第5話 使用許可

そこには絹さんがいた。


「タケルくん、音楽室のグランドピアノの使用許可もらってきたの。使うでしょ?」


「え?使えるの?」

「私とタケルくんがコンクール本選に進めたって話をしたのよ。本選は夏休みだし、合唱部や吹奏楽部が使わない時は使ってもいいって」


絹さんが先生に交渉してくれたようだ。

自宅はアップライトピアノだし、本選までグランドピアノで練習できるのはとてもありがたい。


「助かる」

「これ、合唱部と吹奏楽部の部長に練習の日程表もらってきたの。このマス以外は私たちで使えるわ」

「絹さんが使いたい時間から書いて。僕は空いた時間使うから」

「あら、いいわよ、タケルくんに合わせるわ」

「でも、先生にお願いしたのは絹さんだし」

「…そうね、じゃあ、まずこの3日間の午前中は抑えていい?あとはタケルくんの予定も書いておいて」

「分かった。書いたら持っていくから」

「遠慮しないで書いてね」

「ありがとう」


「絹さん、先生に交渉するなんてすごいね」

横で僕たちの会話を聞いていた陸郎が、話に入ってきた。


「うまくいけば、全国大会出場ですよ、って言ったの。そうしたら学校名も大きく出るし、知名度も上がるじゃない?」

「なるほど。策士だね」

「それほどでも」


絹さんはピアノも上手いが、こういったこともお得意のようだ。

僕みたいな『コンクール受けます』なんて自分で言えないタイプの人間とは大違い。


去り際に、絹さんがほたるの前で立ち止まった。

「さっきはありがとう。バレーボールの試合、勝ってよかったわね」

椅子に座ったままのほたるは、少し目線を上げて絹さんを見つめた。

「…どうも」


颯爽とクラスから出ていく絹さんを見て、陸郎が「え?何?何?」と楽しそう。


「タケル、絹さんあんまりこのクラスの女子によく思われていないから、気を付けてあげて」

「え」

「さっき、クラスの女子にちょっと絡まれてたのよ、だからちょっと助けたの、それだけ」


陸郎が、ほたるを尊敬の眼差しで見つめる。


「ほたるちゃん、かっこいい…」

「かっこよくなんかないわよ、でも見て見ぬふりできないでしょ!」


まさか、絹さんがそんな風に見られているとは思わなかった。


「美人だしさ、孤高の人って感じで女子の間ではちょっと浮くのよ、絹さん。変に媚びたりしないから、面白くないと思う女子もいるってこと。それでも相変らず、こんな調子で隣のクラスに出入りするんだから。分かってんのかな、あの人!」

「ありがとう」


僕がお礼を言うと、ほたるがキッと睨んできた。


「もう!タケルに礼を言われる筋合いないわよ!ちゃんと言っておいてよね!!」


ほたるは相変らず面倒見がいい。

僕も小学校でいじめられたりした時には、いつもほたるが助けにきてくれてた。

ぼんやりしている僕と、しっかり者のほたる。


ほたるは、どうして僕と付き合うなんて言ったんだろう。

それこそ僕が危なっかしくて見て見ぬふりできない、みたいな感覚なんじゃないだろうか。

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