みそ汁

藤マ善

そんなこと

 死にたい。

 と僕は言う。

 言うだけだ。本当に死にたいなんて思ってない。


 そんなわけがない。

 死にたいって言う時は、大概わりと死にたい。

 けど、本当に死ねるほど、僕は弱くないし強くもない。ただそれだけだ。


 月曜の朝の満員電車とか、苦手な種目の体育の前とか、自分だけ課題を忘れた時とか、日常の中でほんの少しだけ憂鬱になったら、死にたいって思う。

 本当は、死にたい訳では無いんだろう。

 逃げたい。

 の方が、合っている気がするんだ。

 けど、思いつく逃げる方法の中で最良なのが、死ぬことなんだ。


「まだ若いんだから」とか「命を無駄にするな」とか「そんなこと言うなよ」とか、無責任で無感情で無神経なことを言わないで欲しい。


 まだ若いってなんだ。

 僕は今日死ぬかもしれない。あなたはあと三十年生きるかもしれない。

『まだ』ってなんだよ。

 確かにあなたと比べたら、僕の人生は未成熟で未発達で未完成だけど、そんなのはあなただって同じじゃないのか。


 無駄ってなんだ。

 意味もなく他の命を奪って、意味もなく時間を浪費して、意味もなく死んでいくだけの人生は『無駄』じゃないのか。

 僕は十余年かけて命を無駄にするだけだ。あなたは数十年かけて命を無駄にするだけだ。


 そんなことってなんだ。

 僕が死ぬことは、あなたにとってはその程度かもしれないけど、僕にとって死ぬことは、全てから逃げられるたったひとつの手段で、大切で、畏ろしいものだ。

『そんなこと』ってなんだよ。

 あなたはきっと強いんだろう。死にたいなんて言葉が、頭をよぎったこともないんだろう。


 僕は考えてるんだよ。

 どんなふうに死んだら誰にも迷惑がかからないかな、とか。

 どんなふうに死んだらあなたたちは満足するのかな、とか。

 どんなふうに死んだらみんなは泣いてくれるのかな、とか。

 どんなふうに死んだら綺麗かな、って。



 そんなことを考えながら、僕はみそ汁をすする。

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