15歳の距離感

識名 たつみ

第1話 進路


「ねぇってば!」

前に座っている田中からの声に振り向くと、

プリントが回されてきていた。

はっきりとした口調に少しだけ驚き、

カバンに教科書を詰める手を止め、プリントを受け取った。

受け取ったプリントには【進路希望用紙】と書かれていた。


中学3年生の4月という時期を考えれば、急でもなんでもない。

あと一年で中学校は卒業だ。

つまり義務教育が終わるということなのだ。

これからの未来に、これまで以上に安定したレールはない。

地元や他県に関わらず、

どこの高校に進学するのか、それとも別の道を歩むのか。

どの選択肢を選んでも今後の人生を大きく左右する。

先生や学校、親はもちろん、そして僕にとっても。


「来週の金曜日までに提出してくださいね。」

教壇にいる担任の中山の語気も普段より少し強くなっていた。

すでに教員として20年以上勤めているうちの担任は、

提出されてくるこの用紙の意味が、生徒が考えている以上に重要なものだと、

経験からわかっているのだ。そしてほとんどの生徒が進路について、

まだふわふわしたイメージしか持っていないことも。

おそらくここに書く内容は来月の三者面談にも影響するのだろう。


それにしても、まだこのクラスになって一か月も経ってもいないのに、

様々な性格や学力、進路を抱くクラス約40人全員の話を聞くなんて、

先生とは大変な職業だ。もう来年の3月の卒業時点での進路や受験に対して、考えなくてはならない。もしかすると、この教室の中で一番考えているのは先生ではないだろうか。本人や家族とは別のプレッシャーもあるだろうに、先生はやはり大変だ。


当の生徒達は、漠然と有名な私立や地元の公立高校の名前を挙げる者もいれば、

用紙をまじまじと見つめている者もいた。自信や夢で希望に溢れ、将来を見据えてすぐに記入できるような生徒はこの教室には5人もいないだろう。

実際、4月時点で生徒以上に情報を持ち、モチベーションも高く、正確にイメージをしているのは教育熱心な親や、すでに兄や姉の受験を経験した生徒の親達だろう。


「こんなのすぐ書けないよ。来週までに決められるわけないじゃん。」

前の席にいた田中が半身の姿勢で僕にこぼした。

「まぁ、適当に書いとけば?まだ一年後の話だろ。」


グループ行動が苦手で、群れるのが苦手な僕は、友達が多いほうではない。周囲の優しいクラスメイトはきさくに話しかけてくれるが、放課後にどこか遊びに行くような間柄でもない。学校には部活のためだけに来ていると言っても過言ではないが、その部活仲間とは仲が良いわけでもない。クラスや部活という共通のコミュニティにいて同じ時間を過ごしているということが大きいが、部員とは部活で使うアイテムや備品を放課後に買いに行くことはあるが、それ以上はない。さらに話し役より、聞き役に回るほうが楽だとどこかで覚えてしまった僕は、田中いわく周囲から「嫌いではないが無口なキャラ」と言われているらしい。


そんな僕に気軽に話しかけてくる田中は少し変わっている。

クラスの女子の中心的なグループにいて、1年、2年のときから顔は知っていた。

だが3年になり初めて同じクラスになった。

ただこんなにも、はっきりと何かを言うやつだとは知らなかった。


3年になり初登校した日には「おはよう!元気ないね。朝ごはん食べてるの?」を皮切りに、寝ぐせをつけたまま登校した2日目は「それじゃ女の子にモテないよ」と言い放った。3日目のホームルームでは、私語が多く静かに話を聞かないことに苛立った担任のお説教のときには「あぁ~、もう、このクラスのホームルームは長くない?」などと、担任に聞こえるかどうかの声量で、わざわざ僕に向かって言い放った。悪い奴ではないが、あまり関わりたくないのが本音だ。


ただ、進路に関して田中に言った言葉は、嘘偽りなく僕自身思ったことを口にした。実際のところまだ実感がないのだ。

来週までにこの能天気な頭に、少しでも受験や高校の知識を蓄えなくてはいけないが、身が入るわけもない。

僕は1つ上の兄が去年受験をする姿を見て、受験のイメージはできる。

しかし、それは「受験」に対してであり、「進路」ではない。

僕は全く進路について考えられなかった。


今は、

・部活を引退すれば塾に行かなければならない。

・公立は私服と制服の高校がある。

・私立は家から遠いところが多い。

つまりほぼ無知であるということだ。

確かに将来は大切だ。僕も今年で15歳になる。

80歳まで生きるとしても、あと65年をどうするのか。

その最初の選択は非常に重要だ。

しかし、僕の頭ではまだ1年先も遠い未来のように感じていた。


さらに僕の頭は明日の試合のことで頭がいっぱいだった。

進路は明日の試合以降に考えればいいだろうと判断し、

用紙をさっとカバンにしまい、部室に向かうため教室を後にした。





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