第3話 後日談 寄生系女子

それから2年経った頃、佑一さんは一人でやってきた。若々しく瑞々しかった彼の美しい横顔は、痩せ細りすっかり老けてしまっていた。


「鯉子。会いたかったよ、久しぶり。今日はご飯持ってこられなかった、ごめんね。俺のこと覚えててくれた?」


「忘れるわけないでしょ。ずっと心配してたのよ。」と言いたくて私はくるくる回ってみせた。佑一さんは少し笑って私を見て、語り始めた。


あの後、そのままA子が家に転がり込んできたこと。あの最初の夜からずっと居座って、気がついたら同棲していたこと。結婚するまで一緒に住むのは避けたいんだと何度も話し合い、ついに敷金礼金を半分出してあげるからと言ったら納得したので、近くに別の部屋を借りてそこに住まわせた。しかしA子は毎日、佑一さんの部屋に勝手に入っては、掃除洗濯料理をする。それは甲斐甲斐しくていい女じゃないかと一見思えたが、今思えば、洗濯は自分のものを持ってきて一緒に済ませ、料理する材料は全てもともと買っておいたもので、A子が買い物をしてくることはなかった。気がつけば食費はいつもの倍になっていた。その事をA子に問いただすと、だって私は貴方がいないと生きていけないのよと言い、綺麗な瞳から涙を流す。いつしかそれが可愛くてたまらなくなり、結婚することにしたんだ、と。


「そこまで好きになったなら、それもありよね。」と言いかけると佑一さんは語気を荒げてこう続けた。


それで、俺の両親が企画してくれた香港家族旅行に彼女も連れていった。家族みんな喜んでくれた。仕事でお世話になっているお客様主催のグァム旅行にも同行させて紹介した。みんなが祝福してくれた。ところが、彼女の両親に合う話が一向に進まない。夜の店で働くことを反対されて以来、疎遠になっているから、とA子は言う。合わなきゃ結婚の準備も進められない、と言っても、少し待ってて。もう少し。という。


そんな状態が半年も続いた。気がつけば最近A子は部屋に来ていない。掃除も洗濯も料理も、自分でやることに苦はないので不審に思わなかったが、そろそろもう一ヶ月近く、A子は部屋に来ていなかった。なんとなく胸騒ぎがして、A子の部屋へ向かった。窓を見ると電気が付いていて、人の気配がしている。なんだ家にいたのか。合鍵を使って中に入った。


よく知った男が、気まずそうな顔をして俺を見ていた。俺より15以上も歳下の、店の後輩、A男だった。

「何してるの?勝手に入ってこないで!」

と、A子は俺を外に出し、自分も靴を履いて外に出た。


しばらく無言で2人で歩き、口火を切ったのはA子だった。

「私もう、A男がいないと生きていけないの。貴方とは結婚できない。料理も洗濯もしてやってんのにお金のことばっかり言って、そういう所がどうしてもダメだった。それに私は最初から一緒に住んであげるって言ったのに嫌がってあんな部屋に住ませたでしょう?貴方の愛情はそんなもんなんだって、すごく悲しかったのよ。だから私、A男と、結婚することにしたから。合鍵を返して」


「もし、もし今日俺がここへこなかったらずっと二股かけてるつもりだったのか?」

「A男が、結婚してくれるって言ったら、あんたとは別れるつもりだったよ、ちゃんと。」


A男は、佑一さんの店のオーナーの息子でおそらくあの店を継ぐ。あいつはA子が俺の彼女だと知っている。なのに影でコソコソ付き合ってたのか?結婚すると言って舞い上がってた俺を影で笑ってたのか?佑一さんは2人の信頼していた人間の裏切りを知って、腹が立つどころか呆れてしまったという。


「でも考えてみたらさ」

と佑一さんは私を見つめながら言った。

「あの女、俺と付き合い出した時もそうだったよな。鯉子、覚えてる?初めてA子とデートした日、ここへ連れてきたこと。鯉子があんなにダメよサインを出してくれてたのに、俺はあいつのオシに負けて付き合い始めた。その時あいつにはまだ前の男がいた。結局さ、こーゆーことなんだよな。少しでも条件のいい男を見つけたら、そっちに乗り換え。

「貴方がいないと生きていけない」があいつの口癖だったけどほんとは「誰でもいいから男が経済的に面倒見てくれなきゃいきていけない」って意味だったんだな。バカだったよ、俺は。結婚するって家族にも仕事関係にも言ってしまったから、これから色々、やりづらいなあ。」


しばらくして、佑一さんは働いていた店を辞めた。


でも今、すごく素敵な恋人がいる。毎日2人でお散歩に来て、私達にご飯をくれる。仕事もすこぶる順調だそうだ。私は、聞くことしかできなかったけれど、心から佑一さんを応援している。これからもずっと、ここで、井の頭公園の池の中で、私は彼を見守っている。



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