作者人狼

蒼恋華

第二回作者人狼〜「旅」〜

 ざりっ、ざりっ。

 一歩踏み出すごとに砂利道特有の音が鳴る。


 つい数年前。私の大切な人がこの世から消えたその時から、世界はモノクロームへと変わった。 この世界にあなたがいないという事実に、私が耐えられるはずがなかった。

 あくる朝。私はふと思い立って、旅行に行くことにしたのだった。

 一番のお気に入りの服を着て、荷物をまとめ、しっかりと戸締りをする。

 いってきます、と誰もいない玄関へ声をかけ歩き出した。


 それが私が今ここにいる経緯だ。山のふもとにあるという小さな旅館に泊まることになっている私は、最寄り駅から三十分ほどの道を歩いていた。

 どうしてそんな不便なところに、と聞かれそうなものなのだが、ここは初めて夫と共に来た思い出の地なのだ。私は……

「こんにちは。お一人ですか? 」

 声に驚いて振り向くと、私と同じくらいの歳の女性が立っていた。

「ええ。あなたもです? 」

「はい。この先の旅館ですよね。よければ一緒に行きませんか? 」

「構いませんよ。ぜひ」

 特に断る理由もなかったので、一緒に行くことにしたのだった。


「そういえば、お名前は何というのでしょうか? 」

「私ですか? 篠原しのはら 由衣ゆいです」

 偽名を使おうかと迷ったものの、どうせ宿帳でバレるので正直に言っておく。

「へぇ、良い名前ですね。私は結城ゆうき はるかって言います」

「えっと、それなら遥さん、と呼べばいいですか? 」

 遥さん、と呼んだ瞬間、彼女はぴくりと反応した気がした。

「そうですね…… それがいいです。では私も由衣さん、と呼んでもいいですか? 」

 少しむず痒い思いがした。あの人も確かここで初めて名前を呼んでくれたっけ。

「ええ。なんだか懐かしい感じがします」


「すみませんねぇ。昨日、雨漏りしちゃって部屋が一つしか空いていないのだけど……」

「それなら、一緒に泊まりませんか? 」

 遥が提案する。

「……まぁ、構いませんが」

「本当にすみませんねぇ。お詫びに今日の夕食は少し豪華にしましょう」

「いえいえ、お気になさらず」

 計画は少し狂ってしまったが、きっと運命の悪戯いたずらというやつだろう。少しだけ楽しんでみることにした。


「なるほど。だから由衣さんもこの旅館に来たんですね」

 夕食を食べながら、お互いに身の上話をしていた。遥もどうやら大切な人を失ってこの旅館を訪ねてきたらしい。

「そうなの。ここは彼との思い出の地でね。初めて一緒に来た旅館なのよ」

「実は私もなんです。ふふっ、なんだか運命感じちゃいますね」

 遥が微笑む。

「あの、由衣さん。明日もよければ一緒に行動しませんか? 」

「別にいいけれど、私は特に行きたいところはないよ」

「いいんです。きっと私たち、同じなので」

 不思議とその言葉は正しいように聞こえた。それは単に声色や表情のせいではなく、心のどこかでシンパシーを感じていたのかもしれない。

「そうね。もしそうだったら一緒にいこうか」


「あら。お帰りですか? 」

 女将さんがにこりと笑った。

「ええ、ありがとうございました」

「それではお気をつけて。またのお越しをお待ちしております」

 もう来ることはないかもね、という言葉は飲み込んだ。


「由衣さん」

 遥が旅館の外で待っていた。

「本当にいいの? 」

「はい。それでは、行きましょうか」

 私たちは来た道とは違う、山奥へと向かう道へ入った。


「まったく、本当に同じ目的だったとはね」

 私と遥は、丁度良い広さの空き地を見つけ、テントを張っていた。

「そうですね。最期に由衣さんみたいな人に会えて嬉しいです」

「私もだよ。多分、この世界にまた色をくれたのは、遥さんだと思う」

 七輪をテントに入れ、練炭に火をつける。

「寝心地、悪いですね」

「もう少しいいところに張るべきだったかな」

 互いに顔を見合わせて笑いあう。

「まさか出会って二日で一緒に死ぬことになるなんてね。しかもこんなに普通に話せるようになったし」

「…… 一人じゃ寂しくて、死ねなかったんです。誰かと一緒に死にたかった。だから、あなたが来た時本当に嬉しかったんです。『これでやっと死ねる』って」

「…… どうして、遥さんは死にたいって思ったの? 」

「由衣さんと同じ理由だと思うよ。私も大切な人を失って、世界から色が消えたんです。あの人がいない世界なんて、私には耐えられませんから」

「なんだ。私と全く同じだね」

 そっと薬を飲みながら答えた。

「由衣さん。あの、手、握ってもらえますか」

 弱々しい笑顔で遥は手を伸ばしてくる。

「もちろん。さて、それじゃあ…… 」

 ── おやすみなさい。いい夢を。

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