下着泥棒に間違われた俺が、なぜか学校中の女子の衣服を回収することになった

瀬良雪市

直訴状

 はじめに、俺は自分が『バカ』であることを自覚している、という旨を明記しておかなければならない。


 クラス平均が七十点を超えている数学のテストで堂々と一桁台の点数を取ってくるような人間は甘んじてその呼称を受け入れる必要があることを俺は知っている。

 間抜けなやつは自分が『バカ』であるということに気付くことすらしないが、自覚がある分、俺がそこらの間抜けとは一味違うということは分かってもらえたはずだ。

 そして、この『バカ』なる言葉、及びそれに該当する人物について、あまりにもその扱いが雑であるという点が、他でもない、今回俺が筆を執った理由であるということを留意してもらいたいと思う。


『バカ』と言われて、普通の人間であればおそらく喜ぶことはないだろう。

 そりゃあちょっとえっちなドレスを着た美人なお姉さんに「バカな人……」とか物憂げな目でつぶやかれたら、男であればちょっとは嬉しいかもしれないが、それは例外ということで。

 おおよその場合、『バカ』という言葉は人が相手を見下し、けなすために使う言葉だ。

 パチスロに何十万と摩って盛大に負ける大人をバカとけなし、テスト前日に謎の自信に支配され全く勉強せずに当日を迎えるも結局爆死する友人をバカとけなし、雪の降った日に大はしゃぎして上裸で転がりまわり、結果風邪をひいて翌日の模試を欠席する人間をバカとけなす。


 しかし、一重に『バカ』とは言っても、それが一元的に『他人を侮蔑すること』を意味するとは限らない。


 日本語というのは大層相手を罵る表現が豊富で、『ゴミ』、『クズ』、『カス』、『ブタ』、『キモオタ』、その他ここでは表記できないような多くの罵詈雑言が存在するが、『バカ』というワードは、それら相手の尊厳を地の底にまで叩き落して卑下するような言葉とは一線を画しているように思えるのだ。

 先にあげた例をもってしても、そのどれもが『侮蔑』というよりかは『嘲笑』を伴ったものになっているのが分かる。

 ――まあわざとそういうものを持ってきた、というのもあるけれど。


 だが、日常的に『バカ』という言葉を使っていて、おそらく相手を親の仇のように思うようなことはないと思うのだ。『バカ』という言葉の裏には、いつでも『笑い』と『呆れ』がある。

 また、『愛すべきバカ』なんて言葉が存在するように、人々はときに『バカ』に親近感や愛情、また憧れを抱いたりすることもある。『バカ』という人種が他の侮蔑された人種と決定的に異なるのは、この『貶されながらにして認められている』というような表裏一体の在り方だろう。『バカ正直』『体力バカ』『バカは風邪をひかない』等々、その意味合いに重なる用法は多々見られる。


 このような『バカ』の実態について、最も顕著に表れた例がある。


 バカと天才は紙一重。


 これほど『バカ』の様相を顕著に表した言葉もないように思える。

 人間として低位のレッテルである『バカ』と、最高のレッテルである「天才」。

 正反対のように思えるその二つの言葉は、実は壁を介しているだけで、同じ次元にあると言うのだ。


 つまり、『バカ』とは可能性を秘めたる存在――いや、可能性そのものなのである。

 ジョーカー。ダークホース。伏兵。大物喰らい。

 そういった世の男の子たちの胸をやたらとざわつかせるような言葉は、すべてこの『バカ』に集約されている。


 バカは常識が分からない。しかし、だからこそ普通では考えないようなことを平然としてのける。

 バカは節度が分からない。しかし、だからこそ襲い掛かる衝動に身を任せ、常人が至ることのできない域へと突き抜けていってしまう。

 バカは身の振り方が分からない。しかし、だからこそ彼らが取る奇抜な行動は、固い思考に縛られた人間の心を揺さぶる。

 人類の文明を前に進めてきた科学や文化は、全てその先駆者が見出した可能性が花開いた結果に過ぎない。

 ニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て重力の可能性を見出したように。

 ピカソがさまざまな角度から見た物体を一枚の絵に落とし込む可能性を見出したように。

 そして『バカ』とは、そのような天才たちのように可能性を見出し、また見出させる偉大な存在なのである。

 人が、人類が、その人生や文明を前に進めるためには『バカ』が必要なのである。


 よって。


 そんな『バカ』をあぶりだし、あろうことか補習などという罰を与える定期テストなる愚かで傲慢な慣習は即刻取りやめ、赤点取得者には単位を贈呈し、ついでに午前十一時登校が許される権利と、各休み時間の三十分の延長を要求して、筆を置かせていただくことにする。


 うちほたる

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