第7話 アイネル
すべての工事が終わってから数日が経ったどあろうか、アレクが俺にある提案をしてきた。
「カズトくん、アイネルに乗る練習をしてみないかい? 乗れるようになると何かと便利になると思うんだけどどうかな?」
俺にとっては思ってもみない提案であった。
と言うのも、元の世界の俺は乗馬などしたことはないしどころか、考えたことすらなかったのだ。
だがアレクの言う通り、アイネルに乗ることができれば1人で行動できる範囲もグッと広がる。車のないこの世界では間違いなく必須級のスキルだ。ここで生きていくためには乗れるようになっておいて損はない。いや、むしろ乗れないと色々と不都合だ。
アレクの申し出はこの世界に馴染みきれていない俺にとっては願ってもないもので断る理由などなかった。
そして俺はその日からアイネルに騎乗する練習を始めることとなった。
まず初めはアイネルに慣れる必要があるということで、俺はアイネルを引いて牧場内を散歩していた。
牧場内をまじまじと観察したことがなかったため、目に入るもの全てが新鮮であった。
牧場内には様々な家畜が飼育されていた。そのどれもが初めてみるものであったが、どことなく元の世界の家畜に似通っている。牛のようなもの、豚のようなもの、それに鶏のようなものなど。どちらの世界でも家畜となり得る動物は自ずと似てくるのであろう。
散歩を続けているとアイネルが急に立ち止まり、手綱を引いても動かなくなってしまった。
「どうしたんだ??」
アイネルをまじまじとみてみると、アイネルの背に毛玉のようなものが乗っているのが確認できた。
「これはまさか......」
そう、ミーアであった。
アイネルは生来、優しい動物であるとアレクが言っていた。
散歩中にミーアが背中に乗ってきたのであろう。アイネルは”テン”を落とさないようにと立ち止まったのだと思う。
そしてそれを良いことに丸くなって寝る体制をとっている。
「こらこら。降りなさい」
そう言いながら俺はミーアを持ち上げた。
両前脚の付け根に手を差し込むようにし、持ち上げる。
「ミャー」と反応するミーア。
だがその体は完全に脱力し、後脚はブランコの如く揺れていた。その姿は完全に猫そのものだ。
少し面白くなった俺は、ミーアを左右に軽く揺すってみた。するとミーアの後脚は上半身の揺れに遅れてついてくる。
ミーアのやたらと長い胴がその動きの面白さを助長していた。
そしてミーアにひとしきり楽しませてもらった俺は、そのことへの感謝をつげながら”テン”を地面に降ろした。
ミーアはさすがに不満であったのか、こちらを一瞥もせず立ち去っていった。
これは怒らせてしまったかな? あとで謝っておかないとだな。
そんな姿を目にした俺はそう心に決めたのであった。
そんなこんなでアイネルとの散歩を終えた俺はいよいよアイネルに騎乗する。
と言っても、まずはアレクの補助付きではあるが。
俺はアレクから教わった通りにアイネルにまたがる。
「うん。良い感じだね」
アレクが俺を持ち上げる。褒めて伸ばそうとしているのかもしれないが、悪い気持ちはしない。
「じゃあ次はアイネルを歩かせてみようか」
「はい」
アレクの言葉に従い、俺はアイネルに前進の合図を出した。
だがアイネルは歩き出す気配がない。
「あれ??」
俺はもう一度前進の合図を出す。
だがまたしてもアイネルは動かない。
「ははは! 初めはみんなそうなるんだ」
アレクは嫌味のない笑顔でそう言った。
「アイネルにもタイミングがあるんだ。それを感じて合図を出さないと、思うようには動いてくれないんだ」
タイミング? 何の話だ? 全くわからない......。
俺が困り果てているとそれを見かねてか、アレクが補助を出してくれた。
「カズトくん、今だよ」
俺はその言葉に従い、アイネルに合図を送る。
するとアイネルはすっと歩き出してくれた。
アイネルが俺の合図で動いてくれたことに感動すら覚えた。
「いまの感覚を覚えるんだ。アイネルの動きもよく見ておくといいね」
「は、はい!」
そして俺とアレクはこれを何度も何度も繰り返し、やっとのことでアイネルのタイミングを掴むことができた。
そこからの進歩はとても順調で、数日後には騎乗した状態でアイネルを走らせることも出来るようになった。
「もうアイネルの扱いはバッチリだね」
「はい! アレクさんのおかげです」
結局アレクには数日間みっちりと特訓してもらったのだから当然だ。
そして俺は特訓のお礼にと、牧場の手伝いを申し出る。
最初は断るアレクであったが、俺の押しに負けたのかしぶしぶ了解してくれた。
俺は早速その日から牧場の手伝いをさせてもらった。
家畜達の餌やり、糞の処理、乳搾りに卵の収集など、あらゆる経験をさせてもらった。
慣れない作業ではあったが、アレク達と過ごす毎日が楽しいと俺は感じていた。
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