時涙

沖島刹那

時涙

 バスに揺られながら光田圭は先月オープンした角川武蔵野ミュージアムに向かっていた。いや向かわせられていると言った方が正しい。その理由は学校の社会見学で来ているからだ。バスの中は耳が痛くなるほどうるさかった。年に一回しかないイベントだから興奮しているのだろう。だが光田圭は違った。社会見学など面倒くさいのは嫌いだ。なんで退屈になる所に行くのか毎年感じていた。実際に去年の社会見学は体調が悪いを理由に休んだ。勿論仮病だ。だから今日の社会見学も行きたくなかったが、さすがに今年は行かないとまずいと思い仕方なく行くことにした。


「はーい皆さん、到着したので荷物を忘れずに持って降りましょう」運転席の方から担任の甲高い声が聞こえた。


 僕は思わず体がビクッと反応した。あの甲高い声は急に聞くと体が驚く。


 バスを降りて建物の方向に僕たちのクラスは向かった。降りたバスの横には他のクラスが乗ったと思われるバスが三台並んでいた。僕らのクラスは最後に到着したみたいだ。


 建物の入り口に向かっている途中、例の女の子らしき人物がベンチに座っていた。僕たち以外のクラスは入館している筈なのになぜあそこにいるのだろうと思った。気にはなったが建物に僕は向かった。だがいつの間にか僕の足は女の子の方に向かって歩いていた。

 例の女の子とは、僕が体調を崩して早退した時に体育館の裏で告白されていた子だ。まずい所を見てしまったと思ったがそれよりもあまりの可愛さに僕の心臓はドキドキしたのだ。だから今こうやって目の前にすると言葉が出てこない。僕の心臓の鼓動が女の子にも聞こえているのではないかと思った。


「建物の中に入らないの?」顔を下に向けている彼女に言った。


 彼女は自分に話しかけられているとは思わなかったのか僕がもう一度同じように話しかけやっと顔を上げた。


 彼女の顔を見て僕は驚いた。泣いているのだ。なんて言葉を掛ければいいのか分からなかった。


「君こそなんで入らないの?」涙を拭きながら彼女は答えた。


「いや、君のことが気になって」と下を見て言った。


「チケットが見つからなくて探してたんだけど、班の人たち先行っちゃって」彼女の目からは今にも涙がこぼれそうだ。


「じゃあ僕のチケットで入ればいいさ」


「え、いいの?-でも君が入れなくなっちゃう」と彼女が言ったと同時に僕は興味がないからいいんだと答えた。


 僕はバックからチケットを取り出し彼女に「はい」と言って渡したが彼女は受け取らなかった。彼女の顔を見て一驚した。僕を睨みつけていたのだ。


「興味ないなんて言わないで」語気を強めて彼女は言った。


「だってつまんないじゃないか、ただ見るだけだろう?なら他の事をやってたほうが時間の無駄にならないさ」圭は強い口調で言い返した。


「じゃあ一度見た方がいいよ」彼女はまた言い返した。


僕がまた言い返そうとした時に「なに喧嘩してるんだい」と優しい声が横から掛けられた。


「喧嘩なんかしてません」圭と彼女は揃って言った。


「あらあら、仲が良いわね」微笑ましそうに二人を見た。


「おばあちゃんは建物に入らないの?」僕は聞いた。


「入る前に建物を眺めてから入るわよ」


「建物見たってつまんないじゃないか」僕は彼女に言った事と同じように言った。無論、彼女は僕を睨みつけている。


「いつかこの素晴らしさが分かるわよ」あばあちゃんは笑って言った。


「つまり君はまだ幼稚ってことだね」彼女は馬鹿にした顔で言い笑っていた。


 僕は彼女の言葉を無視しおばあちゃんに素晴らしさってどういう事なの、と質問した。


「この建物は生きてるの」と答えた。


僕の頭の周りには、はてなマークで溢れていた。


「ここはね人間と自然が共存してきた場所なんだよ。今は建物が多くなっちゃっているけどね。でも昔は今よりも沢山の自然があったの。子供の頃なんかは木に登ったり秘密基地作ったりなんかしてたのよ。男女関係なく皆で外を駆け回ってたわ。だけど歳を重ねるごとにどんどん自然が減ってしまってね。武蔵野だけじゃなくて全国でもそうなってきてるんだと思うの。子供の頃から自然と触れ合ってきた私にとってはショックだったわ。ほら、トトロ見たことあるでしょう?」圭と彼女に聞いてきた。


 二人は首を捻った。


「あれはここがモチーフになっているのよ」


 おばあちゃんは続けて言った。「自然をありのまま姿で残したいっていう宮崎駿監督の思いでモデルになったのよ。」


 圭と彼女はまたしても頷いた。


「だからここは自然が本当に素晴らしいの。沢山の人に愛されているから今もこうやって残されてきてるんだと思うわ。私はね、角川武蔵野ミュージアムができてとても嬉しかった。人間も動物もいつかは死んでしまう。でも自然はなくならないの。人間が壊さなければね。時には自然が人間を襲うこともあるわ。だけど私たちは自然を残していかなければならないと思う。だって自然が無ければ人間も動物も生きていけないわ。何より自然は私たちを感動させ涙を流したわーーそれを作ったのも自然なのよ。この建物はね自然を最大限に生かして作られたのよ。作った人は本当に素晴らしいわ。作った人も私と同じような事を思っているわーーこのような建物が作れたのも自然があるから、自然がこれを作ったのだーーとね。私は初めて見た時に感動のあまり涙が止まらなかったわ。この建物は生きてるってね。あなた達もいつかこの素晴らしさが分かるわよ」そう言っておばちゃんは涙を流していた。


「長々とごめんなさいね。今を生きるあなた達に知ってもらいたかったの。」


「いえ、おばちゃんの思いが伝わりました」彼女は答えた。僕もそれに合わせ頷いた。


「それじゃあ、私は行くわね」そういっておばあちゃんは建物の方へ向かった。


 僕はおばあちゃんが「この建物は生きてる」と言った建物を見た。建物は生きてるようには見えなかった。だが僕の目から涙が流れていた。どんな時代でも人は感動し涙を流しているのだろうーー今まさにそうなっているのだと圭は感じた。おばあちゃん「ありがとう」と建物を見ながら呟いた。


 横から「あったー」という声が聞こえた。「ねえ、あったよチケット!」僕に向けて声を掛けられた。


 僕は先ほど流した涙を拭き良かったなと答えた。


 彼女は満面の笑みで「じゃあ一緒に行こう」と言った。


 僕は頷き「行こう」と言い彼女と建物に向かった。






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時涙 沖島刹那 @setunaokishima

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