第16話 準備とホットドック
【召喚術】とは?
妖霊を召喚。使役し、人間だけでは限界のある行動範囲を広げる事ができる。
彼のイメージで最も近いのが召喚獣という物だ。だが、戦闘で使う訳ではない。
ディズの目的は1つ。
自分の魔法をレベルアップさせるためだ。
(…………まずいよなぁ)
それにゲームのような召喚された生き物が、思った通りに動いてくるわけじゃない。
召喚魔法は最高ランクの危険度を誇る。難易度ではなく危険度だ。
その理由は、妖霊という存在にある。
妖霊は、召喚された瞬間から人間を殺そうとするのだ。
本ではこう書かれている。
妖霊は常に召喚士の命を狙い、召喚契約を壊そうとする。
正式な形で契約しているにも関わらず、そのやり方は野蛮である。その為、妖霊には首輪をつけ、召喚士に従わせ、正しく妖霊の力を使用する。
この時、容赦は敵である。妖霊の言葉を信用してはいけない。
これが本に書かれている事だ。
常に命を狙うような存在を召喚するとなれば、危険度は跳ね上がるのも頷ける。だが、この『正式な契約をしている』というのがそもそも嘘っぱちだ。
召喚する際の注意内容はこうだ。
召喚後、必ず『誠ノ名』を名乗らせる。
名乗らない事も多いが、この場合は無理矢理でも名乗らせる。
これにより『絶対命令権』が執行され、基本的には逆らえなくなる。
魔法陣が正確でないと破壊されてしまう。
魔法陣は妖霊からの防壁。よって魔法陣が壊れる。
もしくは術者が魔法陣から出ない限り、問題は無い。
妖霊に与える指示は、妖霊に都合良く解釈されないよう、その解釈が一つに定まらなければならない。
これを怠った命令を『不完全命令』という。
また、妖霊は召喚師を殺そうと常に狙っている。
術者は実力に沿ったレベルの妖霊を選別する必要がある。
(非人道的だよなぁ)
ディズが迷っているのは、召喚魔法の危険性だけではない。
召喚魔法の在り方に否定的だからだ。
本の文章の内容的から察するに、妖霊には人間と同じように心が存在するのだ。
妖霊からすれば、突然一方的に呼び出されて、首輪を強制的に付けられ、問答無用で命令され、矛や盾となって前線に送られるか、召使いや奴隷のように酷使されるかを意味する。
これは言わば奴隷契約だ。
奴隷という非人道的な行為を「妖霊だからやっていい」とはならない。
まさに人種が違うから奴隷として容認するのと同じ理屈だ。
本の内容は、人間を上位に置き、妖霊を下位に置く。
人間は妖霊の上位種だから、妖霊を使役するのは当然の権利である。
そこに『理屈』は無く、たった一つの『常識』として存在している。
これには思わず絶句した。
過去、地球でも奴隷制度は存在していた。もしかして今もあるかもしれない。
当然のように差別があった時代、奴隷する側は当然という常識の中で生きていた。それらの遺恨は未だに根強く残っている。
暗黒の歴史は消えないし、消してはならない。
汚点を残すことで学び、人は過ちを繰り返さない努力をする。
そこから人類の道徳を学ぶ。だが、学ぶ前に理解する必要があるのも事実。
内心では身分制度すら歓迎できていない男には、奴隷などもってのほかだった。
「ダメだ。せめてお願いしよう」
そんな彼も状況の打開にどうしても妖霊が必要なのも、また事実だった。
手詰まりの状況化。どうしても先に行きたい。
妖霊はきっと大きなきっかけをくれる。だが、召喚魔法そのものはディズに強い嫌悪感を与える。
身勝手に、手前勝手に、落としどころを探すとしたなら――――
頭を下げてお願いするべきだ。
召喚を謝罪し、教えを受け、事が終わったら契約を終了させ、すぐに送り帰す。
(まぁ、勝手に召喚する時点で、もう言い訳もクソもないんだよなぁ)
勝手に呼び出すという時点で既にアウトだが、せめて筋は通すべきだと結論付け、彼が準備に取り掛かるのだった。
ディズはヴェイビットに行く機会を待った。そして、機会が訪れると即実行に移す。
この町に来ると傍らには常にオルウェイがいる。
彼女に案内をお願いして、各店舗を回って1番安く売られている商品を買っていく。ただ、残念ながらアミュレット以外は殆ど値段が変わらなかった。
召喚術において用意するモノは石灰粉にロウソク、穀物から作った植物油をお玉一杯分。そして、マラカイフのアミュレットだ。
マラカイフとは魔法石の名前だ。
その石で造られた物でそこまで高価な代物じゃない。
一般的に魔法用品店で全て売っている。当然、ヴェイビットの魔法具店にも売っている。それどころかアミュレット以外は雑貨屋で買える。なので、適当な雑貨屋で揃えてしまう事にした。
(資金は大銀貨4枚。銀貨7枚)
この国では貨幣名はエクオ。
ヴェルカ鉄貨1枚で、1エクオ。
鉄貨、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の順番で一桁上がっていく。
大金貨は1枚で100,000エクオにもなる規格外のお金である。見た目は小判である。
ほとんど使う事が無かった小遣い。開拓など手伝った時の駄賃。そして、オルウェイと買い物に行くとジョセスターに伝えた時、無言のニヤケ顔で渡された大銀貨2枚と銀貨30枚。
その合計9,700エクオ。
雑貨屋で道具を買ったので、残りは8,600エクオ。
微妙に高かった石灰粉以外は、そこまでの値段ではなかった。
一度決めてしまえば、あとはいかに進むかを考える。
ディズは良くも悪くも一度決心したら簡単には曲げない真面目さがある。
それでも今回は悩みながら進んでいた。
「ディズとお買い物ぉ」
嬉しそうなオルウェイ。
彼は何か驕ってあげたい気持ちもあったが、残念ながら余裕は無い。
お嬢様だけあり、彼女はディズよりも羽振りが良かったくらいだ。
買い物に行こうと手紙で連絡を取っていた為、今日の為にお小遣いを貯めていた。
貴族でありながら豪商との経済格差を思い知り、若干落ち込むディズだが、一方のオルウェイは本当に楽しそうにしている。
「ここだよ。ディズ。私入ったことないんだけどね」
「ほう」
目的の魔法具店。
残念ながら店構えにファンタジー要素は皆無。
中もファンタジー要素は一切なく。綺麗に陳列された様相は、観光地のファンシー雑貨店をイメージさせる。
オルウェイは物珍しそうに周囲を観察している。
若干、ディズの後ろに隠れているようにも見える。
「毎度。おや、子供?」
「マラカイフで造られたアミュレットが欲しいです。売っていますか?」
魔法具店でローブを着ている様子が、まさに魔法使いっぽい壮年の男性店主に聞く。
「ああ、勿論。他の店では売ってなかっただろ? この辺じゃマラカイフのアミュレットを取り扱っているのはウチだけだからな。まぁ、ウチがこの辺で唯一の魔法具店だから当然だけどな、ナハハハ」
ヴェイビットで唯一の魔法具店の店主の男は自慢げに口を言う。
店主は中に引っ込んで、イアリングの様になっているマラカイフの鉱石が付いた丸いアミュレットを持ってくる。
「はい。これだね。3,000エクオだ」
「はい。これで」
「おう、毎度。お使いご苦労さん」
「……どうも」
店主もプロだ。用途が分かるのだろう。店主の言葉を否定せず、肯定もせず、ディズは金を渡してアミュレットを手に入れた。
これで道具は揃った。後は召喚に挑戦するだけとなった。
「よし」
「ディズ。これ見て」
「なに?」
「これ。綺麗な杖」
オルウェイが見ていたのは、棚に整理されて置かれていた杖だった。
ガラス細工の柄に木の先がくっついているような姿だ。
長さはおよそ50センチ。子供の手には若干太いかもしれない。
ストレートの形は、教師が使う指し棒にも見える。杖の柄の部分のガラス細工のような物の色は青、黄色、緑がある。
「そいつはね。綺麗だけど見た目よりも安いんだよ。初心者用の杖だからね」
杖を眺めていた二人を見て、店主が説明を始める。
「初心者用ですか?」
「そのガラス細工みたいなのは魔法で加工した魔石なんだ。魔力が通りやすく作ってあって初心者用だけど、大人になっても気軽に使えるようにしてあるってね。最近はそういうのも増えたね。伝統を重んじるヴェルカでも買う人がいるから、人気なんだろうね」
見た目以上に歳を食っているような言い方をする店主。
世の中にトレンドに合わせて魔法の道具も進化しているのだと分かる。
「おいくらですか?」
「2,200エクオだね」
お手頃の品物なのかどうかは判断しかねるディズ。
店内を見渡し、壁に掛けられている高価そうな杖。量産型だと一目で分かる大量の杖を見る。
その値段と比べ、子供用にも使えると考えれば安めの値段だ。
ふと、彼は考える。
自分は杖を持つべきかどうかだ。
今まで杖を使ってこなかったが、杖は魔法の制度を安定させる力がある。
召喚の難易度は低い。だが、危険度は高い。
覚悟の上だが、お願いする前に害されては元も子もない。
「オルウェイ。何色が好き?」
「黄色かな」
「よし。すいません。この杖。2本ください。黄色と緑色」
「え?」
驚くオルウェイを尻目に、ディズは淡々と買い物を済ます。
「はいよ」
「別々に包んでください」
店主は杖を丁寧に包装し、こちらに渡してきた。
この世界ではレジ袋のような便利な物はない。常に買い物用の袋を持参するのが当然だ。なければ、持ち手のない紙袋に入れられる。
ディズは紙袋に入れてもらい、魔法具店を出る。
「はい。オルウェイ」
「…………で、でも、いいの?」
「今日、付き合ってくれたお礼だ。魔法が使えなくてもお土産くらいに思ってくれれば良いよ」
彼女に世話になっている。
魔法を使えないにしても記念品として持っていてくれればいい。
杖そのものは危険な代物じゃない。魔法が仕える事を前提としているので、魔法が使えない人間が持っていても魔力が暴発するなんて、普通はあり得ない事なのだ。
彼女は杖の入った袋を受け取り、大事そうに胸に抱く。
顔を若干赤らめ、本当にうれしそうな目でハニカム。
「――――うん。大事にするね」
ディズはオルウェイの嬉しそうな反応を貰えたことに満足する。
所持金が無くなる前に目的な買い物を終えてしまったのはディズの我儘だったので、ここからはオルウェイのお出かけに付き合う予定だ。
ここからは買い物ではなくお出かけだ。
彼は残り少ない金を全部使いこなすつもりで彼女と遊ぶつもりだ。
「ここのマドレーヌ」
「おいしい?」
「イエス」
「買う?」
「ううん。今日はいい。こっちの店のメロンパンの方がおいしいんだけどね」
「メロン……メロンパン!? メロンパンあるの!?」
「メロンパン好き?」
「え? いや、まぁ、好きだけど……」
焼き菓子ではなく菓子パン。
人間の探求心の行き着く先は同じなのだ。
人間の発想とは面白い。そう思ったディズだった。
ちなみにディズは菓子パンと言えばコッペパンのジャム&マーガリンだ。
後、菓子パンかどうか賛否あるが、彼はホットドックが大好きである。
ソーセージパンではなく、ホットドックである。そこ譲れない一線。
(タコス、チーズバーガー、ホットサンド、ドーナツ。久しく食べてないなぁ)
正直なところ、彼は米や味噌よりホットドックやタコスが食べたい人であった。
その証拠に、アメリカ料理店、メキシコ料理店、モロッコ料理店、ギリシャ料理店、インド料理店、エジプト料理店、スウェーデン料理店と、彼が思い出す前世の料理はご覧のラインナップである。
ちなみに彼が日本食で1番好きなのは、すき焼きである。
「ホットドッグ食べたい」
勢いあまって口から漏れ出てしまった。
その事に気が付いてハッとした。
この世界にない食べ物を口にするなんてあまりよろしい行為とは言えない。
ごまかせるだろうが、前世の記憶がある異質な存在として好奇の目に晒されたくはなかった。
「あるよ」
「あるのぉ!?」
「好きなの?」
「大好き!」
「そうなんだぁ! ディズの好きな物一つ知れたね!」
誰もが見とれる美少女のカワイイ笑顔。
そんなオルウェイの笑顔はディズの目に入らなかった。
何故なら彼は転生初のホットドックに浮かれていた。
「やったぜ」
上機嫌のディズが入った場所はテラスのある小さな喫茶店。
「お父さんと一緒によく来るんだ」
「意外な場所だ。センス良いわ」
(……………………あのコマンドー来るんだ)
綺麗でオシャレな喫茶店。
コマンドーのような父親が来るとはなかなか想像できない場所だ。
ディズは人を見た目で判断するのは好まない。だが、そう思ってしまうのも致し方ない存在がいる。それが見た目に強烈なインパクトのある人間だ。
オルウェイの父親はもれなくその人間の一人だった。
「テイクアウトもできるけど、今日は食べていこ」
「わかった」
転生後、初のホットドックとなればディズも上がる。
まさかこんなところで食べる事は出来るなんて思わなかった為、ワクワクしながら席に着き、オルウェイが「ぜひ、自分に」と言うので注文を任せる。
この店にホットドックは一種類しかないのだが、そこは贅沢言えないところだ。
本場アメリカでも店で一種類しかないのは普通だ。さらに地域ごとにホットドックのスタイルが違う。
日本では見た目や、その地域ごとの名前を付けて区別している。
新鮮な野菜たっぷり乗せたのはシカゴドッグ。南部地方と言えばチリドック。チーズを乗せたチーズドック。ソーセージを油で揚げたフライドドックという感じだ。
日本でも滅多にないが、しっかりしたホットドック店ではこうした名前で数種類用意していたりする。
(なんだ? オーソドックスのタイプ? ひねりやすいのはチーズドックだから、その可能性もあるな)
「オルウェイちゃん。あの子誰だい? まさか噂の? もしかして恋人かい?」
「ち、ちち違うよおばさん。ディズは友達で――――」
「あら~、もう小さい小さいと思ってたけど、そうやって成長していくのねぇ~。あの子、結構カワイイじゃないかっ」
「だ、だから違うの! 話聞いてぇ~!」
「アタシの小さい頃も、気になった男の子と一緒にいようとしたっけねぇ~」
「おばさんってばぁ~!?」
(いや、重要なのはソーセージとパン、ケチャップにマスタードだよな。コッペパンに短いソーセージを2本とか勘弁してほしい。せめてパンの大きさにソーセージ合わせろって思う)
脳内で一人ホットドック談義をしている為、オルウェイと女性店員の会話は耳に入らず。
久々過ぎるホットドックが来るまで彼はそのままだった。
数分後、真っ赤になった不満顔のオルウェイと女性店員が籠に入ったホットドックと山盛りフライドポテトを持ってきた。
「それじゃ、ごゆっくり。オルちゃん」
「むぅぅぅ!」
去っていく女転移を真っ赤な顔で膨れながら見送るオルウェイ。
ディズはそれどころじゃなかった。
「…………完璧。ソーセージにパンだけのシンプルなヤツ。両方ともホットドック用の食材だ。ケチャップと王道のイエローマスタード。自分で好きな量をかけるスタイル。この辺の配慮が素晴らしい。山盛りのフライドポテトと一緒なのも最高」
思わず彼は小声で早口になってしまう。それも仕方が無いのだ。
ホットドック自体、別段日本でも珍しくはない。だが、実はしっかりとしたホットドックはあまり食べられないのだ。
日本では市販のコッペパンと大きめのソーセージを乗せただけというのが一般だ。
これはアメリカのスーパーマーケットでは普通に売られているホットドック専用のパンとソーセージが、日本では滅多に使われていないという事だ。
今のディズの感覚は、異国の地で久々に完璧な日本定食を食べるのと同義である。
「うわ~うわ~。嬉しいぃ」
「ここの美味しいよ。ディズ、食べよ」
「うん! うん!」
いつもディズが優しく背中を押したり、ちょっと強引に引っ張ったりしているが、今日は珍しくオルウェイがリードしていた。ちょっと得意げなオルウェイ。
それに加えて、普段から大人びているディズが興奮している姿が彼女は嬉しかったのだ。彼の意外な一面を知れたことを喜んでいた。
マスタードとケチャップをお好みでかける。
ディズはマスタード多めが好みである。
「はぐっ」
大口を開けて頬張ると予想通りの味。
まさにこれぞホットドック。
これこそ普遍的なアメリカンソウフルフード。
彼は元日本人だが――――。
「うまぁ~」
「えへへへ」
「なに?」
「ディズ、かわいい」
「オルウェイも可愛いぞ!」
「――――はう」
真っ赤になるオルウェイだが、ディズは意図して言った訳ではない。
思っていたことが口に出ただけだ。それほど彼は今浮かれている。
かわいいと言われた事も口にした事も、特に何も感じていない。
「マジ、美味い」
今、彼の心の声はダダ洩れ状態だった。
そして泣きそうである。
「どうだい? 美味いかい?」
恰幅の良い女性店員がこちらへ来た。
ディズは既に口いっぱいにホットドックを頬張っていたので、女性店員の方を向き、感動した顔でしきりに頷くだけだった。
「おいしいって」
彼の代わりにオルウェイが答える。
笑う女性店員。
「そうかい良かったよ。しかし、アンタだね。噂のオルウェイのね~」
「ち、ちち、違うからね! 恋人じゃないからね!」
(恋人? 子供に何言ってんだ? このおばさんは……)
まだ10歳にも満たない子供に恋人なんて気が早すぎる。
一般的な人間ならそう思ってしかるべき。ディズもその例外に漏れない。
人の心とは移ろい。これは間違いじゃない。
子供の頃の付き合いも大人になれば変化するものだ。
小学生の頃の付き合いが、大学生になっても続いている場合、それはとてつもなく貴重だ。
子供の頃、好きになった人、尊敬していた人、頼っていた人。
それら全ては時間や環境と共に変わって然るべきだ。
「――ゴクンッ。残念ですけど、貴女の思っているような関係では今のところはないですね」
口の中の物を飲み込み、弁解する。
オルウェイも同調しているのか、真っ赤になりながら頷く。
涼しい顔のディズに対し、オルウェイの反応を見て、女店員はくすくすと笑う。
「クスクス。そうかいそうかい。まぁ、ゆっくりしていきな。これサービスだよ」
そう言って女店員はオレンジジュースをテーブルに置き、さっさと店の奥へと引っ込んでしまった。
「…………今のところ――――」
「どうしたオルウェイ?」
「うぇ!? な、なんでもないよ! それより杖! 杖なんだけどね!」
オルウェイの苦し紛れな話題変更。だが、ディズは素直に受け取ってあげた。
今はポテトを口に運ぶ方が先決だからだ。
「杖?」
「その、私も、魔法が使えるかなって――――」
「使えると思うよ」
「………………………………………………ホント?」
「使うまでなら、意外と誰でもできるみたい」
使うまではできる。上達が難しい。そう説明するディズ。
魔法を扱える可能性があると知るとオルウェイは目を輝かせる。
「私も魔法、使ってみたい」
「お父さんに相談すればいいんじゃない?」
「お父さんに? なんで?」
「ちゃんとした講師を雇ってくれるかも……金持ちだし」
「ディズはダメなの?」
「………………………………俺?」
思わぬ指名。ディズは思わず呆気にとられる。
人に教えるのはそう簡単な事はないのはよく分かっている。
断る選択肢もあるが、オルウェイの不安そうな顔が物語っている。
ディズ以外の人間に頼むことは不安だと言わんばかりの表情。
彼もオルウェイには大きな情を持っている。
妹のような存在とはまた違う感情。これを言語化するのは難しい。大切な存在なのは間違いない。
「俺ができる所までで良いなら…………」
「やった!」
断ることができないのは良くない事だ。だけど、断れない相手もいる。
頼みを断るというのは嫌われる勇気を持つという事に匹敵する。嫌われたくない相手もいるのだ。
「それじゃ、食べたら行こう!」
「早くない!? ちょっ! お願い! ゆっくり食べさせて! 夢にまで見たホットドックなの!」
さっさと食べ終わらそうとするオルウェイを必死になだめて、はやるオルウェイを制しながらホットドックを頬張る。
結局、子供特有の急かすと止まらない習性の所為で、愛しのホットドックをゆっくり味わえなかったのだった。
(今度は、一人で来よう)
後にタコスも売っているのが判明して彼が狂喜乱舞するのは別の話である。
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