第19話 ミスディレクション
ヴェルフリーディの考えている事を理解したディズは、家に帰って部屋の窓を開けておく。どうやって家の場所を特定するのか彼には分からなかったが、ヴェルフリーディが出来るというなら、出来るだろうと判断した。
ディズは帰宅後、食事を終えて寝る支度をする。
その間、ヴェルフリーディは姿を現さなかった。
既に部屋の中に入っている可能性が高いが、部屋中を見渡しても姿は確認できない。
変身で身体の質量すらも変えられるのが妖霊。それこそノミのように小さくなれると考えるべきだ。
そうなれば見つけるのは困難だ。
ディズはベッドに寝転がり、目線を天井に走らせる。
彼は自分ならどうするかと考えていた。
もし、自分が忍び込んで傍にいるとするなら物陰だ。
机やベッドの下。だが、そんなところにはいないと断言できる。
ヴェルフリーディの印象は、そんな単純な場所に隠れる素直な性格には思えなかった。
肌で感じたのは胡散臭さだ。猜疑心を生み出すような気配を常に発している。
ヴェルフリーディを選んだ理由は、そこまで深いものがあった訳ではない。
中級であることと、話せば分かりそうな説明文だったからだ。
彼が参考にした『召喚妖霊図鑑』での説明文に「ずる賢い」と書いてあったのだ。
このずる賢いというのは頭が回るという事であり、知能が高くて思慮深いとなる。それなら話を聞いてくれると考えたのだ。
「ん?」
周囲を目線だけで見渡していたディズが何かに気が付く。
それは自分の殺風景な部屋で、数少ない彩りを添えるティーテーブルだ。
彼はベッドの端に座り、ティーテーブルを凝視する。
何かがおかしい。
「あれ? これ…………あ! こりゃ気付かんわ」
「へェ、思ったより早かったなァ」
ティーテーブルの脚が、ひとりでに1本外れた。
そして、その細い足がウネウネと動いてゆったりと膨らんでいくと東洋人の少年に変化した。
「いや、生物以外も変身できるんか」
「まぁ、複雑なもんは無理だがな。外見だけの中身スカスカだがよ。今日はこのまま気が付かないと思ったぜ」
「いや、あのティーテーブル、家にあった中で唯一の3本脚でさ、そこがオシャレで気に入ったんだよ」
「なるほどな。普通はそれでも気が付かないんだけどな。周囲を普段からよく見てる証拠だぜ?」
「そういうもんか?」
ヴェルフリーディのやったのはミスディレクションというものだ。
マジシャンなどが使っている『人の意識をそらす手法』である。
分かりやすく言うなら「そういうもん」「それが当然だ」だと思い込んだ場合、人間は違いや違和感を脳で処理することができなくなる。つまり、認識が突然できなくなったり、下手になったりするのだ。
テーブルの脚は4本。それはある意味で常識の範疇だ。3本の方が珍しい。
それこそがテーブルは4本脚であるそういう思い込みが発生する。
元が3本だったと知っていたとしても、違和感を脳が勝手に消してしまい頭から抜け落ちる。
なおかつ、ヴェルフリーディは先に生物へ変身したところをディズに見せていた。
部屋に入り込んでいるという情報と、他の生物へ変身できるというが、『大事な情報』として脳にインプットされていた。
その為、『無機物への変身できる可能性』から意識がそれてしまったのだ。
それを当然ヴェルフリーディは理解した上でやっていた。つまり、ヴェルフリーディは人の意識について熟知し、欺く方法を知っている。
「…………いつからいた?」
「お前が窓を開けて、部屋を出て行った後からだな」
「…………帰ってきてすぐじゃん」
「まぁな。見たぜェ? 随分とまァ、お前は妹可愛がってんじャねェか」
ニヤニヤしているヴェルフリーディ。
ヴェルフリーディを召喚後、ディズの日常はいつも通り過ぎていった。つまり、妹を膝の上にのせて本を読みながらのイチャイチャを見られていたのだ。
ヴェルフリーディはそれを見ていた為、からかうつもりでその光景を口に出す。
慌てふためく姿や恥に忍ぶ人間の顔を見るのが、召喚時の数少ない楽しみだ。
「ああ、俺の妹、かわいいだろ?」
「あ、そういう反応?」
ディズの反応は思っていたのと違った。
予想以上のシスコンだと理解したヴェルフリーディはつまらなそうにする。からかう材料が減ってしまった。むしろ、からかったら藪蛇になる事案だとすぐ理解する。
そんな聡さもヴェルフリーディは持っていた。
「そういや、どのくらいの期間いるつもりだ?」
「気が向いたら帰ってやんよ」
ヴェルフリーディの新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりの顔。
ディズは少し不安に思うが、別段ヴェルフリーディが彼に対して何かをやらかす事はない。いつでも帰還できるならば召喚主を害する必要は労力の無駄でしかない。
「それなら、魔法の事をこれから教えてくれよ。その為に呼んだんだからな」
「へいへい。分かったよ。普通妖霊に聞くか? 物好きな奴だな」
なんと言われようがディズの意志は変わらない。
この何も無い田舎町では、やれることは勉強と運動。絵とかの芸術。それを除けば魔法しかないのだ。
実はディズも色々と試したのだ。
絵は下手ではないが、特別上手くない。
彼は前世の大学で打ち込んだ勉強の関係から芸術には造詣が深い方だが、実際に自分で作ってみると話は別だった。その他に音楽や生け花とかいかにも貴族がやりそうな事を色々とやってみたが、良くも悪くも平均以上にはならなかったのだ。
そうなると、やりたい事を考える。それが魔法だった。
もしかしたら、ただ上手くいっている方向へ行っているだけかもしれない。それはディズ本人も自覚している。
それでも打ち込めるものがあるというだけ御の字と考えているし、魔法というのが重要な世界で魔法が使える事がアドバンテージでしかない。
「ま、お前器用だしな」
「器用?」
「魔力の操作だ。かなり器用だぜ? 今まで見てきた人間の中ではピカイチだな」
「…………よく分からん」
器用と言われても、何が器用なのかよく分からない。
ディズはヴェルフリーディに問いただそうとするが、彼は結局答えなかった。
「まァよ。そのうちな」
そういうだけだった。
「なんだよ、ちょっとくらい教えて――――」
「ディズ?」
ガチャリとノックも無しに扉が開いた。
ディズの背筋が一気に氷のように冷える。
思わず立ち上がってバッと扉を見ると、扉からこちらを心配そうに覗いているジョセスターがいた。
「あ、お父様。これは――――」
「1人でどうしたんだ? 何かあったのか?」
「…………1人?」
ディズがヴェルフリーディを見る。そこには案の定、誰もいなかった。
ディズは思わず、ティーテーブルの脚を見た。脚の数は3本のままだ。周囲を見渡すが部屋にヴェルフリーディの姿はない。
「…………あれぇ?」
「ディズ? 話し声が聞こえた気がしたんだが?」
「あ、いや……なんでもないです。ちょっと、すんません。魔法の練習を……はい」
「そうか。もう遅いから静かにな。早く寝なさい」
「はい。わかりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
ジョセスターはディズの言葉を信じ、扉を閉める。
ディズはジョセスターの足音で遠ざかるのを確認し、ヴェルフリーディを探す。
「(ヴェルフリーディ! どこだ?)」
小声で呼ぶ。
だが、聞こえていないのか、返事をしないでからかっているのか、姿を現さない。
ディズは意地でも見つけてやると部屋を見渡す。1人間違い探しの開幕である。
壁、天井、床、机、ベッド。様々な場所に目を向けるがいない。
先ほどの思い込みを利用した可能性もある。
何に変身しているのか。変身した場合、そんなはずがないと思えるような場所だ。
「…………変身してんのか?」
ディズは気が付く。
人の意識を利用するのが上手い時点で、思い込みを疑うところから始めなければいけない。
妖霊は変身する常識――――それすらも利用しているとしたら?
ディズはベッドに座る。
座った態勢のまま、視線を平行に動かす。
「(そこか!)」
「(正解だ。おめでとう)」
周囲の空気が揺らぎ、東洋人の少年は突っ立っていた。
立っていた場所からヴェルフリーディは動いてすらいなかった。
「(姿を隠せるのか?)」
「(ちょっと違げェな。周囲と同化したんだよ。光の屈折を利用してな)」
「(何それ凄い)」
「(オレは炎の妖霊なんでな。これくらいは熱の操作でいくらでも出来るぜ。咄嗟に姿を消すならこれが1番だ)」
人間の目は光を利用して色や姿を認識する。ヴェルフリーディの言う原理は光の屈折を利用して物を見えなくする光学迷彩と同じである。
ゲームなどでは、クロークと呼ばれているものだ。
「(…………それ、俺もやりたい)」
「(難しいぜ? 人間)」
「(がんばるから、明日からよろしく。ところで、お前どこで寝るの?)」
「(俺は寝ないぜ? 妖霊には睡眠も食事も必要ねェ。とりあえず、窓のカギだけ開けておきな)」
ヴェルフリーディが窓を指さす。
ディズが窓を見てヴェルフリーディの方へ視線を戻すと、すでに彼の姿は無かった。
「あれ!?」
クロークしたのか、それとも変身したのか。分からないが姿を消したのだ。
そばにいるという事が分かる。
窓のカギを開けておくという事は外にでもいるのだろうか?
「いや、考えても仕方ない。寝よう」
ディズは寝る。
前世に比べてとてつもなく頼りない明かりを消して、ベッドに潜り込む。
最終的に寝付くまで彼の視線は暗がりでヴェルフリーディをついつい探し続けていたのだが、結局見つける事は出来なかった。
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