第14話 ディズの戦い方



(う~ん。なにを話せばいいかな?)



 子供は苦手という訳じゃないが、今は条件が違う。

 ディズの中身が大人である以上、どうしても考え方に隔たりが生まれる。

 子供として子供と接するというのは想定してなかった。



(つか、このくらいの子の遊びって何だろう? かくれんぼ? 鬼ごっこ? おままごと? ペタンク?)

「ねぇ、ねぇ」


 彼がどうしようか考えていると階段の踊り場で優しく声を掛けられた。

 ちょっとびっくりして振り向くと、少女が好奇心に目を輝かせながらニコニコしながらこちらを見ていた。



「お名前はなんて言うの?」

「え?」



 この子は人見知りしないタイプ。

 ディズは人見知りするタイプ。いやいや、子供に人見知りするのもバカな話。



「ディズって言うんだ。えっと、君は?」

「オルウェイ」



 幼いながらも綺麗な声で名乗る。

 あまり女性的な名前という感じがしない。だけど、良い響きを持った名前だ。

 オルウェイと口の中でディズは何度か呟く。



「遊ぶの?」

「俺は、じゃなくて僕はそうしようと思ってる。そういえばなんで覗いてたの?」

「おばあちゃんが何してるか知りたかったの。いつもより念入りにお化粧してたから気になった」

(念入りに、って……アナタやめたげて。いや、貴族が来るんだしな。そりゃそうか)

「良い男が来るって言ってた」

「よしっやめてあげて」



 全てを暴露する子供心の残酷さ。

 見た目に反して中身は乙女であることが判明した町長に、ディズはちょっと呆れる。



(いい歳してなんつー事を孫に言っとるんだ。いや、独り言を聞かれたのか? どっちにしても迂闊だなぁ。俺も人の事とは言えんけど――――)

「今日ね。塾は午後からだし、お姉ちゃん達もお仕事だから誰もいなかったから、覗いてみたの。私もお手伝いしたいし」

(お手伝いだって? 良い子やんか)



 二人は一階まで降りて、受付近くのソファに座る。

 物凄く距離が近い上に、オルウェイの目が好奇心にギラギラと輝いている。

 美少女だから幼くても迫力がある。


 彼は知ってる。

 これは可愛くて珍しい小動物的に触りたくてウズウズしてるのと同じ感覚だ。



「――――お手伝いって、オルウェイは何歳なの?」

「5歳」

「ええ子や」



 5歳の時にそんなこと考えていることに感動を覚える。

 少なくも彼は前世の同年代で、そんな事は全く考えてなかった。



「ん?」



 ここで彼はオルウェイの口にしたワードが気になった。

 そのワードの意味を理解した時、恐る恐る彼女に尋ねた。



「………塾、行ってるの?」

「うん」

「マジで!?」



 ディズはあまりの驚きに若干素が出てきてしまう。



(塾ってなんぞ!? いや、塾あるのか!? いや、でも5歳で塾って早すぎないか? 小学校受験でもするの?)



 実はディズのこの国の教育システムよく知らない。

 大学に行った記憶がある為、大人の感覚でいる気になっていたが、彼は自分が子供であることを自覚する。



(子供だから今後学校とかありえるんじゃないか?)



 日本では6歳から小学校へ入学となる。

 そうなるとディズは今5歳だから来年辺りで入学の可能性も出てくる。

 準備どころか心構えもしてない。

 全く考えていなかった可能性の浮上に、彼は内心でとても焦る。



「じゅ、塾でどんな勉強してるの?」

「算術と読み書きと生活の知恵」



 生活の知恵と聞いて、ディズは首をかしげる。

 おばあちゃんの知恵袋のようなものかと解釈するが、即座に「そんな訳ないか」と改める。



「生活の知恵ってなに?」

「家事とか、お仕事とか」

「お仕事?」

「うん。お仕事。昨日はね。新しい事するの。帳簿を付けるのをやるんだって」

「…………………………………………………………………………なんだって?」

「ディズは帳簿って何か知ってる?」

「……えっとねぇ。帳簿はね。お仕事の取引とか、お金の動きを記録する簿記かな?」

「…………なんかよく分かんない。それって何?」

「う~ん」




 思わず頭を抱える。

 説明がムズイ。元社会人なのだが、帳簿を付けた経験がほとんど無い。

 前世で勤務していた企業では、会社のお金関係は経理担当者を雇っていたのだ。



(嘘でしょ? なにを言って……いや何をやらしているの? 帳簿って会計なの? 職業訓練校かよ。職人の修行を子供の時にやるのと一緒? 公認会計士でも目指すのか?)



 思わず色々考えるが、つまり要点だけ説明すればいい。



「お仕事のやったことを数字で記録していくんだよ。多分――――」

「そうなんだ~。ディズは賢いね」

「賢い……のか? まぁ、いいや。じゃあ、塾の時間まで遊ぼうか」

「うん。なにして遊ぶ?」

「オルウェイは何したい?」

「う~ん。それじゃあ一緒に行こう。こっち」

「どこ行くの?」



 引っ張られて行った先は、小さな路地裏だった。

 見た瞬間、「こんなとこに入るの?」と思ったが、ズンズンと進んで行くオルウェイに引っ張られて路地に入っていく。



「教会?」



 そこには古い教会があった。いや、正しくは廃墟の教会だ。

 壁は朽ち、屋根には大きな穴が開いている。

 オルウェイに引っ張られて中に入ると、最深部には立派な壁画と長衣の上に軽衣をまとった翼のある女神像がある。



「……これはすげぇな」



 教会の半分がハイビスカスに似た白い花。その花を咲かせる植物のツルで覆われている。

 その花は奥の壁と女神像までツルを伸ばし、天井近くまで伸びている。

 まるで教会内部の半分が侵食して飲み込まれているようだ。



「ここね。誰も来ない秘密の場所なんだ。綺麗でしょ?」

「…………だね」



 その光景には一種の幻想さを感じる。

 そして、廃墟として上物だ。不気味さなど感じない。神聖な教会というのも相まって、高貴で崇高と言える雰囲気を持った佇まいだ。



「ここは、なんの教会なんだ?」

「わかんない。けど、おばあちゃんの話だと、おばあちゃんが子供の頃からあったんだって」



 あの人の子供の頃となると随分長い間、この教会は建っていたことになる。

 朽ちてしまったのは他の教会が建ったとかそんな理由だろうか?



「ここ、私好きなんだ」

「危なくない?」

「危なくないよ。きっとね」



 根拠はないらしい。でも、子供が好みそうな場所で秘密基地のような高揚感を得る。

 内面が大人のディズも神秘的な雰囲気で凄く良いと思える。



「ほらこっち!」



 オルウェイに引っ張られ、奥の方の花畑へ連れていかれ、一緒に花畑の真ん中に座らされる。

 オルウェイはせっせと花を摘んで、花飾りを作り出す。



「一緒にやろう」

「どうやってやるの?」

「こうだよ」



 苦手と思いつつも何事もチャレンジする。

 遊ぶと言った以上、オルウェイにつまらないと思わせたくなかった。



「こう?」

「こっちにこうするの」



 オルウェイが綺麗に作っていくのに対して、ディズはだいぶ歪だ。

 不器用とまではいかなく手付き。だが、慣れない所為で花飾りは不格好になっていく。



「ほら、こっちをこうするの」

「ん? あぁ、逆か。逆だ。これで完成」

「うくく、下手だねぇ」

「初めてにしては上出来じゃない?」

「うんうん。上手い上手い」



 ディズは得意げになっているオルウェイに食って掛かる事はない。

 むしろ、その得意げの様子を微笑ましくも思う。


 大人の余裕と言われればそれまでだが、美少女が花冠を造る姿が絵になるのだ。

 それを壊すような無粋な事はしたくなかった。



「こっちもできた」

「いや、うめぇな」



 まごうこと無き花冠だ。しかも綺麗に花が外側を向いている完璧な姿。

 慣れか、それとも手先の器用さか。どっちにしても凄まじいクオリティだった。



「はい。どうぞ」

「はい。どうも」



 オルウェイに花冠をかぶせられる。

 ちょっと大きいから被るというより乗るという感じだ。

 特に問題はなさそうだな。ディズがお礼を言おうとした瞬間のことだった。



「「あ」」



 ディズの冠が頭からズリ落ちて首飾りになる。

 二人して苦笑。しかし、その内、オルウェイが肩を震わせる。



「あははははは! おっかしぃ!」

「あはは、ちょっと大きかったな」



 ディズも笑顔で答える。

 転生以降、年相応の遊びというのは経験が無かった。

 もちろん、そういう遊びをする気もなかったのだが、予想もしなかった同年代との交流も楽しい思い出になる。

 その後も色々やってみたけど、結局花冠の時のような、ディズがオチを付けるような感じで終わってしまう。



(一体なぜなのか?)



 精神年齢高めのディズにとっては保育のような感じだ。だが、そんなことはどうでもいい。

 オルウェイが楽しそうで何よりだった。



「あ、そろそろ時間、大丈夫かな?」

「うん。そうだねぇ――――。そろそろ塾に行かなきゃ」



 この時間もお終いだ。

 存外楽しめた自分がいたのに驚くディズ。

 チラリと見たオルウェイは不服そうだ。頬を膨らませて、その場から動こうとしない。



「今日は、行かない」

「え?」

「塾行かない。ディズと遊ぶ」

「いいの? 怒られない?」

「うん。大丈夫」



 彼女はディズの顔を見ない。

 明後日の方向を向きながら頷いている。



(いや、コレ大丈夫じゃないわ。大丈夫にはならない上に後で怒られるヤツだわ)



 塾をサボるくらい別いいとは思う。だが、ジョセスターやアーナに心配をかけてしまう。

 それは真面目に良くない事だ。



「それじゃあ、一旦おばあちゃんのところに戻ろう」

「イヤッ」

「なんで?」

「ここで遊びたいから」

(この子、分かって言ってるな。もっと遊びたい。でも、戻ったら塾に行かされる。なら、知らなかった振りしてやろう――――とかそんなこと思ってやがるぞ)



 オルウェイの年齢に似つかわしくない考えに、苦笑と同時に少し感心してしまう。

 だが、そこには彼女も自覚していない大事な見落としが1つある――――ディズを積極的に巻き込んでいこうとする決定的な見落とし。



(コレ俺が怒られるヤツですわ!)



 ただ、ここで彼は急かしたいとも思わなかった。

 次にオルウェイに会えるのか分からない。

 ディズは別れても良いのだが、彼女にとってはこの1日が「知らないところから来た男の子と出会って楽しく遊んだ思い出」になる。


 中身が大人のディズからすれば、1つの出会いを思い出としてしまっておくような事はしない。

 言い方は悪いが、過去の出来事として処理するだけだ。だが、オルウェイは賢かったとしても子供だ。彼のような処理の仕方はしないだろう。



(楽しいから別れたくないっていうなら、こっちとして嬉しいけどなぁ。これがこの子の大切な思い出になるなら、サボるのもアリ?)



 彼女がディズとの出会いを処理するのは、時間経過で忘れてしまうか、大人になって過去の出来事として割り切れるようになった時になる。


 今、この瞬間を生きているオルウェイという少女。

 我儘を聞いてあげて、ちょっと悪い事をするのも大事な思い出になる。



(腹くくるか。お父様。今日、ディズは悪い子になります。後で謝ろう)


「わかった。それじゃ、遊ぼうか」

「うん!」



 結局、彼はオルウェイが塾をサボろうとするのを容認する。

 悪い事をする経験。それで怒られてどう思うかの方が大事。

 中身が大人ならではの屁理屈である。



「あ? なんだコイツら?」



 しかし、ここで急展開。

 そこには1人の男……っぽい女。

 身なりも髪型も女だが、服を若干押し上げている胸と、男には似つかわしくない細い脚が女性であることを証明している。


 見た目は若いし目つきも普通。だが、醸し出す雰囲気は明らかに堅気じゃない。

 トゲがあるどころではない。刃物のような冷たさがある。

 その雰囲気から良からぬ気配を感じ、ディズがオルウェイを庇うように立つ。



「オルウェイ。知ってる人?」

「……知らない」



 突然人が現れた事でキョトンとしているオルウェイをよそに、ディズの頭はグルグルと回転している。


 このままディズ達がいなくなれば、それでお終いになるか? それともめんどくさい事になるか?


 どっちにしても三十六計逃げるに如かず。

 状況がどっちに転がろうがこちらは損するだけだ。

 ディズだけなら魔術で色々やって逃げれば良い。だが、オルウェイがいる時点で相当不利な状況だ。

 オルウェイを無理矢理立たせて、手を強く引っ張る。



「――――ディズ?」

「すみません。俺達、帰りますんで。失礼します」



 オルウェイを連れて歩き出そうとした瞬間、一歩踏み出して明らかに進行方向を阻止する形で立ち塞がる女。



「テメェら、ここで何してた?」

「遊んでいただけです」

「……そうか。遊んでただけか? ここがどこだか分かってんのか?」

「わかりませんし、知りません。アナタの秘密基地か何かならもう近づきませんので、これで失礼します」



 ディズにはどうでもいい。だが、彼女にとって大事か小事か、用のある場所だ。

 ここに何かを隠していたり、もしかしたら不良の溜まり場だったり、不良の縄張りという可能性もある。


 面白半分で人に絡んでくるようなバカを相手にするのは厄介だ。


 ふざけているだけ、出来心だった。

 そう思っていれば、何をしても良いと思っているような連中は実際にいる。


 そういうのは痛い目を見ないと間違いが分からない。

 物理的か社会的に叩き潰されでもしない限りは懲りない。

 そういう人々には近づかないのが正解だ。


 だが、そうじゃないとしたら?


 そんな簡単な若気の至りで終わるような話ではないならば、なおのこと厄介である。

 つまり、ここに明確な犯罪に繋がるような物品を隠していたら?


 とっととオルウェイを連れ出すべきだ。



「ちっ、仕方ない」



 女が手を掲げる。

 瞬間、ディズは魔力が手に溜まっていくのを察知する。

 魔力を察知後、ワンテンポで手に火の弾が浮かび上がる。



「問答無用かい!」



 ディズはポップコーンを弾けさせる。

 スイッチの入った魔力を使って【現象】を引き起こす。

 彼は手を掲げて、殴るように下に降ろす。



「んなッ!?」



 女の掲げた手を文字取り、はたき落とす。

 火の玉が床に発射され、女の足元で破裂する。



「ぐぉお!?」



 やはり咄嗟に【現象】を引き起こすには、身体を動かした方が成功率は格段に上がる。



「先に殴って来たのはそっちだかんなァ!」



 続いて、綱引きをしているかのようにディズは腕を引く。



「はぁッ!?」



 女の両足が思いきり前にズレる。

 まさに両足を持たれて引っ張られたのと同等だ。それも凄まじい力。

 この発動スピードこそ、【現象の魔術】の本領である。


 いきなり不意打ちに足を引っ張られ、仰向けに勢いよく倒れたらどうなるか?

 それは風呂場で思い切り後ろにすっ転ぶのと同じ。



「――――ッ!?!?」



 ガツンッ、という音と共に後頭部をモロに叩きつけられる女。

 下手すりゃ死ぬかもしれない大惨事。しかし、正当防衛だ。



(俺がオルウェイを守る。できなきゃ俺にオルウェイを任せたジョセスターの立つ瀬が無くなる。アーナの可愛い孫に傷を付けたら申し訳が立たねぇ!)

「ぐあぁぁ!」

「ま、魔法? すごい」



 女は後頭部を抑えて悶える。

 オルウェイはディズが魔法を使ったのを見て驚く。

 ディズはオルウェイを守るように仁王立つ。



「クソガキが!」

「ちょっと黙れ」

「ガフッ!?」



 女が喋ったところを狙って、ディズは手を横に振る。

 手を向けた場所には教会の壊れた長椅子を浮遊させ、女に高速でぶつけた。



「グ、グアァ!」


 長椅子と共に女が吹き飛んだ。

 壁際まで飛んで、崩れた長椅子の瓦礫と一緒にもぞもぞと動いている。

 気絶させることはできなかった。だが、倒す事が目的じゃない。

 倒すのは結果論で十分だ。



「走れ!」

「わっ!?」



 ディズはオルウェイの手を引いて全力ダッシュ。

 教会の外へ走る。


 女は痛みをこらえながら立ち上がる。



「――――ッ! ぶっ殺す!」



 女がこちらを追いかけて外に出ようとした瞬間、ディズは振り返ってピッチャーのサイドスローのような動作を行う。



「なっ!?」



 魔術を使って建付けの悪い扉を高速で閉めてやった。

 バコンッ! と女は突然しまった扉と正面衝突した。



「オラッ!」



 さらにディズは両手で空中を思い切り押した。

 バキンッ! と扉の蝶番が壊れる音がした。



「ぐあぁああ!?」



 バカンッ! という交通事故のような音と一緒に、教会の出入り口の扉が、奥の方まで吹っ飛んだ。

 当然、女を巻き込んで――――


 物凄い音で教会の床に叩きつけられた女。

 投げ捨てられた人形のように地面に転がる。


 ディズはその結末を見届けないまま、オルウェイを引っ張ってその場を後にする。

 別に戦って勝ちたい訳じゃない。あくまで逃げる事が最優先だ。

 状況をいかに生かすか。


 これぞ現象魔術の最重要課題だ。

 その辺に転がっているどんなモノであっても利用するのが、【現象】の醍醐味である。

 日常生活に生かす事の方が多いだろうけど、こうして戦闘にも生かせる。


 頭を使うから難しい。しかし、ハマればとにかく強い。


 戦闘の場合、戦略や戦術を重要視するゲームに近い。

 普段から、漫画に映画、アニメにゲームでストレス発散していた経験がこんなところで役立つとは思わなかった。



「気絶しててくれよ」



 ディズはオルウェイを引っ張って走る。

 5歳くらいの人間の駆け足などたかが知れている。だから、気絶してくれないと困る。


 ドカンッ! という音と共に、先程女を巻き込んだ教会の扉が出口から飛び出してきた。



「してねぇ!」



 フラフラと体を揺らしながら、女は教会から出てきた。

 頭の上からつま先まで埃だらけ。服は所々破れて、頬のいくつかの切り傷から血が流れ、額には青いコブができている。



「このガキ――――ッ」

「そいやっ!」



 先制攻撃。

 ディズは立ち止まって振り返り、両手で地面を触って【属性魔術】を発動する。


 相手の目的なんて知ったこっちゃない。

 問答無用で来るならこちらも問答無用。正々堂々などクソ食らえ。


 使用する属性は土。

 土は地面。足元に素材がいくらでもある。

 魔力を使って無から出す事も可能だが、結局あるものを活用する方が楽なのだ。

 労力が20分の1くらい違う。


 土の塊を地面から飛び出す。

 女は驚くが、上着の内側からナイフを取り出して、土の塊を消し飛ばす。



「ナイフに負けんのかよ。俺の魔術」

「ガキがァァァァァァァァ! 調子に乗るんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」

「ヒッ!」



 女は完全に怒り心頭だ。

 ディズは怒気を受けて怖がるオルウェイを背中に隠す。

 オルウェイを背中に隠したまま、徐々に下がる。


 ジリジリ下がって再度地面を触る。

 同じように土を飛ばすが、女は慣れた手つきで土の塊をナイフで切り落としていく。


 もう一度、地面に触る。だが、同じ事だ。



「無駄なんだよぉぉぉ!」

「来るな! こっちに来るな!」

「うるせぇ! 許さねぇ、ぶっ殺してやッ――――!?」

「――――勝ちもうした」



 女が地面に落ちた。

 文字通り、落下した。



「え…………落とし穴?」



 呆然としたオルウェイの一言。


 そう落とし穴だ。

 わざわざ地面を触らなくても、手をかざせば土の塊くらい飛ばせる。ならば、地面を触った理由は簡単だ。


 これをやりたかったからだ。

 土を飛ばすより、土を掘る方が難しいのだ。


 土の塊を飛ばしたのも、下へ注意を向けさせない為だ。

 まるで乾いた土の薄い膜で覆っていた深さ4メートルくらいの落とし穴を掘るために3度も地面に触ったのだ。



(下手すりゃ足が折れてるかもな。まぁ、いいか)



 そんな事を気にしている余裕は無かったのだ。仕方が無い事だ。


 そして、彼はそこで終わらない。いや、終わらせない。

 なんせ命を奪おうとした女だ。

 慣れた手つきで魔法にナイフで対抗したのも、それこそ危ない事が初めてでない可能背が高い。油断はできない。


 ディズは地面に手をついて、落とし穴の底を1メートルくらい泥に変える。

 前世のテレビで、干潟などで膝下まで泥に埋まって動けなった芸能人を見た事があった。

 膝下で脱出困難になるとして、1メートルくらいだと確実に腰上まで来るだろう。つまり、脱出は不可能と言ってもいい。



(運が良かったぜ)



 勝因は3つ。

 1つは不意を突けた事。

 2つは女の頭に血が上りやすかった事。

 3つは子供だからと侮ってくれた事。


 総評して、運が良かった。


 さて、ここまでで――――終わらない。

 ディズは空に向かって、火を放つ。放った火を空中で爆発させて花火にする。

 これもそこまで難しい魔術じゃない。



「行こう!」

「え?」



 ディズはオルウェイの手を掴んで引っ張った。


 長居は無用。この花火で大人がやってくる。

 急いでこの場を後にして、事の顛末は大人に任せればいい。

 あの教会に一体何があるのかは分からない。だが、それは後でこっそりとジョセスターに言っておけばいいだけだ。


 シナリオは単純。

 遊んでいたら、「教会に悪い人が集まって何かを隠しているという」噂話を大人が話しているのを聞いた。

 そんな噂を聞いたと報告したその日に、偶然にも教会の近くで女が捕まった。



「ディズ! 凄いね! ディズあんなに強かったんだ!」

「あれは強いってのとはちょいと違う気がする」



 どっちかと言えば狡賢さに近い。

 幼いオルウェイにはその違いが分からない。

 理由はどうあれ彼女の目に映った光景は間違いなく衝撃的だった。



「ううん! 凄いよ! 魔法が使えて! 悪い人やっつけたんだよ! ディズってかっこいいね!」

「ありがと。オルウェイ。この事は二人の秘密な」

「どうして?」

「二人の秘密を持つの、面白くない?」

「………………面白いかも!」

「だろ?」



 笑いながらディズ達はその場を後にした。

 採掘本部へ戻ると話が終わっていたアーナに見つかり、オルウェイは塾へ強制連行されるのだった。


 これはディズが後から聞いた話。


 落とし穴の中で気絶していた女が胸辺りまで泥まみれで見つかった。

 女はずっと黙秘していたが、ディズの噂話を聞いてジョセスターによって教会が調べられた。


 すると、とあるこの辺り一帯を治める侯爵家から盗まれた魔法具が見つかった。


 女は盗人として再逮捕された。

 観念して喋り始めた供述によると、「魔法が上手い子供にやられて、訳も分からず落とし穴の中にいた」と言っているらしい。



(一体誰なんだろうな! 少なくとも、俺は魔法が上手くないから別人だな!)



 我関せず。

 声にも出さず、1人ですっとぼける男がいた。




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