一章2 『目覚めよ黎明』
少女の顔がさも呆気にとられたものに変ずる。
「あんた家宝(チャーポー)知らないの?」
「だからなんだよ、それ」
「~っあーもうッ、頭痛くなってきた……!」
少女が眉間にシワを寄せて頭を抱えるのとほぼ同時に、男達から頭痛を悪化させそうな笑い声が上がった。
「ギャハッ、ギャハハ、聞いたでごわすか!?」
「アイツっ、家宝も知らねーってよ!」
「それなのに俺達に戦いを挑もうとしてんのかよっ」
「傑作だぜ、こりゃ!」
……傑作だぜって言葉、ひっさしぶりに聞いたな。コイツ等何歳だ?
「ってかあんた、さっきから思ってたけど、その恰好なんなのよ? どこの国出身?」
「日本だけど。多分、アイツ等がさっき言ってた、ヒノモトって場所じゃないか?」
「ヒノモトにも家宝は存在するはずだから、知らないはずないと思うけど……まあいいわ。じゃあもしかして、あたし達が今何やってるかもわかってないんじゃない?」
「麻雀だろ?」
「ええ。でも、ただの麻雀じゃないわ」
「……どういうことだ?」
「やっぱり、わかってなかったのね……」
はぁああと、思いっきりため息を吐かれた。
「あーもう、通りすがりの無知男に庇われるなんて、ものすっっっごい屈辱……」
「お前、かなりの毒舌な」
「でもまあ、何も知らないってことは、上手くすれば利用価値も――」
「……そしてすさまじく嘘とか隠しごとが苦手そうだな」
「バーカ。聞こえるように言ってんのよ。わかったらこんな性悪女見捨てて、早くどっかに行っちゃいなさいよ」
「何言ってんだよ。こんな可愛い女の子を見捨てて逃げるなんて、できるわけないだろ」
「かっ……、か、可愛い!?」
ぽっと顔を赤くする少女。
「どうした、熱でもあるのか?」
「うう~……。ああもうっ、わかったわよ! あんたにその資格があるか、試してやるわ!」
少女は傍らに落ちていた扇子を手に取り、その持ち手を俺に向けて突きつけてきた。
「……なんだよ、それ」
「家宝よ、さっきから言ってんでしょ!」
「まあ、さっきから聞いちゃいるが、それがなんなのかまるで理解できてないんだが?」
「いいから持ってみなさいよ! もしもなんの反応もなかったら、その時は諦めて大人しく去りなさい」
俺は訝(いぶか)しみながらも、その家宝というらしい扇子を手に取った。
だがうんともすんとも言わないし、まるで変化もない。
「……何も起きないな」
「まだよ。それを開いてごらんなさい」
俺は唯々(いい)として扇子を開いた。
途端。
扇子から泡沫のように、黄金の光が立ち上りだした。
少女の目が大きく見開かれる。
「え……嘘、まさか?」
少女だけでない。
男達も動揺を露わにし、喚(わめ)いている。
「おっ、おいおい、あれってまさか……」
「あの男、家宝を使えるってのか!?」
「まっ、マジかよ……!」
「し、信じられんでごわすッ……!!」
俺は視線を縫い留められたかのように、扇子に見入っていた。
そこには荒々しい波が打ち寄せる大地と、紅い山肌の富士山。そして彼の山が背負っているかのように、白き曙光を放つ太陽が描かれていた。
富士山はまるで、山肌が燃えているかのごとく揺らめいていた。
「……これが、家宝」
「いいえ、違うわ」
少女はさっきまでとは打って変わった、神妙な面持(おもも)ちで言った。
「その家宝の真名(しんめい)は、日出雲流之東風(フォン・フゥ・タイアン・チュー・イン)――別称、黎明(リィー・ミィン)と呼ぶわ」
「黎明……」
少女は様々な感情が入り混じったようなため息を吐いた。
「……あんた、家宝が使えるのね」
「光が出てるからか?」
「ええ。……約束よ。あんたには、その男達と戦わせてあげる」
「あげるって、お前なあ……」
「イヤならいいのよ。さっさとどこへなりとも、とんずらしちゃいなさい」
ツンとすました顔でそっぽを向く少女。まったく、素直でない。思わず笑いが漏れる。
「行くわけないだろ」
「ふぅん、物好きなヤツ」
「で、どうやってこの扇子で戦えばいいんだ?」
少女は推(お)し量(はか)るような真剣な眼差しをこちらに向け、訊いてきた。
「あんた、麻雀は一応打てるのよね?」
「ちょっとばかしな」
九種九牌の特異体質は今は言わなくてもいいだろうと思い、とりあえずイエス・ノーだけ答えておく。
「なら、話は簡単よ。その扇子で、手牌の中で切りたいものを叩くなり、扇(あお)ぐなりしなさい」
「なるほど、それが牌を切る行為になるわけだな」
「ええ。加えて、攻撃にもなるわ」
「攻撃……?」
「いいから、試しにやってみなさい。……あ、一つだけ注意しておくけど」
「なんだ?」
表情を険(けわ)しくして、少女は言った。
「相手の手牌を覗き見るのは、絶対にダメよ」
「……まあ、するつもりはないが……なんでだ?」
「家宝を持つ資格を奪われるからよ」
「ルール違反のペナルティってわけか……わかった」
俺は扇子を固く握り、手牌の前に立った。
俺の左側で光り輝く東の字が浮かんでいる。川の中央には同様の感じで、南の文字。
南場(なんば)で俺が親、ということだろう。
少女が打っていた途中からだから、配牌の時点では俺の影響は受けていないはずだ。
だが川には八枚の么九牌(やおちゅうはい)、手牌にも中が一枚。
九種九牌である。
配牌がどうだったかは知らないが、どうしても運命を感じずにはいられない。思わず苦笑が漏れる。
手牌は萬子と索子の五~七の順子、索子の二と四で三の歯抜け、筒子の三と中の浮き牌、筒子の五の刻子が鳴いて作られている。
川は么九牌で占められているから、上がる際にフリテンの心配はなさそうだ。
ここから上がりを目指すなら、筒子の三をツモるのを待つか、索子の三をやはりツモるかそれとも鳴くかをするのがいいだろう。
中は二巡前に北家(ペーチャ)が捨てている。
おそらく捨てても和了(ホーラ)されることはないはずだ。
手牌が十四枚あるのは対面(トイメン)の西家(シャーチャ)。
ヤツが捨てることで、対局は再開される。
西家の男がにやりと笑い、手に持っていた剣を振りかざした。
あれがヤツの家宝か――とぼんやり眺めていた時だった。
「立直(リーチ)ッ!!」
そう叫んで男は牌を断ち切った。
クソッ、いきなり曲げてきたか……。
俺が内心で舌打ちした直後、宙に横向きに萬子の二が表示される。
直後だった。
その牌から二つの火球が出現し、俺に迫ってきた。
「――は?」
理解が追いつかず混乱していると、背後から少女の声が飛んできた。
「扇子で振り払いなさい!」
俺は言われるままに、焔へと扇子を振り扇いだ。
すると焔の接近は止まり、そのまま宙で燃え尽きたようだった。
「い、今のは……」
戸惑う俺に、少女が説明してくる。
「この破邪麻雀(ポースィー・ダ・マージャン)は捨てた牌の効果に応じて、任意の対局者に攻撃することができるのよ」
「捨て牌で任意の相手を……ってことは!?」
少女は苦々し気な顔で頷いた。
「そうよ。これは四人麻雀でありながらも、実質三対一の袋叩きってこと」
一手打つごとに俺は対局の優劣にかかわらず、ただの力技で追いつめられていくということだ。じっとりと背中に冷たい汗を感じた。
「まだまだ行くぜっ、そらよっ!」
北家の男が萬子の三を捨てる。
次は火球三つか――!?
俺は扇子を構えたが、甘かった。
「それ、ポンだぜッ!」
南家の男が二枚の手牌を倒して鳴くと同時に、捨てられた牌がその男の元に移動する。
牌がUの字状になった途端、九つの火球が宙に現出し、俺目掛けて殺到した。
「……こんなっ、こんな麻雀と関係ねえことで負けっかよッ!」
俺ががむしゃらに扇子を振るうと、ヒュゥンと鋭い音と共に風の刃がいくつか放たれた。それは火球を七つほど破壊したが、二発はそのままに迫ってくる。
万事休す……と思った直後。
「聖清生成(チューシャン)!」
少女の声が響くと同時に、俺の前に二体の真っ白な肌の人型の何かが出現した。
こりゃとても人の肌じゃない、マシュマロだか餅みたいに白い。
ソイツ等は手に持った盾で、火球の攻撃を受け止めた。
「――あたしだってね、役立たずじゃないのよ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべた少女の手には、人を模(かたど)ったかのような白い紙があった。
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