第2話 愚者
オレはローブを深くかぶった何者かに対して、なんて話しかけようか数秒迷ったが、とりあえずは挨拶を試みることにした。
テンプレ的にはローブの下は超絶美少女に違いない。
そう確信し勇気を出して話をかけてみる。
「ハロー!初めまして! 僕の名前は保志間慶! 君はもしかして異世界ものあるあるの女神様的な存在だったりするのかな?」
ふむ。 滑り出しは完璧だな。
そう内心ほくそ笑オレに対して謎のローブ姿の「何か」は、一瞬ため息をついて口を開いた。
『私はただの門番であり、貴様にとっては門を通る事が出来るかを裁定する存在でもある』
厳格な口調でローブ姿の「何か」はそう語ったが、何を言っているかさっぱりわからなかった。
「なるほどわからん。とりあえず色々と質問したいんだけどいいかな? ここがどこなのか教えてくれないか?」
今一番重要なのは"情報"だ。
知らない事には何をすることもできないし、何よりも"ここが天国"だなんて認めたくはなかった。
だってそうだろう?ここには裸の美女も、おいしい食べ物もない。
「オレは断じてここが"桃源郷"だとは認めん!!!!」
『……君は変わらず考え方がどこか"変態"じみているよね........まぁ、いいや』
ややあきれ気味に言葉を続ける。
『―――ここは過去、現在、未来そして、平行世界ですら干渉することが出来ない特別な場所』
『ありていに言ってしまえば"どこでもありどこでもない場所"って所かな』
『君は持っているはずだよ。ここへと至るための"通行許可証"をさ』
まるで何もかも知っているかのように、ローブ君は質問を投げかけてきた。
オレは特に心当たりがなかったため、パーカーとズボンのポケットを確認する。
「えーっと お守りに貰ったタロットカードしかないんだけど........」
かつて隣人の幼馴染からもらった【愚者】のタロットカード。
意味は確か、「旅人」的なやつだったと思う。
きっと、悩んでいるオレの事を思って「もっと、自由に生きよう!」的な事を言いたかったに違いない。
さらに、オレは好きな子からもらった物は基本肌身離さず持っているタイプなのである。
そして、当然防水用のスリーブに入れている。
『そうそう、それだよ! 厳密には"その中身"ではあるんだけどね、今回はその状態でも大丈夫ということにしてあるよ』
「な、なるほど。お守りがオレをここに導いてくれてたのか........ってか、結局ここがどこなのか全くわからないままなんですがそれは? 説明係変わってもらった方がいいんじゃない?」
そう、やや煽り気味にローブの存在に問いかける。
『ハハッ そのなめた態度でいつまでいられるかな』
丁度オレに聞こえる程度の大きさでつぶやき、口元をニヤリと歪ませる。
流石に"なんかヤバい"と、思いビビりながらも弁解を図る。
「いやさ? ごめんって? 何をしようとしているのかわからないけど、とりあえずは落ち着こう?」
『そう、その世界は! 大きく分けて七つの種族プラスαの世界!!!!』
ローブに身を纏った何かは声高らかに"宣言"した。
『何も知らない君は、これからその世界で"真実"を知らなければならない!!!』
「おいおいおい!待て待て、急展開すぎる!ってか、せめてなんかあるじゃん!?」
「チート武器やチート能力の配布とか、最低限"どういった世界なのか"とかの説明は欲しいんだけど!?」
そう、異世界転移もの小説は個人的によく読んでいた。
だからこそ、こういった「物語」において定石のようなものがあるのも知っていた。
そのおかげで、異世界転移することに対してはあまり驚かなかったってのはある。
チート武器や能力が前提の話であればね。
『ん? 君は昔言ってなかったかな? "チートは甘え"って』
一瞬にして血の気が引いた感覚がした。
つまり、こいつ「記憶」が読めるのかっ!? という疑惑と、"これから自分がどうなるのか"という予想が同時に出来てしまったのである。
『読めるよん♡』
まるで、さっきの煽りのお返しと言わんばかりの速さで、オレの思考に対しての返答をしてきた。
「……話せばわかる」
汗でびちょびちょのおでこを手で拭って叫ぶ。
「待って! 手ぶらで異世界転移は絶対にやばいって!!!!」
『問答無用♡』
そう言い、ローブを身に纏った「何か」は指を「ぱちり」と鳴らし、門を開く。
門の内側に、光る渦の様なものが見える。
『さぁ!君の新しい冒険の始まりだ!』
楽しそうに両手を開き、開始の合図と言わんばかりに宣言する。
「ふっざけるなあああああ! わけがわからない所に連れてこられて、さらに手ぶらで異世界だと? 絶対に断る! 22でフリーターしていた男に何ができるんだよ! 何なら"何をするのか"すらわからねーんだしよ!!!」
大きく口を開いた門に身体が吸われていく。
必死に抵抗しようとしたが、あろうことかローブを着たドSに足払いをされた。
「てっめえええええ!!! 許さねーぞ!!!!!! 名前だけでも聞かせろやアアアアアアア!!!!!!」
『……僕の名前はウムル。また君と出会える日を心待ちにしているよ。今の君では"まだ"彼に会うことはできないからね』
『あ、そうそう! 君は手ぶらだと言ってたけどお守りの存在を忘れちゃ駄目だぞ?』
『それは君にとってはとても"大切"なものだからね! ってことでまたね』
そう言いながら門の下のふちに、つかまっているオレに対して手を振った。
「ウムル」と名乗ったローブ姿の「何か」が、再び指を鳴らすと門は閉じ始め、俺はついに手を門の縁から離し光る渦に飲み込まれた。
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