第3話 そして僕は
「潤ちゃん! あ~そぼ?」
「……」
僕は操に無言の返事を返す。
しかし、操は僕に無視されても気にせず、携帯ゲーム機を起動して遊び始めた。
(…あの子…まだ、駄目なんだって?)
(…ええ、そうね…。でも仕方ないわ、目の前でお母さんが亡くなるところを見ちゃったんだから…)
(…そういえば、あの子のご両親…)
(…ええ、おそらくあの子は施設に引き取られることになると思う)
僕のお母さんが死んでから五日の時がたっている。
その時、僕はいまだ闇の中に心を沈めていた。
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「潤! デートしましょう!!」
「……」
僕は操に無言の返事を返す。
しかし、操は僕に無視されても気にせず、勝手にデートの行き先を決め始める。
「…今度、『森のショッピングモール』で一大セールがあるらしいの!!」
「…やっぱり、いつもの荷物持ちじゃないか…。そいうのはデートとは言わない…」
「なにいってんの?! 女の子と買い物できるってだけでも手たたいて喜ばなきゃ! 青春は一度きりなんだからね?!」
「…なんか、昭和の香りのする台詞だね…。いつの時代の人だよ…」
本当は平成生まれの僕には昭和の香りなんか分からないが。
児童公園にはそのときの痕跡は一切残っておらず、あの夜のことは本当は夢だったんじゃないかと思える。
当の羽村誠は、あの夜、真名という少女に連れられていったまま学校に登校してくる気配もない。
風邪をひいて休んでいるらしいが、おそらくそれは真実ではないだろう。
「…っていうことだから。アンタ邪魔しないでね?」
…そう、操は僕ではなく、僕たちの背後にいる人物に言った。
「…別に邪魔しているつもりはないのだが?」
そこには、三日前、僕たちを助けてくれた
操はそんな彼女にジト目を向けて言う。
「邪魔してるじゃない! あれからずっと、潤のことつけまわして。…何のつもりなの?」
「…それは、すでにあの日の夜説明したはずだが? 聞いてなかったのか?」
「聞いてたわよ!! だけどあんなの納得できるわけないでしょ?!」
「…君が、納得できる、できないの問題なのか? 私は使命を果たしているだけだ…」
「…潤の事を……さらっていくのが使命って?」
「…さらって行くつもりはない。…だからこうして、期限を与えてるのだ」
操と真名さんの言い合いを聞いて僕はため息をついた。
あの事件からこっち、この二人はいつもこんな言い合いを繰り返している。
実は、僕は真名さんが所属する『
真名さんの話によると、僕の力は一般社会にあっては危険すぎる能力であり、本来は無理やりにでも保護されるべき対象なのだそうだ。
でも、真名さんは僕を無理やりは連れて行かなかった。
監視対象とすることによって、考える時間をくれたのだ。
もっとも、それは『考えた末拒否すれば無理やり保護する』ということだが。
「…悪いけど潤を連れてかせはしないわ」
「…無理だな。一般人では私を止めるどころか。潤くんの能力を受け入れてやることもできない」
「…!!!」
その言葉を聴くと、操は無言で僕の手を引いてその場を離れていく。
真名さんは困った表情でため息をついていた。
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「ひめさま…。本当にこのままでいいんですか?」
潤たちが去っていった方向を見つめていた真名に、彼女の使鬼・静葉が話しかけてくる。
「…うむ。もうしばらくは…な」
「でも、あの子の能力を考えると、無理やり保護するのも仕方がないのでは?」
「…確かにそうかもしれん。しかし、あの潤とかいう少年…もう自分の能力の危険性に気づいている。おそらくは、近々決断するはずだ…」
「…それでは」
「だから、それまでは今の生活を送らせてやろうと思う」
「……」
「とりあえず…これからは間接的に監視するようにしよう」
あの操という娘は思ってたより勘がいい。監視するにもいろいろ手を使わねばならんだろう。
どうしたもんか、と真名は思案をめぐらし始めた。
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森部市最大のショッピングモール『森のショッピングモール』は、今日もたくさんの人が買い物を楽しんでいる。その一角のファーストフード店に蘆屋真名はいた。
たくさんの種類のハンバーガーが楽しめるその店だが、真名の目の前にあるのはフライドポテトだけである。
そのLサイズを5つもおいて、一人でひたすらパクついてる姿は、少しばかり異様な光景なのだが。真名は奇異の目を気に留めていないようだった。
真名は別に、ここで遊んでいるわけではない。今も現在進行形で潤を監視中であった。
どのような方法で監視しているかというと『使鬼』によってである。
陰陽法師における式神。使い魔。である使鬼には、契約している術者と感覚を共有する能力が標準で備わっている。真名は、使鬼である『静葉』を小さな蜘蛛に変えて、潤の近くに忍ばせていた。これなら、監視対象やその身内に知られることなく監視が出来る。
今のところ、あのカンのいい操も気づいていないようで、楽しそうに潤を買い物に引っ張りまわしている。では霊感のある潤はというと、小さな蜘蛛になった静葉はほとんど妖気を発しないので、こちらも気づいた様子はなかった。
「少し気を使いすぎてるかな…」
真名はそう呟いて、一度に3本のポテトを口に運んだ。
潤の能力は一般社会にあっては危険なもの…それはその通りだ。潤が危険な思想を持っていたなら、問答無用で連れ去っていただろう。しかし、潤はそんなのとは無縁の普通の少年だった。
そんな少年を無理やり自分たちの世界に引き込むのは、やはり気が引けるのだ。
(まだまだ修行不足だな私は…)
真名はそう心の中で自嘲する。
ふとその時、静葉の方から妙な感覚が来た。本職の術者であるがゆえに感じられたその感覚は、真名にある事実を告げていた。
「!」
真名は一度静葉との感覚共有を切ると、ショッピングモール全体を包むように”
(これは…まさか?!)
真名の霊視はショッピングモールの片隅に、現状ではあり得ない”モノ”を見つけていた。
真名は残りのポテトをその場に残したまま走り出した。
その”モノ”がなぜいるのかはわからない。だが、
その”モノ”から感じた感覚は、決して気持ちのいいものではなかった。
【緊急事態だ! 何があっても潤たちのそばから離れるな!】
真名はショッピングモール内を駆けながら静葉に命令を下す。すぐに了解の返答が来た。
感覚のあった場所に真名がついたとき、その場にはもう気配は消えていた。だが、真名は見失っていなかった。ショッピングモールの地下駐車場、そこにその”モノ”は移動していた。
「……」
嫌な予感がする。そしてそれは、本職の陰陽法師ゆえに高確率で的中するだろう。
真名は地下駐車場へのエレベーターに乗り込んだ。
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「…やあ」
その男は昔からの友人のように真名を迎えた。その肩には一匹のカラスが止まっている。
(…使鬼か)
再度”
男は真名ににこりと微笑みかけると口を開いた。
「…君、どっかで見たような気がするんだけど、誰だっけ?」
いきなりな質問である。
真名はそれには答えなかった。
「そのカラスは貴様のものか?」
「質問に質問で答えるなって、親とかに注意されなかった? …君」
「……」
「……」
男は心底つまらなそうな顔をすると。カラスを弄り始めた。
「まあ、いいや…。
…それで君が今回派遣された蘆屋の者かな?」
やはり嫌な予感は当たったらしい。
この男、いま確かに蘆屋の者と言った。
それに肩に止まらせているカラス型の使鬼。
それらは、目の前の男が本職の呪術師であることを示していた。
「君が回収した呪物さ…、今持ってるなら返してほしいんだよね
…あれ俺んだから」
回収した呪物といえば、三日前に真名が回収した『使鬼の石』しかない。
その『使鬼の石』はすでに蘆屋本部に送られて、元あった呪術家に返される予定になっている。
それでは目の前の男はその家の関係者なのか?
真名はそれはあり得ないと知っていた。件の呪術家は蘆屋と縁の深い家である。その家族構成も知っている。
そして何より…
(こいつ…)
真名は、男の体から、人を数人殺さなければまとえない、強烈な穢れを感じていた。
そこからあることを予測した。
「お前が、呪術家から『使鬼の石』を盗み出した盗人か…」
「そう! その通り! なかなか鋭いね君!
まさかこんなに早く回収されちゃうとは…
今回は蘆屋も動きが早かったね」
真名は男をにらみつける。
「貴様…、あんなものを一般人にばらまけばどうなるかわかっているだろう。
なぜ、わざわざあんなことをした?」
「…さあてね。
こちらにもいろいろ事情があんのよ。
まあ、ほんとはあと数人は死んでほしかったんだがなぁ…」
男は心底残念そうな顔で腕を組んだ。
やはり事情を話すつもりはないか…真名はそう思った。
だが、それならなぜわざわざ真名の前に姿を現したのか。先ほどのショッピングモールでの使鬼の動きは、明らかにこちらを誘う動きだった。こちらの存在を知っていながらワザと使鬼を放ったのだ。真名という陰陽法師の存在を。
「お前が、呪物盗難の犯人である以上こちらはお前を捕まえねばならん。
観念するんだな」
真名がそういって戦闘態勢を取ろうとすると。
「そうはいかないんだよね。
今回は、呪物の件はついで…
本命は『使鬼の目』の能力者だからね…」
「!」
まさかそれは。
「上からの命令でね。
『使鬼の目』の能力者の覚醒を確認したから回収して来いって。
めんどくさいけど、命令だから仕方ないよね?」
「貴様!」
真名は素早く符を準備すると片手で剣印を結んだ。
それを見て男は…
「ねえ…だから、君。
死んでくれない?」
ニヤリと不気味に笑った。
------------------
真名は一瞬も躊躇わなかった。
手にした符に意識を集中すると男に向かって投擲、もう片手の剣印を一閃して「急々如律令」と唱える。
瞬間、符に込められた術式が起動、符は電光の帯となって飛翔した。
「フッ…」
笑顔を顔面に張り付かせた男は、特に慌てた様子もなくゆっくりといくつかの印を結んでいる。
ドンッ!!
電光の帯は確かに男に命中した。命中したはずであった。だが、不気味な笑顔はそのまま無傷でその場所にいた。呪は的確に起動していた。五行を用いて打ち消された気配もなかった。
(…防御呪か?…結界呪か?)
真名はそう思考しながら、一瞬で男との間合いを詰めた。
<
ズドン!!
真名の拳が男の胴を射抜く。男は驚愕の表情でうめいた…
「うがっ………、なんちゃってw」
…ふりをした。
「!?」
男は一瞬で真名の背後に回り込むと、にやりと笑って言った。
「…やっとだ。やっと思い出したよお前のこと。
俺も昔は蘆屋一族に所属していた。そんなガキの頃、いつもイジメてた弱っちい女がいたって。
そうだろ?
宗家の血筋のくせに、呪術の才能のかけらもなかった出来そこない…」
男はケラケラと笑いながら、手の剣印を一閃する。
ドシュ!!
次の瞬間、真名の左腕がなくなっていた。
「…く!!」
「けははは!!! お前! 才能もないくせに呪術師になったんかよ?!
道理で符術の一撃が軽いと思ったぜ。どうせ、あれが最大威力だったんだろ?
だから、さっきの一撃で俺に効かないと判断して、体術に切り替えた」
真名は腕を失った肩を押さえ呻くだけで何も言わない。
「だが残念だな。俺の結界呪は当時のガキどもの中でもトップだったのを覚えてるか?
今でもそれは変わらんぜ!! 俺にはどんな攻撃も無効にする個人結界があるんだよ!!」
ドン!!!
次の瞬間、真名の左足が飛ぶ。
「が!!!!!」
「そしてこれが、結界術を応用した防御不能の切断呪だ!!!
なかなか面白いだろ?!! なあおいマナちゃんよ!!!」
男は笑いが止まらない様子で、切断呪を用いて次々に真名を解体していく。両腕・両足を失った頃には、真名はピクリとも動かなくなっていた。
「…ああ、つまんね。もう終わりかよ。
一族ももっと強い奴を使えよ。こんな役立たずを使うなんて人手不足なんか?
なあ、マナちゃん?」
真名はもはやその問いには答えられない。
「まあいいや、邪魔者は消したし。会いに行くかな? 例の能力者に。
ああ、一応その死体片づけとけよクロウ」
男はそう言って自身のカラス型の使鬼に命令を与える。クロウと呼ばれた使鬼は命令通り、真名の死体を丸呑みしてきれいに片づけてしまった。
(そういえば…こいつ使鬼を使わなかったな…)
ふと、男はそんなことを思った。一般的な呪術師というのは、使鬼のような使い魔をたいていは持っているものなのだが。
(…いや、才能ないから使鬼を持ってなかっただけだな、たぶん)
そう、すぐに思い直すと、男はにやけ顔を張り付けながらエレベーターへと向かった。
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時間は真名が男と対峙する数分前に戻る。
その時、潤は操に手を引かれながら、昔のことを思い出していた。
いつからだろうか、操が僕にしつこくついてくるようになったのは。
子供のころから確かに仲は良くて、一緒に遊びもしたが。近所の子供の友達集団の一人だったように思う。
それが変わったのはやはり、母が死んでからだろうか。自分は周りから心を閉ざし、霊能力に目覚めたゆえに妙な噂も立ち、それまで遊んでいた友達は一人また一人と自分から離れていった。そんな中で、一人だけ、心を閉ざす自分にしつこく付きまとってきたのが操だった。
操はいつも強引だった。せっかくの能力の有効利用と言いながら、いろんな所を連れまわされた。怖い経験をしたことも一度や二度ではない。はっきり言って、その当時の操のことは大嫌いだったと言ってもいい。でも、いつの頃か、それが操なりのおせっかいであることを知った。
そう、操はいつもおせっかいなのだ。誰かが困っていると走って行ってまとわりつく。いつもそうだ。操では解決できないことも多い、それで泣きを見たこともたくさんある。自分で解決できないくせに、関わるなんてどうかしてると思うが、それでも走っていく、それが操。
正直頭は悪いだろう。でも…
僕と違って、何事にも一所懸命…それが操。
僕はいつの間にか、そんな操をほおっておけない気持ちになっていた。心を閉ざし、自分の命すらどうでもいいと思っていた自分が。少なくとも、今笑えるようになったのは操のおかげだろう。
ふと、僕の手を引いていた操が止まった。その視線の先に、一人泣いている子供がいる。
ああまたか、僕はそう思った。
「どうしたのきみ? お父さんお母さんは?」
子供は答えない。ただ泣きじゃくるだけだ。操の困った視線が自分に向く。僕は一息ため息をついた。
------------------
「?」
迷子センターに子供を連れて行ったあと、再び操と店舗を見て回っていた潤は、ふと周囲の異常を感じた。
自分たちの周りに人がいない。ついさっきまでたくさんの人がいたはずなのに。
潤は腕時計を見る。やはり閉店時間というわけでもなかった。
「え? あれ?」
操もまた異常に気付いたようで、潤の袖をつかんで周囲を見回している。
こんな現象を引き起こすことに覚えがあった。
(これはまさか…)
潤は慌てず、意識を集中し周りを”
それは、今まで見たこともない光景だった。周囲に規則正しく光の帯が流れている。文字らしきものを形作っている光の帯もある。それは、明らかに人間の手の入った人工的なもののように見えた。
(これが…人払い結界?)
周囲を”
それはゆっくりと、でも確実に自分たちの方に歩いてきていた。
はじめ潤は、それは蘆屋真名かと思った。だが、真名とは明らかに違う部分を感じて戦慄した。
それは強い穢れだった。これほどの穢れをまとった人間を潤は見たことがなかった。
「やあ…」
不気味な笑顔を張り付けた男がそこにいた。
------------------
「迎えに来たよ…ええっと……
…誰だっけ?」
「潤です…」
「そう! そのジュン君!」
この人は蘆屋真名の仲間なのだろうか?
潤がふとそう考えてると。
「迎えに来たってどういうこと?!
それにこれって、人払い術とかいうやつでしょ?!
あんた、あの女の仲間なの?!」
操は潤の背後に隠れながら男に怒鳴る。
「え? ああ。あの女って?
もしかしてマナちゃんのこと?」
「そうよ! しばらくは猶予を与えるって言いながら。
なにこれ? 何のつもりなの?」
「クククク…」
男はへらへら笑って答えない。いい加減頭に来た操が男に食って掛かろうとした。
「…ああ、マナちゃんなら死んだよ。
俺が殺した…」
そのいきなりの言葉に、潤と操は絶句した。
「あの女を殺したって? え?」
「操!!」
潤は操の手をつかんで男のいる方と反対方向に逃げ出した。
この男は危険だ。そう、潤のカンが告げていた。
「逃げても無駄だよ? もう君たちは俺の術中にいるからね」
その場から一歩も動かず男が声をかけてくる。潤たちは構わず、ショッピングモールの玄関へと走っていった。
…と不思議なことが起こった。玄関へとまっすぐ確かに走っていったはずが、さっきいた場所に帰ってきてしまったのだ。
「おかえり~~ジュン君」
男がへらへら笑いながら出迎えてくれた。
「え? なんで?」
操も困惑している。潤はもう一度操を引っ張って走っていく。
…しかし、
(これは…)
何度やっても元の場所に戻ってきてしまう。まるで悪夢の出来事のようだった。
「ね? 無駄でしょ?
無限回廊の結界を張ってるからね」
「く…」
『無限回廊の結界』それが今のこの状況の正体なのだろう。これがいわゆる「呪術」というやつならば自分たちではどうしようもない。
「あなたは…一体」
「俺の名前は…シオンとでも呼んでくれ。
蘆屋とは別の組織の所属でね、『使鬼の目』を持つ君のことを仲間に引き入れたいんだ」
「…ただ仲間に引き入れたいだけなら、普通に話をすればいいでしょ?
なぜこんなことを…」
「そりゃあ、君が断る可能性もあったし。
それに…その方がこっちとしてもいいんでね」
「わざわざ断られるようにということですか?
なんでそんなばからしいことを」
シオンと名乗った男はにやりと笑うと、楽しそうに答えた。
「とりあえず、君の本気の抵抗を見たいんだよね。
やっぱり自分の目で君の能力を見ておかないと…だろ?」
潤は後悔した。自分の能力が再び災厄を招いてしまった。
自分が早く決断しなかったから操を巻き込んでしまった。
ならば自分のすべきことは一つだ。
「わかりました。
あなたと一緒に行きます」
「ちょっと! 潤!」
「でも彼女は関係ないんです。
この結界を解いてくれませんか?」
「何言いってんの潤!」
潤の言葉に操が慌てて反論しようとする。
シオンはその光景に一瞬だけ真顔になったが…
「ダ~メ…」
シオンは心底うれしそうな笑顔で告げた。
「言ったろ? 君の本気の抵抗が見たいって。
とりあえず、そっちの娘には死んでもらうから。よろしく」
それは、まさに悪夢の宣告であった。
『使鬼の目』の能力を確認するために操を殺すというのだ。
こうなったら操を命に代えても守らなければならない。
潤は操の盾になるよう前に出た。
「それじゃあ行くよ?」
シオンが楽し気に懐から符を取り出す。そして片手でそれを投擲すると、もう片手の剣印を一閃した。
「急々如律令!」
その瞬間符は炎のつぶてとなって飛翔した。炎のつぶては弧を描いて二人に迫る。
「く!」
潤は操を抱くと自分の背中で操をかばった。
次の瞬間…
<
「!?」
いきなり潤たちの足元から白い何かが飛んだ。
その白い何かは炎のつぶてに正確に命中すると、つぶてを空中で爆発四散させた。
【大丈夫か? 潤くん】
突然、足元から声がする。
それは確かに蘆屋真名の声だった。
------------------
「え?」
潤と操は声のあった方に目を向けた。そこには大きな蜘蛛が一匹這っていてこちらを見つめていた。今の声はこの蜘蛛が発したのだろうか?
【なんとか間に合ったようだな…】
それはこの間会ったばかりではあるが、強烈に印象に残っている真名の声であった。
「え? 真名さんなんですか?
なんで蜘蛛から声が?」
【少し事情があってな…まあ気にするな】
気にするなと言われて納得できるわけではないが、目の前の蜘蛛から真名の声が聞こえる以上、何かしらの呪術なのだろう。潤はとりあえず、目の前の蜘蛛を真名だと思って話しかける。
「さっき奴が真名さんは死んだって言ってましたが…」
【まあ、似たようなもんだ。
今ちょっと身動きの取れん状態にあってな、もうしばらくしないと…】
「似たようなもの」とはどういうことかと疑問に思っていると、シオンの方から再び炎のつぶてが飛んできた。
「ハハ!
もしかしてそれがお前の能力で作った使鬼か?
もっと力を見せてみろよ!」
<
蜘蛛は尻から糸を吐き出すと炎のつぶてに向かって飛ばした。糸は的確に炎にぶつかる。再びつぶては空中で爆発四散した。
シオンは二度呪を防がれても気にせず、楽しい遊びをしている子供のようにケラケラ笑った。そしてすぐに、今度はどんな呪を使おうかと思案し始める。
それを横目に操が口を開く。
「ちょっとあんた! 陰陽師なんでしょ?!
生きてるんなら、この状況なんとかしなさいよ!」
【陰陽法師だ】
そんなことはどっちでもいいことだが、あえて潤は口には出さなかった。
とりあえずは、攻撃が止んでいる今のうちに、この状況を打開しなければならない。
「無限回廊とかいう結界が張られているそうなんですが、なんとかならないんでしょうか?」
【それは、こちらも理解している。そして、解く方法もな】
「本当? 早く教えなさいよ!!」
操が蜘蛛に食って掛かる。蜘蛛はそれを気にした様子もなく答える。
【お前の使鬼・シロウをここに呼ぶことだ】
「!」
潤は今は家にいる白柴のことを思い出した。かの事件で死んだと思われたシロウだが、使鬼としてよみがえっていたのである。
【今お前たちは結界によって外界と隔離されている。
この結界は強力で、何人も自由に出入りできず、解くのにも相当時間がかかる代物だ。
しかし、シロウとお前は強力な呪的絆で結ばれている。この結界ですら切れない絆でな。
そこに、結界にとって致命的なほころびが存在している、それを利用して結界を破壊するのだ】
「シロウを呼ぶ…」
【結界の破壊そのものは私が何とかする。
君はただシロウを呼んで、ほころびを大きくしてくれればいい】
でも…と潤は思った。もしこの前のように能力が暴走してしまったら。
そんな、潤の心を見透かしたかのように蜘蛛は答える。
【潤、お前の力はとても危険なものだ。
しかし、お前が強い意志で使おうとするなら、力はお前に答えてくれるだろう。
結局は、お前の意志次第だ…。さあ、お前は今何がしたい?】
今彼がやりたいことは操を守ることであった。
そしてそのために自分の力が必要だというなら…
その後の潤の判断は早かった。意識を集中して家にいるシロウに呼びかけてみる。
【シロウ…シロウ…】
同時刻、結城家の庭で昼寝していたシロウが反応する。確かに、シロウとの絆は結界で遮断されていなかった。
【シロウ来い!!】
潤はそう強く念じてみた。すると、潤たちの目の前にまばゆく輝く五芒星が現れる。
「わん」
そこから二本の角の生えた柴犬が飛び出してきた。
それを見届けると、蜘蛛は4対ある足をわさわさとうごめかし始める。
<
次の瞬間、蜘蛛の脚から光の帯が放たれた。
その光の帯は、周囲を包む結界に浸透すると、結界の呪式に干渉を始めた。
「今度はなんだ?」
そう言ってシオンが楽しげに笑う。
彼はこの現象を潤が起こしているものと思っているのだろう。しかしそれは、彼にとって致命的な間違いであった。
そして…
ガシャン!!!
「!!?」
まるでガラスが割れるような音が周囲から響いて来た。
「な? なんで俺の無限回廊が…?」
それは、シオンが敷いていた無限回廊の結界が壊れる音だった。蜘蛛の腕から放たれた光の帯が、見事に結界を破壊したのである。あまりのことにシオンは周りを見渡して驚いているようだ。
(いまだ!)
潤はそのわずかな隙に、シロウを抱え操の手を引いて、一目散に玄関へと走り出した。
「あ! てめえかやったのかよ!!
待てこの!!」
シオンはすぐに潤たちを追おうとする。しかし、それを遮るものがあった。それは、彼が潤の使鬼だと思い込んでいた大きな蜘蛛だった。
【悪いがここまでだ】
「う?!」
目の前の蜘蛛から発せられるどこかで聞いたような声にびくりとするシオン。
「な…おまえ…」
【貴様のことは、
「バカな…お前は確か死んだ…」
それは確かにさっき自分が殺したはずの蘆屋真名の声であった。
【そう思うなら、お前の使鬼を見てみろ…】
次の瞬間、シオン=葛城王寺の肩に止まっていたカラスがうめき声を発し始めた。王寺はあまりのことに、カラスを叩き落とす。
「な?!」
いきなりだった。カラスのおなかが膨れ上がりはじめ、それが人ひとりの大きさまで膨張すると、内側から破裂したのである。そこにそいつは立っていた。
「蘆屋…真名…」
「ああ…。第二ラウンドと行こうじゃないか」
真名は、驚いて言葉もない王寺に向けてにやりと笑ってそう告げた。
------------------
王寺は困惑していた。目の前のこの女・蘆屋真名は確かに自分が切り刻んで殺したはずだ。しっかりと手ごたえもあった。それがこともあろうに、自分の使鬼の腹を裂いて出てきたのだ。
「まさか、あの程度で蘆屋の陰陽法師が死ぬと思ってはおらんよな? 元蘆屋の葛城王寺…」
王寺は返答できなかった。まさか自分の知らない術をこいつは知っているというのだろうか? 王寺は初めて目の前のこの女のことを、決して油断してはならない存在であると感じた。
「ちっ…」
そう王寺は舌打ちすると、右手に剣印を結んで真名に向かって飛んだ。
斬!!
空中に薄い光の板が現れる。それが、王寺得意の『結界刃』であった。それはもう一度真名の腕を切り飛ばすはずだった。
「?!」
真名はもうそこにはいなかった。王寺は右に気配を感じて振り返る。
<
ズドン!
そこに、真名の拳が飛んできた。的確に王寺のみぞおちを拳がえぐる。
しかし、そのダメージは王寺の個人結界が発動し無効化してしまう。
(こいつ! 結界刃をよけた?! いや、そんなのまぐれだ!!!)
王寺は再び剣印を結ぶと、至近距離の真名に『結界刃』を放った。
だが再び、その場にいたはずの真名が消え失せていた。
今度は頭上に気配を感じる。
「悪いがそれはもう効かんぞ」
「な…」
真名は王寺の頭上を飛翔していた。そして、そのまま王寺の背後に着地すると、感情を殺した顔で王寺を見つめる。
「それは始めこそ驚いたが。一度覚えれば避けやすい。
要するに、薄い結界の刃を生み出して、その隔絶の力を用いて両断する術だが。
発生する結界の刃は発生場所に固定され留まったままだから。
発生場所さえ先読みすれば決して当たらん」
確かにその通りだ。『結界刃』はあくまで、切断するモノのところに直接刃を発生させなければ、両断できない術だ。でも普通なら、そのことを知ってもなお避けるのは至難の業のはずである。それを真名はあっさりと避けて見せたのだ。
「く…」
王寺は素早く真名から離れると、懐から十枚ほどの符を取り出す。そしてそれを真名に向けて投擲「急々如律令」と唱えた。
<
空中で発生した十もの炎のつぶてが、渦巻き巨大な炎の竜巻へと変化した。その竜巻はうねりながら真名へと向かう。それは、人ひとりならたやすく灰に変える熱量を持っていた。
「切り裂けないなら、灰になれ!!!!!」
しかし真名はその場から動かなかった。その代わり懐から砂の入った小瓶を取り出す。
【
次の瞬間、『
ドン!!
爆音をあげて炎の竜巻は、確かに真名を包み込んだ。それで灰になるはずだった。しかし…
「!!」
次の瞬間に大きな変化が起こった。真名を包み込んで灰に変えようとした炎が、一点に渦を巻いて収束し始めたのだ。それは真名が手にしたあの小瓶だった。炎が小瓶に収束し消えていった後には、少し焦げ跡のある服を着た真名が立っていた。
<
真名は印を結ぶと小瓶を宙にほうり投げる。それは途端に、巨大な龍になって空を飛翔し王寺に迫った。
飛翔する巨大な龍のアギトは的確に王寺に食らいついた。そのアギトは自動車すらペシャンコにする威力を持っているはずだった。
(これでも…ダメか…)
…だが、王寺の個人結界は的確に起動し、そのアギトの威力を無効にしてしまっていた。
「く…まさか…そんな返しが出来るとはな。
正直驚いたぜ」
王寺は冷や汗をかきながら口を開く。
「俺の炎術を【火生土】の法則で土気に変換。その土気を利用して、本来自分では使えないレベルの術を放ったのか…」
真名は答えない。
「だが…残念だったな、俺の結界は完璧だ。
どんな威力もどんな属性も確実に無効化する絶対防御だからな。
お前には絶対勝ち目はないぜ…」
真名は、それはおかしいと思った。「あらゆる属性攻撃を威力に関係なく無効化する」それほどの結界術、よほどの準備とたくさんの呪物を必要とするはずであった。そもそも、個人結界のようにコンパクトにまとまるわけがないのだ。それならば…
「いいだろう。
ならば、貴様に見せてやろう。絶対防御を貫く蘆屋の極意を…」
真名はそう宣言した。
------------------
「ふん…」
王寺は焦り始めた心を落ち着けた。どうせ、こちらへの攻撃は絶対防御によって一切通用しない。焦る必要などないではないか。その時の王寺は、潤のことなど頭から飛んでいた。
王寺は再び符を懐から数枚取り出した。そして印を結んで「急々如律令」と唱える。符術は確かに起動して、王寺の周りに無数の炎の帯を生んだ。
「行け!!」
掛け声とともに炎の帯が真名に向かって飛翔する。真名は慌てず懐から再び砂の小瓶を取り出した。
【火生土】
再び法則が成立する。そして、真名を包む炎の帯は小瓶に吸い込まれていった。
(俺の力使いたければ使うがいいさ…だが…)
王寺は気づいていた。今真名が使っている法則は五行相生の理である。五行相克の理ではない。
五行相克を用い水行をもって火行を制せば、火呪を完全に無効化できるだろう。だが、五行相生を用いて火行を土行に変換するのでは、元の火行は老気(衰えた気)になるだけで、火呪を完全に無効に出来ないのである。当然、その分術者はダメージを追うことになる。
(どれだけ気をためても俺の絶対防御は貫けない…
しかし、こちらの攻撃はやつに通用する)
王寺はさらに符を取り出して炎の帯を生み出す。
それは、再び真名を襲い、わずかながらのダメージを与えていく。
それを数回繰り返しただろうか。ついに、真名がその場に膝を折った。
「…やあ、手こずらせてくれたねマナちゃん。とりあえず褒めてやるよ。
この俺にここまで食い下がったのは、はっきり言いてすごいぜ。
まさか、あの無才能の小娘がな…」
「…」
「でも、ここまでだぜ。おとなしく灰になりな…」
その言葉に答えず、真名はゆっくりと立ち上がる。そして…
呪を唱えた。
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「無駄だって」
巨大な土のアギトが王寺に向かって飛翔する。王寺は笑いながらそれを受けた。三度的確に絶対防御が起動される。
「無駄だっていうのに。ほらね…ん?」
だが、今回はちょっと以前の呪とは違っていた。生まれたアギトが消えてなくならないのである。
「まさかこれは!!」
それは、以前の呪と効果が異なっていた。
土のアギトを用いて相手をその場で縛りあげる、持続ダメージ型の攻性縛呪だったのである。
「…確かに、この術なら俺はこの場から動けなくなるね。でも、それからどうするの?
この術でも俺の絶対防御は貫けないよ?」
確かにその通りである。王寺の絶対防御の前では、攻性縛呪もただの縛呪に過ぎない。しばらくすれば解けてしまう。
「これは基礎。これからが重要なのだ」
真名はそういうとジャンパーを開けて見せた。
「?!」
そこには、何やら様々なものが縫い付けられていた。
(それは…呪物?)
王寺の疑問をよそに、真名は縫い付けられているいくつかを取り出すと、縛されている王寺の周囲にまき始めた。
そして…
<
印を結んで陣を起動した。その瞬間、王寺を中心に特殊地形効果が発動する。
「なんだ? 何をしたお前…」
真名は静かにその問いに答える。
「今私が起動したのは火旺の陣。すなわち、その土地の気の属性を火行へと傾けさせる陣だ。
すなわち今、この土地は多くの火行の気で満たされているということになる。
それがどういうことかわかるか?」
それはすなわち、今現在自分を縛っている土行の攻性縛呪が強化されるということで。
「…無駄だっていうのに。どんなに、呪が強化されても俺の絶対防御は無敵だ」
真名はその答えに笑みで返すと。
「そうでもないぞ…ほら」
そういって王寺を指さす。その時、王寺はふらりと妙な疲労感に襲われた。
その様子を感じ取った真名はさらに言葉をつづける。
「お前の絶対防御。どこから力を引いているのか気になっていた。
あらゆる攻撃を無効化するんだ。お前個人の霊力では維持できるはずがなかった。
その答えが、”土地の霊力”だ。
お前の絶対防御は、受けたダメージに合わせて土地からエネルギーを持ってきて起動していたのだ。
これなら、受けられるダメージの上限を無限にもできる」
まさか、自分の絶対防御の秘密が読まれたのか?
王寺は真名の言葉に絶句する。
「でもそれは…一つの危険を伴う。
土地の霊力が枯れていると、結界呪は足りない霊力を他から取り入れようとする。
すなわち、霊力の塊である生物。要するにお前自信だ」
それではまさか、さっきから感じている疲労感は…
「さっき、土地の霊力が火行に傾いているといったな?
そして、お前を縛っているのは土行の術」
「あ…」
「土地に満たされた火気は、土行の呪に吸い上げられ老気(衰えた気)に転ずる。
要するに、火行に傾いた属性の土地は土行の呪によって、一時的に霊力が失われた枯れた状態になるのだ」
「……」
「土地の霊力が枯れたことによって足りなくなった分は、お前の霊力から補填される。
今お前の中の霊力は結界呪に急速に吸い上げられている。
それこそ、今お前が感じている疲労感の正体だ…」
それを聞くころには、王寺はもはや口もきけないほどになっていた。
ふいに絶対防御が解ける。呪を維持することが出来なくなったからである。
それに続くように土のアギトもかき消えた。
残されたのは息も絶え絶えの王寺だけだった。
「安心しろ。殺しはしない。
聞きたいことはいくらでもあるからな」
王寺はもうろうとなる意識の中、その言葉だけを聞いていた。
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事件のあったその日の深夜。
家主たちが寝静まる結城家の玄関から1人の人影が出てきた。
「……」
それは、バックパックを背負った矢凪潤だった。
潤は、そのままシロウの犬小屋に近づくと、いびきをかいて寝ているシロウに話しかけた。
「ごめんシロウ、起きて…
一緒に行こう」
潤はいまだ寝ぼけまなこのシロウを抱えると。結城家の玄関の方に振り返る。
そして、
「…いままでありがとうございました。
勝手に出ていくことを許してください」
そういって深々と頭を下げた。
そうしてしばらく佇んでいた潤に話しかける者がいた。
「本当に、もういいんだな…」
「…はい、真名さん」
「しばらく…
場合によっては永遠に会えなくなるかもしれんぞ」
「…わかってます」
「……」
潤は決断していた。故郷を離れ蘆屋一族のもとに行くことを。
真名はわざわざ隠れて深夜に行くことはないと言ったが、潤のたっての願いだった。
「後のことはお願いしていいんですよね」
「ああ…任せておけ。
お前がいた痕跡の消去。周囲の人間の記憶の操作。
すべて正しく実行されるだろう」
「…それは良かった」
「…あの娘に別れを言わなくていいのか?」
「……」
潤はその問いには答えなかった。
「もう行きましょう。
これ以上ここにいると…」
「わかった…」
そう言って二人は結城家を去ろうとした。
その時…
「…潤」
「!」
いつの間にかそこに操が立っていた。
「操…なんで…」
「潤
あんたならこういう決断をすると思ってたわ」
「……」
「ねえ潤? どこ行くつもりなの?
あんたの家はここでしょ?」
「操…ごめん」
「なんで謝るの?」
「ごめん…」
潤はひたすら操に謝る。
「私はあんたに謝られるようなことされてないよ?」
「ごめん…」
それは違う…潤は思った。
今日、自分の能力のせいで操を危険にさらしてしまったからだ。
「僕は、これ以上ここにいてはいけないんだ。
これ以上ここにいると、操だけじゃない多くの人を不幸にしてしまう」
「!」
パン!!
次の瞬間、操の平手が潤の頬を打った。
「あんた! またそんなこと言ってるの?!!」
「……」
「それじゃ、あのときと変わんないじゃない!!」
「……」
「…潤。
私はあんたが何者だろうがどうでもいいの。
危険な目にあったってあんたのせいだなんて思わない」
「……」
「だって私は…」
操は涙を流していた。
「私はいつもあんたに助けられてる!!!
幸福をもらってる!!!」
「……」
「潤! あんたの力は人を不幸にするんじゃない!
人を助け幸福にする力よ!!!」
「操…」
「だから、あんたは…
自分のことを迷惑だなんて思わないで」
母親を失ったとき、潤は自分自身を恨んだ。
自分のせいで母は死んだ。自分は不幸をまき散らす者だ。
だから、心を閉ざした。もう人に迷惑をかけたくなかったから。
でも、そんな潤にまとわりついて離れない者がいた。
その子はいつも潤をいろんな場所に引っ張りまわした。
その子はいつも潤に助けられていた。
…でも、本当に助けられていたのは、その子の方だったのだろうか?
「操…ごめん」
「またそれ!」
「いや違うよ…操
こんどの『ごめん』はそう言うことじゃない」
「?」
「僕は間違っていた。
人を不幸にする力だから、人から離れなければならないと思ってた」
「……」
「でも違うんだよね? 僕の力は人を助けることのできる力。
操はそう信じてくれてる」
潤は操に近づくと、その目の涙をぬぐってあげた。
「…ならば、
だからこそ僕はその力の使い方を学ばなければならないと思う」
「潤…」
「だから僕は…
そのために蘆屋一族に行く」
潤は決意に満ちた表情で操に告げた。
その表情をしばらく眺めていた操は、一息ため息をついた。
そして、今度は真名の方に顔を向ける。
「真名…とか言ったっけ?
こんなやつだけど本当に任せてもいいんでしょうね?」
「…ああ、私が責任をもって彼を見守ろう」
「それなら…仕方ないわね」
操はふいと向こうを向いてしまう。
「頼んだからね、おせっかい陰陽師」
「陰陽法師だ…」
真名は微笑みながら返した。
<そして僕は呪法世界の扉を開いた>
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