第五章:勇者と剣聖と鑑定士

第259話:プロローグ

「――ふむ、ついに行くのだな、マヒロよ」


 陛下からの重たい口調に、俺は一つ頷いた。

 その隣ではディートリヒ様も心配そうにこちらを見ているが、もう決めてしまったことだから仕方がない。


「そうか。じゃが、戻ってくるのであろう?」

「もちろんです。俺にはまだ、魔の森の開拓が残っていますからね」

「うむ! ならば良し! その間のグランザウォール! さらに開拓村! そして温泉街は我に任せておけ!」


 ……どうせそんなことだろうと思ったよ! 陛下、俺たちのことなんて全く心配してないだろう! 温泉街のことが気になってしょうがないんだろう!


「陛下、そのような態度では気もそぞろなのがバレてしまいますよ」

「もうバレてますけどね!」

「ですが、温泉街は今後のグランザウォールの発展に大きく役立つものとなります。それを陛下はしっかりと保護したいという思いがあるのですよ」

「……そうなんですか?」

「も、もちろんじゃ! いやー、しかし、この菓子は美味いのう! はははは!」


 ……これ、絶対に誤魔化そうとしているだろう。誤魔化し切れていないけど。

 俺たちは今、赤城が襲撃してきたことへの報告も兼ねて王都アングリッサに来ている。

 そこで陛下への謁見を願い出たのだが、まさかその場で許可が下りてしまい、そのまま今の状況になっている。


「というか陛下、どうして今日は王の間や一室ではなく、中庭での会談なんですか?」

「ん? 庭で菓子を食べた方が雰囲気が出るではないか」

「……え? まさか、それだけの理由ですか?」

「他にどんな理由があるのだ?」


 ……あー、はい。もういいです。

 俺の隣ではアリーシャが苦笑いを浮かべており、さらに隣では森谷が黙々とクッキーを頬張っている。

 お前は温泉街に戻ったらいつでも食べられるんだから遠慮しろよな。

 それにしても、こうもあっさりとロードグル国へ向かう許可が下りるとは思わなかった。

 異世界人は自由とはいえ、やはり国と国が関わる可能性の高い案件だっただけに緊張していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「しかし、お主は懐が深いのう」

「ん? なんの話ですか?」

「マリア・シュリーデンの手駒であったエナ・アカギを受け入れたのであろう? 本来であれば極刑ものなのじゃがのう」

「こっちはしっかりと準備をして迎え撃てましたからね。被害もなかったですし、味方になってくれるならそれに越したことはありませんよ」


 レベル75の赤城を仲間にできる機会をわざわざ失う必要はないもんな。

 それに、グウェインがいればずっと仲間でいてくれるだろうし、俺がグランザウォールを離れたとしても残ってくれるだろう。

 防衛という面で見ても、赤城を仲間にするということは俺たちにとってメリットしかないのだ。

 ……まあ、グウェインの姉であるアリーシャからすると微妙かもしれないけどな。


「お主の判断じゃ、信じよう」

「ありがとうございます」

「それとな、トウリよ」


 今まで少し冗談混じりで話をしていた俺たちだが、陛下は急に真面目な表情で口を開いた。


「……な、なんですか、陛下?」

「もしもロードグル国で危険なことがあれば、我らはお主を助けることを惜しまない。故に、メールバードを飛ばすのじゃぞ」

「え、でも……」

「これはアデルリード国の国王として決めたことじゃ。我らはトウリと共にあろうと思っておる」


 ……えっと、そういう話は中庭でするような話ではない気がするんだが。

 とはいえ、それだけの信頼を得られていたというのはありがたいことだ。


「本来であれば私たちからも人手を割くべきなんでしょうが……」

「本当にいいんですよ。これは俺たちが決めたことですし、少数精鋭で向かうと決めていますから」

「じゃが、本当にいいのか? トウリ、アラタ、ハルカの三名だけじゃろう?」

「それにサニーとハクがいます。大丈夫ですよ」


 俺たちはロードグル国へ向かう人員をすでに決めている。


「あれ? 僕は?」

「え? いや、森谷が行くとは聞いていないんだけど?」

「僕も久しぶりにいろんなところを見て回りたいからついていくよ。それに、僕だって異世界人なわけだから、自由だろう?」


 ……こいつ、最後の最後にどでかい爆弾を落としやがったな!


「ふむ、タイキ様がいれば安心であるな」

「え? あの、陛下?」

「おっしゃる通り、異世界人は自由ですからね」

「ディートリヒ様まで?」

「トウリさんたちをよろしくお願いします、タイキさん!」

「アリーシャまで!?」


 ……結局、この場で森谷の同行も決まり、俺たちはグランザウォールへ戻ったのだった。

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