第21話 不本意ながら開戦です ①

 遂にその日が来た。


 朝早く目が覚めた俺は、顔を洗って訓練場に向かう。中ではすでに十人近くの職員が動いていた。


 「早いな。少しは休めたか?」


 作業を指揮しているアリーシャが声を掛けてくる。


 「おはようございます。はい、何とか」


 「朝食はまだだろう。そこに簡単なものが用意してある。食べろ」


 アリーシャが指さした先に、簡易テーブルがあり、その上にサンドイッチのようなものが乗っかっている。


 「いただきます」


 俺は遠慮なく一つ頬張った。


 「最後にもう一度<スキル>を試しておきたいですね。実際に地面で」


 「うむ。目立たぬところで試そう」


 そう言っている間にも椅子がグラウンドに並べられていく。見たことのないような豪華なものもあった。





 「地烈轟断ガイア・ブレイク!!」


 アリーシャが控えめな声で魔法を詠唱する。普通なら地面に裂け目が走るのだが、最初に少し割れただけで、先へは進まない。


 「仕込んでから10分ほどか。もう少し経っても大丈夫そうか」


 「多分、……平気だと思います」


「息が荒いな。やはりこれ以上の面積に仕込むのは無理があるんじゃないか?」


 「だい……じょうぶです。発動まで出来るだけ動かないようにしていれば……」


 「奴らが魔法を発動するだろう区域は出来るだけ限定させる。頑張ってくれ」


 「はい」


 会場の準備があらかた済んだところで、職員をいったん訓練場から立ち去らせる。俺の<スキル>を公にしないためだ。


 「では頼む」


 俺は頷き、意識を集中した。魔力の限界まで<スキル>を解放する。


 「反地魔滅業アンチ・ランダー!!」


 大量の水が俺の周りに錬成された。






 「ようこそいらっしゃいました、フォートン卿」


 フェルム支部長が頭を下げ、スーツ姿の紳士を出迎える。丁寧に整えられた口ひげと鋭い眼光。この人がメイビスの父親か。


 「娘がお世話になっております。フェルム殿」


 帽子を取り、挨拶を返すフォートン卿。その後ろに不安げな顔をしたメイビスがいる。


 「メイビス……」


 ほんの数日会っていないだけなのに、ずいぶん久しぶりのような気がする。何かやつれたような印象を俺は覚えた。突然の縁談に気が動転しているのかもしれない。視線を横に向けると、泣きそうな顔のリリアが見える。俺よりもずっと長くメイビスの傍にいたのだ。心配なのは当然だろう。


 「お邪魔しますよ、フェルム支部長殿」


 フォートン卿に続いて勲章を付けた軍服姿の男がやって来る。あれがこのアレックに駐留している王国軍の責任者なのだろう。背は小さく、やや腹が出ているが、動きはさすがに軍人らしくてきぱきとしていた。


 「クルーン中佐でいらっしゃいますね?お初にお目にかかります」


 「此度はお手数をおかけして申し訳ありませんな。魔法のお披露目ならわが隊の駐屯地で行えばよいものを、侯爵家の我儘で……。おっと、これは不敬罪に当たりますかな?」


 「幸い、ユーティリス様はまだお見えになっておりませんから。今のは聞かなかったことにいたします」


 「感謝いたします」


 ……フェルム支部長、さらっとユーティリスの名前を口にしてる。この前はわざと言わなかったんだな。


 フォートン卿とメイビス、クルーン中佐が用意された椅子に座り、支部長が隣のアリーシャに何事か耳元で囁く。アリーシャは頷き、俺たちと同様に待機している職員に何かを伝えていた。


 「よう、君も引っ張り出されたのかい?」


 いきなり声を掛けられ、俺は驚いて振り向いた。そこには煙草を銜えたブンマ課長の姿があった。


 「ブンマ課長!課長もこれの準備で?」


 「まあな。こういうのも庶務課の仕事だしな」


 「すいません。俺、来たばかりなのにあまり仕事をしてなくて……」


 「気にするな。支部長から話は聞いてる。何かめんどくさいことに巻き込まれてるんだろ?」


 「え、ええ、まあ」


 「庶務課うちは朝の清掃が済んじまえばそんなに忙しいとこじゃないからな。俺も一昨日は昼前に上がらせてもらったよ。馴染みの店が割安サービスしてたんでな。ひひ……」


 「馴染みの店、というと?」


 「イイコトをする店さ。分かるだろ?」

 

 え、それってまさか……


 「給料が出たら連れてってやるよ。あ、でもしばらくは借金があるからダメか。ははは……」


 「ブンマ課長、トーマを変なところに連れ込まないでくれます?」


 ジト目でリリアが俺たちを見る。お、俺は無関係だぞ!


 「何だ、リリアちゃん。焼きもちか?」


 「違います!全く男ってのは……」


 課長、巻き添えは勘弁してください。


 「ブンマ課長、客人の前で喫煙は遠慮していただけんかな?」


 アリーシャまでが厳しい目で俺を見ながら言う。だから俺は関係ないって!


 「へいへい。……どうやら主役のお出ましのようだぜ」


 地面に落とした煙草を足でもみ消しながらブンマ課長が言う。その視線を追うと、訓練場の入り口から入ってくるユーティリスの姿があった。屋敷で見た時以上にあの黒いもやのようなものが強く纏わりついているように思える。

 

 「!」


 その後ろに付いている者を見て、俺は硬直した。一人はフードつきのマントを羽織った中年の男。おそらく侯爵家お抱えの魔導師だろう。そしてもう一つの小さな影。カテリーナの子供だ。なぜあいつがこの場に?


 「どうかしたか、トーマ」


 緊張する俺の様子に気付いたか、アリーシャが不審そうに訊いてくる。


 「あの子供……カテリーナの子です」


 「何だと!?」


 「……あいつは」


 ブンマ課長が目を細めて呟く。


 「課長?何か……?」


 「いや、なんでもない。どうも碌なことにならねえ気がするぜ」


 そう言ってブンマ課長は歩き去る。どうしたのだろう。


 「……トーマ、大丈夫か?」


 耳元でアリーシャが囁く。


 「何とか。早く始まってもらいたいですが」


 俺は先ほどから<スキル>の効果を消さないためにずっと意識を集中している。気を抜くと倒れてしまいそうだ。


 ユーティリスの席はフォートン卿たちが座る席と対面するように離れた位置に置かれている。その間は10mほど。その間の土を使ってゴーレムを作らせるための場所取りだった。


 「待たせたね、諸君。では私が開発した画期的な地魔法をご披露しよう。王国軍の士官殿、並びにフォートン卿にはよくご覧になっていただきたい」


 こちらが用意した豪華な飾り付けの椅子にふんぞり返りながら、ユーティリスが大仰に宣言する。何が私が開発した、だ。大方魔法を操るのは後ろに控えている魔導師だろう。しかしあの子供の存在が気になる。屋敷で見た時ほどのおぞましさは今はないが、それでも見ているだけで不気味に思えてならない。


 「しかし信じられませんな、ユーティリス様。ゴーレムに複雑な命令を下すことが出来る魔法とは。失礼ながらエルフであられるこちらのフェルム支部長ですら、そのような魔法は聞いたこともないとおっしゃっていましたからな」


 クルーン中佐が皮肉を込めたような言い方をする。


 「だから画期的なのではないか。これによって軍は人的損害を劇的に減らすことが出来るのだ!素晴らしいではないか。なあ、フォートン卿?」


 「左様ですな……。まことにそれが可能とあらば」


 ちらりと隣に座るメイビスを見やり、フォートン卿が答える。父としての立場と軍の支援者としての立場。二つの立場の中で心が揺れ動いているのだろう。さっきから意識を集中している俺には各人の負のオーラがずっと見えている。フォートン卿からは迷いと焦り。メイビスからは悲しみと戸惑いの色が見えた。


 「ではご披露しよう。歴史を変えると言っても過言ではない、我が新魔法を!」


 椅子から立ち上がったユーティリスが芝居がかった動きでくるりと回り、こちらに向けて手を伸ばした。開いたその手の上には直径2cmほどの黒い球体がいくつか乗っている。……何だ、あれは?どうして……


 「何ですかな?それは」


 訝しげに中佐が尋ねる。


 「これがこの魔法の肝だよ。これをこうして……」


 ユーティリスが手に持った球体を前方の地面に向かってばらまくように投げ落とす。よし、思惑通りそこの土を使ってくれそうだ。


 「出でよ、ゴーレム!」


 大きく手を広げ、ユーティリスが叫ぶ。その後方に視線を向けると、マントを羽織った男が小さく手を動かしながら何かを呟いているのが見えた。やはり実際に魔法を発動しているのはあの男か。


 「おお」


 俺たちの目の前で土が盛り上がり、それが寄せ集まって人型になっていく。あっという間に2mほどの土の人形が数体完成した。


 「さて、ではどんな命令を下してみようか」


 にやにやしながらユーティリスがこちらに視線を送る。絡みつくような嫌な視線だ。その先にメイビスがいることが分かり、俺は怒りが湧いてきた。


 「それではこちらの魔法攻撃を避けてもらうというのはいかがかな?ユーティリス殿」


 アリーシャが前に出て挑戦的な口調で言う。


 「ダークエルフか。いいだろう、しかしこちらからも攻撃させてもらうが、よいかな?」


 「ご随意に」


 アリーシャが短刀を抜いて構え、魔法を唱える。その瞬間、空気が淀んだ。


 「っく!?」


 侯爵家の屋敷で感じた悪寒が全身を襲う。視線が自然とあの子供に向く。あいつだ。あいつから強烈な邪気を感じる。


 「幻影疾風斬ファントム・スラッシュ!!」


 アリーシャの体が地を蹴り、風の魔法を纏った剣が一体のゴーレムを斬りつける。が、ゴーレムはその巨体からは想像も出来ぬ素早さで初撃を躱し、さらにもう一体が後ろから拳をアリーシャに突き出してくる。


 「何!?」


 斬撃を躱され空中でバランスを崩したアリーシャにゴーレムのパンチが襲いかかる。何とか剣で受け止めたものの勢いは殺せず、弾き飛ばされてしまう。


 「アリーシャ先生!」


 俺とリリアの声が響く。


 「ちっ!」


 何とか体を回転させて受け身を取り、続くゴーレムの攻撃を避けたアリーシャが、更に魔法を唱える。


 「暴風狂殺陣マッド・ストーム!!」


 お得意の風魔法がゴーレムに襲い掛かる。が、一体のゴーレムがそれを正面から受け止め、体を四散させると、飛び散った土塊を目くらましにするようにその後ろから別のゴーレムが攻撃を仕掛けてきた。


 「ゴーレムが連携して攻撃しているだと!?」


 クルーン中佐が驚きの声を上げる。フォートン卿も厳しい顔でその様子を見つめていた。


 「ふはは……見たか!この見事な連続攻撃!これまでゴーレムにここまで息の合った連携をさせることが出来たか!?」


 勝ち誇ったように叫ぶユーティリス。体から立ち上る負のオーラは単なる傲慢や蔑みといったものだけでなく、複雑な色に変化していた。普通の状態ではない。そしてそれより気になるのが……。


 「支部長、あの球、近くで見れませんか?」


 俺はフェルム支部長に近づき、小声で言う。


 「君も気になるようだね、あれが」


 「ええ。小さいせいではっきり見えないんですが、あれは……」


 「待ちたまえ」


 そう言うと支部長は目を閉じ、胸の前で手を組む。するとゴーレムの攻撃を避けながら剣を払っていたアリーシャが急に動きを変え、地面に転がっている破壊されたゴーレムの中にあった球体を剣先で弾き飛ばす。弾かれた球は寸分狂わず支部長に向かって飛び、それを支部長がさっとキャッチする。


 「ナイスコントロール」


 手の中に球体を握りしめ、支部長がアリーシャにウインクを送る。


 「い、今のは……」


 「エルフはお互いが契約を結んだ相手とは精神感応で会話が出来るんだ。で、こいつをこっちに飛ばしてくれるよう頼んだのさ」


 文字通り以心伝心というわけか。


 「ふむ、やはり気になるね、こいつは」


 「いいですか?」


 俺は支部長の掌の上に乗った球体を見つめる。やはりそうだ。この球からはわずかだが負のオーラが出ている。恐怖、そして絶望感。そんな色が見える。


 「負のオーラだって?それじゃこいつは……」


 「何だか表面を何か禍々しい力でコーティングされているような感じがします。それで負のオーラが外に漏れ出て来ないような……」


 「<スキル>でその力とやらを剥ぎ取れそうかい?」


 「分かりません。でも今は別の方で<スキル>を使っているので」


 「そっちを発動したまえ」


 「いいんですか?」


 「ああ。こいつはやっぱり普通じゃない。危惧していた通りの展開になりそうだ。アリーシャも存外苦戦しているようだし、君だってこれ以上能力をキープしておくのは限界だろう?」


 見ると、支部長の言う通りアリーシャは数体のゴーレム相手に手こずっているようだった。一体破壊すると、残りのゴーレムが左右から時間差で攻撃を仕掛けたり、土埃を舞い上げて視界を奪ってから攻撃を仕掛けたりと、確かに普通のゴーレムでは思いもかけないような動きをしている。それに何より支部長の言う通り、<スキル>を保持するのも限界だ。


 「じゃあ行きます。発動!」


 俺が<スキル>を解放したと同時にゴーレムが動きを止め、見る間に崩れて土に還っていく。ユーティリスやクルーン中佐たちは驚いて思わず椅子から立ち上がった。まあそりゃそうだよな。


 「な、何だ!?どうした?」


 ユーティリスが狼狽し、後ろの魔導師を睨む。魔導師は焦りながら必死に詠唱を繰り返した。もう隠す余裕もないらしい。その横で例の子供は苦々しい顔でこちらを睨みつけていた。まさか俺の仕業だとバレたんじゃあるまいな?


 「どういうことですかな、これは?教官殿、あなたがやったのですか?」


 クルーンが憤慨したようにアリーシャに言う。


 「いえ、私は何も。魔法に欠陥でもあったのでは?」


 白々しくアリーシャが答える。実のところは勿論、俺が仕込んでいた反魔法の<スキル>のせいだ。ユーティリスやフォートン卿が来る直前に、俺は地魔法を消す能力を溶かし込んだ水を魔力値限界まで錬成し、訓練場の土に染み込ませておいた。両陣営の椅子を置く場所を調節し、その間の土がゴーレム形成に使われるように仕向けたのだ。


 複雑な命令を下せる秘密がこの球体にあるにしても、ゴーレムを作ること自体は地魔法のはずだ。だから反地魔法を発動した途端、その水を含んだままの土で出来たゴーレムは崩壊したのである。


 「流石にこれだけの時間、効果を保ったままでいさせるのは大変でしたよ」


 本当に神経が焼き切れるのではと思ったほどだ。


 「ご苦労様。疲れているところ悪いが、皆があちらに気を取られている間に……」


 「はい」


 俺は支部長が持つ球体に意識を向ける。「汚れ」を意識しろ。床に塗られたワックスに付いた汚れを剥がすようなイメージで……


 「反異能滅業アンチ・スキル!」


 錬成された水が俺の手から落ち、球体に掛かる。それで球体の表面に感じていた膜のようなものが剥がれたような気がした。


 「これは……」


 「ああ。もう私にも分かるよ。こいつは……」


 何てことをするんだ、こいつらは。ユーティリスは知っているのか?


 「くそっ!どうなっている!?早くゴーレムを!」


 そのユーティリスは魔導師に詰め寄り、喚き散らしていた。フォートン卿がそれを見て大きな声を掛ける。


 「どういうことですかな、ユーティリス様。この魔法はあなたが開発した物では?」


 「う、うるさい!下級貴族が偉そうな口をきくな!」


 「義父になるかもしれない人間に対してその口のきき方はどうかと思いますぞ、ユーティリス様」


 クルーン中佐が苦虫を噛み潰したような顔で言う。


 「黙ってろ!お前らはこの魔法が欲しいんだろうが!」


 「それは有効であれば。しかしこのような不確かな物では採用するわけには……」


 「くそっ!この役立たずが!小僧、もっとさっきの球体をよこせ!」


 魔導師を突き飛ばし、ユーティリスが少年に向かって言う。この球体はあの子供が……!?


 「やれやれ、まったく。役立たずはどっちだよ。侯爵の次男と言うから少しは利用出来ると思ったんだが」


 ぞっとするような声で少年が言う。ユーティリスの纏う黒い靄が一段と濃くなり、それほど集中しなくても形容できないようなどす黒いオーラが立ち上るのが見える。

 

 「な、何だ貴様!使用人の分際でその口のききか……」


 怒りを爆発させそうになったユーティリスの動きがぴたりと止まる。重苦しい空気が辺りを覆い、俺は息苦しさに倒れこみそうになった。


 「大丈夫か?トーマ君」


 「まずいです。あの子供……やはり異常すぎる」


 「どんな手品か知らないが、つまらない真似をしてくれるじゃないか。せっかくのプレゼンが台無しだ」


 少年がこちらを睨みながら言う。


 「そちらこそ、随分と非道なことをしてくれるね。人的被害を激減させるだって?冗談したって性質たちが悪すぎるってもんだよ」


 支部長が少年を睨み返す。この人が本気で怒っているのは初めて見た。


 「ど、どういうことです?フェルム殿」


 クルーン中佐が戸惑いながら尋ねる。


 「この球体、中に人間の魂が閉じ込められています。おそらく自我を奪った人間から何らかの方法で魂を取り出し、この球体に封じ込めたのでしょう。複雑な命令がこなせるのも当然です。人間が土や石を纏っているようなものですからね」


 「な、なんですって!?」


 「へえ、気付いたんだ。見ただけじゃ分からないようにしてあったんだけど。それも同じ手品かい?」


 「それは本当なのか、貴様」


 それまで黙っていたフォートン卿が少年に問う。体から真っ赤なオーラが迸っているのが分かった。


 「まさかバレるとは思わなかった。最初から僕たちを疑ってたようだね。やはり評判の悪いボンボンなど使うんじゃなかったよ」


 「貴様!そのような唾棄すべき邪悪な代物を使って私の娘を……」


 「ああ、こいつの縁談とかはどうでもいいんだ。僕たちはただこの球体を王国軍に売りつけられればね」


 「こいつを核にしたゴーレムを操って軍を混乱させるのが目的か?」


 「まあね。わざわざ金を払って作ったゴーレムに自分たちが蹂躙されるなんて間抜けで見ものだろう?」


 「貴様ぁっ!」


 フォートン卿の怒りが爆発する。隣でメイビスが泣き出しそうな顔をしていた。くそっ!子供だからと言って、こいつは絶対に許せない。


 「ユーティリス様!いくら侯爵家の方とはいえ、このような邪悪な者を使い、軍をたばかったことは到底許されませんぞ!」


 クルーン中佐も怒りの声を上げる。しかし当のユーティリスはこちらに背を向けたままぴくりとも動かない。


 「ユーティリス様!」


 「無駄だよ。こいつはもう自分の意思では動けない」


 「何だと!?」


 「ほら、行けよ。少しぐらい働いてみろ」


 少年がそう言うと、機械仕掛けの人形のようにユーティリスがぎぎぎ、と顔をこちらに向けた。何!?


 「これは!?」


 中佐とフォートン卿が息を呑む。俺もそうだった。ユーティリスは。体は反対を向いたまま。つまり首が180度回転しているのだ。


 「行かん!逃げろ」


 アリーシャの声が響いたのと同時に、ユーティリスの体が宙高く舞い上がった。そのままこちらに向かって飛んでくる。


 『メイ……ビスゥゥゥ――!!』


 狙いはメイビスか!?咄嗟にフォートン卿がメイビスの前に立ちふさがり、頭上から襲ってくるユーティリスを払いのけようとする。が、逆に横に薙ぎ払った奴の腕に弾き飛ばされてしまう。


 「お父様!」


 メイビスが悲鳴を上げる。まずい!


 「御免!」


 アリーシャが短刀を抜き、ユーティリスに斬りかかる。だがユーティリスはその場で垂直に飛び上がり、その斬撃を躱した。とても人間業ではない。


 「これは!?」


 そのまま空中で回転し、着地するユーティリス。不気味なことに首はまだ後ろを向いたままだ。


 「あいつか!」


 俺は異様な空気を感じ、少年の方を見る。いつの間にかその手には木製の操り人形があった。頭上の平らな板から手足に糸が伸びていて、板を動かして人形を操るものだ。顔も胴体も木目がむき出しののっぺらぼうだが、その人形から不快な魔力が漏れ出ている。


 「あの人形でユーティリスを操っているんだ!」


 俺が少年を指差すと、アリーシャが即座に反応し、少年の方に向かう。しかしその前に信じられない速さでユーティリスが飛び込み、近づくのを阻止する。


 「あれを止めないと」


 俺はユーティリスの体を覆う黒い靄を凝視した。あれを「汚れ」と思え。


 「反異能滅業アンチ・スキル!」


 俺を中心とした広範囲に、薄い霧が立ち込めた。
























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