孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる

亜逸

死神との出会い

 お父様とお母様とお兄様が殺され、お姉様たちをこの手で殺した〝あの時〟を境に、わたしの心はおかしくなってしまった。


 嬉しくなるようなことがあっても、怒りたくなるようなことがあっても、泣いちゃうようなことがあっても、笑っちゃうようなことがあっても、心が全然動いてくれなくなっていた。

 目に見えない鎖が、わたしの心を雁字搦めに縛り上げているような、そんな感覚だった。

 縛り上げる力が少しずつ少しずつ強くなり、わたしの心を少しずつ少しずつ壊していっているような、そんな感覚だった。


 だからだろうか。


 今わたしの目の前で、わたしのこれからを左右する話をされているのに、全く、これっぽっちも、感心を持つことができなかった。


「国王様。このゾラめに、トルテに愛玩奴隷としての〝作法〟を教える栄誉をくださり、誠にありがとうございます」


 前もって着させられた可愛らしいドレスを身に纏い、床にへたり込むようにして座るわたしの隣で、ゾラと名乗った恰幅の良い奴隷商のおじさんが、跪きながらこうべを垂れる。

 頭の先にいるのは、わたしの国――ラストロンツ王国を滅ぼした、エウガイン王国の国王オーラン・ルマ・エウガイン。

 そして、わたしが今いる場所は、エウガインのお城にある謁見の間だった。


「取引相手はいずれも公族。ゆえに、誰が買い手になろうが、トルテが粗相を起こすことはそのまま儂の恥に繋がる。くれぐれも手抜かりのないようにな。なにぶん……」


 豪奢な王衣に身を包んだ金髪の国王が、ゾラに向けていた金色の視線をわたしに移す。


「この小娘の心は壊れてしまっているのでな。まあ、そのせいか、人形のようにこちらの言われるがまま為されるがままだから、扱いそのものは楽ではあるがな」


 ゾラは垂れていた頭を少しだけ上げ、オーランに訊ねる。


「しかし、いったいどうしてトルテの心は壊れてしまったのですか?」

「貴様がそれを知って何になる?」


 どこか不愉快そうに訊ね返すオーランに、ゾラは再び頭を垂れながら謝った。


「も、申し訳ございません! 出過ぎた真似をしてしまいました!」


 オーランは偉そうに「ふん」と鼻を鳴らし、床に擦りつけんばかりに頭を垂れるゾラを見下ろす。

 自国の民に向かってゴミでも見るような眼を向けているオーランは、とてもじゃないけどお父様と同じ国王には見えなかった。


 …………よくよく考えたら、今わたしの目の前にオーランが……わたしの国を滅ぼすよう指示した人がいる。お父様とお母様とお兄様の、ラストロンツのみんなの仇が、わたしの目の前にいる。

 なのに、心も体も動いてくれない。

 怒りたいのに、怒らなきゃいけないのに、そうしようという気すら起きない。

 そんな自分のことを何とも思わない。何とも思えない。


 この人たちの言うとおり、わたしの心は壊れている――そう痛感することすらも、今のわたしにはできないことだった。



 ◇ ◇ ◇



 オーランとの謁見が終わった後、わたしはゾラに連れられて箱馬車に乗り、お城を後にする。

 わたしに外を見せないためか、それとも外からわたしを見えないようにするためか、箱馬車の窓はカーテンで閉ざされていた。

 箱馬車の内部には二人がけの座席が向かい合う形で設けられており、前部座席にゾラ一人が、後部座席にわたしと、安そうな革鎧に身を包んだ護衛の男の人が座っていた。


「ふぅ……相変わらず、国王様との謁見はいちいち肝が冷えるわい」


 ゾラは一つ息をつくと、オーランの前では決して見せなかったすごく偉そうな態度と声音で、わたしに言う。


「いいか。これだけは言っておく。今のお前は王女ではなく奴隷。このルストアウリ大陸においては溢れるほど出回っている〝商品〟の一つにすぎん。お国からの預かりものだろうが、〝商品〟としての〝作法〟を叩き込む以上は相応の扱いをさせてもらう。元王女だからと、心が壊れているからと、優しくしてもらえるとは思わんことだな」


 露骨に脅してくるゾラに、わたしはコクリと首肯を返す。

 わたしの反応が期待していたものとは違っていたのか、ゾラは謁見していた時のオーランのように、偉そうに「ふん」と鼻を鳴らした。


 正直わたしは、優しくてもらおうだなんてこれっぽっちも思っていない。

 だってわたしは、悪い子だから。

 お姉様をこの手で殺した、悪い子だから。

 罰を受けなきゃいけないくらい、悪い子だから。


 だから、わたしは待っている。

 ろくに動かなくなった心の底から望んでいる。



 わたしを殺してくれる人が現れることを。



 心がおかしくなったわたしじゃ、わたしを殺すことはできそうにない。

 お姉様たちは殺せたくせに、わたし自身は殺せそうにない。

 ひどい子だと思う。

 ずるい子だと思う。

 けど、それでいいとも思う。


 なぜならわたしは、自分で死ぬなんて贅沢な死に方は許されないから。

 、苦しんで苦しんで苦しみ抜いた末に死ななくちゃ、お姉様たちに顔向けできないから。

 わたしのことを〝商品〟だなんて丁重な扱いをしてくるこの人たちじゃ、わたしを殺してくれないから。


 だから、わたしは待っている。

 わたしを殺してくれる人が現れるのを。


「しっかし、こんなガキんちょの愛玩奴隷を欲しがるなんて、他国のお偉いさん方も随分いい趣味してるっすね」


 沈黙に耐えられなかったのか、それとも退屈に耐えられなかったのか、護衛の男の人がゾラに話しかける。


「性癖がどうこうよりも、元王女という肩書きを踏みにじり、穢すことに快感を覚える人間は少なくないからな。貴賤上下関係なくそういう人種がいてくれるから、奴隷商ワシらはこうして儲けていられる」

「はえ~……なるほどね~……」


 護衛は感心の吐息をつくと、やけに真面目な顔で考え込んでからゾラに言う。


「旦那。王女様に〝作法〟を教える際、人手が足りないようなら是非俺も呼んではくれませんかね」

「どうしたガドム? ガキんちょに宗旨替えでもするつもりか?」

「いやいや。さすがにそれはねえっすよ。けど、ちょ~っと元王女という肩書きを穢す快感ってのに興味が湧いてきましてね」

「手伝いくらいなら構わんが、そこに興味を湧かすなドアホウ。トルテを穢すような真似をすれば〝商品〟としての価値が格段に下がる。そんなことになったら、お前だけではなくワシの首まで飛ぶことになるわ。言葉どおりの意味でな」

「く、首……。い、いや~……冗談っすよ冗談」


 と言うガドムの顔は、物凄く引きつっていた。


 それからしばらくして、箱馬車が停まる。

 ゾラはわたしに鎖付きの首輪を嵌めると、


「ボサッとするな。ついてこい」


 家畜のように鎖でわたしを引っ張って、箱馬車の外に出た。

 どうやら箱馬車はわたしたちが乗っていたものだけではないようで、わたしたちを囲うようにして停まっていた十数台もの箱馬車から、護衛と思しき男の人たちがぞろぞろと降りてくる。


「だからボサッとするなと言ってるだろうが、このマヌケ。いくら勝手知ったる森とはいっても、日が暮れる前には館に着いておきたいからな」


 そう言って、ゾラは鎖を引っ張りながら歩き出した。

 今ゾラの口からも出てきた、行く先に拡がる鬱蒼とした森に向かって。


 わたしは箱馬車の群れが引き返していく音を背に、ゾラに引かれるがままに森の中を歩いて行く。

 やがて西の空が赤くなり始めた頃に、目的地――小さなお城を思わせるほどに大きいゾラの館にたどり着いた。


「今日からここがお前の家になる。愛玩奴隷としての〝作法〟を身につける間のな」


 言いながらゾラは鎖を引き、玄関扉から出てきた使用人たちに出迎えられながら館に足を踏み入れる。


「〝作法〟を教えるのは明日からだが、その前にもう一度だけ言っておく。今のお前は王女ではなく奴隷。ワシら奴隷商にとっては人間ではなく、金で売り買いできる〝商品〟にすぎん。そのことを肝に銘じ、今夜の内に自分が人間であるという認識を捨てておくことだな。だがまあ……」


 ゾラは物凄く下品に口元を歪め、言葉をつぐ。


「心が壊れて人形みたいになっているお前には、無用の忠告かもしれんがな」



 ◇ ◇ ◇



 その後、食べろと言われたので夕食を食べ、入れと言われたのでお風呂に入り、着替えろと言われたので新しく用意された可愛らしいドレスに着替えて……。

 心がおかしくなってしまったせいか、誰かに何かをやれと言われたら何も考えずに従うようになった自分のことが、やれと言われるまで何もやろうとしない自分のことが、おかしくも何とも思わないようになっていた。


 けれど――


「ここがお前の部屋だ。ベッドの上にネグリジェを用意してあるから、さっさとそれに着替えてさっさと寝ろ」


 ゾラは言いつけながらも押し込めるようにわたしを部屋に入れ、扉を閉めて鍵をかける。

 歩き去っていく足音とともに「ったく、楽なのか面倒なのかよくわからん奴だ」とぼやく声が聞こえた。


 ……そう。後は言われたとおりに寝るだけでいい。

 そうするだけで今日が終わり、明日が始まる。


 けれど、はっきりと「寝ろ」と言いつけられても、わたしは寝たくなかった。

 いつもはろくに動かない心も、この時ばかりははっきりと動き、こう訴えていた。


 寝るのが恐い。だから寝たくない――と。


 だって、寝てしまうと、絶対に〝あの時〟の夢を見てしまうから。

 お父様が殺された夢を。

 お母様が殺された夢を。

 お兄様が殺された夢を。


 そして、


 オセリアお姉様を殺した夢を。

 ユルハお姉様を殺した夢を。

 見てしまう。

 それが、恐くて、怖くて、たまらなくて……寝たくなかった。


 嬉しくても怒りたくても泣きたくても笑いたくても全然動いてくれない心も、この時ばかりははっきりと動いた。

 動いたから、「寝ろ」と言われても言うことを聞く気にはなれなかった。

 ネグリジェに着替える気すらなれなかった。


 けれど、どれだけがんばっても眠気に勝つのは難しくて。

 その日は勝てても、次の日にはあっさりと負けて。

〝あの時〟の夢を見てしまう。

 そんなことを繰り返しているからいつも眠たくて、今も眠たくて、今も……こわい。


 立っていれば持ち堪えられると思ったけど、やっぱり眠気には勝てなくて、吸い寄せられるようにベッドに近づいて、倒れるように身をうずめてしまう。


 寝たくない……けど……眠い……けど……寝たくない……。

 そんな勝ち目の薄い攻防をどれくらい繰り返した頃だろうか。

 突然、何かが爆発する物凄い音が聞こえ、眠気がどこかへ吹き飛んでいく。

 心がおかしくなっていなければ、いったい何が起きたのかと気にするところなのかもしれないけど、今のわたしは眠気との戦いに勝てた安堵感しかなかった。


 少しして、ゾラが、ガドムを含めた四人の護衛を連れてこの部屋にやってくる。


「トルテ! さっさと着替え――って、その格好のままでいたのか!?」


 部屋の鍵を開けて入るなり、ゾラは驚いたような声を上げるも、


「まあいい! むしろ好都合だ! 狙いはワシなのかお前なのかは知らんが、どこぞのアホウが館を襲いに来おった! 避難するからついてこい!」


 そうわたしに言いつけながらわたしに首輪を嵌め、そこから伸びる鎖を引っ張りながら部屋を出ようとする。

 焦っているせいか引っ張る力が昼間の時よりも強く、わたしは足がもつれて躓いてしまう。


「ちっ! このマヌケが! さっさと立て!」


 後ろ襟を掴まれて無理矢理起こされると、わたしはゾラに引っ張られながら、四人の護衛に護られながら、別の部屋へ移動する。

 その部屋は、わたしがあてがわれた部屋よりもずっと広くて、王城のそれと比べても見劣りしないくらいに高価な調度品がたくさん飾られていた。


 ゾラが真っ赤な絨毯を顎で示すと、四人の護衛が絨毯の上にあったテーブルと椅子を部屋の隅にけていく。

 それら全てを除けたところで、ゾラは絨毯をめくり、その下に隠されていた扉を開けると、地下へ下りる階段が姿を現した。

 わたしが住んでいたお城――ラストロンツ城にもあった、いわゆる隠し通路というものだった。


「ガドムとデルンはワシについてこい。残った二人はワシらが下におりたら、扉を閉めてその上に絨毯をかぶせろ。但し、ワシらが戻ってきた時に備えて絨毯の上に物は置くなよ。出られなくなってしまうからな」


 ゾラは護衛たちに言いつけると、デルンと呼んだ護衛にランタンを持たせ、鎖でわたしを引っ張りながら階段を下りていく。


「もういいぞ!」


 と、ゾラが言うと、隠し通路の扉が閉められ、ランタンの灯りだけがわたしたちを照らした。


 わたしとゾラを中心に、ランタンを持ったデルンが前を、ガドムが後ろを警戒しながら隠し通路を進んでいく。

 いったいどれだけのお金と手間をかけたのか、隠し通路は床も壁も天井も石造りになっており、崩落の心配はなさそうだった。と思っていたら、


「なんだとぉおぉおおッ!?」


 何十分と歩いてたどり着いた出口が、天井が崩れて塞がっているのを見て、ゾラは悲鳴のような怒号のような声を上げる。


「ガドム! デルン! さっさと土砂をどかせて道をあけろ!」

「あ~……旦那。さすがに、それは無理っすよ。下手にいじると、余計に崩れて生き埋めになっちまうかもしれないっすから」


 ガドムの指摘に、ゾラは「ぐぬぬ……」と口ごもる。


「だったら館に戻るぞ! こんな暗くてジメジメしたところなどに、いつまでもいてられんからな!」

「いや~……旦那。館を襲ってきた奴がまだいたらどうするんすか?」

「館には五〇を超える護衛がいるのだ! やられているわけがないだろうが! むしろ、もうとっくに襲撃してきたアホウを仕留めてワシらが戻ってくるのを待っているかもしれんぞ!」


 ガドムはデルンと顔を見合わせ、肩をすくめた。


「わかりましたよ。戻るとしましょう」


 そうしてわたしは、ゾラに引っ張られながら来た道を戻っていく。

 少しずつ蘇り始めた眠気で頭がぼんやりとしてきたせいか、ろくに動かなくなった心がこんなことを考え始める。


 もし館を襲った人が、いっぱいいる護衛の人たちをみんな殺してしまうような人なら、わたしのことも殺してくれるかもしれない――と。

 そんな人なら、わたしがオセリアお姉様とユルハお姉様を殺した時と同じように、うんと苦しめてからわたしを殺してくれるかもしれない――と。


 そんなことを考えている内に、いつの間にかわたしたちは隠し通路の入口まで戻っていて。

 ガドムとデルンが絨毯をどかして開けた隠し通路の扉から顔を出し、周囲の安全を確かめる様子を、ゾラがイライラとしながら見守っていた。

 やがて、ガドムがこちらに顔を向け、


「大丈夫っすよ」


 と、一声かけてからデルンと一緒に隠し通路から出ていく。


「クソ! こんな時に限って出口が崩落しているとは……」


 まさしくそのことが原因でイライラしていたゾラが階段を上がろうとするも、何も言われないと心も体も動いてくれないわたしが棒立ちしていることに気づき、イライラをぶつけるように声を張り上げた。


「おい! 何をボサッとしている! さっさと来い!」


 イライラは声だけじゃなく行動にも表われていて、言うことを聞かない家畜にやるように鎖を無理矢理引っ張られたわたしは、蹴躓きそうになりながらも階段を上がって隠し通路の外に出る。

 その時、ふと、部屋の出入り口の陰に誰かがいるような気がして立ち止まってしまう。

 それがさらにゾラをイライラさせたらしく、再びわたしに怒声を浴びせかけた。


「グズグズするな! 元王女だろうが、お国からの預かりものだろうが、今のお前はただの奴隷。黙っていれば丁重に扱われると思ったら大間違いだぞ、このマヌケ!」


 次の瞬間。

 首の後ろあたりがゾワっとして――気がついた時にはもう、部屋の出入り口から飛び込んできた、真っ黒な外套に身を包んだ〝誰か〟がガドムとデルンの目の前まで迫っていた。

〝誰か〟はすれ違い様に両手に持ったダガーを振るい、二人の首を斬り裂いていく。

 それを見たゾラが悲鳴を上げようとしたけど、それよりも早くに〝誰か〟は再びダガーを振るい、わたしの首輪の鎖を握っていたゾラの手首を刎ね飛ばした。


「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!」


 ゾラの口から物凄い悲鳴が上がり、ゾラの手首から噴水のように噴き上がった血がわたしの体を赤く濡らす。

 心がおかしくなる前のわたしだったら、もしかしたら悲鳴の一つも上げていたかもしれないけれど、今のわたしは全身が血の赤に染まったところで、特に何も思うところはなかった。


 けど、どうやら〝誰か〟は思うところがあったらしく、舌打ちを漏らしてからゾラの喉にダガーを突き立て、蹴り飛ばした。

 動かなくなったゾラが床に倒れたところで、〝誰か〟はゾラに突き刺したダガーを、触れもせずに魔法のように手元に引き戻す。

 ゾラの喉元からも噴水のように血が噴き上がったけれど、今度は一滴もわたしにかかることはなかった。


〝誰か〟が、こちらに顔を向けてくる。道化の仮面で隠れた顔を。

 正体を隠した出で立ち。

 言葉一つかわすことなくゾラたちを殺した手並み。

 もしかしたらこの〝誰か〟は殺し屋さんかもしれないと、わたしを殺してくれる人かもしれないと、亀のようにノロノロと動いてくれた心の中で思う。


 そうこうしている内に、〝誰か〟は、またしても仮面の下で舌打ちを漏らしてから、若い男の人の声でこう訊ねてくる。


「トルテ・リアム・ラストロンツ……で、合ってるよな?」


 言いつけられたわけじゃないからすぐに応じることはできなかったけど、わたしはコクリと頷いて返した。

〝誰か〟もとい〝彼〟は、どうやらわたしの心がおかしくなっていることに気づいていたらしく、わたしが頷き返したことに驚いているのが仮面越しからでも窺い知ることができた。


 もしかしたら殺してもらえるという期待が、ろくに動こうとしないわたしの心を動かしてくれたのか、わたしからも〝彼〟に訊ねる。


「あなたは……殺し屋さんなの……?」


〝彼〟は仮面の下でわたしが言葉を返したことにますます驚きながらも、心なしか先程よりも穏やかな声音でわたしの問いに応じてくれた。


「似たようなもんだ」


 似たようなもの。

 ということは、やっぱり、わたしを殺してくれる人のはず――〝彼〟がわたしを気遣う素振りを見せていることなどお構いなしに、そう思ったわたしは、


「そう……だったら……」


 自身の胸に手を添えて、お願いした。


「わたしを……殺して……」


 先程のゾラたちのように、容赦なく、無残に、殺してほしい。

 家族のみんなが死んだのに。

 わたしだけが生き残ってもしょうがないから。

 わたしなんかが生き残ってもしょうがないから。

 死んだみんなに顔向けできないから。


 だから、


「お願いだから……わたしを……殺して……」


 わたしの心を縛っていた鎖がますますきつくなるを無視して、わたしの心をますます壊していくのを無視して、わたしは〝彼〟にお願いする。


「俺が殺すのは、人間を家畜や物のように売り払う奴隷商クズだけだ」


 と、絞り出すような声で〝彼〟が拒絶しても、


「それなら……大丈夫……わたしは……この手で……お姉様たちを……殺した……だから……立派なクズだから……わたしを……殺して……」


 その言葉さえも無視して〝彼〟にお願いする。

 だってもう、殺される以外に、わたしが生きている理由なんてな――


「トルテ……お前さんは一つ大きな履き違えをしている」


 突然〝彼〟がわけのわからないことを言い出し、「殺して」の一語で埋め尽くされていた思考がはたと止まる。


「そもそも、お前さんが姉たちを殺す羽目になったのは、どこの国のせいだ?」


 それは考える心すらも必要としない問いだった。


「エウガイン……王国……」

「そうだ。エウガインだ。お前さんの父と母と兄を殺し、二人の姉を殺させた国だ。お前さんがこのまま死を選ぶことは、エウガインの所業を許すことと同義だぞ」


 ……許す?

 

 お父様とお母様とお兄様を殺し、わたしにお姉様たちを殺させたエウガインを?


 わたしは、お姉様たちを殺し、一人だけ生き残ったわたしのことが一番許せない。

 けれど、だからって、エウガインのことを許した覚えなんて……ない。


「エウガインの所業が許せないのなら、家族の仇を討ちたいのなら、俺と一緒に来い。全ての元凶であるエウガイン国王を殺すすべくらいなら、俺が教えてやるよ」


 そう言って〝彼〟は、わたしに向かって手を差し伸べてくる。

 この手を掴むか掴まないかで、答えを示せと言わんばかりに。


 その時、確かに、少しだけだけど、わたしの心を縛り、わたしの心を壊していた鎖が緩んだ。


 生き残ったわたしに出来ることなんて、わたしがお姉様たちにしたように、うんと苦しめられてから死ぬことだけだと思っていたから。

 わたしなんかの力じゃ、みんなの仇なんて絶対に討てないと思っていたから。

 目の前にエウガインの国王オーランがいても、わたしなんかの力じゃ兵士に止められるまでもなく返り討ちになるって思っていたから。


 仇を討つすべを教えてやるという〝彼〟の言葉は、どんな言葉よりもわたしの心に響いた。

 それこそ、心を縛る鎖が緩むほどに。


 わたしは差し伸ばされた〝彼〟の手を、じ~っと見つめる

 その手を見てると、わたしにもまだやれることがあるように思えてくる。

 わたしだけが生き残った理由を見つけたように思えてくる。


 だからわたしは、ゆっくりと、ゆっくりと手を上げて、〝彼〟の手を握り締めた。

〝彼〟は、優しく、とても優しく、わたしの手を握り返してくれた。


 その際、トクンと心が動いたような気がしたけれど。

 なんでそうなったのかは、今のわたしには全然わからないことだった。


=====================================================

 読了ありがとうございマース。

 フォロー、レビューをいただけると幸いデース。

 それから、あらすじにある本作の特設ページには130ページ超の試し読みがございマスので、そちらの方も覗いていただけると幸いデース。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤高の暗殺者は、王女を拾い育てる 亜逸 @assyukushoot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ