第10話(改)

 七月末日。明日から八月だ。だから何だと言われたら、特になにもないので答えようがない。


 学生さんたちは夏休みに入り、非常に楽しんでいるようだ。大翔たちは事務所で宿題をやったりいちゃついたり、優駿と凛ちゃんはなんだかすごく仲良くなっていい雰囲気醸し出している。


 俺?ばーさんたちの相手ばかりで、偶に来る胡桃さんが癒しになっている。胡桃さんもだいぶ俺に対し気易くなってきたので気が置けなくてとてもいい。SNSでも連絡とっているんだぜ。ブロックされなくてホッとしていたのは内緒だ。



「ああ〜、暇だ」


 俺が無茶苦茶暇だった。なんでだって?


 小道具屋ブロカントに続いてカフェの方もばーさん共に占拠されちまって、厨房を追い出されたんだ。


 竹島結子たけしまゆうこさんは六五歳。長年給食のおばさんを務めてきた。旦那さんは既に他界しており、息子夫婦と同居している。嫁姑仲は良好。孫が一人。

 もうひとりが、阿東あとうサチさん、七二歳。とても七二歳には見えない若々しいばーさんだ。昔小料理屋の女将だったのでこちらもまた料理のエキスパートだ。


 どう抗っても、趣味に毛が生えた程度の俺では太刀打ちができず、包丁とまな板を譲った。というか厨房の殆どを譲ってしまっている。残りも優駿まさとしがパン作りに使っているし。

 俺がやることは、開店前にチーズケーキ数種とプリンとコーヒー紅茶に付くビスケットを焼くぐらい。菓子は彼、彼女らの守備範囲外だったので死守できた。ホールも凛ちゃんが居るので必要ないし、俺ほんと何すればいいのよ?




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「店長は明後日の花火大会行くんですか?」


 大翔がオークションサイトの自ページを弄くりながら聞いてきた。


「花火って今週末?」


「そうですよ。俺は今年澪と行くんですけど、店長は行かないんですか?」


今年もって言ったよね。へ~ そうですかそうですか。羨ましいですね。


「行かないよ。独りでいってもつまんないでしょ」


 オークション落札品出荷用の段ボール箱を組み立てながら答える。


胡桃くるみさん誘ったらどうですか?」


「ん、胡桃さん? なんで?」


「え~、最近良く来ているみたいだし店長と仲良さそうじゃないですか?」


「確かに彼女は気の置けない女性だけど、俺なんかに誘われても困るだろ? それに彼女来るのは平日で土日とか仕事なんじゃないかな?」


 大翔は『俺も澪にそんな時期ありましたよ』とつぶやいた後、


「聞いたんですか? 聞いてないなら聞くだけでもいいじゃないですか? 店長は胡桃さんが来るの嫌なんですか? 嫌じゃないですよね? だったら聞いてみてもいいじゃないですか?」

 と、やたらと畳み掛けて連絡するように促してきた。




「わ、分かったよ。連絡してみる」


 ポチポチと人差し指でスマホの入力画面をつつく。俺の入力方法はずっとこれだ。フリック入力とか何アレ? 俺はアレ全くできないんですけど?


「そ、送信っと」


 即時既読がついて、数秒後メッセージありのピコンという音。


『まことさんこんにたは。ゆうがたろくじまえくらいになりますご、かならすいきます』

 ? 全部ひらがなで多分誤入力もしている。まあ、分かるけど。忙しいところだったかな。


「どうでした? 胡桃さんでしょ、今のメッセージは?」


「ああ、夕方の6時頃来るって。ありがとな、大翔。誘ってみるもんだな」


『OKよろしく。待ってます』とだけ胡桃さんには返しておいた




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「お姉ちゃんも来るんですか? そんなこと全然聞いてないんですけど」


 凛ちゃんが聞いてきた。今日は金曜日で優駿も出勤してきている。とはいえ、今日のカフェの営業は既に終わっていて、二人はいつものパンの研究で、俺は明日の花火鑑賞の用意をしている。

 夕方に胡桃さんが来るから、大会会場から少し離れたところにいい観覧場所があるんで、そこでベンチとテーブル出してのんびり夕飯でも食べながら花火鑑賞しようかと思っている。どうせ作るならカフェの厨房こっちの方でと思い、前夜から用意を始めた次第。


「ずるいです、お姉ちゃんだけ」


「ずるいっていわれてもなぁ。一緒に行くか? 大翔と澪ちゃんも居るから車出してもらうことになるけど」


 俺のバンは軽自動車なので四人しか乗れないのだ。


『まさくん、いい? 大丈夫? うん、ありがと』なんて小声で優駿に話しかけていたけど、小声でも聞こえているからね? 仲がよろしいことで。


「大丈夫です、私達も混ぜてください」


「あ、店長。オレ、アウトドチェアとテーブル持っているんで持ってきましょうか?」


「おう、頼む。四脚しかなくてどうしようかと思ったところだ。優駿が持っているならそれでいいや」



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 ピコン


『あと三〇分ぐらいで駅につくのですが、迎えをお願いできますか?』

 胡桃さんからメッセージ。


『大丈夫。東口の銀行前に行くので、そこで待ち合わせよろしく』


【ありがとう】のスタンプ。にやけてしまった。

 さて、お迎えに参じよう。




 駅正面にある銀行の前で待っていると、でかいキャリーケースを転がして胡桃さんが現れた。


「どうしたの、このでかいキャリーケースは?」

 さすがに花火見に来るぐらいでこの荷物はないんで思わず聞いてしまった。


「あ、これですか? 出先から直接来たので大荷物になってしまいました」


 てへ、っと首を傾げる胡桃さんが可愛くって顔が熱くなる。


「あ、あっそうなんだ。おつかれ、じゃ、預かるね。先に乗ってて」


 いい歳して恥ずかしがるなんて、と俺は顔を背けて誤魔化す。バレてないよね? なんか胡桃さんニヤついていたような気がするけど、態となのか? あれ? からかわれた?


「じゃ、行きますよ」


「はーい。お願いします。このままどちらまで行くのですか」


「これから向かうところは、うちをリフォームしてくれた工務店の資材置き場なんだよ。もう日中にBBQとかの用意してあるからそのまま行っちゃうな。そこプレハブ小屋があって電気も水もトイレも完備だから快適だよ」


「その工務店さんに申し訳ないですね。そこって花火見るのにいい場所なんですよね?」


「そいつ、あ、幼馴染で慎司っていうんだけど、そいつ今年町内会の役員で花火大会に駆り出されているから使わないって。役員の家族はいい場所で鑑賞できる配慮があるみたい。だから胡桃さんも気にしなくてもいいよ」


 胡桃さんは特に何も言わなくてもそういうところに気付くし、配慮できるところは尊敬できるな。ホントこの娘、好き。



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