第7話 スカーレット
「永友さん、遅いわね」
彼女がなかなか戻らず、原口先生の顔は少し心配気味だ。私も永友とは仲が良いわけではなかったが、さすがに心配になってきた。
「私、探してくる!」
真っ先にそう言ったのは内田だった。
「ちょっと待って、先生も行くわ」
「私も行きます」
気づくと使命感からそう言っていた。私らしからぬ感情がまた顔を出す。
「私も……」
少しして前田もそう続く。しかし先生は前田のほうを向いて
「わかったわ。でも前田さん、あなたはここにいて。もし永友さんが戻って来たら先生に連絡してほしいの」
と返した。
「わかりました」
返事を少し迷った前田の代わりに、円藤が言った。
私たちは校門を出て、外周を再び走る。そして坂を上り、学校の裏の道に出た。
永友祐子。彼女は林と池の真ん中の道の真ん中にいた。四つんばいの後ろ姿。地面にだらしなく垂れた髪。
最初に見つけた内田が声をかける。
「おーい! 祐子ちゃん大丈夫?」
返事がない。
「永友さん!?」
内田と原口先生は永友の隣にしゃがむ。私もそれに続きしゃがむ。
「祐子ちゃん?」
永友の顔。髪が隠し、よく見えない。内田は永友の肩に手を当て
「おーい! ゆーこちゃーん?」
とうるさいくらい大きな声で言う。
だが突然、永友が動き、すぐに内田が悲鳴を上げる。私は戦慄した。内田が手を触れた瞬間、永友が起き上がり、内田に襲い掛かったのだ。
髪に隠れていた顔が露わになる。ひどく顔色が悪い。血の気のない、死の顔色。私は再び戦慄した。
「いやあああああああ!!」
内田の悲鳴。先生の悲鳴。私の悲鳴。
永友は内田の太ももを爪でえぐる。内田は尻餅をつく。両太ももからの血が、体操服を赤く染め上げる。永友の爪もめくれる。
尻餅をついた内田に、馬乗りになる永友。
「やめなさい!!」
先生がとっさに間に入る。続けて私も間に入る。しかし永友は爪のめくれた指で私の背中を裂いてくる。それが背骨やブラに引っかかる。痛い。それでも永友は止めない。
私の背中が血で赤く染まった頃、内田が泣き出した。先生も身動きがとれず
「誰か!助けて!!」
と悲鳴のような声で叫ぶ。私も痛い。でも身動きがとれない。
内田の尻餅をついて大泣きする姿は、まるで幼稚園児だ。私もあんな風に泣けば、楽になるのかなあ。その前に死ぬのか。するとその時、前田の声が響いた。
「うっちー!? 先生!?」
先生の声を聞いて、すぐさま駆けつけたのだ。前田は永友を押さえつけ、池の前へと投げ飛ばす。
おっ、意外と力あるじゃん。私は助けられた時、そんなどうでもいいことがまず浮かんだ。
「大丈夫?!」
前田はすぐに私のもとへ駆け寄る。手を引っ張られて、私は起き上がった。
そしてゆっくりと永友も立ち上がる。私も永友も血まみれ。髪も顔も体操服もブルマもソックスもシューズも。血まみれ。
私は永友を睨む。しかし永友の目はうつろだ。相変わらず顔色は死の色。
「なんでこんなことするの!!」
私は思いっきり怒鳴る。すると永友は私たちを指さして
「あ……い…つ……だ」
と。はっきりは分からないが、口の動きは多分そんな感じだった。
「何? 誰?」
すると永友の動きが固まった。何かから怯えるように。
「後ろ!?」
前田がとっさに振り向き、私も振り向く。
しかしそこには誰もいなかった。ただの林だ。そのただの林の前に手向けられた花束。そこは柏木の遺体が見つかった場所だった。
私と前田は永友のほうに再び向く。永友は恐怖からかガタガタと震えだす。
「永友さん……?」
次の瞬間、永友は口から大量の血を吐きだした。
「永友さん!」
先生が青ざめて、叫ぶ。しかし応えることもなく、永友は仰向けに池に落ちる。小さなため池が大きく揺れ、水しぶきが上がる。
「まずいわ!!」
先生が池に急いだが、間に合わなかった。永友はそのまま、濁った緑の水に沈んだ。
私はもう、上げる悲鳴も枯れていた。内田の惨めな泣き声だけが林に響いていた。
「すぐに救急車を呼んで!! 前田さん!!」
血と泥にまみれた先生が言い、池に飛び込む。
「……わ、わかりました!」
前田は急いで校門の公衆電話へと向かった。
「永友さん! 永友さん!」
しかし無念にも先生の呼びかけは無意味になった。しばらくして池の真ん中あたりに永友が浮いてきた。水を大量に吸いこんだようで、もはや生存は絶望的だった。
私は思わず目を背ける。先生は岸に上がり、息が抜けたかのようにしゃがみこんだ。そして黙り込んだ。きっと今までの出来事に唖然としているのであろう。
私はすすり泣く内田の手を強く握り、助けが来るまでの長い間、震え続けていた。
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