、その奥からは巨大な妖気が二つほど感じられる。
真名さんはそのまえで膝をついて正座する。僕もそれに倣った。
「父上。真名…ただいま帰りました」
すると奥から軽めの男性の声がした。
「おう! 真名か? 入れ入れ…」
「はい父上」
真名さんは、すっと八天の間の襖を開いた。そこにその人たちはいた。
その部屋は50畳ほどあるだろうか? 畳敷きで、奥に一つ、左右に計八つの座布団が敷かれた部屋であった。その三つに人影が見える。
僕たちの入ってきた襖の近く、もっとも近い位置に、体のいたるところから木の枝の生えた、白髭の妙に長い禿頭の老人が居眠りしていた。
次に近い位置、部屋の両側八つある座布団の左奥、そこに修験者のような恰好をした老婆が座っていた。
そして、一番奥、中央に一つだけある座布団に、着物を着た厳格そうな顔をした男性が腕を組んで座っていた。その男性が羽織っている羽織には何か文字が書かれていたが、今いる場所からは何かわからない。
そのうちの、一番奥の男性が笑いながら話しかけてきた。
「おう、真名、それに矢凪君こっちだ…」
「はい父上」
真名さんは、その言葉に答えてすすと部屋の奥に入っていく。僕も急いでそれに続いた。
僕たちは男性に前に進むとその場で正座した。
「任務ご苦労だったな真名。それに、そちらにいるのが矢凪潤君か…」
「は…はいどうも!」
「まあ、そんなに硬くならなくてもいい。ようこそ、道摩府へ。
私が、道摩府頭首、播磨法師陰陽師衆・蘆屋一族当主の
よろしく」
「は…はいどうも!
矢凪潤と申します! よろしくお願いします!」
「ははは…。だから、そんなに硬くなるな」
その男性はそう言って気さくな様子で笑った。
「道禅…わしらのことも紹介してくれんかのう?」
「おっと、そうだった」
ふいに、近くに左にいた修験者風の老婆から声がかけられる。
僕はビクリとしてそっちを向いた。
「そちらにいるのは、『
「よろしく潤の坊や」
…え? とその時思った。天翔尼という名前に聞き覚えがあったのだ。
それは、森部市最大の山、森部山に住まうとされ祭られている大天狗『
「ふふふ…」
老婆はそう言って優し気に微笑んだ。
「そして、そっちで居眠りしているじじ…、いや老人が
『
「……ぐー、ぐー」
老人はさっきからこちらに気づくことなく居眠りしている。とりあえず彼のことはほおっておいた方がいいだろうか。
「どちらも『蘆屋一族八大天』の方だ。…で八大天とは…」
「ああ、その、さっき外で、毒水という方に聞きました…」
「おう、そうか。それは話が早い」
道禅様はそう言って笑うと話を続ける。
「…では、道満府と蘆屋一族について説明しよう?」
「は…はい」
「ここ道満府は、我らがご先祖・蘆屋道満様が御造りになられた、
日本中の妖魔族のコミュニティーを統括する場所だ」
「妖魔族…」
「妖魔族とは、別名『
彼らは、此処と同じような異界にコロニーを作って、日本各地で生活している。
道満府は、それらコロニーと人間界の政府を取り持ち…、要するにケンカしないよう仲を取り持つ仕事をしているのだ。
すなわち、一般に人間と共存している妖魔族は我らの傘下にいると思っていい」
知らなかった。まさか、こんな場所が、この日本にいくつもあるのか。
「しかし、世の中には人間との共存を望まない人間を敵視する妖魔族、
逆に、人間と共存している妖魔族を敵視する人間の退魔士がいる。
それらに対する警戒もこの道満府が行っている
それと…
異界と妖魔族にかかわる情報を、人間達から遮断するのも我々の仕事だ」
「…遮断? それはなんででしょう?」
「うむ、それは古来人間と妖魔族は何度も争ってきたからだよ。
人間は弱い、妖魔族のような特殊な能力を持たない。だから、自分たちの近くに、恐ろしい妖魔族が住んでいると知ったら、争いや差別の原因になる。
だから、昔から、我ら道摩府は、妖魔族の情報を一部の人間以外から遮断してきた。争いを好まん妖魔族はとても多いのだ。
そういった、人間と妖魔族の争い事を未然に防ぐのが我ら蘆屋の使命といっていい」
「そうですか」
確かにそうかもしれない。自分たちの近くにこんなに妖魔族がいたら、恐ろしいどころの騒ぎではないだろう。敵視して排斥しようとする人間は多いはずだ。
「我ら蘆屋一族は、その道摩府の頭首を、先祖代々務めてきた家だ。
最も、道摩府頭首になれるのは、蘆屋一族八大天に認められた蘆屋一族の者で、
どちらかというと八天様方のほうが立場が上になるが…」
「そうなんですか?」
「ああ。彼らは、かつて蘆屋道満様の使鬼を務めていらした方か、その子孫の方々だ…
便宜上、蘆屋当主である私が上になっているが、彼らは基本私の命令を常に聞く立場にはない。
要するに顧問というやつだな」
ふと真名さんが話に入ってくる。
「それで、今回八天会議を行ったのはどういうことですか?」
「ああ…それか?」
「八天会議は道摩府頭首を決めたり等、特別な場合でない限り行わないハズですが」
「うむ…それは。今のところはお前に関係ないことだ」
「…そうですか」
真名さんはそれ以上追及しなかった。
道禅様はもう一度僕の方を向く。
「それで…これからの君のことなんだが…」
「あ…」
これから僕はどうなるのだろう? そう不安になっていると。
「ここで、陰陽法師になる修行を行ってもらう」
「え?」
「陰陽法師だ。それが、君の能力の制御法を学ぶのに一番いいだろう」
「僕が…陰陽法師に?」
「そうだ、少なくとも2年もすれば、一般社会に出てもいいぐらいになるはずだ」
「2年ですか?」
結構短いなと僕は思った。一生一般社会に出れないことを考えていたのだが。
僕が内心驚いていると、真名さんが口を開いた。
「それで、その師匠の方なんですが。恐れながら八天様方の天翔尼様にお願いしたいのですが」
「ほう、わしか?」
静かに話を聞いていた天翔尼様がそう答える。
道禅様は…
「う~~ん。確かにいいかもしれんな、生家にも近いし、鬼神使役に関しては天翔尼殿はプロフェッショナルだろう」
「修行はその分短くなるかと…」
「たしかに」
それを聞いていた天翔尼様は。
「いやじゃ」
「?!」
僕はその言葉に驚いた。
天翔尼様は言葉をつづける。
「真名よ…お前、かのものの幼馴染に『自分が責任をもって見守る』といったのであろう?」
「な…なんでそれを…」
真名さんはその言葉に驚いている。
「ならば、お前が師匠になるのが筋というものじゃ」
「い、いや…私は、まだ修行中で…」
「真名…お前もう22じゃろう? もうそろそろ弟子をとってもいいころじゃ」
この時の言葉は、僕がここにきて一番の驚きだった。
真名さんは、見た目、年のころは僕より下の中学生に見える。それが22歳?
「いいか、真名。弟子をとるということは、弟子を育てるだけでなく、自分自身をも育てるということじゃ。
お前は、これから弟子を持つ師匠として成長していかねばならんのだ…」
「……」
「それこそ、お前の母親との約束にかなうことなのではないのかね?」
「…言葉もありません」
真名さんはそう言って頭を下げた。
道禅様が口を開く。
「よし! これは決まりだな!
今日から潤君は、真名の弟子だ!」
そう言って手をたたいた。その様子に真名さんは。
「い…いや、一応本人の意見を聞いておいた方が…」
そういって僕の方に向き直った。
「なあ潤君、私はまだ未熟者だ。それでもいいか?」
「い、いえ! そんな!
これからよろしくお願いします! 師匠!」
「むう…、こそばゆいから、今までどうり『真名』でいい」
「は…はい真名さん!!」
こうして、僕は真名さんの弟子として、蘆屋一族に入ることになった。
これから、僕はどうなるのか? 不安と期待が心に渦巻いていた。
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