第2話 正月の空
大井の方は信虎と晴信の間で揺れていた。
信虎の正室にして太郎晴信、そして太郎の弟、次郎信繁の母でもある。
大井の方の苦悩の原因は昨日の宴会でのことだった。
昨日は正月の元日で宴会が開かれた。
当然、晴信と信繁も父、信虎と共に参加して盛り上げていた。
しかし、信虎の一言で場が静まり返り、注目が集まった。
「これより、わしから跡取りに盃をさす。よく見ておけ。」
当然、家臣一同、長男である晴信に渡される、そう思っていた。
しかし、盃の行く末は次男の信繁であった。
家臣は皆、愕然とした。
実は前々から信虎が次男の信繁の方を跡取りにしようとしている、
という噂があったが、信じる者は少なかった。
ただ、この信虎の言動は次の当主は信繁であると言っているに
他ならない。
武田家の主である信虎が明言したのだ。
晴信のショックは家臣どころではない。
その日の夜、晴信は寝込んでしまった。
「晴信、晴信!」
朝、晴信は女性の声で目覚めた。
その声の主は、母の大井の方であった。
あの宴会の後、大井の方は心配で眠れなかったという。
「母上・・・。」
気落ちしている晴信を見た大井の方は衝撃の一言を放った。
「もし、信虎様がどうやっても意思を曲げなかったら、
国から追い出してしまいなさい。」
いきなりの衝撃発言に晴信は絶句した。しかし、大井の方は構わず続けた。
「この戦国の世、それくらいの決意がなければ生きていけません。
それに、私は跡取りを次男にして長男と争いになった例を
いくつも聞いています。」
さらに動揺する晴信をよそに大井の方は結論を言った。
「変に跡取りを決められて国の中で争いが起きるなら、
早めに追放して御覧なさい。」
大井の方は早朝までの苦悩を断ち切り晴信に味方すると決め、
さらに、家の主であり晴信の父である信虎の国外追放まで持ち出したのだ。
そして、呆然としている晴信に大井の方は言うことを言ってさっさと帰っていった。
少しして空を見上げると雲の流れは速く、それは何かを予感させた。
晴信は母の強さを感じつつ、しばらくしてこんなことを考えた。
”幼いころは愛されていたはずなのに、なぜ今はこうも愛されて
いないのだろう。”
ここで晴信は記憶を遡った。
すると、あることがわかった。
最初にこういうことが起こったのは初陣の時であったと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます