第4話:おねだり
キーンコーンと、チャイムの音が鳴り響き。学校に登校し、朝の会が始まる前の
クラス中のあちこちでおしゃべりの声が飛び交い続ける中、翼は、
「おい、みなの者。言い忘れていたが、今日の放課後、作戦会議だからな!」
と、高々と告げる。
けれど。
「ちょっと、翼ってば。あまり大きな声を出さないでよ。夜中に家を抜け出していることがバレちゃったらどうするのよ?」
芳子が辺りを気にかけながら、翼のことを
「そうだ。それに、なんでお前が仕切っているんだよ」
「そんなの、俺がリーダーだからに決まっているだろう」
「だから、どうしてお前がリーダーなんだよ」
「それは、この中で俺が一番強いからだよ。新参者の莉裕也坊ちゃまは、黙っててくれませんかね?」
小馬鹿にするよう告げる翼に、莉裕也の額には、ぴしりと青筋が立ち。
「たった一日の違いだろうが。大体、その理屈でいったら、一番始めに過去に行ったエイゾーがリーダーだろう」
「えっ、僕? 僕は別にリーダーなんて」
全く興味ないんだけどなあ。しかし、莉裕也は、翼がリーダーなのは気に入らないのだろう。二人の言い争いは止まりそうにない。
すっかり話し合い所ではなくなってしまい。どのみち、学校では公にも話すことはできないけどね。
「もう、アンタ達は! そうやって直ぐケンカしないの!」
やはりここで、再び芳子の
けれど、それでも翼と莉祐也は言い争いを止めず。なかなか収集が着きそうにない中、突然。
「莉裕也様ーー!」
と、鈴を転がすような声と共に、莉裕也の背中に黒い塊が、どん! と、ぶつかった。
その塊は、ゆっくりと顔を上げていき、そして。
「莉裕也様。エリ、とっても
「おい、エリ。いつも言っているだろう。くっ付くんじゃない、離れろ!」
「あら。それはできませんわ」
「なんでだよ」
「だって、エリは莉裕也様の婚約者。未来の妻なんですもの」
「そんなの、親同士が勝手に決めたことだろう。いいから離れろ!」
莉裕也はエリちゃんのことをぐいぐいと手で押すものの、けれど、エリちゃんはぴたりと接着剤で貼り付いているみたく、一向に莉祐也から離れない。
「エリちゃん、具合はもういいの? ずっと学校を休んでいたけど」
「ええ、もう平気ですわ。今朝だって、本当はみんなと一緒に登校したかったのに……。じいやがお車で送迎すると、どうしても聞いて下さらなかったの」
「そっか。エリちゃん、風邪が治って良かったね」
芳子が言った通り、エリちゃんはここ数日、風邪を引いて学校を休んでいた。
エリちゃんは莉祐也にくっ付いたまま、さくらんぼ色の唇を薄っすらと開き。
「所で、なんのお話をしていましたの? 夜がどうとかお話ししてらしたみたいですが」
「えっと、実は……」
エリちゃん、信じてくれるかな? 言うだけ言ってみようと僕は口を開くけれど、その手前。すっと横から飛び出してきたなにかが、僕の口をとっさにふさいだ。
それが莉裕也の手だと分かるのに、そう時間はかからず。莉裕也は、ぐいと顔を僕に近付けさせて小声で。
「おい、エイゾー。エリには絶対に言うな」
「えっ。どうして?」
「どうしてだと? 言ったら付いて来るからに決まっているだろう!」
莉裕也は、ますます立腹顔を僕に近付ける。
そんな僕等の様子に、エリちゃんは首を小さく傾げさせ。
「あの……」
「えっと、えーっと……。あっ! ゲームの話だよ、ゲームの。おもしろくて、つい夜中まで遊んじゃうって話していたんだ」
「どんなゲームですの? 莉裕也様やみんなが遊んでいるゲームでしたら、私もやりたいですわ」
「え? えっと、それは……」
エリちゃんの一点の曇りもない純粋で宝石みたいにきらきらした瞳が、真っ直ぐに僕へと注がれる。だけど、隣からは、莉裕也が絶対にごまかせと目で訴えてくる。
どうしようかと悩んでいると、まるで神様からの救いの手とばかり。
「エリちゃん、先生が呼んでるよ。職員室に来てだって」
「分かりました。直ぐ行きますわ」
エリちゃんは軽く
莉裕也の圧力からも逃れられ。僕は、ほっと肩の荷を下ろす。
しかし、その様子を見ていた芳子が、じとりと目を細めさせ。
「ねえ。エリちゃんだけ仲間外れにするのは、かわいそうじゃない?」
「そうだぞ。どうしてエリちゃんに話したらだめなんだよ」
芳子と翼は、そろって不平を言う。しかし、そんな二人の視線の先にいる莉裕也は全く気にしていないのか、澄ました顔をしており。
「アイツを連れて行っても、じゃまになるだろう。とろいし、運動神経だって悪い。なにもできないじゃないか」
「莉裕也ってば、ひっでー。別にいいじゃん。エリちゃんは優しいし、いるだけで華があるんだ。それに、エリちゃんが芳子みたいだったら嫌だろう」
「ちょっと、翼。それはどういう意味かしら?」
翼ってば、余計なことを言わなきゃいいのに。芳子は翼の胸ぐらを思い切り掴み、ぶんぶんと左右に振り回す。
翼がひどく揺さぶられている傍らで、拓が一つ乾いた息を吐き出し。
「莉裕也は危ないから、エリちゃんを過去の世界に連れて行きたくないんでしょう?」
「なっ……!? おい、拓。勝手なことを言うな! そんなんじゃねえよ。さっきも言っただろう、じゃまになるからだって!」
「素直になりなよ。そういうことだったら、僕等も協力するからさ」
口で拓に勝とうなんて、たとえ莉裕也でなくても到底無理な話で。莉裕也は違うの一点張りだが、彼の顔は、いや、耳までどんどん真っ赤に染まっていく。
確かに女の子……、特にエリちゃんみたいな子には、僕等の冒険はちょっと危険かもしれない。芳子も女の子だけど合気道を習っていて護身術を身につけているし、その辺の男の子……、というか、情けないけど僕や拓より余程腕っ節もある。
少し心苦しくはあるけれど、エリちゃんのためでもあるだろう。僕等はエリちゃんには、冒険のことは秘密にしておくことに決めた。
そして、時間が過ぎ去り。闇夜の中、いつもの時刻になるとーー。
コンコンと、小さく窓を叩く音が聞こえ。
「おーい、エイゾー。来たぞー」
「早く中に入って……って、あれ。どうしてエリちゃんもいるの?」
僕はぴたりと莉裕也にくっ付いている、来るはずのないエリちゃんへと目がいった。
「それが聞いてくれよ。莉裕也ってば、人には散々エリちゃんには言うなって言っていたくせに、自分で連れて来たんだぜ」
「違う! 連れて来たんじゃない。家の前で待ち伏せされていて、勝手に付いてきたんだ。
おい、エリ。なんべんも言っているだろう。お前は家に帰れ」
「あら、どうしてですの。莉裕也様のいらっしゃる所に、エリがいるのは当たり前ですわ」
「誰が決めたんだ、そんなこと」
「それは、エリと神様ですわ。だって、エリは莉裕也様の許嫁。未来の妻なんですもの」
「許嫁って、だから親同士が勝手に決めただけだろう。言っとくが、俺は一切認めていないからな!」
どうやらエリちゃんの方が一枚上手だったようで。莉裕也は声を荒げさせるけれど、エリちゃんは聞いているのか、いないのか。全く気にすることなく、べったりと莉裕也にくっ付いたままだ。
「でも、エリちゃん、大丈夫なの? アタシも人のこと言えないけどさ。こんな夜中に出歩いて、家の人、心配するんじゃない?」
「それなら大丈夫ですわ。途中まで、じいやがお車で送って下さいましたの。それに、今もエイゾーくんの家の近くで待機して下さっていますから」
やはりエリちゃんは、さらりと答える。
エリちゃんのお父さんは、エリちゃんの親族が経営している会社の社長さんで多忙だそうで。お母さんもそんなお父さんに付きっ切りらしいので、二人とも家にはあまりいないらしい。
それで、じいやさん率いる使用人が、エリちゃんの面倒を見てくれているらしいけど、特に昔からエリちゃんの家で働いているじいやさんは、エリちゃんのことを実の娘のように大切に思っていて。エリちゃんのお願いーーことさら莉裕也が絡んでいるなら、たとえ夜中のお出かけでも、なんでも言うことを聞いてしまうのだろう。
じいやさんのことが少し気がかりではあったものの、いつまでも外にいては見つかってしまうおそれがあるので、部屋の中に入ってもらい。
「これからなにをなさるんですの?」
「ふっふっふっ……。よくぞ訊いてくれました。これから俺達、過去に行って冒険するんだ」
「えっ。過去にですの?」
「ああ。そして、悪さをしている姫御子から世界を救うんだ」
翼から話を聞くと、エリちゃんは瞳を輝かせ。
「莉裕也様と一緒に過去に行けるなんて。エリ、とっても幸せですわ……!」
エリちゃんは、どうやら僕等の話をすんなり信じてくれているようで。僕等は足音を立てないよう最善の注意を払いながらも、ぞろぞろと押し入れの中へと移動する。
扉を閉めると、第一の宝珠が光り出し。そして、黒いもやが現れた。
「まあ。なにか現れましたわ」
「このもやの中を通って行くと、過去の世界に行けるのよ。みんな、はぐれないよう手をつないで」
芳子の指示に、僕達は近くにいた者同士で手をつなぎ。一列になって、もやの中を歩いて行く。
が。
「おい、エリ。だから、くっ付くな。歩きにくいだろうが!」
莉裕也の怒声が響く中、次第に前方が明るくなり出しーー……。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
いつも通り目を覚ますと、そこは昨日、過去の世界で最後に休んだ、小さな森の社の中で。室内を見回すが、三平と犬彦の姿は見当たらなかった。その代わり、社の扉が開けっ放しになっており。おそらく二人は、近くの川で顔でも洗っているのだろう。
そんなことを考えていると、みんなも次第に目を覚ましていき。一番最後に起きたエリちゃんは、ゆっくりと顔を左右に動かして辺りを見回して。
「ここが過去の世界ですの? 不思議ですわね。でも、とっても素敵な所ですわ」
そして、にこりと微笑んだ。
「エイゾー達、今日は遅かったじゃないか……って、なんだ。また増えたのか」
三平はすっかり慣れたのか、一人増えたくらいではもう別段驚く様子はなく。代わりに、エリちゃんが小さく首を傾げさせ。
「あら。そちらの方は?」
「三平っていうんだ。こっちの犬は犬彦だよ。僕等と一緒に冒険をしている仲間なんだ」
「そうですの。三平くんに、犬彦ちゃんですね。私、
エリちゃんはスカートの裾を軽く持ち上げ、きれいにお辞儀をする。すると、三平の頬が、薄っすらとだが赤く染まっていく。
「なんだあ? もしかして三平、エリちゃんに一目惚れしたのかあ?」
「なっ!? ば、ばっか、そんなんじゃない! こういう女、初めて見たからめずらしいと思っただけだ」
「ちょっと。アタシの時とは、随分と反応が違うんじゃないの?」
「だって、芳子だしなあ」
「なんですって!? ちょっと、翼。どういう意味よ!」
芳子が翼の胸倉を思い切り掴み上げ、大きく揺する。
そんな騒ぎをよそに、犬彦がすっと前に進み出て。
「おい。吾輩は腹が減ったぞ」
と、文句を言った。その光景に、エリちゃんは一瞬きょとんとするも。
「まあ。犬彦ちゃんは、お喋りができるのね。とても利口ですわ」
そう言って、犬彦の頭を優しくなでた。
そんなエリちゃんに、
「さすがエリちゃん。犬彦が人間の言葉を喋っていても動じないとは……」
いつもの展開とは違って、反対にみんなが呆気に取られた。
「それじゃあ、俺、なにか食べるもんを探してくるよ」
「あら、食べ物ですか? 食べる物なら、私、お弁当を持って来ましたの」
エリちゃんは背中を向けた三平に、ひょいと手に持っていたバスケットを掲げて見せる。
「おい、エリ。弁当なんて持って来て。俺達はピクニックに行くんじゃねえんだぞ」
「ですが、お夜食にでもと思いまして」
「良いじゃねえかよ、莉裕也坊ちゃま。腹ごしらえは、とっても大事だぜ。
それにしても、さすがエリちゃん! 同じ金持ちでも、莉裕也と違って気が利くや」
翼の言う通り、エリちゃんは用意がいいことに、レジャーシートまで持ってきていて。広げてみんなでそれに座った。
エリちゃんがバスケットを開けると、中にはトマトにレタス、ハムやチーズ、それからツナにキュウリといった、色々な具材が挟み込まれたサンドイッチと、いちごやりんご、オレンジといったフルーツに、スコーンが入っていた。
さらに紅茶まであって、水筒に入れられたそれを、エリちゃんは紙コップへと注ぐと一人ずつに渡してくれる。
「三平くん、どうかしました? お口に合いませんか」
「なんだ、これ……。これは、本当に食べ物なのか?」
「そうだよ。これはサンドイッチといって、食パンの間に具材を挟めたものなんだ。そっか、パンはまだこの時代にはないもんね。三平が知らなくても当然だよ。
試しに食べてみなよ、とってもおいしいから」
三平はサンドイッチを得体の知れないものを見るみたいに眺めていたけれど、拓にうながされ。おそるおそる、一口、かぶり付いた。始めはもぐもぐと口を小さく動かしていた三平だけど。
「……おいしい!」
すると、とたんに勢いよく食べ出して。むせた三平のことをみんなで笑った。
「ねえ、エリちゃん。このクリームみたいなものは、なあに? 生クリーム?」
「いえ、クロテッドクリームですわ。牛乳を煮詰めたものをひと晩おいて、表面に固まった脂肪分を集めたものですの。そうですわね、バターと生クリームの中間みたいなものでしょうか。スコーンに、ジャムと一緒に塗って召し上がって下さいな」
「へえ、コロッケドクリームねえ。うん、おいしい! いやあ、コロケッドクリームなんて、ハイカラだなあ」
「ふふっ。翼くん、クロテッドクリームですわ。
デザートには、アイスクリームもありますの。ドライアイスを入れた箱の中に入れて来ましたから、溶けてはいないと思いますわ」
エリちゃんってば、本当にどこまで用意がいいんだろう。エリちゃんの言った通り、アイスはキンキンに冷えており。やはり三平はじろじろと疑いながらも、慣れない手付きでスプーンを使って食べていた。
すっかりのんびりとモーニングを楽しんでいる中、不意に一匹の白いうさぎが、草むらから、ぴょんと飛び出して来た。
うさぎは、エリちゃんに近付いて来て。
「あら、うさぎちゃん。どうしたの? あなたもお腹が空いているのかしら」
エリちゃんはいちごを手のひらにのせると、どうぞと、うさぎの口元へと運ぶ。すると、うさぎは口を大きく動かして、もぐもぐと食べ出した。
「ふふっ。とってもかわいいですわ」
「そのうさぎ、すっかりエリちゃんに懐いちゃったわね」
うさぎはその後もぴたりとエリちゃんにくっ付いて、ちっとも離れようとしない。朝食を食べ終え、第四の宝珠が光り示した方角へと歩き始めた僕等だったが、うさぎは小さな手足を動かして、エリちゃんの後を追いかけて来る。
そんなうさぎを抱き上げたエリちゃんに、莉裕也は、
「おい、エリ。そのうさぎ、まさか連れて行くつもりか?」
「そのつもりですが、いけませんの?」
「だめに決まっているだろう。こんなのを連れて旅ができるか。置いていけ」
莉裕也に怒られ、エリちゃんは、しゅんと表情を曇らせる。
そんな二人の間に、翼が割り込み。
「なんだよ。別に良いじゃねえかよ、うさぎの一匹や二匹。たいしてじゃまにならないし。これだから頭の固い坊ちゃまは……」
「ああっ!? 誰が頭の固い坊ちゃまだ!」
「それに。うさぎの方がエリちゃんから離れたくないみたいよ」
うさぎは、ぴたりとエリちゃんにしがみ付いており。結局エリちゃんはうさぎを抱えたまま、旅を続けることになった。
小さな森の中を抜けると、野原が広がっており。比較的歩きやすい道になった。
宝珠が放つ光を頼りにそのまま進んでいると、おもむろに犬彦が足を止め。ひくひくと鼻を動かすと、ふいと頭を後ろに向け。
「どうした、犬彦。急に立ち止まったりして」
「気配がする……」
「気配って?」
みんなも犬彦並びに三平につられ、振り返る。すると、辺りの草むらから複数の人間が勢いよく飛び出して来た。
彼等は、なぜか真っ直ぐに僕達の方へと向かって来て。
「うわっ。な、なんだ、なんだ!?」
「きゃっ!?」
一体なにが起こっているのか、分からないまま。エリちゃんの悲鳴だけが、はっきりと聞こえ。そちらを向くと、男の一人がエリちゃんのことを脇に抱えていた。
「おい、エリ!? 野郎っ……!」
エリちゃんを連れ去ろうとしている男に向かって、莉裕也が飛び出すも。直後、横から飛び出して来た男に、莉裕也は思い切り頭を木の棒で殴られ。
「うっ……!?」
「莉裕也!? ねえ、莉裕也!」
「しっかりしろ、莉裕也!」
どさりと鈍い音がして、莉裕也の体が地面へと転がり落ちる。その間にも、男達はどんどん遠ざかってしまう。
しばらくして、ようやく気を失っていた莉裕也が目を覚ました。けれど、まだ意識がはっきりとしていないのか。目の焦点が定まっておらず、ぼうっ……としている。
水で濡らしたタオルで、ずっと莉裕也の後頭部を冷やしていた芳子が、彼の顔をのぞき込み。
「莉裕也、大丈夫?」
「ああ。けど、なんだか頭が痛む……」
「そりゃあ、思い切り頭を叩かれたからだろう」
翼は、一つ間を空けさせてから再び口を開き。
「エリちゃんがさらわれた」
「なんだって!?」
莉裕也は翼の言葉を聞いた途端、状況を思い出したのか。勢いよく、がばりと跳ね起きる。
けれど。
「ちょっと、莉裕也。まだ動いたらだめよ。アンタ、頭を殴られているのよ。しばらく安静にしていないと」
「んな
「分かってるけど、でも、少しは落ち着いてってば!」
「そうだよ、莉裕也。今、三平達が様子を探りに行っているから」
今にも飛び出して行きそうな莉裕也を、拓まで加わって必死に押さえ込ませる。
「分かったぞ、犯人達が。近くの村の連中だ」
「村の人だって? でも、どうしてエリちゃんを?」
「さあ、そこまでは。でも、こんな白昼堂々さらっていったんだ。余程の事情があるんだろう」
「敵のアジトが分かったんなら、早くエリちゃんを助けに行こう!」
三平達の案内に従い進んで行くと、彼の言っていた通り、村が見えた。
僕等は用心のため、身を隠しながらも村の中へと入っていた。しかし、村はしんと静まり返っており。どこの家も留守のようで、もぬけの殻であった。けれど、一ヶ所だけ。村の中で一番大きな屋敷から、人々の声が聞こえて来た。
犬彦の鼻を頼りに進んで行くと、そこに行き着き。どうやらエリちゃんは、この中にいるようだ。
「どうする? このまま乗り込むか」
「ああ、早く行くぞ」
「莉裕也、ちょっと待って! それは危険だよ。下手に相手を挑発したら、もしかしたらエリちゃんに危害を加えるかもしれないよ」
「それじゃあ、どうすんだよ。のろのろしている間にも、アイツ等、エリになにかするかもしれねえんだぞ」
「だったら、これで中の様子を探ろうよ」
僕が、すっと手の平をみんなの前に出すと。
「きゃっ!? なによ、それ。気持ちわるーい!」
芳子が悲鳴混じりの声を上げる。僕としては、褒め言葉のようなものだ。なんだって拓から図鑑を借りて、本物そっくりに作るのには、随分苦労したからなあ。
そんな芳子の隣から、ぐいと三平が僕の手の平の中をのぞき込んで。
「おい、エイゾー。なんだよ、ハエなんか出して。そんなもので、一体なにをするんだよ」
「これはただのハエじゃなくて、ハエの形をした遠隔カメラなんだ」
「カメラ? なんだよ、それ」
「カメラというのは、映像を電気信号に変換する光学器械で……、まあ、とにかく見てて」
僕はコントローラーを手にすると、早速ハエカメラを飛ばしてみせる。そして、モニター画面の方を三平に渡すと。
「うわあっ!? な、なんだ、これ。すごい、すごい! まるで目ん玉が離れて、飛び回っているみたいだ!」
三平は驚きのあまりモニターを落としそうになったが、寸での所でどうにかキャッチし。瞳を輝かせ、すっかり画面に見入ってしまっている。
僕はモニターで確認しながらコントロールを操って、エリちゃんを探す。このハエ型カメラなら、この時代にぶんぶん飛び回っていても怪しまれることはないだろう。ぐるぐると飛び回っていると、ようやくモニターにエリちゃんの姿が映った。
エリちゃんは建物の一番奥の、壇の高い所に座らされていた。エリちゃんの前には、たくさんの食べ物が並べられていて。それから、何十人もの村人達が、なぜかエリちゃんの前に深々と頭を下げて座っていた。
「良かった。エリちゃん、ケガはしていなさそうね」
「でも、なんだか様子が変だね」
首を傾げさせる拓の隣から、莉裕也は立ち上がると、そのまま真っ直ぐ建物の中へと飛び込んで行き。
「エリ! 無事かっ!?」
「あっ。莉裕也様……!」
莉裕也の姿が目に入るなり、エリちゃんは壇の上から駆け下り。その勢いのまま、莉裕也へと抱き付く。
莉裕也は直ぐにエリちゃんを自身の後ろに隠し、ピストルの銃口を村人達に向け。
「おい、お前等。こんな真似をして、覚悟はできているんだろうな……?」
「ひいっ!?」
村人達の間から、短い悲鳴がもれる。
すっかり怯えている村人達に、それでも銃口を向け続ける莉裕也の手へ、エリちゃんは自身のそれを添え。
「莉裕也様、いけませんわ」
「離せ、エリ! コイツ等は、お前をさらったんだぞ!」
「でも、私、なにもされていませんもの。おもてなしを受けていたのですわ」
「おもてなしだと?」
「はい。こちらの方々に、とても優しくしていただきましたの」
莉裕也は、ちらりと村人達の方を見て。一寸考え込むものの。
「お願いしますわ、莉裕也様」
「ちっ、仕方がねえなあ」
エリちゃんにもう一度お願いされると、渋々ながらようやくピストルを下ろした。
が。
「訳くらい聞かせてもらうぞ」
莉裕也の怒りがゆるむことはなく、再び村人達を鋭くにらみつける。
村人達はひどく頭をもたげさせたまま、ゆっくりと口を動かし。
「実は……」
「はあ? 雨が降らなくて困っているだと?」
「はい。この村は日照り続きで、作物が全然育たんのです。おそらく村の人口が増えたために、姫御子様へ献上する作物の量を少しばかりごまかして、減らしてしまったのですが……。それがばれてしまったのでしょう。姫御子様の怒りに触れてしまったようで、この村に雨が降らないようにされてしまったのです」
「また姫御子のしわざか。なんてひどいやつだ!」
翼が悔しげに、自分の手の平に拳を叩きつけた。
まさか、この村も姫御子の被害にあっていたとは。思いもしていなかった。三平が言っていた通り、本当に姫御子は天候も操ることができるなんて。僕等は強大な相手を敵にしているんだな。
けれど。
「でも、そのこととエリちゃんをさらったことと、どう関係があるんですか?」
誰もが抱いていた疑問を、拓が尋ねる。彼の問いに、一人の村人が進み出て。
「それは、女神様に雨を降らしてもらおうと思いまして」
「女神様だって?」
村人達の視線は、一斉にエリちゃんへと集まり。
「はい、女神様にです」
と、繰り返した。
「どうしてエリちゃんが女神様なんですか?」
「我が村には、干ばつの危機に
白うさぎーー、偶然エリちゃんになついた、あのうさぎへとみんなの視線が集まり。
「それでエリを誘拐したのか」
訳は分かったものの。しかし、それでも納得できないと、莉裕也は村人達を鋭くにらみつける。
当の本人のエリちゃんはと言えば。きょとんと大きな目を丸くさせており。
「でも、私は女神様ではありませんわ」
「え……。そ、そんなっ! 伝説では村を救うため白うさぎを従えた天女様が参られると、確かにこのように残されております。それに、女神様のように美しい方は、今までに一度も見たことがありません!」
「そうですよ。そんな見たこともない、めずらしくてきれいな衣をお召しになって、何人もの家来を抱えていて。女神様でなければ、なんだというのですか!」
「まあ! 莉裕也様もエイゾーくん達も、家来などではありません! 莉裕也様は、エリの未来の旦那様です。それに、私には、お願いを叶える力などありませんもの」
莉裕也のことを家来扱いされたことが、エリちゃんの逆鱗に触れたのだろう。いつもは穏やかなエリちゃんだが、めずらしく怒っているようだ。
なおもきっぱりと答えるエリちゃんに、村人達からは次々と悲痛の音が上がり。
「これで、ききんが防げると思っていたのに……」
村人達は、すっかり悲しみにくれている。
そんな意気消沈としている村人達の前に、
「あの」
と、エリちゃんは進み出て。
「本当に叶えたいことは、人任せではいけませんわ。人を頼りにしていても、必ず叶う保証などありませんもの。ですから、お願いごとは、ご自身の力で叶えなければ」
そう言うとエリちゃんは、にこりと柔らかな微笑を浮かべさせる。
村人達は、エリちゃんの言葉に諭されたようで。それ以上、エリちゃんにすがり付くのは止めたようだ。けれど、だからといって、この村の状況が変わる訳でもなく。
「どうにかしてあげたいけど、でも、雨を降らせるなんて、そんなこと。アタシ達にできる訳が……」
「どうしようもないよね」
芳子も拓も、村人達の様子に悲しげな顔をする。僕だって……。
「……いや、ちょっと待って。ねえ、少し時間をちょうだい。
エリちゃん、確かドライアイスを持っていたよね?」
「ドライアイスですか? ええ、バスケットの中に入っていますわ」
僕はエリちゃんからそれを受け取ると、リュックの中から道具箱を取り出しーー。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「おい、エイゾー。本当にこれを打ち上げればいいのか?」
疑わしげな莉裕也に、僕は。
「うん、多分大丈夫だと思うけど。科学に失敗はつきもの、試しにやってみてよ」
急いで作った即席のものだしね。莉裕也が肩にかつがえた筒先を天に向け、狙いを定めーー、トリガーを引く。すると、ドン! と大きな音が鳴り、筒から放たれた塊が真っ直ぐに天高くへと打ち上げられる。
それから、次第に辺りの空には分厚い雲が集まり出し、そして。ぽつぽつと、小さな冷たい塊ーー、雨粒が降り出したかと思いきや。誘発されたようにその音は、どんどん大きくなっていきーー……。
「おおっ……、雨だ……。雨だ、雨だっ……!」
「本当に、本当に雨が降った!」
「やはり、神様の一団だったんだ……!」
村人達は、みんな天に向かって両手を上げ。喜びにむせ、涙を流す。また、ひざまずくと、僕等のことを崇め出す。なんだか恥ずかしいな。
「でも、どうして雨が降ったんだ? エイゾー、お前も姫御子みたいに天候を操れるのか?」
「違うよ、これも科学の力だよ。ドライアイスを使って雲粒の温度を下げて、種となる氷晶をつくって雨粒の成長をうながしたんだ」
「よく分からないけど、そうか、これも科学の力なのか……!」
三平は頬を薄っすらと紅潮させ、真剣な眼差しで空を見上げる。
ざあざあと雨音が心地良く奏でられている中。エリちゃんは、莉裕也の腕に自身の体をくっ付け。
「莉裕也様……!」
エリちゃんの唇が、莉裕也の頬に。チュッと、軽いリップ音が鳴る。すると、莉裕也の顔は、見る見る内にりんごみたく真っ赤に染まっていった。
「あの、本当にありがとうございました。これで作物も無事に育つでしょう」
「女神様のおっしゃる通り、これからは神様を当てにはせず、雨が降らなくても作物を育てられるよう、近くの川から水を引いて用水路を作ることにしました」
「ええ。その方がいいですわ」
「こんな小さな村なもんで、これといったものはありませんが。この村に伝わる、唯一の宝です。どうぞ、お納め下さい」
僕等の前に、村長さんが、ぐいと木の箱を差し出す。ふたを開けると、中に収まっていたのはーー。
「ねえ。この珠、もしかして……!」
「ああ、間違いない。花の模様が刻まれている!」
「ってことは……。やったあ、五個目の宝珠だーー!」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
無事エリちゃんも救出でき、さらに五個目の宝珠まで手に入って。意気揚々とした気持ちで僕等は元の時代ーー、現実へと帰って来たけれど。
みんな、エリちゃんの、
「あら」
という声で目を覚まし。
「エリちゃん、どうかしたの?」
「それが、どうしましょう。うさぎちゃんを連れて来てしまいましたわ」
「え……?」
みんなの視線が、エリちゃんの腕の中に納まっている白い毛玉の塊へと集中する。うさぎはまるで他人事とばかり、呑気にもすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「明日……じゃなくて、もう今日か。どうせまた過去に行くんだから、その時に返してあげればいいんじゃない?」
結局、翼の提案以外、他に良いアイディアは思い浮かばず。それまでの間と、エリちゃんはうさぎを連れて家に帰った。
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