第13話 隣町と少女
頑張って石の撤去を終えてから数か月後。
ディズはジョセスターと一緒に馬車に乗っていた。
行先は隣町の鉱山だ。
ジョセスターの仕事に連れていかれている。
「いってらっしゃいませ、お父様」
「ディズも行くんだぞ?」
「ぺ……?」
そんなやり取りの後、ジョセスターが有無を言わさず「着いて来い! 我が子よ!」って感じで引っ張っていくので、彼は仕方なく馬車に乗り込んだ。
(やる事なんて無いだろうに――――)
実はディズがジョセスターに連れてこられた理由は「外の町へ連れて行きたかったから」というだけのものだった。
ジョセスターからすれば気遣いだろう。だが、考えてほしい。ジョセスターが仕事をしている間、彼は見知らぬ場所で放置されるのだ。
当人もそれを理解している。だからこそ、何をしていたら良いかが分からない。
一人で観光をするにはディズは幼過ぎる。
「今から行く鉱山で取れる鉱石ってなんですか?」
ディズが隣で馬車の御者をしているジョセスターに問う。
ちょっとでも情報を集めて、何か出来ないかという涙ぐましい努力だった。
こういうのは大抵無駄な努力で終わる。
「基本的には鉄と石炭。あとは銀と銅だな」
「石炭って何に使うんですか?」
「基本的には燃料だな。俺にとって1番身近なのは鍛冶職人の火入れで使う事だな」
元冒険者だけあって、鍛冶職人はジョセスターにとって身近な存在なのだ。
(大体石炭と言ったら蒸気機関車とか出てきそうなもんだけど、出てこないって事は蒸気機関とか無いのかもな?)
ディズが石炭を思い浮かべて1番に出てくるのは蒸気機関だった。しかし、魔法が多くの代用となり、科学の発展が遅い世界ではスチームエネルギーそのものが未発達。
その他には暖炉の薪への火種として石炭を使用したり、インクも石炭を原料にしたりもしている。
(あれ? 農業の富んだ村の近くに鉱山があるっていうのは凄い事なんじゃね? 鉄鋼と農業が比較的近い距離にあるって、経済効果が凄そうだけどな。なんで町ができないんだろう?)
そんな大人な考えをしている幼児に父親が声をかける。
地平線が見える程の町で育ったゆえの疑問だった。
「見えてきたぞ」
(よかった。そろそろ尻が痛くなってきたんだよね)
ディズが馬車から身を乗り出すようにして目的地を見ようとする。
彼の見据える先にあるもの。それを見て、彼は驚く。
「町あった…………村じゃなくて町だ。完全に町だ」
「ああ、鉱山の町ヴェイビッドだ」
彼の住むポルフと比べるような規模ではなかった。
農作物と、畜産業メインの村とは大違い。
大きな煙突が数本伸び、いくつかの背の高い建物などはレンガ造りで、建物と建物、家と家の間隔が狭くてひしめき合っている。
町の中は沢山の人々が活気づいて生活している。
ポルフの持つ賑わいとは違い、ヴェイビットの賑わいは出稼ぎにきた鉱山夫たちの豪快で熱のある雰囲気であった。
「…………かなり盛況な町ですね」
「まぁな。この辺りでは鉱山として1番大きいからな。ヴェルカでは3番目の大きさだったか?」
彼は隣町にこれだけ大きな町があるのは知らなかった。
それだけ彼の住んでいる世界は狭い証明でもある。
それを自覚して、彼は若干の危機感を得る。
(こんな近くに町がある事も知らないなんて、俺って一体…………ヤベッ、今凄くひねくれた事を考えてしまった)
ひねくれた思考が明確に頭に浮かぶ前に振り払う。
意識を反らす為、意図的にジョセスターへどうでもいい質問を敢行する。
「この町は、ポルフとどういう関係ですか?」
「ああ、この町にはポルフの農作物や趣向品の多くが入ってきているんだ。うちの大きな取引先の一つだ」
「僕らのような貴族様がいらっしゃるのですか?」
「いや、この町には直属統治している貴族はいないんだ。ここを取り仕切っているのは採掘者たちに選ばれた町長だ」
「え? 一般の出なんですか?」
「そうだ」
ヴェルカ帝国の政治体制は絶対王政だ。
帝王を頂点に貴族によって統治される形になっている。ところが、ヴェイビットでは一般出の人間が統治者になっている。
ディズからすると、色々なトラブルの火種のような気がしてならない。
「こういう町もヴェルカ帝国には多い。元々の貴族統治には限界があるしな。統治者に一般人、その上司に貴族がいるという仕組みの方が上手く行く時がある。特に労働の町ではな」
(あれか? 大企業の末端の社員には社長との関りがほとんど無いのと一緒か?)
ディズが前世で勤務していた会社は中小企業だった事もあって、社長も一般社員と机を並べているような会社だった。
その事もあり、社長と社員との比較的距離が近かった。だが、ディズの知識の上では大企業で役員と社員とではより顕著に隔絶された差があるはずだ。
ジョセスターの上に大きく土地を支配する伯爵の貴族がいるのは知っている。
ジョセスターはその伯爵の部下。つまり、ジョセスターは中間管理職という事だ。
「ところで、僕を連れてきたのは何故でしょう?」
「色々経験を積んでほしいと思ってな」
「そうですか」(特に考えてないとかだったら、どうしてくれようかコノヤロウ)
彼は営業職を経験していない。
一般的なコミュニケーションは問題ないにしても、営業トークができない。
ディズは前世で入社後は事務と管理が主な仕事内容だった。
客対応はしたが、ほぼ外回りや業務の最前線には立った事がないのだ。
(よくよく考えれば、俺の人生経験ってたいしたことない。これって転生のアドバンテージになってるのか?)
転生者とはそれだけで大きなアドバンテージを持っている。
ディズにとって前世の人生は、不安があり過ぎてむしろ足を引っ張るのではという考えが頭を巡る。
(あ、こういうのはヤバい。うつ病の時と一緒だ。答えの無い事に悩んで袋小路に入る)
無駄な思考でマイナスになるなら、まずは足を出して前進する。
その方がよほど有益だと考えて、無理矢理思考を止める。
「…………ふぅ~」
ディズは深呼吸して軽い瞑想に入る。
目を瞑って、己の呼吸に耳を澄まし、内側へ自分の意識を引っ張っていく。
頭にあった不安が、薄れると同時に原因となった考えを即刻排除する。
(よし、これで良い)
これだけでもかなり効果あるのだから、人間の心とは不思議なものだ。
ディズは改めて意識を町へ集中する。
町は鉱山があるという事で屈強な男性が多い。それに伴ってか、女性もたくましい感じの人が多い。
その中には鉱山内で働く女性もいる。この辺り魔力云々が関わっているのだ。
「まずは、採掘本部へ行く」
「町長は良いんですか?」
「採掘本部と役場は一緒になってるんだ」
(へぇ~、鉱山の採掘こそが要だから、効率的かも)
馬車は大きくて武骨な建物の前で止められた。
三階建ての赤いレンガと白い石で建造されている。
印象は頑丈そう。
馬車を停め、二人は建物内に入る。
受付へ行くと、そこには女性の姿があった。
「連絡を入れておいたジョセスター・ガンフィールドだ」
「ガンフィールド男爵様。お待ちしておりました。お出迎え出来ずに申し訳ありません」
「迎えの申し出を断ったのはこちらです。お気になさらず」
本来、貴族というのは差し引きなしの上級国民。
貴族は出迎えを受けて当たり前の立場の人間だ。
それこそ一般常識のレベルと言える。
出迎えをジョセスターは断ったが、それは貴族として、人の上に立つ身分として正しいのかディズには分からない。
もしかしたら常識知らずかもしれないし、民には受け入れやすい行動かもしれない。ただ、これをきっかけに舐められる可能性もある。
そう考えると心根小市民のディズにとって、実に難しい話になってくる。
(よく見ておいた方がよさそうだ。ジョセスターの、父の背を見て学ぼう)
「では、こちらになります」
受付嬢が案内したのは、建物の最上階に位置する場所だ。
そこの大きな扉をノックする。
「ジョセスター・ガンフィールド男爵様がお見えになりました」
「わかった。お通ししなさい」
返事は女性の声だった。
受付嬢が扉を開けた先には壮年の女性の姿。
年齢は50代後半ほどに見える。身長は高めで、ピシッとしていて、デキる女社長と印象だ。
壮年の女性はこちらへ来て、ジョセスターを上座の長椅子へ座らせる。
流れるような動きに、ディズは感動すら覚える。
女性は椅子の前に立ち、腰を30度にしてお辞儀をした。
「良くお越しくださいました。町長を務めさせていただいています。アーナ・オーヴェスです」
「始めまして。ジョセスター・ガンフィールド男爵だ。こちらが息子のディズで」
ディズは紹介された瞬間、スッと自然にお辞儀をした。
この動きは社会人としてやってきた動きで、染み付いていると言っても過言ではない。
「ディズ・ガンフィールドと申します。よろしくお願いします」
「はい。ディズ様。アーナ・オーヴェスです。よろしくお願いします」
ディズは思わず懐に手が伸びそうになった。
名刺入れを出そうとする動きだ。その動きをしようとしているのに気が付いて、彼は強制的に体を止めた。
「今日は実りある話をしよう」
「はい。よろしくお願い致します。どうぞ、お座りください」
ディズとジョセスターは椅子に座る。
ジョセスターが割り込んでくれた為、事なきを得る。
「では、本題の話をしようじゃないか」
ジョセスターが敬語を使わないのは、平民と貴族との差をしっかりとつける為らしい。
オルソワールの礼儀作法の講習で、貴族は身分の下の人間には出来る限りへりくだってはいけないと教えられた。
貴族と平民のパワーバランスの崩壊には、問題の火種になる可能性がある。
ある程度の尊大さが無ければ、貴族と平民の関係は崩れてしまうのだ。
謙虚にすれば慕ってくれる訳ではない。舐められないからこそ、尊敬されるのだという。
「こちらが、件の計画書となります」
話し合いが始まった。
大まかな概要は簡単だった。
ヴェイビッドという町はその性質上、食料自給率が極めて低い。その為、食料は8割以上が入荷に頼らざるを得ない。
その買い付け先の大手がポルフなのだ。
アーナはヴェイビットの食料購入量の増加。
それに伴った対策の話し合いをジョセスターに願い出たのだ。
最近、ヴェイビットの町の人口が増加傾向にある。
その理由は新しい鉱脈を発見した為だ。
鉱脈発見時は、ジョセスターの上司である伯爵へ連絡する決まりとなっている。
連絡後、「鉱脈を掘れ」と指示が来た。だが、人手が足りない。
そこで、鉱脈採掘への人材補給に伴った人口増加の許可をもらった。
人口の急激な増加が起こりそうな場合、伯爵などの貴族へ連絡が必要となる。
人口増加が貴族などへの反乱ではないという事を証明する為にある。
許可を貰った後、ヴェイビットは行動を開始した。しかし、ただ人材補給をしたとしても食料が無ければ飢え死にする。
そこで人口を増加させる前に、食料の買い付け先であるポルフの村の領主であるジョセスターへ食料入荷の増量を願い出たのだ。
当然ながら、食料が急激に増えるなんて事は絶対ない。
ポルフはヴェイビットへの食糧出荷分を作らないといけない。
ただ、食料を作りはしたが足りませんでは困るし、多すぎても困る。
作るべき最低ラインと最大ラインを知っておく必要がある。
また、作り切れなかった時の対策も練る。
そこで今回の話し合いの場が設けられ、領地のリーダーと死の役割を見せる良い機会だと思い、ジョセスターはディズを連れてこの町に来たのだ。
なるほど、やれる事なんて無いわ。
それがディズの感想だった。
「――――以上が、こちらの対策となる」
「この計画では、どのくらいの食糧増加が見込めますか?」
「現在の状態から考えて、3割は上げられると思う。ただ、こちらも開拓できない場所があるので、その場所を開拓できれば5割は上げられると保証しよう。そうなれば、そちらの条件は確実に満たせる。実は最近、町のはずれで使える土地が見つかったので、そこを中心にやっていこうと思っている」
「開拓となると時間がかかりますね。こちらには採掘のプロがいますので、その人間達を送り出すという手もありますので――――」
仕事は滞りなく進んでいるようだ。
(やっぱり出番は無いなぁ。当たり前だけど――――)
話を聞くと、色々な情報が見えてくるのでしっかりと把握しているが、やることなく隣に座っているのは居心地が悪い。
上司がずっと仕事の話をしているのに、部下がフォローなんてできるはずもなく会話に参加できる手立てもないという状態。
(この場違い感…………俺、嫌い。凄く苦手)
そんな事を思っていると、ディズの耳にカチャっと小さな音が聞こえた。
彼は聞き逃さない。
FPSゲームで鍛えた聴覚索敵が無駄に冴えわたる。
変なところで前世のアドバンテージが役立ってしまう。
「ん?」
ディズが扉の方へ目を向けると、そこにいたのは一人の美少女だ。
(銀髪? いや、薄い紫か?)
この世界では理由は分からないが髪の色は多種多様。その点を見ても珍しい髪色だった。外見は彼と同じくらいの子供。
扉を少しだけ開け、顔半分だけ出してこちらを見ている。その瞳はグリーンアイで、とても美しい瞳をしている。
ディズと彼女はガッチリ目が合った。
少女は動かず、むしろガッツリ見返してくる。
全く動じている気配が無い。
大人二人は気が付いていない。
大人が仕事の話で真剣に話しているところに顔を出す。それはあまりよろしくない。
伝わるかは分からないが、ディズはジェスチャーで扉を閉めろと合図を出す。確実に見ているが少女は反応せず、ディズとジョセスターを交互に見ている。
(…………放っておくか)
気付かないフリを決め込むことにした。
あまり良くない手段な自覚はあるが、ディズでは何もできない。
「ん? あの子は――――」
気を使った瞬間、ジョセスターが少女の存在に気付いてしまう。
(お父様。そういうところありますよ?)
仕方がない事は分かっている。
煌びやかな髪が目立つのだ。
髪色が奇抜なのがナチュラルな世界。
染めている場合は緑やオレンジのような奇抜な髪色は当たり前ときている。なんなら、その色が地毛の人がいる中でも珍しい髪色だ。
ちなみにこの辺りでは黒髪は黒髪のディズも珍しい方だ。イメージとしては黒髪主体の日本人の中で濃い茶髪が混じっている感じに近い。それでも偏見の目が無いのだから不思議だ。
「これは! 失礼しました」
「気にするな。貴族が来て珍しいのだろう。あの子は貴女の――――」
「孫です。今、向こうへ――――」
立ち上がったアーナ。
「ディズ。あの子と遊んで来なさい」
「――――は?」
それを遮ったジョセスターの言葉にディズはキョトンとする。
(突然そんなこと言われてもどうしろと? 俺、中身アラサーよ? そもそも俺に仕事を見せる為に連れてきたのでは?)
「見たところ同じくらいの年齢だろう。さ、行きなさい」
(なにこれ? え? なにこれ?)
申し訳なさそうにしているアーナ。
こちらをジッと見ている少女。
そして、思い付きを口にしたジョセスター。
(おい、変な空気になってるじゃんか。これは断れないな。断るのも不自然だし…………まぁ、いいか。ここにいて何もしないより、何かしていた方が良い)
ディズは言われた通りに椅子から立ち上がり、扉から覗いている少女のところへ赴き、手を差し出す。
「とりあえず行こうか。邪魔になっちゃうから」
ディズは少女を連れ出す事にした。
少女は一瞬ためらったが、彼の手を取った。
「うん。一緒に行こう」
「……よし」
思ったよりもハキハキと答える少女。
滑舌良く凛としているが、可愛らしさを含む声。
ディズは「素直に付いてきてくれるのラッキー」と思いながら、少女と一緒に階段を降りるのだった。
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