第222話:温泉とおもてなしと騒動と 22
温泉街を出て魔の森の奥へ足を踏み入れた俺たちは、すぐに魔獣と遭遇した。
レジェリコは鼻を鳴らしながら文句を口にしていたものの――それも最初だけだった。
「き、貴様ら! は、早く殺さないか! ひいいぃぃっ!!」
遭遇した時は私が倒してやろう! とか言って自信満々に魔法を放っていたが、その魔法が魔獣に片手で弾かれた瞬間、目を丸くして固まっていたなぁ。
その後もプライドからか、何度か魔法を撃ち続けていたが、その全てが弾かれて、破壊され、最終的には直撃してもまったくダメージがなく魔獣がポリポリと当たったところを掻いていた姿を見て、ついに心が折れたようだ。
「な、なななな、何をしている! 早く私を守らないか!」
「がははははっ! すまん、レジェリコ! 俺は陛下の護衛なのだ!」
「私も同じです」
「き、貴様らああああぁぁっ! おい、お前! 助けろ!」
今度は同行していたライアンさんに声を掛けたのだが、こっちはこっちで別の方向から迫ってきた魔獣を相手取っていたので完全無視である。
「く、くううううぅぅっ! 仕方がない、レレイナ!」
「は、はい!」
ようやく娘のレレイナさんに声を掛けたか。
まあ、彼女の魔法なら魔獣の相手もできるし、倒すことだって――
「は、早く前に出ろ!」
「「「……はい?」」」
「何をしている! 私のために、前に出ろと言っているのだ!」
……この人、本気で言っているのか? 魔導師なんだから普通は遠距離で魔法を放つのが定石だろう。
それなのにどうして前に出ろとか言っているんだ?
「……あー、えぇー? まさかだよな、アリーシャ?」
「……そのまさかだと思いますよ、トウリさん?」
「……お父様……そんな……」
「私はマグワイヤ家当主だぞ! さあ、その身で私を守るのだ!」
娘を盾にして、助かろうとしているのかよ、このバカ親父は!
こいつはダメだ。マジでダメダメだ。どうしてこんな奴が魔導師の名門貴族なんだろうか。当主になってしまったんだろうか。
長子継承制でも導入していたんだろうか。だとしたら、本当に勿体ないことをマグワイヤ家はしてしまったことになる。
「……レレイナさん。見せつけてやれ!」
「……私があなたを絶対に守ります。ですから、やっちゃってください!」
「……わかりました、トウリ様、アリーシャ様。私、やっちゃいますね!」
「おぉっ! さすがは我が娘だ! そうだ、私のために盾に――」
「ギガフレイム!」
「……は?」
レレイナさんが持つ火魔法の中でも最大火力を誇る魔法、ギガフレイム。
手のひらを上に向けたその先に顕現した火の玉は、その直径が5メートルにも及んでいる。
俺たちはすでに見慣れたものだが、初めて見る陛下たちは目を見開き、同じ魔導師職の賢者であるディートリヒ様ですら驚きの表情を隠せていない。
レジェリコに至っては口をパクパクさせながら、何をどう驚いたらいいのかわからないように見えて笑えてしまった。
「いっけええええええええぇぇぇぇっ!」
「はっ! ちょっと待て! まだ私がここにいる――どわああああぁぁっ!?」
――ドゴオオオオオオオオォォォォン!
ギガフレイムが魔獣に直撃すると、轟音と共に熱波が周囲に広がっていく。
その余波の影響なのか、周りで騎士や兵士と戦っていた魔獣が踵を返すと一目散に逃げてしまった。
魔法に恐怖を感じたのだろうか? ……あら、どうやら本当にそうみたいだ。
この辺りの魔獣は知識も高いのかな。普通なら本能に従って攻撃の手を止めるなどしないはずなんだけどなぁ。
「……まあ、いっか。目的は達成できたわけだし」
今回の視察、陛下に魔の森がどのような場所なのかを見てもらうのは当然だが、レレイナさんの実力をレジェリコに見せつける目的もあった。
それが陛下たちの目にも止まったのだから、これでレジェリコは実力が足りないなどとは言えなくなっただろう。
「……あっ! ご、ごめんなさい、アリーシャ様!」
「どうしたのですか、レレイナ様?」
「……素材、なくなっちゃいました!」
「構いませんよ。何せ、お父様の危機だったのですからね」
ニコリと笑いながらそう口にしたアリーシャは、視線をレレイナさんからレジェリコへ向ける。
魔獣に殺されると思ったのか、それとも爆発に巻き込まれると思ったのか、その表情は固まったまま、涙と鼻水を垂れ流していた。
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