第124話:自由とは程遠い異世界生活 59

 中から出てきた新は、俺の記憶の中にある姿とは全く変わっていた。

 頬はこけ、目は虚ろになっており、しゃんと伸びていた背筋も丸くなっている。

 ……これが、本当に剣道部主将だった新なのか?


「……あぁ……本当に、真広なんだなぁ」

「新……」

「……中、入るか?」

「あ、うん」


 声にも力が入っておらず、とてもか細い。

 俺は驚きながらも促されるまま部屋に入る。

 足取りも力なく、フラフラしながらベッドの端に腰掛けた新を見て、俺は椅子に腰掛けた。


「……お前、大丈夫か?」

「……大丈夫だ」

「今の姿のどこが大丈夫なんだよ?」

「……確かに、そうだな。食事が、喉を通らないんだ。口に入れても、お前や先生、八千代や近藤の顔が浮かんでくるんだよ」

「俺たちの顔が?」

「あぁ。……お前たちの、死顔がな」


 背筋がゾッとした。

 もしかすると、新は俺たちが追放された時からずっと悩み続けていたのではないだろうか。

 ずっと、ずっとずっと、操り人形にされてからもずっと! ……悩み続けていたのか。


「……いつからだ?」

「……もう、分からん。俺が俺でなくなったのがいつだったのかすら、分からないんだからな」

「……そうか」


 ……俺にできる事はなんだ? 鑑定くらいか?


「鑑定、新の体調改善」

「真広?」


 ……くそっ、結局そうなのか。俺に、できる事はないのか。


「……新、俺を見ろ?」

「……何を言っているんだ、真広?」

「いいから俺を見ろ! 俺のこの顔が死顔に見えるか! 俺は生きているぞ、新!」

「そ、それは分かっている。だが、これは俺の心の問題で――」

「なら乗り越えてみせろよ! 俺の知っている新は剣道部主将で部員をまとめ上げ、一本芯の通った男で、迷いがあってもそれを乗り越えられる男だったはずだ!」

「……買いかぶり過ぎだな」

「それならそれで構わない! 俺の言葉でお前の中の何かが変わる可能性があるなら、何度でも言ってやる! 徒労に終わっても知るものか、お前は変われる、あの頃の凛としたお前に戻れるはずだ!」


 俺と新の関係性は、そこまで深いわけではない。学校ではほとんど会話をしないが、外で顔を合わせれば少しだけラノベの話をするような、そんな小さな関係性。

 それでも新が俺の事を心配してくれていたように、俺もお前の事を心配していたんだ。その気持ちが少しでも通じてくれれば、何かが変わるかもしれない。


「……あぁ、そうだな。いつかは乗り越えられるかもしれない」

「いつかじゃない、今すぐに乗り越えるんだ!」

「……それは無理だ、真広。俺がどれだけの間、この悪夢に見舞われていると思っているんだ?」

「そんなもん、知るか!」

「だったら簡単に乗り越えられるとか言うなよ! 俺はあの時、お前を助けられなかった! 先生も、八千代や近藤の事もな!」

「だが全員生きている! 誰も死んでいないんだよ!」

「分かってるよ! 聞いてるよ……だが、それでも悪夢が離れないんだ!」

「だったらお前から突き放せよ! その悪夢はマリアの仕業じゃない、お前の心の問題なんだ! 俺にはどうする事もできない……だから、俺の顔を見て、死顔を今の俺の顔に上書きしろよ!」


 やりたくてもできない、そう思って新も声を荒げているのか。

 しかし、お前ならできると俺は信じている。あくまでも直感だが、特級職を得られた新の精神がそれほど弱いとは思えない。きっと何かしら、意味があっての特級職のはずだ。

 ……まあ、神級職の俺の精神が強いとは思えないけど。


「俺だけじゃない、先生も円もユリアも、死顔を今の生きている顔に上書きしてやれよ! 誰も死んでいない、生きているんだからな!」

「――! ……あぁ、そうだ。みんな、生きている」

「そうだ、生きているんだ! だから俺の顔を見ろ! 先生が来たら先生の顔も見ろ! ユリアもいる、後から円にも会えるはずだ! だから、全員の顔を上書きしろ!」

「…………真広」


 俺の言葉が通じたのかは分からない。だが、新が俺を見る目には力が宿った。

 これは、今まで俺が見てきた一本芯の通ったいつもの新の顔だ。


 ――ガチャ。


「やっほー! 御剣君、真広君! 元気になって……くれた……か……え?」


 ……え……いやいや……絶対に勘違いだからな!


「そういう事なのね!」

「「違うからな!」」


 盛大な勘違いどうもありがとう! さっきまでの緊迫とした雰囲気が台無しだな!


「……ふ」

「……え?」

「はははっ!」

「……新?」

「御剣君?」


 ……新が、笑った?


「……すまん、俺はどうやら、お前と先生に助けられたみたいだ。こんなにも楽しい時間が不意にやって来たら、そりゃ笑ってしまうだろう」

「……もう、大丈夫なのか?」

「……分からん。だが、さっきまでの鬱々とした気分ではないのは確かだよ」

「えっとー……先生、何かしたかしら?」


 ……まあ、結果オーライで終わりにしようかな、うん!

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