第6話 カウラ2
「この村中のどこを探してもいないんです…。出歩いても、夕刻には必ず帰ってきていました。でも、今日で三日ほど経過しました…、姿を見せません…」
膝に置いてある手でワンピースの裾を皺になるほど強く握り締める。心配で、不安なのだ。小さな命、されど大きな存在。大切だという想いの表れ。その意思を、シウは深々と感じ取り、真激な面持ちになると、一人頷く。
「分かった。要するに、捜索依頼ってことだな」
「はい…」
「よし、依頼を承りました。完遂まで暫くお待ちください。っと」
ぱっ、とロトが勢いよく顔を上げシウを見ると、彼は、にこりと笑っていた。───彼はそう言ってはいるものの、本来依頼受注というのは、依頼を受け取った責任者が否応を決め承り、現場に向かう者達に言伝て実行する。シウは責任者でもなければ、話を通せるだけの権利を持っていないしたっぱだ。
「い、いいんですか…!?」
途端に、ロトの表情は明るくなる。
「ああ」
「あ、ありがとうございます…!」
「任せろ、チコちゃんは必ず見つけてやるからさ」
断言をする。シウにも、その猫に対する想いが分かるからだ。絶対に見つけてやると、心に誓う。―――そこに、こちらに近付く一つの足音が聞こえた。シウは視線を向ける。そこには、見慣れた姿があった。
「おっ」
帰ってきたのかと、口にしようとした瞬間、シウは顔を引き吊らせた。冷え冷えとした眼光がシウ達を射抜かんと睨んでいた。憤怒…、否、憎悪を象る歪な気配に、直接接触もされていないのに、心臓が握り潰されそうだ。指先から足の爪先まで一ミリたりとも動くなと。呼吸さえも許容されない。圧迫された空気に、ロトは、恐怖に青褪め、痙攣するように震える。今度は別の意味で体を強張らせる。それは、共に行動してきたシウでさえも同様だ。固定されたかのように硬直している。両者の眼前に歩を止め、見下ろすリヒト。蒼い双眼を細くし、ロトに視線を寄越す。ロトはビクリ、と大きく震えた。まるで捕食者を目の前にした小動物さながらに。───それから暫くし、ふう、とリヒトは息を吐いた。
「話は聞いていた」
先程よりは和らいだ彼の纏う空気。だが声は低い。
「勝手に判断を下せる立場ではない筈だが?シウ」
矛先は、シウだ。シウはそこで漸く我に帰り、意識を此処に引き戻す事ができた。
「だ、だって…」
「だって?軽断は慎めと何度聞かせれば気が済むんだ?」
「…困ってたら助ける。リダウトの方針じゃないのか?」
「だからといって、貴様の様な下の奴が安易に口にしていいものではない」
「上は現場にあまり赴くことはない。だから現状は分からない。現場に行く者がよくよく弁えている。考えろ。…リヒトも言ってただろ」
「それが安易だと理解出来ないのか。意味も知り得ず行動するなど赤子でも出来る」
リヒトの言っている事は例え正論だとしても、シウは胸の奥の蟠りに段々と苛立ちを覚える。
「手遅れになっても分からないままで終わって、その人は助けられないままで。それでいいのかよ」
「助ける、助けない。問題はそこではない」
「じゃあ何処だよ。何処を重点に置けばいいんだよ。命令だけに忠実にか?」
「そんな大層な定義を掲げるには足らない…、貴様はまだ稚拙なのだと言っているんだ」
売り言葉に買い言葉の繰り返し。こちらの意見などお構い無しに、なし崩しの姿勢で。これではただの子供の口喧嘩だ。沸々と沸き上がる激情に、拳を握り、奥歯を強く噛む。
「はっ」
挑発的に鼻で笑う。ついにシウは激昂し勢いよく立ち上がった。───今のシウの形相は、普段の彼からは想像のつかない程に怒りに満ちていた。そんな彼にリヒトは動じず、冷ややかにシウを見据えている。何かしらの合図があれば、直ぐにでも相手の命を奪い兼ねない争いを始めてしまいそうな雰囲気が漂う。
「シウさん…」
その声にはっとして隣に振り向けば、畏れの色を示す瞳がシウを見詰めていた。途端に、頭が急激に冷えてくる。
「あ…」
───しまった、やってしまった。
「ご、ごめんなロト!大丈夫!大丈夫だからさ!」
必死に繕う姿は実に情けない。大丈夫、大丈夫と笑みを作り、ロトを宥める。しかしやはり畏縮してしまう彼女に対し、そっと後悔と、ついカッとなってしまった自分を叱咤した。
「…ごめん」
シウは俯いて、小さく謝罪をする。完全に気分が降下した様子。その様子を暫く眺めた後、リヒトは二度目の溜め息を吐いた。
「…お前は全く、やはり人の話を聞かない」
どうやらリヒトも、普段と相違なくなり、無表情ながらも瞳は落ち着きを取り戻していた。
「勝手な判断はするな。とは言ったが、お前の考えに否定はしていない」
リヒトの発言に、シウは目を丸くする。
「ルーザーさんには掛け合ってみる。…まあ、こんな簡易な依頼、承諾して下さると思うが」
「…リヒト」
「…不細工な顔をするな」
「ぶ、ぶさっ、何をう!?」
「それとお前、」
急に話を振られ、背筋を伸ばすロト。まだ怖がっている。無理もない、先程のあのような出来事があった後なのだから。
「は、はい」
「…悪かったな」
「は…」
詫びているつもりではあるが、時既に遅し。完全に恐怖の存在として認識されている。そしてリヒトは、もう沈黙するしかなかった。それを見て、シウは思わず笑ってしまう。
*****
「帰るぞ」
「へい…」
顔を顰めながらぶっきらぼうにリヒトは言う。シウの頭上には、大きなたんこぶができていた。ひりひりと痛む頭を摩りながら、若干涙目になっている。
「じゃあな、ロト!」
「はい。…あの」
「…ああ、大丈夫だって。絶対見つけてやるから」
「…は、はい、ありがとう、ございます……」
笑うシウに、ロトは何かを言おうとしたが、うまく纏まらず言葉を飲み込んでしまい、お礼のみを口にする。
「あ、村にいた方がいいよ、外は危ないから」
それだけを伝え、手を振りながら振り向くシウ。それと同時に、額を小突かれる。よろめき、リヒトを見る。衝撃のあった箇所を押さえ、その行動に疑問符を浮かべつつ、驚いてひとつ、瞬きをした。
「!?な、」
「勝手に判断するなと言っただろう」
「…いや、判断じゃないし、ただの注意だし」
「屁理屈を垂れるな」
今度は小突かれる、なんて軽いものではなく、やや強めに頭を叩かれた。やや、と冒頭に付けるのも戸惑われるくらいの打撃に、シウは若干前屈みになり「あでっ」という声を漏らす。しかも叩かれたのは、先程と同じところで。痛みは積み重なり倍増した模様。ダメージが大きく、電流のような感覚がじぃんと神経に響く。シウは呻いた。
「…り、理不尽だ。これは良くないですよ、リヒトさん…。暴力じゃ何も解決しません…」
「…まだ文句が?」
不満げに頭を擦るシウを、ドスの効いた低い声色で黙らせる。そんなやりとりをしつつ、カウラの出入り口に向かおうとした時、
「ありゃ、リダウトの坊主じゃねえか」
不意に、背後から声を掛けられる。見れば、一人の男性が立っていた。角刈りで黒髪の、歳は四十代半ばくらいで、白いタンクトップ。枯れ草色のズボン。膝には、黒い布が当てられている、農作業をするような服装をしていた。体格はがっちりとしていて男らしく、強面だが、人の良さそうな笑みを浮かべている。
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