二章10 『危険牌のオンパレード』
四枚目のツモ――筒子(ピンズ)。
これでチーソウを捨てて、手牌はローソウと字牌(ツーパイ)それぞれ一枚を除いてすべて筒子だ。混一色(ホンイツ)どころか清一色(チンイツ)も見えてきた。
次の手番の天佳は、手牌からサンピンを切った。彼女の川にはイーワン、リャンピンがある。まだ断定はできないが、おそらく索子(ソーズ)染めだろう。
二並の川には西(シャー)、東(トン)と字牌が並んでいるが、三枚目は――ローピンだ。
鳴けるが、鳴かない。ここまで順調に染まってきているのだから、できれば立直をかけて高めを目指したい。そうでもしなければ4万点近くの差は埋まらない。
次に引いてきたのはウーソウだった。
さっきのチーソウと合わせれば順子(シュンツ)を作れていたが、そんなものはいらない。迷わずツモ切りする。
今はとにかく、打点を伸ばさねば。
天佳が手牌からスーピンを切ってくる。彼女の川には筒子の2、3、4が並んだ。しかも
すべてが手牌から出たものだ。
天佳は親との点差が45500点もある。
ラスで親でもないから彼女が逆転するには三倍満を直撃するか、役満を上がる以外に方法はない。かなり無理してでも、高得点を期待できる手牌作りをする必要があるのだ。
二並が四枚目の牌を引く。
途端、彼女の表情が喜悦に歪んだ。
まさか――という予感は的中した。
手にした牌を、真横に構え。
それを川の最後尾へとくっつける。
「立直よぉんッ!」
点棒が宙を舞い、川の向こうへと音を立てて横たわる。
捨てられた牌はリャンソウ。
もはやほぼブラックボックスといっても過言ではない状況での、立直。
俺は喉の奥に異様に重たいものを感じた。
体が熱いような冷たいような感覚に襲われる。
「うふぅ、どうしちゃったの二人共ぉん。顔が土気色よぉ?」
愉快そうな笑声が、耳をざわざわと這った。
……落ち着け、冷静になるんだ。
まだ立直をかけられただけだ。上がられたわけじゃない。
しかしこの先制立直が俺と天佳の足枷(あしかせ)にならないと言えば、嘘になる。
もしも二並の手牌が索子染めなら、筒子染めはとんでもない命がけとなる。
……願わくば、これ以上索子を引かせないでくれ。
しかし祈りは空しく、次のツモはパーソウだった。どうでもいいがこれで索子は5~9引いたことになる。元から手牌に加える気はなかったが、微妙に悔しい。
手牌にある索子は6と8。少なくともこの二枚を捨てられなければ、清一色どころか混一色にすら辿り着けない。
……分(ぶ)が悪い賭けだが、やるしかない。
まずはパーソウを手に――牌はイヤに冷たい手触りだった――それを川にそっと置いた。
二並は何も言わず、その牌を見ている。天佳も同様だ。
どうやらひとまずは通ったらしい。内心で胸を撫で下ろす。
天佳は手牌から迷わずローピンを切ってきた。安牌だ。
二並が山に手をかける。親指の腹で牌の表に触れた瞬間、彼女の口角が上がった。
まさか――背筋を氷水に着けた手で撫でられたように冷えていく。
彼女はその牌を空中でくるりと縦回転させ、卓に叩き付けた。
「北(ペー)よぉんッ!」
……なんだ、北か。
強張っていた体が脱力していく。
北でもドラが一枚増えるのだから普段は十分に脅威ではあるのだが、この状況下ではもはや上がられる以外は恐怖でもなんでもない。ドラなんて好きなだけ増やせばいいとしか思えない。
しかし北した以上は、さらに一枚牌を引くということだ。それが上がり牌であっては結局は対局が終わり、逆転の芽が摘まれてしまう。
どうか自摸らないでくれ――願わくばローソウが安牌として出てくれと願わずにはいられない。
果たしてその牌は、川に並んだ。
發だった。
ひとまずは上がられなかったことを喜んでおくが、しかし發では大した安牌のヒントにならない。やはり今後もリスキーなギャンブルを続けざるを得ないということだ。
俺はいつもよりぎこちない手つきで、次の牌をめくった。
――スーソウ。
神ってヤツがいるなら、ソイツはどうも俺のことをおちょくっているらしい。
こんな危険牌を次々握らせるたあ、一体どういう了見(りょうけん)なんだ?
ただ止まらないと決めた以上、この牌は切る。覚悟はとっくにできている、振り込んだらその時はその時だ。
俺はやけっぱち気味に川に牌を置いた。
二並は――無言を貫く。上がり牌ではないということだ。
天佳も反応せず、山に手をかける。上がる気でも降りる気でも、彼女に鳴くメリットはほとんどない。和了以外にはもう天佳が目立った動きをすることはないだろう。
天佳はリャンピンを切る。イーワン以外はもう筒子一色だ。
二並は發をツモ切った。いい加減安牌のレパートリーを増やしてほしいのだが……。
西が手牌に来た。安牌だが、索子は全て切るのだ。もはや失うものは何もない。
最後の索子、ローソウを手牌から切る。
二並からも天佳からも和了のコールはない。どうにか不要牌の処理はやり終えた。
後はこのまま何事もなく、テンパイからの立直、できれば二並に直撃。それである程度の点数は取り戻せるはずだ。
さらに一巡後、南が重なった。
一向聴(イーシャンテン)!
勢い込んで西を切る。
清一色は無理でも混一色、しかも抜きドラ一枚、裏ドラ三枚もまだ期待できる手牌だ。
待ってろ二並。今にもまくってやるからな!
気配で察したのか。二並はこちらを向きチロリと唇を舐め、鼻から笑声を響かせてきた。
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