其の壱──山中の楽人──

第一話 昔語り

 東と西の二つに分かれた【千華せんか】という国がございまして、今から語りますのはその内の一方、西の【千古せんこ】のお話でございます。


 妖やら鬼やらがそこかしこをうろついて回る、それはもう恐ろしい所でございました。魑魅魍魎が出るところには決まって霧が立ち込め、迷い込んだら最後、餌食となり戻って来ないといった様子で。


 人々はまともな生活なぞできるはずもなく、村はたちまち荒れ果てていきました。生きていくには野盗となる他なく、しかしそれも物の怪に怯えながらのものでした。山々は常に濃い霧が覆い、鬼や妖たちの根城となっており……まともに人が住める場所はと言いますと、はい、都しかなかったのでございます。


 帝のご加護により守られた都では、貴族や商人、武士などの人々が暮らしておりました。都の隅には貧しい者ももちろんおりました。妖たちも混じり、窃盗、殺人も日常のように起こりました。安全とは言えませんが、地方よりは幾分かましというものでございましょう。


 さて。帝のおはします千古の中枢、まつりごとの行われる宮廷には、多くの貴族が入り浸り華やかな生活を送っておりました。地方の現状が彼らの耳に入らなかった訳ではございません。場合によっては帝の御耳に入る事もございました。


 帝は民のため、それはもう多くの策を御提案なさいましたが、貴族達の反対に遭い、その多くが挫折しました。貴族達は自分の力が奪われることを危惧したのです。そして、当時の宮廷貴族は帝をしのぐほどに力を増しておりました。


 当時、十坏氏とつきうじ十坏長門とつきながかどの下一大勢力を築いておりました。次々と他氏を排斥していき、遂には宮廷政治を独占、政は彼らの思うままとなったのです。その時の帝白翁帝はくおうていは、先代と同じく彼らの横行を許すまいと勅を下しましたが、十坏氏の猛反発に遭い、改革案は破棄されることと相成りました。


 白翁帝はご譲位なさり、ご子息の清満きよみつ様が若泉帝じゃくせんていとしてご即位なさいました。しかし心労が祟ったのでございましょう。三年の後、若泉帝はよわい二十一という若さでお隠れになりました。

白翁御大はくおうごだいはとても悲しまれました。次の帝はまだお生まれになったばかり。十坏長門は新たな帝をお支えするという名目で摂政の地位につきました。今やもう、十坏氏に物申す者は誰もいなくなったのです。


 前口上はこの辺りにしておきましょう。

 物語のはじまりは都ではなく、千古の地方のとある山中でございます。

 霧に覆われたその山の中に、一つの隠れ家がありました。そこにとある人間の一家がひっそりと暮らしていたのでございます。

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