二章11 『恐ろしい気配』
俺が南(ナン)をツモった直後、天佳はパーソウを切ってきた。
彼女の川はイーワン一枚に筒子(ピンズ)の2、6が二枚ずつに3、4が一枚ずつ。
そこに来てのパーソウだ。索子を切ってきたのだから、手が進んだと見るべきか。
二並はチーピンをツモ切ってきた。俺にとっては立直をかける腹積もりだから鳴くになけないし、索子の安牌が増えるわけでもないから、まったくありがたくない。
しかしそれから二並は索子の2、赤5、5、4と連続で切ってきた。
天佳はリャンソウ、パーピン、サンソウ、スーソウ。
上がりが出ないのはいいが、雲行きはより悪い方向へと向かって行ってる気がした。
二並が立直をかけてから出てきた索子は全部で2、4、5、6、8の5種。もうここまで来たら筒子か字牌(ツーパイ)を上がり牌にしていると見るべきだ。
ならばまあ、よくはないが当たりにくいのだからまだマシだ。
問題は天佳だ。
彼女は筒子も索子も両方捨てている。しかも1、9とかではなく順子に使えそうな牌ばかりをだ。
恐ろしいのは么九牌が最初のイーワン以外まったく出てきていないことだった。
不穏だ……。
どんな化け物が出てくるかわからない。どんな役でも上がられたら困るが、それにしたってこれは不気味すぎる。とんでもない牌が当たってしまいそうで、怖い。
しかしそこに舞い降りてきた、筒子。
聴牌(テンパイだ)――!
俺は迷わずある牌を手に取り、川の三段目の先頭に横向きに並べた。
「立直だッ!」
宣言を耳にするなり、来たかと二人の顔が強張る。
雀士は稀(まれ)に打っている内に、誰が聴牌しているか、あるいはするのか空気で感じ取ることがある。今がまさにそうだったのだろう。
俺の川にはスーピンがあった。筒子は他にイーピンがある。
他は半分近くが索子で、他家(ターチャ)から見れば染めているのはほぼ確定だった。
捨て牌を選べる天佳はもう筒子を捨ててこないかもしれない。
まあ、彼女から和了(ホーラ)したら飛ばしてしまう。たとえ上がり牌を捨てても見逃さねばならない。
さらに懸念事項がもう一つ。二並と上がり牌がダブってしまっている可能性があるということだ。そうなったら彼女からの振り込みは期待できず、自摸(ツモ)上がりしかできないということになる。ただでさえ単騎待ちの状態なのだから、それ以上期待値が下がるようなことは考えたくないが……。
天佳はツモした直後に手牌からチーソウを切ってきた。その手つきに迷いはない。
三麻は萬子の大半がなくなっているため、么九牌(ヤオチューハイ)を引く可能性がぐっと高くなっている。そして四人麻雀同様手牌づくりでは不要になりがちで、事実俺の川には五枚、二並のところには四枚捨てられている。
……なんかイヤな予感がするんだよな。
たとえばそう。北(ペー)を引いても、抜きドラをしないような役とか……。
二並はツモった瞬間、あからさまに動揺したように一瞬硬直した。彼女の目がゆっくりと自分の持つ牌と天佳とを往復する。
恐る恐る牌が川に置かれる。
東(トン)だった。
それはもう彼女自身の川に一枚、俺の場所にも一枚と計二枚も捨てられている。
普通なら警戒するような牌じゃない。だが天佳の捨て牌の並びは、きわめて異質だ。どうしても俺と二並は、その奥に化け物を幻視(げんし)してしまう。
俺達の視線に気づいた天佳は、異様に陽気な表情を浮かべた。
「どうしたネ、そんな怖い顔して。笑顔大事ヨ、笑うと元気になるネ」
ああ、間違いない。
彼女の手作りしてる役は、おそらく――。
……俺は立直をかけた。腹をくくったのだ。わかっていたところで、もう止まれない。
引いてきた牌はサンピン。これは天佳に対しては安牌、二並はローピンを捨てているから筋的には大丈夫だ。川に並んでも、彼女達はちらと見ただけでロクに興味も示さない。
天佳は手牌からチーソウを川に流した。
連続で同じ牌を――つまり雀頭(ジャントウ)をわざわざ切ってきたことになる。しかもチーソウは7、8とも6とも繋がる順子(シュンツ)の要(かなめ)となる牌だ。
だがもはや不自然でもなんでもない。彼女の目指す役、逆転の材料。それには不要なのだ。
またも二並の顔が強張る。この先、天佳が手牌を変える度に、そして么九牌を引く度にその表情になるのだろう。彼女が切ったのは中(チュン)だった。天佳はその牌を見やったが特にアクションは起こさなかった。二並はほっと息を吐く。
……俺も引いてきてしまった。チューワンだ。
やはりこれを捨てるのは、滅茶苦茶手が震える。しかしこちとら、九種九牌の申し子。相手に同じ気持ちを何度も味あわせてきた。立場が逆転しただけだ。動揺しないのは無理だが、二並よりは落ち着いた感じで牌をさばけるはずだ。
ただ牌がいつもより重く感じたのは事実だった。天佳は牌を見やっても手牌には触れようとしなかった。
……しかし次のツモ次第では。
俺と二並は立直をかけて若干優位な立場にいたはずなのに。
気付けば唯一リー棒を投げていない天佳に恐れおののいていた。
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